| 91] 管理人 | [関東] 2004/11/06(Sat) 17:22 |
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管理人の豊田です。 全国芹沢文学読書会に 大分の様子が少し 知ることが出来ます。 「全国芹沢文学読書会」をクリックするか 「芹沢光治良文学館」をご覧下さい。 |
| [90] 《奏》通信 | [東海] 2004/11/04(Thu) 19:29 |
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野沢尚子 様 掲示板のお便り、有り難う存じます。 文面よりどの教え子かと考えていますが、はっきり解りません。芹沢光治良については折に触れて話していたので、それを記憶した一人なのでしょう。お友達の御苗字なりとも解ればはっきりするでしょう。 評伝を始めるについてはかつて「蛮勇」と記した通りで、今も実情に変わりはありません。でも、たとえそれが不十分なものであっても、誰かが先鞭を切って道を付けて行くべきだと考えました。それでも我を張って続けてくれば、皆様の応援の声が耳に届くこともあります。 乗りかかった船というような、いい加減な気持でなく、出来ることを最善を尽くして書き進めたく思います。 今日、芹沢光治良夫人のご母堂の告別式の記事(名古屋新聞)を読んでいましたら、3000人からの参列者があったとあり、驚きました。それほどに慕われた人であったのです。ただ記事のお名前が信子(のぶこ)とあり、実際に名乗られていたところが解らなくなりました。 お礼のお返事をと思いながら、余分なことを書いてしまいました。くしきご縁を幾重にも結ばせるのが、芹沢光治良の存在のようです。その意味で今も生きて働き、その力を借りて評伝を書いているように思っております。感謝する日々です。 |
| [89] 野沢尚子 | [外国] 2004/11/03(Wed) 20:53 |
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勝呂奏先生、はじめまして。 本日、愛好会会報を受け取りまして、先生が静岡新聞に寄稿されていた記事を拝読いたしました。 私が小学生時代から仲良くしている友人の息子が聖光学院の生徒でして、2年前でしたか、勝呂先生に教えていただいていると申しておりました。夏休みに読む推薦図書として、「ナオ子ちゃんのおじい様の作品があったのよ」と報告してくれました。 この友人は小さい時から茶目っ気のある人で、当時、私の作文は、たいてい五重丸でしたが、「おじいちゃまがサッカだから当然よね」なんて言われ、一夏、祖父が外遊して留守だった軽井沢の家に遊びに来て、「おじいちゃまの机で作文書かせて。きっと上手に書けると思う」という楽しい人でした。長い間JALのスチュアーデスをしていた人と言いますと、もしかしたら先生には思い当たる母親であるかもしれません。 その息子さんは4才の頃パリに遊びに来ました。幼稚園の保母さんに、パリで何が一番楽しかった?と尋ねられて「トマ君(私の子供の名前です)と任天堂ゲームした事」と答えたそうです。 読書する人が少なくなったそうですが、教育の現場におられて、良い本を紹介なさったり、豊田管理人さまにしても、若い世代に伝えなければいけない道徳観のようなものは沢山あるかと存じます。豊田様の生徒さん達にも、ちょっと接触しただけながら、気持ちよい若者ばかりで感心いたしました。 これを機会に、ご挨拶まで。 |
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管理人の豊田です。我入道では、一年ぶりに会う人もいて私の姿を見て、吃驚する人がたくさんいました。私は、実は14キロも痩せてしまいました。これも芹沢文学精神を持って練習したキックボクシングのおかげと嬉しく思っています。 今、テロや戦争で命が軽視され、実際若者達の命が軽く扱われています。 今、高校3年生の音楽3では、グレツキの交響曲第2番を教材にして命について考えるようにしていますが、その導入として「死者との対話」を輪読しています。 彼らは、なぜ戦争がダメだと分かり切ったことが起こるのかと聞いてきます。ですから「死者との対話」を音読で段落事に読み進めています。 来年の3月27日(日)に勝呂さんの講演があるそうです。詳細が入りましたら、HPでお知らせします。 [From 管理人] |
| [88] バク | [関東] 2004/11/01(Mon) 16:12 |
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「我入道の集い」が開かれた昨日、沼津はやっぱり芹沢日和でしたね。雪化粧の富士山も実に美しかったですし、芹沢文学館も多くのお客様を迎えて輝いていました。文学館の運営状況はなかなか苦しいようですが、新しく職員となった若い女性が「全国から愛読者が訪ねて来られるこんな職場に勤められて光栄に思う。これからいろいろと勉強していきたい」と挨拶されたのを嬉しく聞きました。 |
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「我入道の集い」の朝、三吉の周りを走りました。狩野川の上流を見ながら坂道を上っていきました。台風の影響で大きな石や木がいたるところ川の中で目につきました。しかし前日からの大雨、雷が嘘のように空が薄く光っていたなかでの走りはなかなかの気持ちよさでした。文学館に行く途中に見えた富士山は傘を二つもかぶっていて美しい姿でした。芹沢日和の一日でした。 [From 管理人] |
| [87] 管理人 | [関東] 2004/10/31(Sun) 20:57 | ![]() |
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我入道の報告 とても楽しいものでした。 S代表が作った「芹沢光治良が関わった人々」なかなか 興味深いものでした。芹沢文学館で特集をしてくれないでしょうか。 |
