seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢光治良文学愛好会

2024年04月23日

芹沢文学読書会 No167

芹沢文学読書会


案内通信

No. 167

2024422 (  )

(令和6)


松林庵主人



タンポポ

蒲公英(タンポポ)

群れているなり

逞しく・・・


4月便り

418日の夜中に、豊後水道で地震がありました。地震は思ったより強く、南海トラフ大地震ではないかと恐れました。

テレビで、豊後水道の四国寄りと知り、愛媛県や徳島県で震度6弱で、国東は震度4 (津久見や佐伯は震度5)でした。それにしても、最近は各地で地震が頻発し、東京 (関東圏)や西日本 (南海トラフ圏)での大震災が心配されます......

 大リーグの大谷翔平は、信頼していた通訳の水原一平がギャンブル依存症で大損し、預金から盗まれて、1600万ドル (245000万円)も送金されるという災難に遭ってしまいました。大谷は、今は野球に専念して、ヒットやホームランを記録的に打っています......

 今年も芹沢文学読書会を継続しています。今回の読書会から、『思い出すこと』の批評を読み始めます。初夏の爽やかな季節です、お元気に読書会にお出掛け下さい。


167回・芹沢文学読書会


@日時: 5  19  (午前10~12[*特別に第3日曜日午前です]

A会場大分県立図書館研修室 No. 1 [*特別に研修室No.1 です]

B内容[I]芹沢文学に関する話題や情報 10:00~10:10 am

[U]芹沢文学読書会 10:10~11:40 11:45~12:00 am 輪読 J

テキスト - @『海に鳴る碑』『愛と知と悲しみと』」A「二青春小説」

*@は、『芹沢光治良文学館』の第七巻で、長編小説の『海に鳴る碑』『愛と知と悲しみと』が収録されました。『海に鳴る碑』は大河小説『人間の運命』の序章です。『愛と知と悲しみと』は付属物です。

Aは第一巻で、青春小説の『麓の景色』『きいろい地球』『生まれた土地』が収録されました。それぞれに思い出がありますが、青春小説としては『春の谷間』『パリ留学生』を選ぶべきだったと記入。

初出『芹澤光治良作品集』(新潮社発行)の全16巻の月報に連載されました。昭和492~505月。

初刊本『こころの広場第三章思い出すこと』昭和 52 (1977)415新潮社発行。245 800円。

再録『芹沢光治良文学館12平成9(1997)810


 次回は、7月14日(第二日曜日)午前の予定です。


◎同封資料 ; 短篇小説「茜色の空」芹澤光治良昭和18 (1943)919朝日新聞社発行雑誌く週刊朝日〉。 30~33頁。 *戦時中の週刊誌〈週刊朝日〉に掲載された短編小説です。鶴頭正太郎は駅長の父に従って各地を転々としました。信州の追分は、少年時代に過ごして美しい追憶の地で、千代と結婚して新婚旅行に

来た思い出の地でもありました。夫が戦死して、息子淳一を連れての旅が書かれています。活字が小さいので拡大鏡でお読み下さい。[資料提供/中村輝子]


芹沢文学・大分友の会

令和6(2024)422()

会報 No.166

編集・文責  小串 信正 おぐし のぶまさ


ふじ



166芹沢文学読書会の報告

大分県立図書館・研修室No.5

310()に、大分県立図書館の研修室 No.5 で166回の芹沢文学読書会が行われました。芹沢文学館の頃の会「芹沢・井上文学館友の会会報 157を今回も参考資料として参加者に渡しました。連載芹沢文学入門82 「短編小説我入道』」 (小串信正)や生誕百年記念の芹沢光治良文学愛好会による「フランス・スイスロマンの旅」が掲載されていました。

今回のテキストも、『文学者の運命』の二随想で、@「わが書斎の珈琲はうまかった」A「他人の原稿を読んで」を読み語りました。@には、伊藤整、永松定、荒木巍氏のことを回想して、 書斎を訪ねて来た経過が書かれています。Aには、阿部光子さんの原稿を沢山読んだこと、 I君やN C君との交流も書き、「戦前の作家志望者の不運をしみじみ思った」と回想。「私の親しみを覚えた作家」として、片岡鉄兵、武田麟太郎、横光利一氏を挙げ、語りたかったと書いています。

