seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢光治良文学愛好会

2025年11月01日

四季報 秋号 第135号

四季報

秋号

第百三十五号(No135]

芹沢文学研究会・会報

令和7(2025)1030()刊行

=秋の歌=


コスモスが

あちこちに咲き

やっと秋……

地球温暖化

松林庵主人


◎芹沢光治良記念文化財団


長編小説『狭き門より』が小学館より109日に再版されました。 B6 374定価880(税込)

日本女性を主人公にした作品には、夫に生きた若子の『愛と死の書』子に生きた伸子の『巴里に死す』、自己に生きた美子の『狭き門より』があり、三部作と言えます。『狭き門より』は、他の二作と異なり、明るく幸福な結末をむかえま

す。作者自身も驚き疑問を持ったが、「自己に生きる者はは、境遇がどうあれ幸福である」という象徴として納得したとのこと。会員の皆様も美子のように自分探しをしてみませんか『狭き門より』の出版を記念して、1214日に、マグノリアで講演会を計画しています。詳しくはHPにアップします。講演会までに一読ねがいます。皆様にお声をおかけ下さい。


沼津市芹沢光治良記念館令和7年戦後八十年連動

企画展光治良の戦争と平和」「サムライの末裔』

期間令和7615()~1130(休館日月曜日、休日の翌日、年末年始(1229~13)図録も発行(令和7613)

沼津の文豪三者の軌跡をたどるバスツアー 1017()

集合場所 8 時30分に沼津駅北口のロータリー定員20

参加料 500雨天決行。 *既にこのバスツアーは過ぎています。


芹沢光治良文学愛好会の会報通信

芹沢光治良文学愛好会の例会、東中野区民活動センターの調理室(1)で。

923()秋分の日13:00~17:00に読書会(テキスト対談「広島の叫び」、ルポルタージュ「死の影を見つめて」、評論「原爆はもうたくさん」、ルポルタージュ、「原爆の娘を救え」)豊田英文が司会した。

送付資料は、新聞記事「ピカドン憎み刻んだ「魂の記録」 (令和7 (2025)828東京新聞)、芹沢光治良自伝「わが青春253 「夢にまでみた帰国」静岡新聞昭和60(1985)330()、でした。 *テキストが多過ぎますね。


◎芹沢文学愛読者の会短信28 103(発行)

248名古屋芹沢文学読書会の案内 109()午後1:30~4:30

会場名古屋市港図書館内集会室(2内容『神の計画』第3

特別講師鈴木吉維先生

前田名古屋市守山区本地が丘

自伝抄『捨て犬か雑草のように』7回「人の情と好成績が救い(つづき)

芹沢光治良と新潮社

芹沢文学作品を中心的に出版した。

新潮社は、芹沢光治良の作品を多数出版して来ました。多くの長編小説や随筆集などを出版し、大河小説『人間の運命』も、全14巻で刊行しました。これは新潮文庫『人間の運命』(全七冊)としても出版されました。『人間の運命』

の終章『遠ざかった明日』や、序章『海に鳴る碑』も『芹澤光治良作品集』(16)の巻7に書き下ろしとして収録して出版しました。

新潮社発行の単行本としては、『命ある日』、『愛と知と悲しみと』、『われに背くとも』、『死の扉の前で』等が刊行されています。晩年の連作『神の微笑』『神の慈愛』『神の計画』『人間の幸福』『人間の意志』『人間の生命』『大自然』

『天の調べ』を出版し、没後に『芹沢光治良文学館』(12巻も刊行しました。

*全集は無理かも知れませんが、今後も芹沢文学を出版して下さい。


同封資料/A短編小説「櫻の散る頃」芹沢光治良昭和11(1936)61巣林書房発行の雑誌東陽』に掲載。144~151頁。

[資料提供中村輝子〕


A文学評論連載「芹沢文学講話」 43

戦後長編小説『閉ざされた扉』

戦後の不遇と戦争未亡人の生き様

芹沢文学研究会代表小串信正


連載会員便り No89

新会員からの便りが届きました


「神の書」を読む

青木秀夫

静岡県富士宮市

静岡県富士宮市、富士山の麓で病気を治す医者をしています。十九歳の夏に『人間の運命』を読んで医者になって社会の役に立とうと決心しました。苦節十四年を経て医者になりましたが、なかなか病気を治せません。

 『神の計画』が出版された夏、神の意思に沿うような医療はあるのだろうかと一週間の読書修行をしました。神の三部作と聖書、『教祖様』などの参考書をそろえ、読んでは思索を繰り返しました。七日目の明け方でした、「病気は治る」と神の声を聞いたのです。イエス様や教祖様にならなくても医者のままで病気を治せるということでした。

