四季報 冬号
芹沢文学研究会・会報
2016(平成お)年1月24日(日)刊行
第九十六号(No96)
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会報
初雪が正月下旬にドカ降りし
=冬の歌=
暖冬の中の具常気象? 松林庵主人
野沢朝子者『導かれるままに』が出版されました
芹沢先生の次女野沢朝子さんが、信仰体験を中心にして、生涯を回想した著作『導かれるままに』を2015年12月15日に自費出版されまし'た。先に随想集『山荘』を2010年に刊行しています。この著作は、妹文子さんの死後に書き始められ紅葉の秋に書き終えました。「あとがき」に「父に書かされたように思える」と書かれています。芹沢家のことも素直に綴られています。
内容として目次を紹介します。「はじめに」「1神をめぐって」「2播州の親さま」「3存命のおやさま」「4霊母マリアさま」「5聖母アンマのダルシャン」「6母なるものに支えられて」「7宗教について」「8死について」「9晩年の父」「10『芹沢光治良戦中戦後日記』」「あとがき」で、全158頁です。
芹沢先生の信仰から、播州の井出クニと交流し助けられました。兄芹沢真一氏は親さまや朝日神社に関わりました。存命のおやさまとは天理教の中山みき教祖で、芹沢先生は『教祖様』を創作しています。天の声を聴き、伊藤青年(のちの大徳寺昭輝氏)との出会いから、晩年の連作も書きました。朝子さんは文子さんと共に天命庵に関連しましたが、中傷で離れました。朝子さんはカトリックの学校で学び、聖母マリアさまや聖母アンマ、そして慈母観音などの「母なるもの」に支えられ、宗教的には自由に生きたことが書かれています。最後に2015年3月23日の命日にに出窓された『芹沢光治良戦後戦中日記』についても紹介しています。
平明な文体で、体験や所感が率直に書かれていて、大変読み易いです。芹沢文学の愛読者や研究者にも、必読の貴重な著作と言えます。一読をお勧めします。
城戸祐子さんを偲ぶ会
平成28年2月7日(日)午後 藤沢
昨年の10月14日に、芹沢文学の愛読者であった城戸祐子さんが73歳で御逝去されました。癌と闘病されましたが、その死が惜しまれました。藤沢市にお住まいで、『赤毛のアン』等を若い時から愛読し、芹沢文学の熱心な読者となりました。、沼津市の芹沢文学館の会員で、私が昭和52(1977)年7月に東京で「芹沢文学館・東京友の会(芹沢文学研究会)を立ち上げた時から、ずっと御理解・御協力をいただきました。その人徳で皆さんを愛おしみ明るくして下さいました。私達の結婚式にも御参加いただき、祝福していただきました。その個人的な御究流は長く、平成4(1922)年に大分県国東町で始めた「芹沢文学研究会」へも、後に御入会いただき、ずっと継続して御支援いただきました。
芹沢光治良文学愛好会の有志による「城戸祐子さんを偲ぶ会」が2月7日(日)13:00〜17:00に藤沢商工会館ミナパーク503会議室にて行われます。当研究会の会員も多く参加します。私も参加したいのですが失礼して、九州の大分から御冥福と感謝を改めて申しあげます。皆さんが再会する機会ともなることでしょう。城戸祐子さんの御遺志を受けまして芹沢文学の愛読に尽力します。
鈴木春男さんから、立派に編集された小冊子をお送りいただきました。31頁。
女「いのちのふる里」第3号が刊行されました。
沼津芹沢文学愛好会(和田安弘代表)の同人誌『いのちのふる里』(第三号)が、2016年1月1日に刊行されました。沼津市芹沢光治良記念館(沼津市役所文化振興課)からお送りいただきました。特集「芹沢光治良ゆかりの地を訪ねて」で、目次は「はじめに」「沼津芹沢文学愛好会のあゆみ」「寄稿(栗原裕康・菅野昭正・渡部芳紀・鈴木吉維・富岡幸一郎・岡玲子・安井正二)」「芹沢光治良ゆかりの地を訪ねて」「会員寄書(天野博人・五十風由子・石井恵美・芹沢守・高嶋孝行・仁王一成・和田万理江・和田安弘)」「関連記事」「会員アンケート集計」です。沼津市を中心にした地元の情報が満載されていて、芹沢文学の愛読者や研究者の参考になります。
沼津芹沢文学愛好会は、沼津市の地元で愛好会(例会)や光治良忌を継続しています。講演会に参加したり、見学会や旅行などにも出かけています。
◎同封資料 @短編小説「告白の女」芹沢光治良
雑誌〈新風〉昭和22年(1947年)3月号大阪新聞社東京支社発行36〜41
