[110] Miho [関東] 2005/02/14(Mon) 23:16
聖書の「心貧しい者」の意味するところ

1月の東中野での例会(読書会)で、テキスト中の文章について以下のような宿題をもらいました。新約聖書の大切な教えのひとつでありますので、読書会に参加されなかった方にも知っていただければと思い、ここにそのお答えのヒントを書いておきます。

宿題:芹沢光治良文学館1「命ある日」に掲載されている「女の運命」(前半)、464ページ上段13行目にある、「聖書の心貧しい者」の意味するところ、とくに“貧しい”とはどういうことか。

 新潟県直江津市で教会の牧師をしていらっしゃるT先生に伺いました。わたしからの補足説明をまじえてお答えとさせていただきます。

お答え:この「心貧しい者」は、マタイによる福音書の第5章3節にある、「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである」からの引用です。イエスがガリラヤの地において、諸会堂で教え、御国(天国のこと)の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった評判を聴いて集まって来た群衆に対して、山に登って彼らに向かって述べられた教えの一節です。
 弟子と多くの群集を対象にして話されたということ。それは、話を聞いている時に、その状況に無くても、努力目標にして信仰を深めるためということでもあるようです。翻訳はギリシャ語から考えて、他には訳しようが無いぐらい元々単純な文章です。ただし、「貧しい」の考え方が難しいです。ギリシャ語の本来の意味は、貧しいながら幸せな生活などとは言えない、極度の貧困を意味します。貧しくて物乞いするしかない状況です。これを心に当てはめると、もはや何もする勇気も湧いてこない、絶望的な気持ちを意味するようです。解説には「彼らの内面的生活を顧慮して、自分自身を助けることができないと感じて、神の前に乞う者として立っている者」とあります。
 人間は誰にも自尊心があります。どのようなときにも自分で何とか解決できると考えますし、事実何とか決着を着けています。しかし、このようなときには本当には神には近づけないと言うことです。打ちひしがれて、どうしようも無いときが一番神を素直に受け入れることができるということだと思います。
 最初の「幸いである」は単語としては、神と人間との関係をあらわす概念で「終わりの時に信仰者が神の裁きにおいて救われ、新しい時代に入れられるという信仰者への慰めと神の約束の確かさを表す」とされています。

お役にたちましたか?
Miho様
宿題ありがとうございます。
この事も2月の例会でいろいろお話が出たそうです。
また宿題を出しますので、3月にお会いしましょう(笑)

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[109] 池田三省 [北海道] 2005/02/07(Mon) 00:52
「芹沢光治良書誌調査」のお知らせ
今月(2月)は、2/20を予定しています。
 日時:2月20日 11:00〜16:00頃
 場所:鈴木春雄様宅

 また、当日、例会資料の発送準備の行いたいと思います。
 お時間のお許しになる方は、池田までご連絡ください。
 よろしくお願いいたします。
(池田三省)
池田さん、仕事で行けません。
ごめんなさい。
添付ファイルありがとうございました!

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[108] バク [関東] 2005/02/06(Sun) 12:32
 沼津の「人間の運命を読む会」が昨日3周年を迎えました。第9巻の7章から9章の内容を話し合いましたが、9巻のタイトルである「愛と死」は、まさしく石田末子の生きざまであったと気づかされました。次郎に宛てた末子の手紙を読んで、涙が出て仕方がなかったいう感想に、皆、同感の女性たちでした。
 ところで、管理人様、尚子様からのお祝いとは何ですか?
お祝いは今度直接話します(笑)
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[107] 尚子 [外国] 2005/02/02(Wed) 20:39
管理人さま
おめでとうございます!!!
確か、3度目の挑戦でいらしたのですよね。実り多き1年となられるでしょう。
今、事務処理で忙殺されています。
ありがとうございます。

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[106] 野沢尚子 [外国] 2005/01/28(Fri) 12:45
あくまでも私のプロ好奇心です。英雄の生涯は恐ろしく難しいソロばかりですが、コンマスは誰でしたでしょう。かつてティボーコンクールに参加していた2人が、名古屋のコンマスになったと聞いた覚えがありますが、1人は尾花さんという男性、もう1人は、かなり親しくなった京都出身の女性(名前が出てこない!)でした・・・

