seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢光治良文学愛好会

2019年03月19日

芹澤文学読書会 No136 案内通信136


芹沢文学

読書会

a@1362019221()(平成31)

便     −−(うぐいす)の 初鳴(はつな) (うれ)し… (あさ)散歩(さんぽ)  松林庵主人−−

    

今年は暖冬で国東半島では初雪はありましたが、積雪がありません。もう雨水で、雪は雨として降っています。もう春です、梅が咲き、菜の花も満開です。

お元気にお過ごしのことと思います。芹沢文学読書会を続けて行きます。都合をつけ

御出席下さい。鈴木吉維さんの評論集『芹沢光治良 救済の文学』(おうふう発行)を一応読み

ましたが、各自で、ゆっくりと再読して下さい。

  この3月23日は、芹沢光治良先生の26年目(27回忌)の命日になります。今年の地

元沼津市の光治良忌は3月10日に開催されるとのこと芹沢文学読書会と同じ日に

なりましたので、読書会の始めに一緒に黙禱したいと思います参加されなかった方は

3月23日に各自で黙禱して下さい。芹沢先生が逝去されて、もう26年も過ぎたのかと

いう感慨があります。外国に紹介されて来ていますが、もっと国内で高く評価されねば

ならないと思います。それを願って、読書会を継続したいと思っています。

無沙汰の方々も、奮ってお出掛け下さい。新しい方も歓迎いたします、お誘い下さい。



第136回 ・ 芹 沢 文 学 読 書 会   

 @日時; 3 月 10 ()午前10時〜12*原則的には奇数月の第2日曜日午前〕

 A会場;  大分県立図書館  研修室 *会場/今後は原則的には研修室5です〕

B内容; 〔T〕芹沢文学に関する話題や情報   10:0010:15 am

   〔U〕芹沢文学読書会  10:1512:00 am  司会担当 小串 信正

  ○テキスト 随筆@ノーベル賞候補者夫人、随筆A春の来ない冬と春の来

る冬*随筆@は、昭和43年に書かれたものと思われますが、昭和26年の夏に、ペンクラブ

国際大会の後にレーザンを訪ねた時の回想の随筆です。ノーベル平和賞の候補になったボーチェ

博士の夫人のこと、随筆Aは、中軽井沢の山荘で再会したA夫人のことなどが書かれています。  

初出/@は<ひろば>と思われるが不明、Aは昭和53年冬季<ひろば80>に発表されたもの。

  刊行/随想集『こころの波』昭和57(1982)1015日に新潮社から発行されました。

  再録/『芹沢光治良文学館12(平成91998810日 新潮社発行)361372に再録。

                   =次回は、512()午前の予定です=

◎同封資料 ;評論この悲しみをこえる怒りは芹澤光治良雑誌<改造>1954(昭和29)71日発行緊急特集「忘民・暴力政治への憤怒」 *63日の衆議院での乱闘事件を暴力政治として特集が組まれ、各界の識者に批判の評論を集めて掲載したもの。芹沢先生の戦後政治への厳しい批判の一文。このような、直接的な政治批評は珍しいので、同封資料として提供します。御一読下さい。現在の議会も余り変わらないと思われます……。表紙と目次も縮小して収録。本文は拡大×1.22  
〔資料提供中村輝子〕


芹沢文学・大分友の会              メールする  にこにこ   温泉

           連絡先 :  872-1651 大分県国東市

メール



芹沢文学・大分友の会             平成31(2019)221()


   会 報  135                編集・文責 小串(おぐし) (のぶ)