戦後の新雑誌に求められて書いたもの。書筒形式の作品。戦後に解放された女性の欲望の目覚めが不倫願望で創作されている。
A文芸評論連載「芹沢文学講話」C「芹沢光治良氏と苦学・向学」小串信正
連載 会員便り No55 二巡目の会員便りです。
年末の思い
長野県松本市 下山田 誠子
戦後70年という2015年が数日で終ろうとしています。暦年は大晦日から初平日に希望を仰ぐ新年へとつながっていきます。人の生の暦は誕生という新年から、再びそこに戻っていくことはありません。螺旋を描いて歩みゆく人生の大晦日は、もう新年に続くことはないのです。
大分・国東という言葉の響きは胸底にかすかに鳴っている通奏低音のようです。国東という地で地味な文学研究を長年続けておられる小串さんには、もう長いお交わりを頂いています。
私共の次男は22才で生涯をおえて、もう25年になります。当時住んでいた静岡の安倍川の奥の中学校は荒れた時代で世相を-つつしていました。「今日は○○君の名字がかわった・・・・」という話題が多く、息子のクラスの女の子も姓が変わり、九州の黒東という所に越していきました。たぶんお母さんの故郷の方だろうということでした。次男は「かわいそうだねえ」を連発し別れを惜しみました。その后、一〜二回手紙がきたようでした。差し出し地は国東でした。
頭部を強打した次男は言葉を発することなく一年足らずの後逝ってしまいました。彼の荷物を整理する中で、その可愛らしい手紙が出てきました。10年間も大切にとっておいたのでしょう。その後、国東でお幸せに暮らしたでしょうか。
一昨年、東京からお骨を信州松本に移しました。大きな骨董いっぱいの骨は彼の若さの証しです。順不同の生とはいえ、先逝きし子も親もあはれであります。私の母も引き揚げ時の混乱の中で、みどりごの妹を失いました。戦火に、難民にと、何と多くの母たちがいとしい子を先立たせねばならなかったか・・・。
花開くこの春三月に復活の再会に希望を託して、先祖代々の墓に納骨しようと思っています。少年少女の交した幼く純なこの二通の手紙も読むむことをせず、一緒に入れようと思っています。
二O一五年師走に
芹沢文学研究会会計報告 反省点 改善点
会員各位「会計報告」と「反省点・改善点」などを御了承下さい。
・収入の部前年繰越 96,130円 ・支出の部切手代 23,300円
会費収入 32,400円 ・文学代 5,577円
寄付収入 62,600円 ・コピー代 55,610円
計19,130円 計 84,487円
会計決算 191,130−84487=106,643円
(振替 101240+現金5403)
会計責任 小串信正 会計監査 白木淳視
【反省点・改善点】
・芹沢文学研究会は、24年間継続し、今年度は四半世紀25年目の歩みになります。細々とした会で、研究会としての役割を余り果たしていないのですが、芹沢文学を研究しようという会が無いので、芹沢文学の文学的評価を少しでもしていきたいと思います。作家芹沢光治良を日本文学史に位置づけ、世界的な文学者として評価していきたいと念願しています。会員各位の自主的研究を期待しています。
・会員が中々増えず、退会したり死去したりして減少しています。どうか、芹沢文
学研究会を知人・友人等に紹介して、入会をお勧め下さい。昨年度は安藤清治氏や顧問の山本正夫先生などから過分な寄付をいただき、会計としては余裕がありますが、会員数は問題です今後も会員の継続をよろしくお願いいたします。
・研究会の運営や会員増加対策などで御一意見や御提案を気楽にお寄せ下さい。
☆新年度の年会費納入をお願いいたします*同封の払込取扱票にて納入下さい。今年の年会費も1800円に据置きます。郵便振替にて納入をお願いいたします。寄付も受入れますが、無理をされませんようにして下さい。尚、どうしても退会されます方は、御面倒でも、ハガキ等にて御一報いただきたいと存じます。
一一〉新入会員の紹介
*その後の入会者はありません。
編集後記 編集責任 小串信正
会報96(冬)号と同封資料をお届けいたします。昨年は戦後70年で、『芹沢光治良戦中戦後日記』(勉誠出版)と『導かれるままに』(野沢朝子著)が出版されたのは、芹沢文学としては大きな意味がありました。芹沢先生が作家として、一家の主人(父親・大黒柱)として、戦争に如何に耐えられたかが、素直に読み語られています。大分の芹沢文学読書会でも読み語っています。
会員の皆さんにも精読をお勧めいたします。新年度の各位の御健康をお祈りします。