次回からは、「こころの広場』の第三章「思い出すこと」を読み語りたいと思います。


【芹沢文学案内 No.110新潮社版『芹澤光治良作品集』(16)について『芹澤光治良作品集』は、新潮社より昭和492月から翌505月に、全16巻で出版されました。芹沢光治良は、大河小説『人間の運命』を全14巻一応完稿して、昭和 44(1969)6月に芸術院賞を受賞しました。そして同45年の5月に「芹沢文学館」が開館し、 12月に日本芸術院会員に選ばれました。

 その後に、大河小説『人間の運命』の終章として『遠ざかった明日』を創作し、昭和48年に序章として『海に鳴る碑』を書き上げて、大河小説『人間の運命』を全16巻で完結したのです。『海に鳴る碑』は、単行本としては刊行されず、昭和49年から新潮社より出版され始めた『芹澤光治良作品集』の第一回配本の第7巻に収録されて刊行されました。本格的な作品集として『芹澤光治良作品集』が生前に刊行されたのです。没後に『芹沢光治良文学館』(12が新潮社から刊行されましたが、全集は、未だに出版されていません。

『芹澤光治良作品集』表紙


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『芹澤光治良作品集』の第1巻には、長編小説『麓の景色』『きいろい地球』『産まれた土地』、第2巻には、長編小説『未完の告白』『花束』『女にうまれて』、3巻には、長編小説『懺悔紀』『孤絶』『愁』4巻には、長編小説『愛と死の書』『愛と死の蔭に』『サムライの末裔』、5巻には、長編小説『巴里夫人』『巴里に死す』、第6巻には、長編小説『われに背くとも』『遠ざかった明日』、7巻には、長編小説『海に鳴る碑』『愛と死と悲しみと』、8巻には、中短編小説集、9巻には、随筆集10巻には、『人間の運命』 1 第一巻『父と子』、第二巻『友情』11巻には、『人間の運命』 2第三

『愛』第四巻『出発』12巻には、『人間の運命』 3 第五巻『失われた人』第六巻『結婚』13巻には、『人間の運命』 4 第七巻『孤独の道』、第八巻『嵐のまえ』14巻には、『人間の運命』 5 第九巻『愛と死』、第十巻『夫婦の絆』15巻には、『人間の運命』 6 第十一巻『戦野にたつ』、第十二巻『暗い日々』、第16巻には、

『人間の運命』 7 第十三巻『夜明け』、第十四巻『再会』が収録されています。この作品集で大河小説『人間の運命』の全16巻を全読することが出来るのです。

『芹澤光治良作品集』は、ハードカバーで箱入の愛蔵版とフランス装の廉価版の二種が出されたのです。

古本屋 (BOOK OFFなど)で、単冊や全16巻セットで売られていることがあります。『芹澤光治良作品集』に収録されなかった作品の多くが、『芹沢光治良文学館』(12)に収録公開されました。

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posted by セリブン at 20:34| Comment(0) | 沼津市芹沢光治良記念館

2024年04月13日

【沼津市芹沢光治良記念館】5月4日 芹沢光治良生誕日記念無料開館&記念イベントについて(お知らせ)

皆さまへ

 

 平素より大変お世話になっております。

さて、来たる54(土・祝)は、作家・芹沢光治良の生誕日に当たります。これを記念し、当日は無料開館とイベントを実施します。

つきましては、ご来館ならびにご参加賜りますようご案内申し上げます。

 

1 芹沢光治良生誕日無料開館・企画展示説明会

時間 無料開館: 9時〜1630(入館は16まで)

展示説明会:10301530開始(各回約30分)

説明会定員:各回10人程度(申込不要)

本件問合先:沼津市芹沢光治良記念館(055-932-0255

 

2 芹沢光治良を偲ぶ会(朗読・音楽会)(主催:沼津芹沢光治良文学愛好会)

時 間:1330分〜1530

内 容 第1部:芹沢光治良「巴里に死す」(抜粋)の朗読を聴く会 

第2部:芹沢光治良が愛した歌曲とピアノ曲を聴く会

定 員:各部共通20人(希望者多数の場合は抽選)

申込期間:4月22日(月)9時〜4月25日(木)17 電話で

申込・問合先:沼津芹沢光治良文学愛好会 不破さん(09060235629

 

※そのほかの詳細については、あわせて別紙の各イベントチラシをご覧ください。

 

