夏の歌
日本中
各地は猛暑
耐えがたき・・・
熱中症で
死者も次々
四季報 夏号
第百三十八号 (No138)
芹沢文学研究会・会報
令和8(2026)年7月8日(木)刊行
芹沢光治良記念文化財団
財団ニュース (2026年度の行事計画)2026年5月発行
〇『芹沢市生誕130年を迎えて』代表理事 勝呂 奏名作「死者との対話」の一節を引用して「命への根源的な問い」から、作品「秋扇」には「人の魂は不滅で、その人を知る心の中に残って不死である」と書いていることを紹介。晩年の連作から、
読者は「不死の芹沢と心を通わせた対話をしている」と説いています。
「芹沢との素晴らしい対話」の最近の二冊を紹介しています。
2026年度の行事計画 (1)芹沢光治良ノート(7)・財団ニュース(14)の刊行 (2)講演会・音楽会・朗読会の開催
️芹沢文字のまわりでシリーズF 野見山恵美子「二つのアラン 高田厚 12年作ブロンズ」 胸像は1966年に贈られた。
●小冊子『芹沢光治良ノート E』(長編小説『狭き門より』の紹介) 2026年5月4日発行
芹沢作品をやさしく追介する小さな冊子です。 『狭き門より』の電子書籍は小学館から発行された。
沼津市芹沢光治良記念館 静岡県沼津市我入道蔓陀ヶ原517-1
芹沢光治良二十周年記念企画展
電話・FAX 0565-32-0255 メール kojiro @ city.numazu. Ig jp
『魂の交換 光治良×文化人~運命の出逢い~』
期間 第1回 6月13日(土)~11月29日(日)
第2回 12月1日(土)~5月30日(日)
『魂の交換 光治良×文化人~運命の出逢い 第1回 沼津市芹沢光治良記念館
発行日令和8(2015)年6月13日
幼少期 大山捨松 留学中 三木清 アンリ・ベルクソン 佐伯祐三 宮沢勝 ポール、ヴァレリー
作家時代 小山敬三 島崎藤村 林芙美子
芹沢光治良文学愛好会の会報 通信 No555 556 557
芹沢光治良文学愛好会の例会、東中野区民活動センター
第555回 5月24日(日) 13:00~17:00 読書会 洋室3(2階) 司会 豊田英文
テキスト 大河小説『人間の運命』「父と子」第5章~第8章 PS56 (新潮文庫版。
送付資料は、 芹沢光治良文学愛好会総会資料 愛好会会則。
A「芹沢光治良 の周辺人物」B『芹沢光治良ノートE』『狭き門より』を読んでみませんか? 芹沢光治良記念文化財団 2026年5月4日発行
第556回 6月28日(日) 13:00~17:00 読書会 調理室3(1階) 司会 豊田英文
テキスト 大河小説『人間の運命』「愛」第1章~第4章 786 (新潮社版 黒い表紙のもの)
送付資料は、2025年度収支計算書訂正版。
Bチラシ 「魂の交歓 光治良×文化人~運命の出逢い~」
芹沢光治良文学愛好会
第557回 7月26日(日) 13:00~17:00 読書会 洋室4(2階) 司会 豊田節子
テキスト 大河小説『人間の運命』「友情」第5章~第6章 (新潮社版 黒い表紙のもの)
短編小説「櫻花」小説集 『愛すべき娘たち』(コバルト叢書)鱒書房版 昭和15年5月5日発行
送付資料は、@短編小説『櫻花』 テキスト編集・作成 鈴木春雄
*この3回の例会は、既に行われたものです。 愛好会の活動報告の紹介です。
沼津芹沢光治良文学愛好会 会報7月1日(水)発行
会報「いのちのふる里」 2026年7月1日発行 A4判 小冊子 全9頁
沼津芹沢光治良文学愛好会 不破 久代表から 会報「いのちのふる里」をお送りいただきました。
巻頭寄稿 企画展「魂の交歓 光治良×文化人~運命の出逢い~ 第1回」について釼持直樹
▷沼津市芹沢光治良記念館副主任の釼持直樹の企画展についての「概要と主な見どころ」が紹介されています。「手紙や著作など約80点」が展示されて、新しい展示方法で視覚的にも分かりやすくしているとか。
特別寄稿 生成AIが読み解く文学論 高田博次
楽しい時間を有難うございました 松村和子
会員からのメッセージ・所感 芹澤守 長澤有美子 不破公美 神田逸子 芹沢光治 五十嵐由子 不破久温
▽会員各位の光治良先生や芹沢文学作品についての感箱や思い出、そして願いや所感が書かれています。
活動報告と会計報告 事務局 会員以外も参加できる催し例年行事) 事務局
沼津芹沢光治良文学愛好会 〒410-0830 沼津市我入道東町 151-1 芹沢方
090(7855) 4229
●芹沢光治良先生の生育の地・ふる里で、多くの方々が集い、定例会が開催され、文学講演会・光治良忌・光治良を偲ぶ会が継続されていることは、素晴らしいことだと思います。今後を期待しております。
◎同封資料/翻訳一九二五年ゴンクウル賞品
月號 第一書房發行
「コナン大尉」ロヂェ・ヴェルセル 芹澤光治良訳 セルパン> 昭和十三
A評論 「ざんげ記」 芹沢光治良 『わが小説』朝日新聞学芸部編 昭和 (1962)年7月
15日 雪華社発行
[@の資料提供 中村 輝子〕
文学評論 連載 「芹沢文学講話」 C 大山捨松天
山元帥夫人 妖精との出会 芹沢文学研究会代表 小串 信正
連載 会員便りNo91
芹沢文学との関係 =キリスト教の信仰 第4回目の会員順の会賞使りとして連載
山梨県北杜市 松本 二郎