 それからは現代医療を離れて病気が治ったという治療法を研究し、今日

の波動療法を習得しました。がんや難病まで多くの病気が治るようになり

ました。

 この波動療法を知る前、軽井沢の山荘で光治良先生にお会いできる幸運がありました。先生最後の山荘で、『天の調べ』を執筆中でした。「立派な方です」と理由もなく褒めてくださいました。医療の方向は間違っていないと確信できました。

 「恩書」という言葉がありますが、芹沢文学は、人生の使命を自覚させ、それを貫徹する力となりましたので「恩書」よりも「神の書」です。

 富士山麓の芝川に開業してから、人生体験を話すと「神シリーズ」を体感したいという人たちが集まり芝川読書会が始まりました。月に一回の開催で、「神シリーズ」は3回も繰り返し読みました。今年の二月にコロナ禍でも中断することなく、二〇〇回記念を迎えました。現在は『人間の運命』を読んでいます。『人間の運命』には神の意思がちりばめられています。それを探しては喜び、感激が治す医療の支えになっているのです。


資料紹介短篇集『西欧物語』昭和二十二年五月五日プレブス社発行

 芹沢光治良の西欧体験で書かれた四編の短編小説を一冊にして出版したものです。「ブルジョア」は、パリに遊学し結核闘病をして、昭和3年に帰国してから、雑誌<改造>の懸賞小説に応募しした出世作です。一等に当選して昭和54月号の雑誌改造』に掲載されました。短編小説「黒」は昭和68月号の雑誌改造』に発表したものです。イタリアの独裁者ムッソリーニが創った国家ファシスト党に反対する青年達のことを書いたものです。黒は黒服の男達のことで、シルバンがムッソリーニ暗殺を謀ったが、思い直してパリに帰るという作品。短編小説「白い子犬と頸飾」は、スイスでの結核闘病の体験で白い子犬と頸飾の夢のことを書いた作品。

短編小説「聖女像」は、昭和72月に雑誌新潮』に発表した作品で、長編小説『明日を逐うて』の続編の一つです。古書店でも見つからない短編集ですが・・・。

年会費が未納の方は、納入をお願いします。今年度も年会費を1800

に据置きました。年会費の納入をお願いいたします。自主的な寄付も受入れます。

どうか、よろしくお願いします。

新入会員の紹介その後入会無し新入会員をお誘い下さい。


編集後記

編集責任小串信正.........

芹沢文学研究会の会報第135()号と同封資料をお届けいたします。短編小説「櫻の散る頃」は、夫の結核闘病を理解しない妻不破一枝夫人のことを批判的に書いたもので、異色の作品と言えます。掲載した東邦美術雑誌東陽』も珍

しいもので、中村輝子さんが探し出して提供してくれたものです。

秋の節句が過ぎて、朝夕は涼しくなりましたが、昼はまだまだ夏日が続いています。台風22・23号は変なコースで日本に近づき、伊豆七島には強風や大雨がったようです。今年の夏の猛暑は、記録的な高温で長期に亘って大変でした。

ノーベル賞では、医学生理学賞や化学賞に日本人の学者が選ばれて話題となりまた。誇りに思います。日本の教育費や研究費は、余りに少ないと思います。

世界各地の侵略や戦争は長く続き、多くの犠牲者を出しています。ロシアのプーチンやイスラエルのネタニヤフ等の独裁者は、人間的に許されません...

書の秋です。芹沢文学を、平穏に愛読して過ごしたいものです。


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posted by セリブン at 13:23| Comment(0) | 芹沢文学研究会

2025年10月28日

芹沢文学読書会 案内通信 No176

芹沢文学読書会


松林庵主人

案内通信

No. 176

2025( 令7) 1026 ()


柿の実が 色付きたれど 空家なり...

 松林庵主人


10月便り

10月末となり、やっと涼しい秋となりました。少しずつ野山の木々が色付きつつあります。秋が短く終り、また冬が来ます。国東の方では、雪は余り積もらなくなっていますが、これも地球温暖化のためと思われます。日本の四季が変化して、亜熱帯になりつつありま

す。夏の暑さに適する稲作を工夫して主食の米は自給出来るようにすべきです。今年は、

海水も高くなり、サンマやイカが獲れている所もあるようですが、漁業も大変のようです。

イスラエルのネタニヤフによるガザ地区攻撃が停戦となって、ハマスとの捕虜の交換も

行われました。しかし、ハマスの武装解除は無理でしょうから、またイスラエルの攻撃が

再開されることでしょう。ロシアのプーチンによる侵略戦争も終わりそうにありません。

今後も芹沢文学読書会を細々と継続して行きます。読書の秋です、お元気に読書会にお

出掛け下さい。日本は平和憲法で戦争の無い国として、平穏に生きたいものです・・・・・。


176

芹沢文学読書会

日時; 11 9 (午前10~12[*平常は第2日曜日午前です]