(


☆第135 回・芹沢文学読書会の報告大分県立図書館・研修室5  ♩ ♪ ♫ ♬


新年の1月13()の午前10時から大分県立図書館の研修室5で第135回・芹沢


文学読書会を行いました。いつもの熱心な会員が集いました。中村さんが、夏目漱石(金之


)の旧制第一高等中学校の論理学の成績が記録されていた手帳が発見されたことが報道され


た新聞記事を持参して話題になりました。これは松本源太郎教授がメモしていたもので、郷


里の福井県越前市に曾孫が寄託して確認されたのです。金之助は大変優秀な成績でした。


今回の読書会は、鈴木吉維著『芹沢光治良 救済の文学』(おうふう発行)の続き第三章『巴里に


死す』と太平洋戦争、第四章 戦後再出発の原点―「死者との対話」を中心に、第五章『人間


の運命』にみる貧困と格差、第六章 神シリーズと救済を語りました。要点や注目点を挙げな


がら、検討しました。芹沢文学作品を「救済」をテーマにして、系統的に論述していて、研


究論文として優れていると思います。大河小説『人間の運命』や晩年の連作も論じられてい


ます。芹沢文学としては、もっと膨大な作品があるのですが、主要作品を概論的に批評して


います。二回では十分に論じられませんでしたので、各自でゆっくりと再読して下さい。


 会の後、県立図書館の椿カフェにて、「新年会」として昼食の会食をして語らいました。


○芹沢光治良文学愛好会の例会が3月で第500!大変な偉業です!!  手(チョキ) 飛行機 ✪ ✡


私小串が、昭和52(1977)年7月に「芹沢文学館・東京友の会(月例会・芹沢文学研究会)」と


して発会した「芹沢光治良文学愛好会」が、この3月17日に、何と第500回を達成します。


都合で、大分県(国東町)の実家に回帰するために、鈴木春雄夫妻に引継ぎましたが、よくぞ継


続してくれました。現在は、病気療養のために、豊田英文さんに引継がれていますが、当日


の例会の後に記念の茶会を持つとのこと。この記録は、日本だけでなく世界的にも、稀有な


偉業で、個人的な作家の読書会としてはギネスブックに登録されても良いほどだと思います。


【芹沢文学案内 85『巴里に死す・愛と死の書』筑摩書房発行 現代日本名作選ハート(トランプ)クラブ


 筑摩書房版の現代日本名作選が企画され、芹沢光治良も2つの長編小説『巴里に死す』


『愛と死の書』が選ばれ、単行本『巴里に死す・愛と死の書』として戦後の昭和28年1月


20日に発行されました。巻頭に著者の写真、巻末に河上徹太郎の「解説」も収録されて








『巴里に死す・愛と死の書』


います。全228頁。装幀 恩地孝四郎。



長編小説は二段組で、『巴里に死す』は1124頁、『愛と死の書』は125223頁に収録されています。「解説」は225228頁ですが、『巴里に死す』については、「インテリ家庭婦人の愛情の様相と限界といつたものを描いてゐる」、「彼女[宮村伸子]は、その一途な愛情の美と、やや融通のきかないエゴイズムとによつて、貞淑な家庭夫人であると共に、相手の男性次第で手に負へぬ愚妻にもなり得るといふ、紙一重の存在として描かれてゐる所に、この作品の狙ひと興味がある譯である。」と批評されています。『愛と死の書』については、「こ


の作品はやはり外國生活もしたことのあるインテリ夫人が次々に三人の肉身[?]を失つて


行くその情愛がテーマである。」、「現在の文壇で最も知的で、合理主義者であるこの作者にし


て、この神秘主義的な言があるのは、即ちこの作品に彼が個人的感慨を以て打ち込んでゐる證


據である。」と論評しています。 このような単行本が、筑摩書房より出版されているのです。



まさ

)


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posted by セリブン at 10:07| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分

四季報  秋号  芹沢文学研究会 ・ 会報 第百七号 (bP07) 2018(平成30)年10月30日(火)刊行                           

四季報  秋号             第百七号(bP07)


芹沢文学研究会


会報


               2018(平成30)1030()刊行



()(やま)は (いろ)づきにけり 秋深(あきふか)……   スペードダイヤ


=秋の歌=          芹沢(せりざわ)文学(ぶんがく) 愛読(あいどく)日々(ひび)  松林庵(しょうりんあん)主人(しゅじん)  


