seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢光治良と作家: 芹沢光治良文学愛好会

2007年07月22日

江国香織と芹沢光治良

 芹沢光治良全国愛読者大会のポスターの校正が終わりました。ただいま印刷中です。次回、7月29日の月例会で、公開します。お楽しみにして下さい。

 2004年に「号泣する準備はできていた」で直木賞を受賞した江国香織は、20代前半に1年間アメリカのデラウェア大学に留学しました。この時芹沢光治良の『結婚』に出会っています。留学中、日本語が読めなくていいやと思っていた江国は、留学して数ヶ月後、ニューヨークの日本の本の専門店を覗き、すごく動揺し、陶然となったそうです。

 日々英語に格闘していた江国は、読まなくても活字を見ているだけで、肌が言葉を吸収してしまったそうです。しかし日本の本といってもニューヨークでは洋書。値段が高く、学生でお金のない江国は、、その場で読んでしまうことにしたそうです。

 芹沢光治良の『結婚』を隅々まで舐めるように読んだ。本屋に座り込んで本を読んだのはあの時だけだと書いています。

 江国香織は恋愛小説、童話的な作品と様々に作品を書いています。いつか芹沢光治良論を聴いてみたいですね。





投稿者: 管理人 日時: 2007年07月22日 06:40
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2007年07月09日

大江健三郎氏と芹沢光治良

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 愛好会会員のI氏から大江健三郎氏が芹沢光治良に言及している本を紹介していただきました。

 2007年5月発行の『大江健三郎 作家自身を語る』です。新潮社でISBN9784-10-303618-0です。聞き手の尾崎真理子氏が「大江健三郎、106の質問に立ち向かう」でふれています。大江氏は短篇について芹沢作品を高く評価しています。氏が評価する短篇作品とはどういうものでしょうか?大江氏が、1994年3月20日に講演された人性批評家(モラリスト)の文学ー芹沢光治良の生涯の独特さーの講演のなかでは、『ブルジョア』『巴里に死す』『死者との対話』を挙げて話されています。短篇は、『死者との対話』です。大江氏は、「そこにあるのは非常に男らしい、責任を持って生きている、信頼できる知識人という芹沢光治良というひとですね、・・・」と「戦後知識人として新しくなっていかなくてはいけない」という事は「唖の娘に話しかけるように」という事だと話されています。

 大江氏は、また、この講演の中で芹沢光治良の短篇にこの様にふれています。「戦争直後の短篇のように今、手に入らないけれども、どのように僕達と同じ時代を見つめて、モラリストとして生きて来られたかということが、よく判る小説を読むことができます。人間の観察の点でも、そして或いは人間の魂、精神についてどう考えるかという点でも、、すなわちモラリストの文学というものが、日本でこの百数十年の近代文学の歴史の中で、芹沢光治良というどのように見事な結実を示しているか」とまとめています。

 大江氏の講演録を読んでいて、今の時代こそ、精神、魂を大切にする風潮が失われて来ている中、芹沢光治良が考えるそれらを小説で経験することは大切だと改めて思いました。


posted by セリブン at 22:51| Comment(0) | 芹沢光治良と作家

2017年06月25日

阿倍光子と芹沢光治良

 阿倍光子氏は昭和18年6月25日に短編集『猫柳』を出版した。この短編集で、芹沢光治良が『猫柳の序に代えて』という一文を載せている。全文は、ここに載せられません。しかし、この文を読むと、芸術における師弟関係がよくわかります。そしてここでわかるのは、驚異的な阿倍光子の意志であります。

 「猫柳の序に代へて」


芹 繹 光 治 良


あなたのお作を、拝読するやうになってから、十二三年にもなりませうか、その問お作五十篇も読んで、いらいち批評もし. ご注意もしましたが、私のこのみをあなたに押しつけて、あなたを私へ近づけることのないやうに、 お作に私の影響が及びませんやうに心懸けて来ました。あなたにはあなたの作品、 あなたでなければできない作品を書いてもらひたいと念するあまり、読後感らしい批評はしても、 所謂創作指導のやうなことは一回もいたしませんでした。あなたはそれを物足りなく恩ふ日はあっても、 文学者は自巳の道は自らひらかねばならないといふ確信をもつて、手探りするやうに一作一作創作して、 その点私はただあなたの作品の忠実な愛読者になつて、十年以上もあなたの成長をみまもつて参りました。


 芹沢先生が、阿倍光子氏の創作の指導において、オリジナリティに置くことは、その前提に阿倍光子氏の持ち込む小説のレベルの高さがあるとしても、最後には作家の持つオリジナリティです。芹沢光治良の小説は、芹沢光治良しか書けない。(当たり前ですね)阿倍光子のオリジナリティを守るということは、なかなか大変な事です。

 オリジナリティとは、何でしょうか?

 音楽では、他人の演奏を聞いて、例えばモーツァルトを聞いて、いわゆるモーツァルトらしさの枠組みの中で、私達が何か新しい事を聞いたときにおける感動では、ないでしょうか?

 なかなか、経験することは出来ないのですが、クリーブランド管弦楽団が来日したときの『新世界』は素晴らしかったですね。何も奇をてらっての演奏ではありませんでした。『新世界』という常識の中に、新しさを実感し、感動しました。今でも思い出すのは、100人あまりの楽員が音を合わせ、メロディと伴奏部が一対となり、出てくる音すべてが、意味あるものに聞こえてきたのです。聞いたことがあるメロディ、和音に新しい意味づけを感じました。

 そういえば、『アマデウス』という映画で、ヨゼフ皇帝2世から、「QUITE NEW 」と言われ、喜ぶシーンがあります。これは、作曲家ゆえにこういわれたら喜ぶのがよくわかりますよね。このシーンの後でヨゼフ皇帝2世が「音が多すぎる」とモーツァルトに言うのですが、モーツァルトは、「どれも必要な音です」「どの音が、必要ではないか」と尋ねます。クリーブランド管弦楽団の演奏はまさにどれも必要な音だと私によく解らせてくれた演奏でした。あの演奏は、クリーブランド管弦楽団でしか出せない演奏だったと思います。

 先程の引用の後、阿倍光子氏の意志の強さを感じさせる文章が続きます。

 最後に

  芹沢先生は、

  あなたを知らない多くの人にも、荒寥たる生活の慰安とも激励ともなりませう。もう発表をためらはずに、 相変わらず創作をつづけられることを祈ります。

  昭和一八年 春

んと結んでいます。

 芹沢先生は、序文の中で、阿倍光子氏が十数年(!)芹沢先生に私淑していたことをあかしています。十数年の間に

書かれた作品は、この序文でそういう内容か充分わかりますね。

 ところで、阿倍光子氏は本名「山室 光(ヤマムロ ミツ)」と書いてあります。

 阿倍光子氏は、日本救世軍こと救世軍日本本営の創始者である山室軍平の息子さんと結婚しました。


投稿者: 管理人 日時: 2008年12月07日 19:18
posted by セリブン at 19:21| Comment(0) | 芹沢光治良と作家