チューバでも楽器に種類があるのですね。私が不思議に思うのは、コンバスの弓の持ち方に、ドイツ式とフランス式がある事なんです。日本ではドイツ式で教育されていますが、どうして、あんなにヒネクレタ弓使いかと思わないでもありません。

妹と数回、都響を振りに来ていたジャン フルネに関して交信しました。随分とスリルある本番になったようで、無事にフランス帰還できるのかしら。
当地では全く忘れられた存在の指揮者なのは、親独家であったという歴史ゆえ。コルトーも然りでしたし、芹沢作に登場した親独家って誰でしたっけ?
昨年4月に彼の振るショーソンを聞きましたが、骨董品だという実感でした。

母より愛好会新年会にての、豊田様からの伝言を承りました。ご免なさい、私はレオ シロタについては、名前くらいしか認識がありませんでしたので、はぐらかしたのではなく、言い様がなかったのでした。

今週は非常に寒いパリです。午後近くになって、やっとプラス気温になる日々です。
おはようございます。名古屋フイルハーモニーの1月24日のコンサートマスターは、後藤龍伸氏でした。30代の眼鏡をかけた男性です。サントリーホールに伸び伸びとした艶やかなソロが響いていました。
 フルネ氏のお話は、野沢様からも伺いました。テンポ設定が、日頃演奏されるものと違っていたと。しかし、都響の技術では何も違和感なく演奏したことでしょう。
 プログラムの中に、「ラ・ペリのファンファーレ」がありました。あの曲をフルネ氏のテンポでは、相当きついと思い、お話を聞いたときは吃驚しましたが、都響の金管セクションでは、「へっちゃら」だとお話を伺い思いました。
 今週は、やっと寒くなってくれました。今日は珍しく氷が張っている事でしょう。

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[105] goto [東海] 2005/01/24(Mon) 11:01
「街道をゆく」買ってきました!。400円でした。二人のチーフ.エディターのおひとりが 向井 香さんでした。創刊号ということもあって 読みごたえがありました。毎週 火曜日発行で 50巻とのこと。健闘をお祈りします。
goto様、管理人の私は、1月24日(月)名古屋フイルハーモニーの東京公演を聞きにいきました。曲目は、リヒャルト・シュトラウスの英雄の生涯がメインプログラムでした。
 名古屋フイルの演奏は、英雄の生涯の曲の持つすばらしさを教えてくれました。私の教え子が名古屋でフリーでオーボエ奏者をしています。演奏後、チューバの亀山氏とオーボエの山本様にこの教え子をお願いしてきました。名フイルのチューバの亀山さんは、B♭チューバというドイツではよく使われる楽器で演奏していました。日本では、この楽器を使うのは珍しく、普通Cチューバを使っています。亀山さんの演奏もなかなかのものだと思いました。いつか名古屋で聞いてみたいです。

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[104] 池田三省 [関東] 2005/01/18(Tue) 01:49
「第27回 芹沢文学愛読者新年会に初めて参加して」
名古屋地区を中心にした「芹沢文学愛読者新年会」に初めて参加させていただいた。
なんとも不思議でアットホームでな手作りで暖かい思いやりのある新年会でした。
また、56名の参加された皆様から不思議なパワーをたくさんいただきました。 
 何が不思議かというと、朝10:00〜17:00までの7時間という長時間の新年会でありながらも、中だるみもなく疲れを覚えることなく、涙ぐみ、笑いありの楽しい新年会でした。     
 では、7時間、何をしたかというと、参加者全員による3分間スピーチが中心でした。
スピーチの内容は自由で、「去年の心に残った出来事や、今年の決意表明」など内容は色々あり、聞いていても飽きることなく聞き入ってしまいました。  
 初めて参加する私にとっては、不思議な空間にまぎれ込んでしまったのですが、持ち前の好奇心と向上心(?)ですぐに溶け込んでしまいました。 
この新年会を一言で表現すると、「語り合う新年会」「私の芹沢文学懺悔紀」「芹沢文学青年(?)の主張」のようでした。
 参加者のスピーチから多くの「ヒント」や「気付き」をいただきました。
例えば、(キーワードだけのため、うまく感動が伝わらないですが・・)
・ 「毎晩、寝る前に芹沢光治良先生と対話し一日を反省している」
・ 「定年(60歳)を区切りに、自分の人生の仕上げにかかりたい」
・ 「迷込んだ小鳥に家族みんなが優しくするように、私も小鳥のように「家族の見えない心と心をつなげる努力をしたい」
・ 「娘の卒表をきっかけに、娘とバイオリン競演するため、バイオリンを習い始めたお母さん」
・ 「芹沢文学は、老いの人生も教えている」
・ 「人生には、三つの坂がある、@登り坂 A降り坂 B「まさか」の坂 (まさか、こんなことに出会うとはの「まさか」)」
・ 「若い時、病床から先生に書いた手紙に、先生から返事をいただいたときの感動」
・ 「前世の借りを返している。(めいらく代表会長)」
・ 「いやなことを喜ぶとツキがつく」
・ 「ありがとうと思えるまで思えばツキがつく」
・ 「身、心、魂も健康にをテーマで医療を続けている」
・ 「夫の死から、あの世とこの世が身近になった。あの世には何も持って行く事ができない。魂だけだと思った」
・ 「無我夢中で楽しくすると疲れない」
・ 「その人の口癖がその人の人生となる。ありがとうを口癖にしよう」
・ 「その日にできる事をその日にやるとゆとりができる」