平成30年度芹沢光治良文学講演会沼津市教育委員会主催 1124


 今年度の沼津市教育委員会主催の文学講演会「芹沢光治良文学は今を生きる中国人民にどう映ったかが、1124()

1330分〜16時に沼津市立図書館(4階視聴覚ホール)で開催されます。講師は加藤嘉一氏です。加藤氏は国際コラムニストで、

『愛と死と悲しみと』を中国語訳されました。静岡県田方郡函南町に生まれ、北京大学に留学し大学院を卒業しました。「時代騎

士賞」を受賞。現在、香港大学アジグローバル研究所兼任准教授で米ニューヨーク・タイムズ中国語版コラムニスト。著作に

『われ日本海の橋とならん』『中国民主化研究』『いま中国人は何を考えているのか』『習近平はトランプをどう迎え撃つか』

あるとのこと。講演は入場無料ですが定員180名、定員になり次第締切。問合わせ申込みは沼津市芹沢光治


良記念館(電話1(プッシュホン)055‐932‐0255 / メールkojiro@city.numazu.lg.jp)。*記念館からのチラシ


を同封します。 沼津市に近い方、都合のつく方は、御参加下さい。


沼津市芹沢光治良記念館で企画展光治良と中国展」が1115日〜201931日に開催される予定です。詳しい内容は

不明です。


芹沢文学合同(東京・芝川・名古屋)読書会イン 名古屋フェスティバル 2324


 名古屋芹沢文学読書会(前田操代表)主催で、参加者が53人で盛会だったとか。東京からも野沢朝子、岡玲子氏や10人が参加。23日は八事霊園で藍川家・小山家の墓参、ラスース(フランス料理)で夕食。藍川清英氏の御子息夫妻も参加。24日は安井正二氏の挨拶、鈴木春雄氏の講演が中心で、読書会には余り時間が取れなったようです。 太陽にこにこ


第495回 芹沢光治良文学愛好会 1021(日)13時〜17


 芹沢光治良文学愛好会は、鈴木春雄さんから豊田英文さんに引継がれ、今回で第495回になりました。会場は三鷹市市民協働センター(2階第2会議室)


で、テキストは短編小説「戯れに恋はすまじ」でした。司会は豊田英文さんで、何人が参加しているのか分かりませんが、着実に続けられているようです。通常は葉書での案内ですが、今回はB5で、「月例読書会・テキスト(201810月〜2019)」の一覧表も入れられています。沼津市教育委員会主催の文学講演会「芹沢光治良文学は今を生きる中国人民にどう映ったか」のチラシ、テキストの小冊子「戯れに恋はすまじ」、「橋の手前」「去来」も同封されています。これらのテキストは誰が作成しているのでしょうか。頑張っています。


何とか継続され、あと5回で、何と第500回になります。本当は、大々的に記念行事が行われてもと思いますが、今のところ企画されていないようです。


しかし、大変な記録ですから、何か祝いたいものと期待しています……。


芹沢文学愛読者短信 第215号 2018年7月5日芹沢文学愛読者の会


安井正二・恵美子夫妻が発行している「芹沢文学愛読者短信」の第215号が届きました。岡山市の山本正夫様の逝去(3月2日 享年87)、芹沢光治良著『愛と知と悲しみと』中国語版が出版、芹沢文学についての 新刊書紹介 鈴木吉維著『芹沢光治良 救済の文学』おうふう発行、沼津市芹沢光治良記念館 企画展『光治良と沼津展』(6月15日〜1031)、芹沢文学合同読書会(東京・芝川・名古屋)開催(9月2324)が紹介されていました。「芹沢文学合同読書会(東京・芝川・名古屋)イン名古屋フェスティバル(名古屋芹沢文学読書会代表前田操)の案内(A4で2枚と申込葉書)も同封されていました。既に終わったものですが、この会報に記録として掲載して置きたいと思います。  メモする


134回 芹沢文学読書会 芹沢文学・大分友の会 1111()


