seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢光治良文学愛好会

2025年08月10日

2025年8月の月例会

8月17日です。テキストは用意してあります。皆さんお時間があったらおいでください。
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2025年07月01日

芹沢文学読書会 6月便り 案内通信 No. 174 2025年6月25日 (水) (令和7年)

芹沢文学読書会

6月便り

案内通信

No. 174

2025625 ()

(令7)


暑さ夏••••

芹沢文学

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松林庵主人


6月になり、真夏の日々が続きました。沼津市など線状降水帯で記録的大雨が降った地域もありましたが、中々梅雨になりませんでした。やっと北部九州も梅雨となりましたが、高温が続いています。今年も猛暑の夏になりそうですが、地球温暖化のためと思われます。

世界では、ロシアのウクライナ侵略が続けられ、イスラエルによるガザ地区攻撃が止み

ません。今度はイランを攻撃し、トランプも核施設を爆撃しました。戦争は止めろ芹沢

文学は戦争反対です。この地球には戦争の無い世界平和を実現したいものです......

今年も芹沢文学読書会を継続して行きます。今回の読書会も、『思い出すこと』の批評

の最後の二章を読み語ります。梅雨の季節ですが、お元気に読書会にお出掛け下さい。


174芹沢文学読書会

日時 13  (午前10~12*平常は第2日曜日午前です]

A会場大分県立図書館研修室 No. 5 [平常は研修室No.5 です〕

★☆

B内容[I]芹沢文学に関する話題や情報 10:00~10:10 am 自由に話す。

[U]芹沢文学読書会 10:10~12:00 am 参加者で輪読

テキスト@「十五役所時代のこと」A「十六著作集の読者へ」

*@は、農商務省に就職し、交流した官吏(大臣)の石K農政課長、小平事務官、坂田君、武智君、小野さん。

特産局の勝田さん、植村幸五郎人事課長のことなどが回想されています。官吏を辞めてパリに留学。

Aは、著作集の読者に対して、収録しなかった作品のことが書かれています。『明日を逐うて』『ここに望あり』『命ある日』最後に大河小説『人間の運命』14巻でなく、16巻とすると明言しています。

初出『芹澤光治良作品集』(新潮社発行)の全16巻の月報に連載されました。昭和504505月。

初刊本/『こころの広場第三章思い出すこと』昭和 52 (1977)415新潮社発行。245頁、 800円。

再録『芹沢光治良文学館12平成9(1997)810新潮社発行に再録。 294~298頁。

=次回は、914 (2日曜日午前の予定です。


◎同封資料紹介 (墓碑「芹沢光治良」 ( 「宮沢賢治」岩井寛著平成9(1997)610日東

京堂出版発行『作家の臨終墓碑事典』 178 頁。 *岩井寛氏は、昭和16年に川崎市に生まれ、明治大学文学部卒。出版社に勤めながら、全国の墓地・霊園を廻り、7千人の墓を調査した。『作家臨終図絵』『作家の墓を訪ねよう』の著作があり、この本はその集大成と言える。「芹沢光治良」178頁に書かれていて、墓の写真も収録されている。同年生まれとも言われる「宮沢賢治」 (314)も参考まで収録した。



芹沢文学大分友の会

 7 (2025)625 ()

ふじ

会報No.173

編集・文責小串信正

173

芹沢文学読書会の報告

大分県立図書館研修室No.1


173回の芹沢文学読書会が、 518 (に大分県立図書館の研修室No.1で行われました。芹沢光治良記念文化財団の小冊子『芹沢光治良ノート (5) や芹沢文学館の頃の会報「芹沢・井上文学館友の会会報163を今回も参考資料として参加者に渡しました。ノートには、長編小説『サムライの末裔』が紹介されています。雑誌<婦人公論>に連載された時の題は『一つの世界』で仏訳では『サムライの末裔』となりました。小学館の新刊は『サムライの末裔』です。会報の (1) 頁には、次女朝子さんの御主人野沢孝氏の随筆「軽井沢星野の山荘」、連載芹沢文学入門88には短編小説「戯れに恋はすまじ」。東京愛好会の「軽井沢緑陰セミナー」も紹介。

今回のテキストは、『こころの広場思い出すこと』の二評論で、@「十三私の裡に棲む鬼」とA「十四ソルボンヌ大学で」を読み語りました。次回も、「思い出すこと」の二評論を読み語ります。

【芹沢文学案内 No.117図録戦後八十年連動企画展「光治良の戦争と平和「サムムライの末裔」」沼津市芹沢光治良記念館から、企画展「光治良の戦争と平和『サムライの末裔』 -」の図録 (冊子)が届きました。カラーの表紙で、 A4 57 頁の冊子です。企画展 (令和7613~令和71130の案内図録のようですが、「展示品と本書掲載資料とは必ずしも一致しない」とのこと。今年令和7 (2025)年は終戦から80年目に当たるので、この機会に「戦争と平和」を長編小説『サムライの末裔』を通して再認識する企画として、この図録が編集され刊行されたようです。新資料や別紙年表も収録。芹沢光治良は、明治・大正・昭和を生き抜き、膨大な作品を創作しました。また、随筆評論や書簡や日記も書き続けました。その集大成は、大河小説『人間の運命』(16)であり、最晩年の連作『神と人間』 (未完と言えます。芹沢光治良は、パリに留学しソルボンヌ大学院で経済学や社会学を学びましたが、結核で倒れフランスやスイスの高原療養所で闘病し、作家になる決意をして帰国しました。雑誌改造の懸賞小説に昭和5年に当選して、療養しながら作家生活を始めました。日本は中国に進出し満州事変、上海事変から満州国を建国しました。日華事変から南方戦線となり、太平洋戦争から、昭和208月に広島・長崎に原子爆弾が落とされて、敗戦したのです。

芹沢邸は空爆され、中軽井沢の山荘に家族で疎開したのでした。戦中には『孤絶』『離愁』や『巴里に死す』を創作し、疎開日記を書き、昭和20815日の終戦を迎えたのです。

戦後には、『夜毎の夢に』を書き、映画化 ( 「異国の丘」)されました。昭和26年のスイス

の国際ペン大会に参加し、帰路にパリで旧友の尽力で『巴里に死す』が仏訳出版されることになり、仏訳の第二作として昭和27年に広島の原爆投下の惨劇を『一つの世界又はサム

ライの末裔』に書きました。昭和30年に仏訳LA FIN DU SAMOURAIが刊行され、大きな

反響を与えたのです。それで、『サムライの末裔』の題でも出版されました。この作は原爆

文学としてもっと評価され精読されるべき長編小説だと思います。しかし、この作は戦後の

米兵との混血児問題にも取組み、人種を越えて世界平和を説く「一つの世界」が書かれてい

るのです。それで芹沢光治良先生は、題を『一つの世界又はサムライの末裔』とすることを

明言したのです・・・。小学館からも『サムライの末裔』と題して刊行されたのですが、この企

画展は「光治良の戦争と平和『一つの世界』 -と題されるべきであったと私は思います。

posted by セリブン at 18:38| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分

2025年06月18日

2025年6月22日読書会です。

表紙-1.jpeg6月22日日曜日、午後1時から読書会を開催します。テキストも用意してありますので、ぜひご参加ください。場所は東中野区民活動センター洋室4号です。2階です。とても明るい会場です。#芹沢光治良



posted by セリブン at 09:24| Comment(0) | 月例会