私は、自己紹介と、18歳で「パリに死す」に出会い30年近く読みつづけている。その理由を5分近くもしゃべってしまいました。
また、機会があれば、来年の新年会にも参加させていただきたいと思いました。
  (しかし、もうしゃべるネタがありません・・)
以上

池田さん、新年からすばらしい経験をされてうらやましい限りです。不思議なパワーをぜひ私に分けて下さい。「芹沢光治良との対話」で、自分の持つ良心を呼び起こしたいと思います。岡山の山本様のお話を思い出します。来年の新年会でのお話、心配する必要は、ありません。今年も芹沢文学を通して、「何か」があると思います。
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[103] 愛好会企画係M [関東] 2005/01/16(Sun) 16:47
またまた愛好会企画係Mです。

一昨年9月、アエラに芹沢先生と作品および愛好会のことを紹介する記事を書いて下さった、当時アエラ編集部にいらした向井香さんですが、その後、週刊百科編集部に移られました。そして、いよいよ向井さんの編集によるシリーズが、今週創刊になります。

それは、司馬遼太郎の「街道をゆく」をビジュアル化したシリーズで、司馬さんが生涯追い続けた「日本とは、日本人とは何か」というテーマに則して歴史紀行で、日本とアジアを中心に全50冊を毎週火曜日に、1年間かけてお届けするもの、だそうです。司馬さんが訪れた土地を再取材して美しい写真や地図をふんだんに盛り込み、専門家が歴史背景などをわかりやすく解説、作家らによるコラムやイラストも入れました、ということですので、是非、皆さまご愛読いただければと思います!

公式HPはwww.kaidou.netにオープンしていますのでご参照ください。また、内容見本のチラシもあり、来週の東中野の読書会にはもっていきます。当日お越しいただけない方でも、関心のある方には郵送いたしますのでご連絡ください。全50冊ご購読の方には、特価をご用意しておりますので、合わせてご利用ください。
 向井さんには、いろいろお世話になりました。私達愛好会会員のお話も一生懸命聞いていただきました。芹沢文学を愛好する私達に「芹沢文学はなぜ好きですか」と単刀直入に訪ねられ、好きだという事が当たり前に思っている私達に新鮮な驚きと発見を与えてくれました。芹沢文学と出会った30年近く前の事を一生懸命思い出し
芹沢光治良の良心の文学について改めて気づかされました。

[From 管理人]

[102] 愛好会企画係M [関東] 2005/01/16(Sun) 14:44
こんにちは、皆様。Museまたの名を愛好会企画係のMです。

管理人さん、参拝の順序は、まず鈴をならし、お賽銭を入れ、二礼、二拍手、一礼ですのでお間違いなく!

本日、16(日)は名古屋で芹沢文学の愛読者の方々が集い、新年会がもようされているはずです。参加された方、是非、どのような楽しい会であったかを後ほどこの掲示板に書き込んで下さいませ!