沼津市芹沢光治良記念館



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2024年04月07日

第232号 芹沢文学愛読者短信

第232号
芹沢文学愛読者短信
芹沢文学愛読者の集い
令和6年(2024) 6月9日(日)
長いこと、 お休みにしていた「芹沢文学愛読者新年会」
が 「芹沢文学愛読者の集い」 として再開します。
実施時期は、寒い1月を避けて陽気の良い6月としました。
このほど新年会準備委員による打ち合わせで、 下記の通
り決まりましたのでお知らせいたします。 皆様のご参加を
お待ちしています。
1) 日時: 令和6年6月9日 ( 日 )
10時00分~16時00分
2024年
2) 会場: 『ウインクあいち』 会議室 (名古屋駅前)
3月30日
芹沢文学
11階 1103室
愛読者
の会
3) 会費: 1万円
当日ご持参ください。
(昼食代など含みます)
当日、会費の受け取りをスムーズに
進めるため、各自に届いた短信の空き
封筒に、会費を入れてお出し願います。
4) 申し込み: 同封のはがきで
4月30日までに。
5) 二次会は;会場の都合で
お休みです 。

自伝抄 5回

捨てだか雑草のように

芹沢光治良


不文律破り中学へ


ただ悲しかったのは、私はこの家の子でなく、祖父や叔父達みんなを不幸にして故郷を逃げた父の子で、何処へも行く処のない厄介者だとい

うことだった。それをはっきり知らされたのは、御用邸に高貴の方がお成りになるのを、小学生が道路にならんで迎えるのに、帽子をかぶらなければいかんと先生に言われて、祖母に帽子を買って欲しいと頼んだ時だった。裏の家の一年下の従弟が帽子を買ってもらったから、私も買ってもらえるものと思ったが、突然祖父が小さい私に飛びつくようにしておさえつけて、左手の人差指に灸をすえた。そんな目に何故あうか解らなかったが、もぐさが燃える熱さに

たえられなく、助けて、助けてと泣き叫んだ。裏の家の叔母が駆け付けたから、助けてくれるものと安堵したが、反対に家の叔母と二人でおさえつけて、もぐさに火をつけるのを手助けした。私はかんねんして泣きやみ、死ぬまで焼いてくれと、ふてくされた。

 その灸ねあとは現在も残っている。泣きながら聞いた祖父の言葉も覚えている―お前はみんなの厄介者だぞ、みんながおちぶれたのも、お前の親爺のせいだというのに、贅沢ばかり言って・・・・・性根を入れかえろ・・・・・と。 そばで呆気にとられたようにしていた祖母がこの子の咎

ではないのにと、言ったことも。

 その時、その夏伝染病で死んだ隣家の清ちゃんのことを思って、私も死んだ方がいいと、子供心に考えた。



 これを書くことは故郷の人々は嫌けれど、明治はいい時代だったと考える人があるが、農民や漁民にはさして良い時代でなかった証拠に、書き留めるので許してもらうのだが、貧しい私

の村に、年に二回男の子を数人売りに来る男があった。

 私の村よりも貧困な村があって、ロべらしのために小学校二、三年生の男子が五円から十円で売られて来た。

 子供というものは残酷な現実家で、買われた子供の名の上にいつまでも値段をつけて、十円の正ちゃんというように呼んで、自分はこの村のだというように区別した。

 祖父から家の厄介者だときめつけられて死んだ方がいいと思った時、私は心がませていたのか、買われた子供を思って、自分はただで買われたようなものだと気づいた。

 買った子供が厄介者でないのなら、ただで買われた自分はもっと厄介者でないはずだと。その考えで、私は助かった。

 買った子にしろ、村の子にしろ、網元の子以外はだれでも小学校を出れば一様に漁師になり、十五六歳になれば若い衆となって、一定の宿に寝泊まして海難救済会の一員になる。 

って、男の子は家にとっても、村とい共同体にとっても、将来の大切な担い手だ。それ故、小学校の二、三年生になれば、夏休みには待ちかねて舟にのせて沖へ連れて行く習慣であった。

言葉をかえれば、村の男の子はみな漁師になるという不文律があった。

 それなのにどうして私が中学校へ進学を希望したか。 どうしてその希望がかなえられたか。今考えても不思議でならない。


つづく

posted by セリブン at 23:25| Comment(0) | 芹沢文学愛読者の会 名古屋