芹沢文学・大分友の会は、大分県立図書館の研修室で、年6回の「芹沢文学読書会」を行っています。今回で134ですが、23年目の歩みを重ねています。最近、福岡県福津の田中さん、小倉の金さん、中津の呉さんが入会してくれました。読書会へも参加いただきました。九州的な広がりです……。


 ところが、沖縄の伊仲誠保さんの訃報がありました。御冥福をお祈りします。



◎ 同封資料@新聞記事芹沢作品の中国版出版受け沼津朝日2018[資料提供和田安弘]


A随筆この夏の記録野乃宮紀子同人誌「無人塔」40平成30年2月15日むじんとうの会発行拡大×1.22


B文学評論 連載「芹沢文学講話」N 「芹沢光治良と島崎藤村 =日本の大河小説派=小串 信正





連載 メールする会員便り bU5


沖縄の伊仲誠保さんの訃報  大分県国東市小串(おぐし) 信正(のぶまさ)


 私は全国的な芹沢文学研究会と地方的な芹沢文学・大分友の会(芹沢文学読書会)を同時に運営しています。この芹沢文学研究会は26年目、芹沢文学読書会は23年目の歩みです。両方の会に入会して継続してくれている人も多くいます。芹沢文学研究会の会員の方で、過分な寄附をいただいた方に芹沢文学・大分友の会(芹沢文学読書会)の会報をお送りしている方も数人います。


 その中で、沖縄の伊仲誠保さんは、両会に所属してくれた先駆の一人です。入会は平成21(2009)月だったと思います。司法書士をされていて、福岡への出張と例会が合う時に、何度も大分県立図書館の芹沢文学読書会に参加いただきました。入会の切掛けは、東京の芹沢光治良文学愛好会のホームページで芹沢文学・大分友の会を知っての入会だったと思います。熱心に芹沢文学を愛読し、他の作家も色々と読書されていたと思います。会費はいつも先々まで納入いただき、過分な寄附も寄せていただきました。芹沢文学読書会にいらっしゃるときには、いつも沖縄のお菓子なども持参いただきました。ずっと来られない時は伊仲さんのことが話題となり、いつか会員で一緒に沖縄の伊仲さんを訪ねたいものと話しました。


 平成29(2017)2324日に、芹沢文学研究会の会報が第100号となり、芹沢文学・大分友の会の芹沢文学読書会が第120回となりましたので、この二つの会の交流会とし「国東半島で芹沢文学を語る集い」を国東市安岐町の梅園の里を宿泊・会場として開催しました。この時は伊仲夫妻(奥様は別行動で集いには参加されませんでしたが)でいらっしゃいました。参加者は名でしたが、芹沢文学の楽しい語らいの時を持つことが出来ました……。


 ところが、この10月に第134回・芹沢文学読書会の会報をお送りしましたら、奥様からお電話があり、伊仲さんがお亡くなりになったとのことで、驚き悲しみました。亡くなられた月日や年齢をお聞きすることを忘れましたが、私よりも若いのではなかったかと思われます。心よりお悔やみを申し、御冥福をお祈りいたします。私もこの7月に古稀となってしまいました。皆様の健康をお祈りします。