芹沢文学研究会に入会して何年になるのかな。小生、今年の7月で85歳になりますが、少し自己紹介させて貰います。私は昭和38(1961)年に茨城県の下館一校を卒業し、昭和4年に日本軽金属株式会社に就職しました。仕事の関係で静岡県の(清水市に住むようになりました。そこで、縁あって清水市に住んでいた家内と昭和4 (1966)年に結婚したのです。私の実家は仏教家族でしたが、家内の家族はキリスト家族でしたので、私は自然にキリスト教に入信しました。清水には約3年住んでいましたが、市の図書館で芹沢先生の本に出会い、それから先生の本を多く読むようになりました。図書館が近くにあったので良く利したのです。
図書館で借りた本で特に気に入った物は購入し自分の物としました。そのような関係で芹沢先生の本は大分購入しました。
前述したように家内の家族はキリスト教であり、そのような関係で結婚してからは、清水聖ヤコブ教会に行くようになりました。子供は3人いましたが3人とも幼児洗礼を受けさせました。 芹沢先生の本を読む事によって、先生は天理教の関係で大分苦労した事を知りました。宗教関係では、私は随分勉強した方ではないかと思っています。 しかし、今でも宗教とは何か、この年でも良く分からない状態です。例えば、キリスト教は、聖書は一つですが、その内容の解釈によって、宗派は凄い数ですよね。 また、現在、世界中で行われている
戦いは非常に多く、宗教が絡んでおり、理解するのは難しいです。本当に、地球はどうなってしまうのでしょう。 本当に困ったものです。
実は私は、清水市には約80年住みましたが、8歳の時に、会社の都合で若年退職することになりました。平成9(1997)年に、家内の親戚の人が山梨県の市の工業団地に工場を建設する話が出て、そこで働くことにしたのです。そのような訳で、最初は上野原市と清水市を往復する事になりました。将来もそこで働くつもりでいたので、清水市で生活するより山梨県のどこかで生活した方が良いと考え、種々検討した結果、上野原市から少し遠いですが、小淵沢に家を建てることにしたのです。小淵沢のちかくには、長坂聖マリヤ教会や清里聖アン
デレ教会があります。 現在は長坂聖マリヤ教会にお世話になっています。そして、芹沢先生や曽野綾子さんの本を繰り返し読んでいるのが現状です。
芹沢文学 豆知識かー 30
芹沢光治良先生の生年は明治30年が正しいという説
芹沢先生は、明治何年に生まれたかは、大きな問題です。 学生時代とか就職の文書には明治29年と書いたようです。昭和24年のパスポートにも 1896 と書いています。ところが、本当の生
年は明治33(1897)年であると、少年の頃から自覚していたのです。ですから、作家になってから
の年譜には、生年は明治30年とずっと書いて来たのです。昭和4年9月に日本経済新聞の連載
に書いた「私の履歴書」にも、「私は静岡県沼津市の中央を流れる狩野川の河口の左岸に、かたまった小さな漁村に、明治三十年五月四日に生れた。」と明記されています。
しかし、芸術院会員になられた昭和4 (1970)年頃に、戸籍通りにした方がと、生年を明治29年
と書かれるようになったのです。 それで、現在は戸籍登録の記録から明治29年として、年譜に
も明治29年5月4日生まれとのみ書かれるようになっています。
しかし、戸籍の生年は、祖父が一年早めて届けたとのことで、大河小説『人間の運命』の第1
巻『次郎の生いたち』には、自分をモデルにした森次郎が楊原小学校に入学する時に、「一年早
いと思ったが、五月四日生れだから、早生れとして三十五日早すぎるだけだと、常衛門は尤もら
しく自分に説明したが、実は戸籍係が二十九年生まれとしてあることを知らなかったのだ。」と
もあり、芹沢光治良先生は、やはり正確には明治30年生まれが正しいと私は思います。ですか
ら年譜にも、「明治30年5月4日に生まれた。戸籍には明治29年5月4日生まれとあるが、一年
早く生まれたと登録されたようだ。」と書くべきです。そうすると生誕百三十年は、来年になる
のです。記念館の記念企画展は、第2回が来年の5月30日まで行われるので良いと思いますが。
▽新入会員の紹介 その後の入会者は有りません。新入会員をお誘い下さい。+○
・編集責任 小串信正・・・
☆ 編集後記 ★
芹沢文学研究会の会報第138(夏号と同封資料をお届けいたします。 夏の暑い日々が続いています。 猛暑から酷暑となった所が各地に広がっています。 どうぞ、熱中症にお気をつけ下さい。 夏に会報を作成するのは大変で、クーラーの無い書斎で汗をかきながらパソコンを打っています。同封資料の作成や文学評論 連載 「芹沢文学講話」を書くのが大変です。
大相撲でウクライナ出身の安青錦が足の怪我で休場し、大関から関脇に落ちて、10勝以上で
復帰する場所でしたが、奮闘して勝ち続け、何と優勝決定戦を制して3回目の優勝をしました。
会報作りに尽力していたら、何と熊本で、震度7の大地震が起こりました。 国東半島の方で
も、横揺れして驚きましたが、幸いに震度3で一安心しました。西日本では、南海トラフ大地震
が心配されています。家は古いし、津波が起きたら大変な被害になります......。
梅雨の洪水や夏の猛暑は、地球温暖化の結果です。本気に対応して行かねば、22世紀の地球に人類は住めなくなります・・・・・・。高温はヨーロッパでもあり、フランスやスペインの山火事も大変です。侵略や戦争は、早く終わって欲しいものです。では又。