さて、来週、23(日)は東中野の読書会で新年会があります。そこで、新春第一弾企画として、皆さんで日本の昔ながらの遊びを楽しもうではありませんか!書き初め道具、福笑い、コマなどはとりあえず用意します。メンコ、かるた、百人一首、だるま落とし、羽子板、お手玉、酒蓋、などなど、、、懐かしい遊び道具がお家に眠っている方、どうぞ持ってきてください!また、景品となるようなものも合わせてご提供いただけると幸いです。

では、よろしくお願いします!
Mさん、「墨と筆」も用意した方が良いでしょうか?
新年会、たくさん笑いましょうね。

[From 管理人]

[101] Muse [北海道] 2005/01/12(Wed) 21:03
鏡像参拝: 新年早々、”恥ずかしい”話し

新年明けて、初めて書き込みます。

-「貴方ノ言ウ見晴台ハ、旧軽井沢ヲ通リヌケテ、山道ヲノボッテ、熊野神社ノソバノ見晴台デス、峠ノ上デス」-
「人間の運命」で、森次郎が米兵の将校にそう答える一節がありますね。

 3年連続、星野でお正月を迎えたわたしは、気持ちよく晴れた青空の下、元日の朝にかけて降り積もった20センチほどの雪になかば埋まりながら、ゴムの香りが漂うような新品のスタッドレスタイヤを装着した自家用車で、わだちにタイヤをとられて対向車と何度か接触の危機にみまわれつつも、旧軽井沢の奥、15分ほどの山道を上がっていったところ、ようやく碓井峠の県境にある熊野神社にたどりついたのでした。

 この熊野神社、本宮のど真ん中を長野県(左手)と群馬県(右手)の県境が走り、お賽銭箱も2つ並んでいるという大変珍しいところ。屋久島の千年杉とはまたことなる美しさをもった境内にある樹齢800年とも言われる「シナノキ」に誘われるように、夏に冬にと軽井沢を訪れるたびにしばしば足を運んでいます。

お賽銭箱がふたつある、と書きましたが、さあどちらに入れましょう?
やはりこういうときは、平等に両方ですよね。お正月だし。
ではまず、左手の長野県側にお参りしましょう。

なになに、わたしのように日本の常識的な礼儀作法をきちんと身につけていない人のために、親切にお参りの方法が縦書きで記されているようです。よかった、よかった、これで恥をかかずにすむわいな。
その張り紙の下の方になぜか左から右にむかって矢印が書いてあります。
うーん、そうか、左から順番にやればいいのね。

日本人としての喜びを満喫しているうちに、後ろには10人ほどの列ができてしまった。空いているのだから右側の群馬県側だけでお参りしてもいいのにと思うのだけれど、皆さん、左から順番に両側でお参りするつもりらしい。
まあ、律儀だこと。別にわたしの真似しなくてもいいのに。。。
すでに5分は経過。

では、書いてある通りにやりましょう。矢印の通りに左から右へ。
左側にあるお賽銭箱だから、なんとなくその方が自然な流れのような気がします。
一礼
二拍手
二礼
お賽銭を入れる
鈴をならす
。。。。。。。。。。。。 えっ、お賽銭が最後なの?
そこまでやってしまってから、後ろのひとたちにも聞こえる声でつい、つぶやいてしまった。
何やら並んでいる人のあいだでどよめきが。。。。。お賽銭が最後だって!?

何か変?
そうか!あの矢印は、右側に何かがありますよという方向を示すもので、参拝の作法の順番では無かったのです。
あああっ、恥ずかしい。しかし後にはひけない。ここでやり直すのも何だわ。
そうだっ、右側の群馬県側で正しくやればいいのよ。
左右の巻貝の研究をしているのだから、鏡像参拝っていいじゃない!まあ良しとしましょう、と妙に納得。

右側に2歩移動。群馬県側で、
まず鈴をならし
お賽銭を入れ
二礼
二拍手
一礼

このあと、100円でおみくじをひいたら中吉で、
雪にたえ 風をしのぎて うめの花 世にめでらるる その香りかな
と、ありました。

皆さまの新年はいかがでしたでしょうか。
今年も芹沢文学の愛読を通して楽しく陽気な1年にしましょう。

まったく新年からそそっかしいわたしですが、2005年もどうぞよろしくお願いします。

ことしの目標は日本の伝統文化を学び、常識的な作法をきちんと身につけることです。


 新年早々“楽しい”お話有難うございます。
私も知りませんでした。お賽銭が最後だとは。
 しかし、冬の星野の道をスタッドレスで登っていく
Muse様の行動力にビックリします。
 今年もよろしくお願いします。

[From 管理人]