芹沢文学豆知識㉑ 文学随想集『文学者の運命』=『ノーベル賞文学全集』の月報=


 この文学随想集としての『文学者の運命』は、()主婦の友社


から、昭和4810日に発行。四六判、244頁、定価680円


 主婦の友社は、『人類の遺産ノーベル賞文学全集』(24巻、別巻1。


B5変型)を企画して刊行しました。編集顧問は、ノーベル文学賞受賞者 作家 川端康成、日本ペンクラブ会長 ノーベル文学賞推薦委員 芹沢光治良で、全受賞作家65名の代表作を世界9国での同時出版の日本語訳の刊行。この出版の月報に求められて執筆・連載したものです。内容(目次)ある質問に 文学と天才教育 作家と生活 文学志望 不幸であるから小説を書くのか 私の胸の奥には ポール・ヴァレリーも私の恩人であった 書くことは生きることです 外国語で小説が書けるか それでも母国語で書くべきではなかろうか 創作は疲れるものだ 書斎のなかには大理石の素材を持ちこんでいるのだが 私は帝国大学に再入学しようとした 文章をさがして 私は孤独だった 私は敗戦前こんな態度で創作した バルザックは私の師匠 大河小説の計画を放棄した 小説とはやくざの業か 闘病生活をすてた日 作家は書かなければ死に等しい 虱になやんだ日々 川端さんの死について 佳き晩年をです。その後で次の五章前章でおわらなかった 小説家の運 小説家の不運 わが書斎の珈琲はうまかった 他人の原稿を読んでを書き加え、あとがきも収録して刊行したのです。この当時は日本ペンクラブの会長として「日本文化研究国際会議」開催の準備をしていて、創作は出来ず、しかし、この月報の文章は楽しんで書いたとのこと。出版するときに文学者の運命の題を付けました。


 この単行本は、芹沢文学を愛読し研究する人には大いに参考になるものです。自伝とは少し違った、作家としての歩みを文学論的に書いた貴重な資料と言えます。N




新入会員の紹介 平成30年7月以後の入会は無し。 *新入会員を募集。♤ クラブダイヤ


編集後記


会報107()号と同封資料をお届けいたします。やっと秋らしい日々となりました。コスモスの花が咲き、野山の木々も色付き始めました。段々と寒くなりますが健康に留意してお過ごし下さい。豪雨、台風、地震で被害のあった方々は、復旧・復興に御尽力のことと思います。ボランティアの方々も被災地に赴き御苦労様です。


芹沢文学としては、これといった動きはありませんが、着実に愛読しましょう。芹沢文学研究会としては、芹沢文学への確かな評価をして、若い人々にも読まれるように尽力して行きたいものです。研究成果があれば、コピーしてお送りください。













posted by セリブン at 09:49| Comment(0) | 芹沢文学研究会

四季報  冬号 芹沢文学研究会・会報            第百八号 (bP08)


芹沢文学研究会


会報


               2019(平成31)1月30()刊行

暖冬(だんとう)で (うめ)(はな) 咲き ()(はな)も   スペードダイヤ

=冬の歌=      ()()めたり ()故里(ふるさと)……  松林庵(しょうりんあん)主人(しゅじん)


第8回 光治良忌 沼津芹沢文学愛好会主催 10() 沼津市営墓地 

芹沢光治良先生が逝去されて26(27回忌)になります。今年の「光治良忌」は

10()に行われるようですが、会員で参加出来る人は御参加下さい。芹沢先生

の命日は23日です。この日には、会員各位で偲んで下さい。

芹沢文学は、昨年には『愛と死と悲しみと』が中国語訳され、中国で出版されました。画期的なことで、その出版を喜びたいと思います。ただ、その題が『人間的命运』(日本語的には『人間の運命』)となったことを残念に思います。『愛と死と悲しみと』を直訳した題にすべきでした。『人間の運命』は、大河小説の題であるからです。『愛と死と悲しみと』は、その別巻と言えますが、大河小説ではないのです。

韓国では『人間の運命』が翻訳され、二巻が刊行されましたが、中断されています。この韓国語訳の出版が復活して刊行していくことを期待しています。過去には、台湾で『巴里に死す』が出版され、インドでは『結婚』が英訳出版されています。アジア各国に芹沢文学作品が翻訳出版されることを念願しています。  太陽にこにこ

 沼津市芹沢光治良記念館で企画展「光治良と中国展」が1115日〜2019年

5月31日に開催されています。記念館から『図録 光治良と中国展』をお送りいた

だきました。目次は、企画展「光治良と中国展」開催について、光治良と中国()