A会場大分県立図書館研修室 No. 1 [*平常は研修室No.5 です]

B内容[I]芹沢文学に関する話題や情報 10:00~10:10 am 自由に話す。

[U]芹沢文学読書会 10:10~12:00 am

Posr

テキスト新潮文庫『結婚』芹沢光治良作 1995710日新潮社発行

「解説」 200~208「前書」

7~39 「第一章」 *読んで来て下さい。

部分的に読んで語ります。質問にも答えます。

昭和2210月から2310月に雑誌く婦人倶楽部に連載され、

昭和231230大日本雄弁会講談社から『結婚』として発行された。

次回は、来年111 (2日曜日午前の予定です。 =

同封資料人物評「芹沢光治良氏のこと」遠藤周作 (初出『日本文学全集』月報 19645

新潮社『こころの風景なつかしき人々 1 19961010小学館発行 64~681100円。

作家遠藤周作氏が、 1984 (昭和39)5月に新潮社版『日本文学全集』の月報に書いたものを、 1996(平成8)10月発行の随筆集に収録した人物評である。『サムライの末裔』のことで、紹介しているのだが、これを『巴里に死す』の仏訳本であると誤解[ついうっかりの記憶違い]して書いている。遠藤周作氏は、

[同封資料提供者中村輝子〕

昭和32年宝文館発行の『芹沢光治良自選作品集』の解説を書いている。

芹沢文学・大分友の会

連絡先872-1651 大分県国東市国東町浜4765 (番地小串信正方

0978(77)0565 郵便振替口座 01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会



芹沢文学大分友の会

会報 No.175

ふじ

令和7(2025)1026 ()


編集・文責小串


令和 6(2025)年度芹沢文学・大分友の会会計報告 ( 2024.9~2025.8)

=会計報告をいたします。御了承下さい。会計責任小串信正・会計監査中村輝子=

収入の部前年度繰越 6,119

    会費収入 8,890

    寄付收入 10,090

    テキスト代 150

    合計   25, 249


支出の部切手代  12,734

                 文具代          4, 163

                コピー代     7,560

                合計   24, 457


【反省点】

会計決算 25,249-24,457=792 (振替 74+現金718)


@芹沢文学大分友の会としての芹沢文学読書会を29年間継続しました。


芹沢文学研究会と兼ねる会員は9名です。読書会への参加者が約3名にまで減っています。

地元の会員は5名になっています。

何か工夫して新入会員を増やしていかねばなりません。御意見をお寄せ下さい。

A熱心な会員の篤志の寄付で、年会費を1200円に維持してきましたが、 1500円に値上げしました。

通信会員として継続してくれている人々もいます。関係者や記念館などへも会報をお送りしています。今後も、会報を年6回発行し、読書会を奇数月に年6回継続して行きたいと思います。


◯令7 (2025)年度の年会費の納入をお願いします。振替や持参で。

9月から新年度になりましたが、会計決算の監査が出来ず、今号の会報での報告となりました。会計報告の御了承をおねがいします。年会費の納入をお願いいたします。

 読書会に参加の方は、 11月の会に持参して下さい。通信会員の方は、同封の郵便振替の払込取扱票にて納入して下さい。 *振替の年会費納入の確認が出来なくなっているので、同封の年会費入金報告用紙に、入金月日・金額・氏名を書いて、同封の封筒(切手は貼っています)に入れて、御面倒ですが返送して下さい。

 寄付も受入れますが、無理をされないように。芹沢文学研究会の会員の方で、芹沢文

大分友の会にも入会いただいている方々にも会員の継続をお願いいたします。


【芹沢文学案内 No.119『明日を逐うて』は、第一作目の長編小説『明日を逐うて』は、昭和6416日から613日に、東京朝日新聞の夕刊に連載した長編小説です。没後に、新潮社から発行された『芹沢光治良文学館』「短篇集」の総題が「明日を逐うて」とされて、『明日

を逐うて』を短編小説としていますが、これはミスと言えます。この作品の続編「子を連れて」「聖母像」「ぬかるみ」を書き、『思い出すこと』の「十六著作集の読者へ」「長篇小説の『明日を逐うて』」と芹沢先生が書いているのです。これから変更することは出来ませんが・・・・・・。