| [86] 管理人 | [関東] 2004/10/30(Sat) 06:21 | ![]() |
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新潟県中越地震が起きて一週間になります。連続しての車の中での生活、避難所での生活大変だと思います。早く仮設住宅の建設、道路等ライフラインの復旧をお祈りしています。 森高さんの「芹沢文学館」のホームページにボランティアと支援物資の送り方について書かれています。 http://www.nhk.or.jp/nhkvnet/spot/2004-niigata-eq/index.html 私達も参考にさせていただきたいと思います。 私の知り合いの大学生も新潟にボランティアに行ってしまいました。行動の速さには吃驚しました。 |
| [85] 《奏》通信 | [東海] 2004/10/27(Wed) 18:50 |
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愛好会の会報に、小生の『静岡新聞』掲載の拙文が同封されていました。 これは概要のみですが、『奏』次号にもう少し詳しく紹介します。 最近になってペールこと石丸助三郎氏の、佐佐木信綱主宰の短歌誌『心の花』掲載の作品を読むことが出来ました。ささやかな発見です。 不勉強なまま大勢の人に助けられて評伝を書き継いでいることを思います。『奏』8号は、12月に何とか発行できそうです。 |
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《奏》通信様 新聞の原稿興味深く読ませていただきました。驚きの思いであっという間に読んでしまいました。詳しい内容を知りたく『奏』を待ち遠しく思っています。 私達の知らないところが明らかになり、客観的な芹沢像というものが作られつつあると思います。 《奏》通信様、評伝の作成過程は、大変だと思いますが、きっと活き活きと取り組んでいらっしゃることだと思います。体に気をつけて頑張って下さい。 [From 管理人] |
| [84] バク | [関東] 2004/10/23(Sat) 14:44 |
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先ほどこのHPを開いたところ、何と5550人目の来訪者でした。浜松花博は500万人目の入場者に記念品!(なーんてね)。台風23号はあちらこちらに多くの爪あとを残して去りましたが、幸い芹沢文学館は異常なしでしたよ。 ところで、清水美穂様が、「軽井沢高原文庫通信」の「会員のお便り」欄に「芹沢先生の古ピアノ、軽井沢と私」と題する素敵な文章を書かれています。皆様がお読みになれるといいなあと思うのですが。 |
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5550人目ありがとうございます。芹沢文学館異常なしという事でホッとしました。 バクさんのところは、地震はどうでしたか。 私は、ちょうど職場にいました。3回の大きい揺れが起こり、吃驚しました。今までの中で一番大きな揺れでした。 昨日、防災訓練をしたばかりで、消防の方から、地震の恐ろしさを伺ったばかりで緊張しました。 清水美穂様の「芹沢先生の古ピアノ 軽井沢と私」の 文章は、清水さんに連絡します。 地震の被害にあわれた方、お大事になさって下さい。これ以上被害が大きくならないように。 [From 管理人] |
| [83] さえ | [地球外] 2004/10/21(Thu) 00:12 |
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池田様 貴重な旅行の記録ありがとうございます。愛好会のHPを通して先生が若き頃残されたヨーロッパでの足跡を、美しい写真も添えて紹介していただけることは、本当にうれしいことです。次回のアッシジも楽しみにしています。早くお礼をと思っていましたが遅くなってしまいました。 |
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さえ様掲示板に投稿ありがとうございます。ニュースを見ると台風による大きな被害が、九州、中国、四国、近畿、東海にあり、被災された人達が一日も早く元の生活に戻れるようにと思います。ただ、京都の舞鶴での観光バスの屋根や立ち木に非難された人達は、一夜を明けて、無事救出されました。写真で見ると、60代、70代の方だと思います。真っ暗な中でお互い励まし合いながら、あきらめないで救出を待っていたのは、すばらしいですね。文学館は、大丈夫だったでしょうか? [From 管理人] |
| [82] 池田三省 | [関東] 2004/10/17(Sun) 20:18 |
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ナナさん 拙い旅行記を読んでいただき有り難うございます。 読み直してみると、誤字脱字もあり恥ずかしくなりますが、 記憶は、だんだんと薄れていきます。記録を残しておけば、 いつでも楽しい想い出が蘇ってきます。 そんな思いで、後半も書いていますが、なかなか進みません。 後半の「アッシジ」「システィーナ礼拝堂」をどう表現すればいいか悩んでおります・・・。 後半も完成しましたらお読み願います。 |
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記録する事は、大切だと思います。 私達は、池田氏の紀行文を読ませていただき、 楽しい思いをしています。 写真が美しく、被写体の美しさだけでなく 池田さんの腕もあると思います。 またその写真に書かれている一言は、 きっと夜遅くホテルの部屋で記録された 貴重なものでしょう。 後半を楽しみにしています。 [From 管理人] |