光治良と中国()、『愛と死と悲しみと』、光治良が中国

に対して思うことですが昭和13年の『中国取材日記』

も掲載。『愛と死の書』『眠られぬ夜』。ルクリュ家系図。

作家巴金の書簡・随筆。作家老舎来訪のこと。リリー

夫人の書簡、ジャック・ルクリュ訃報の記事等も収録。


日中友好協会中野支部の会員が芹沢光治良記念館を見学 1月8日
 沼津朝日の11日の記事によると、東京都中野区の日中友好協会中野支部の会員32人が、芹沢光治良作『愛と知とかなしみと』の中国語版が昨年出版されたので、バスの日帰り旅で沼津市我入道の芹沢光治良記念館を見学したようです。館員の説明の後、企画展の「光治良と中国展」を見学しました。このツアーを企画した副支部長来住和行(らいじゅう・かずゆき)さんは、「芹沢光治良の存在は中野区の住民にあまり知られていない。これを機会に多くの人に知ってもらえたら」と話されたとのこと。東中野も中野区ですから、もっと中野区民に作家芹沢光治良や芹沢文学作品が知られることを願っています。 

芹沢光治良文学愛好会が第500回になります  メモする

 芹沢光治良文学愛好会は、昭和52(1977)年7月に私小串が代表で「芹沢文学館・東京友の会(芹沢文学研究会)」として始められました。芹沢光治良先生に講演いただき発会したのです。月例会と春か秋に会員の研究発表や講師を招いての講演会を開催するもので、手書きのコピー雑誌を発刊しました。発足の勢いで、翌年の一九七八年十一月三日には会誌『芹沢文学・資料(一九七八年版)』を芹沢文学研究会編著で出版しました。月例会は毎月欠かさずに継続して、「芹沢文学研究会」から「芹沢文学愛好会」へ発展し、鈴木春雄さんに引継ぎました。「芹沢光治良文学愛好会」として継続され、豊田英文さんが世話を続け、42年目のこの3月の月例会で第500回を迎えます。一人の作家の愛好会としては、日本だけでなく、世界的にも稀有なことで、ギネスブックに登録されてもよい記録と言えます。良く続けられたものと感慨深いものがあります。

41回 芹沢文学愛読者新年会 1月20()  芹沢文学愛読者の会

 東海地域の芹沢文学愛読者新年会が20()に「ウインクあいち」を会場にして開催されました。今回で第41回の新年会ですが、楽しい語らいの時が持たれたものと思います。芹沢先生80歳の時に出版された『狭き門より』について自宅でお話されている貴重なビデオも紹介されたようです。二次会もあり、夕食を共にしたようです。昨年の1216日に読書会もあったとか。

芹沢文学・大分友の会の芹沢文学読書会でも、13()に大分県立図書館の食堂にて昼食の新年会を行いました。楽しい語らいの時を持ちました。



◎ 同封資料@少年小説『虹の國』 芹沢光治良 雑誌<少年 新年號>昭和22(1947)年1月1日 光文社発行。6672頁。定価6圓。 拡大×1.22 [資料提供 中村輝子]


A文学評論 連載「芹沢文学講話」O 「芹沢光治良と野上弥生子 =良識派の代表作家=小串 信正



連載 メールする会員便り bU6



朝散歩と貝類拾い・ゴミ拾い  大分県国東市小串(おぐし) 信正(のぶまさ)


 私は朝5時からの「マイあさラジオ」(NHKラジオ第一)を寝床の中で聴きます。6時30分からは床の横で「ラジオ体操」(第一・首・第二)を元氣よくします。


 その後で海浜への「朝散歩」に出掛けます。現在は冬の寒さに対応して、マフラー・フード付きのオーバー・手袋と十分に防寒対策をして出かけます。ハンディカメラをベルトで腰に下げ、草木や自然・風物で気が付いたものを撮ります。コウノトリの飛来やスナメリの死体も写しました。デジタルなので生活記録的に撮影。