 そして、この『明日を逐うて』の連載の挿画を小山敬三が描いているのです。この挿画も貴

重なものですし、続編の三作も加えて、豪華本として長編小説『明日を逐うて』を、今後に刊行することを再度提案したいと思います。この案は、生前の芹沢先生の願いでもあったのです。芹沢光治良記念文化財団と沼津市芹沢光治良記念館が協力し、何かの記念として出版して欲しいと思います。私小串が、『明日を逐うて』の評論を書いても良いと思っています.....

posted by セリブン at 08:29| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分

2025年10月06日

芹沢文学愛読者短信 2025年10月3日 芹沢文学愛読者の会

248名古屋芹沢文学読書会 (案内)

令和7119 (午後1:30~午後4:30

内容:芹沢光治良著「神の計画」3章を読みます。

就書会会場:名古屋市港図書館集会室 (2)


改札口を出るとすぐにエレベーターがあり、

それに乗り、地上に出た目の前が港図書館の入口。

当日は講師として、

沼津市芹沢光治良記念館助言者鈴木吉先生が

東京からお越しくださいます。

鈴木吉維 (すずきよしつな)先生は神奈川県立

高等学校に勤務されていたときから、芹沢文学研究に携わり著書に『芹沢光治良研究』『芹沢光治良救済の文学』など多くの著書があります。

芹沢文学研究の第一人者で、芹沢先生とも懇意にされていました。

読書会に出席希望のかたは、参考資料を当日お渡ししますので

下記宛に電話かハガキで申し込みください。


申し込み締め切りは、電話、ハガキ共に1020 (必着。


自伝抄

7

捨て犬か雑草のように

芹沢光治良

人の情と好成績が救い (つづき)

月謝二円、校友会費三十銭で残りの七十銭で、一か月の学費や衣服費をまかなうのは、大変だったが、入学祝いに海軍軍人から送られた五円で助かった。

 その上、予期しなかったことだが卒業するまで成績が全学級で一番か二番で二年生からずっと特待生を続け月謝が免除され、毎月二円七十銭の学費のある中学生になれた。

 ただ、家の者にも村の衆にも、常に何かうしろめたさを感じて、自然に目がさがり、異端者のような悲哀がう疼いてならなかった。

一年生の時、天理教の宣教所が突然に県庁で認可になったとて、祖父の家の屋敷を一つつぶして西側の狭い空地に、増築のようにして教会ができた。

 二十年近く前に出願したので、その時認可になれば、父も財産をすてないで、すんだろうにと、祖父は不満で、その認可にも増築にも反対して、教会が完成する直前に神経痛で死んだ。


 教会といっても、十畳の座敷と同じ広さの板の間の神床のあるだけの粗末なもので、隣家の清ちゃんの父親が、朝晩二回神饌の世話をしていたが、祖父の家に増築した形なので、教会の費用は一切わが家の負担になった。

 そのことが、叔父一家に不幸になって

のしかかった。

 祖父の死後一年半ばかりして、叔母が四人目の子を流産して死亡したが、同じ頃祖母も栄養不良と過労のため白内障で視力を失った。

 その一年ばかり後に、叔父は再婚したが、その叔母は男の連れ子をして、口数の多い気の荒い人だったから、私には針の筵の上で暮らすような朝夕になった。

 ただ教会の十畳の片隅に机をおいて勉強もし寝泊まりできて助かったが、毎晩集まって来る漁師のおかみさん達の、たがいに話しあう不平や愚痴や貧乏話を傍聴して人間の憐憫さに静かに勉強もできなかった。

 三年の学年試験中にひいた風邪がなおらないで、翌年の体格検査の時、校医か乾性肋膜炎であるから休学して栄養をとれと、注意を受けた。

 もちろん医者にかかれないし、栄養をとるなど夢物語で、そのまま通学をつづけた。学校から保証人に同じ注意があったらしく、天理教の偉い先生方が次々に訪ねて来て、私が難病にかかったのは、学問をやめて天理教の青年になって奉仕生活をせよという神の啓示だとしつこく

説いて、直に退学するように責めたて幼時から、風邪でも腹痛でも薬ものまずに神の意思は何かと反省する習慣だったから、乾性肋膜炎についても、私は天理教的発想で原因を独り必死に探究した。従って、先生方の忠告が納得できなくて、そんな神なら信じないと宣言し、死んでもよしと覚悟の上で、一日も休まずに中学校を卒業した。

 その四月から沼津町の男子小学校の代用教員をして、七月に東京の第一高等学校の入学試験を受けた。

 学科は出来たが、体格検査で――この健康では寮生活が不可能だから、一年静養して来年来るように宣告された。


posted by セリブン at 20:28| Comment(0) | 芹沢文学愛読者の会 名古屋