 まず、氏神の恵美須神社に参拝し、小串伴右衛門石碑に参り、海浜へ歩きます。


途中にトマト水耕栽培の奥松農園がありますが、この新々田は江戸時代後期に浜田屋小串伴右衛門三代が塩田を造成したのです。瀬戸内海の海浜に出て、朝日を拝し、ウオーミングアップ体操をします。階段に腰をおろして俳句や短歌を作ります。犬を連れた人が時々見られますが、殆どは我一人です。近くに姫島、遠くに中国地方の島々や山並みも望めます。白砂や砂鉄のきれいな浜が南北に続いています。貝類やウニ・カニが打ち上げられています。夏には海水浴場となります。愛知の安井御夫妻を「国東半島で芹沢文学を語る集い」の時に、この海浜に案内しましたが、「芹沢先生の駿河湾我入道の海岸に似ていると」と言ってくれました。

 最初は散歩しながら貝殻を拾いました。宝貝・紅貝・桜貝…。ウニ類のスカシカシパン・ブンブクチャガマ…、カブトガニも拾いました。今では大きな段ボール箱に四杯にもなっています。これらの名前や生態を調べるのも楽しいものです。
 ガラス片が眼に付くようになり、拾うようになりました。ペットボトルや様々なプラスチックのゴミが余りに多いので買物ビニール袋を持って行き、拾って帰り、可燃物の袋に入れて出しています。拾っても拾っても打ち上ってきますが、ずっと続けていて、この頃はずいぶん奇麗になって来ました。故里の海や浜が美しくあって欲しいという愛郷心から継続しています……。
 帰途は、山沿いの道を歩きますが、我家の墓地に寄り、両親や先祖の墓に参ります。冬の寒い日、夏の暑い日に散歩するのは大変ですが、続けたいと思います。

芹沢文学研究会 2018(平成30)年度会計報告  反省と展望

 *会員各位 「会計報告」と「反省と展望」などを御了承下さい。

  ・収入の部 前年繰越 102,068   ・支出の部 切手代  18,100

        会費収入  41,400         文具代   5,960


        寄付収入  10,800         コピー代 26,050


             154,268               50,110 


         会計決算 154,26850,110104,158(振替98,990+現金5,168)


                             会計責任小串 信正  会計監査田村 正義

 反省と展望

・芹沢文学研究会は27年間継続しました。四季報の会報と同封資料を年4回刊行し、「芹沢文学講話」も連載しています。沖縄の伊仲誠保さんが死去し、会員が段々と少なくなってはいます。熱心な会員に支えられて継続しています。年会費と寄付によって運営しています。これまでの篤志による寄付が約10万円あります。これで記念館や図書館・出版社、愛好会や諸会、顧問の先生方などへ、会報を15部お贈り出来ています。また、会誌『芹沢文学・資料』(第二号)発行の為に繰越しています。


・会員の鈴木吉継氏が、評論集『芹沢光治良 救済の文学』(おうふう発行)を出版しました。芹沢文学研究会として、皆さんと共に喜びたいと思います。会員各位の個人的な研究や評論を期待しています。論文を書きましたら、コピーをお送り下さい。


・芹沢文学研究会としては細々とですが、今後も継続して行きたいと思います。会員各位の御理解と御協力をお願いします。御意見をお寄せ下さい。


新年度の年会費納入をお願いいたします *同封の払込取扱票にて納入して下さい。


  今年度も年会費を1800円に据置きます。郵便振替にて納入をお願いいたします。寄付も受入れますが、無理をされませんようにお願いいたします。尚、どうしても退会されます方は、御面倒でも、ハガキにて御一報いただきたいと存じます。


新入会員の紹介 平成30年8月以後の入会は無し。 *新入会員を募集中。 ♤ クラブダイヤ


…………編集後記 ………………………………編集責任 小串信正………  


会報108()号と同封資料をお届けいたします。暖冬と言われますが、日本海側や東北・北海道では豪雪で、大変なことと思います。 昨年は大分県日出町の尾畠春夫さんがスーパーボランティアとして話題となりました。現在も東京から日出町まで歩いて帰っています。今年1月、全豪オープン女子テニスで、大坂なおみさんが優勝し、世界ランク1位になりました。日本女性の活躍に拍手喝采をしたいと思います。













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posted by セリブン at 08:38| Comment(0) | 芹沢文学研究会