2007年11月17日
短編小説 『遙かなる祈り』
『遙かなる祈り』の中で、「メルバのアベマリア」と出てきます。メルバは、作曲者ではなく、歌手の名前です。ネリー・メルバといい、Nellie Melba(1859-1931)と表記します。オーストラリアのバーンリーで生まれました。メルボルンで声楽を学び、その後パリに渡り、マルケージに師事する。1887年、ブリュッセル王立歌劇場で「リゴレット」ジルダ役でデビュー。翌年、ロンドンで「ランメルモールのルチア」のタイトルロールを歌い、成功を収める。89年には「ロメオとジュリエット」ジュリエット役でコヴェント・ガーデンにも登場。ベル・カントの女王として、幅広いレパートリーを歌い、スター歌手の地位を築き上げました。
次に、このアベマリアが誰の作曲家によるものか、アベマリアはいろいろな作曲家が手がけています。ただ、この時代では、バッハとグノーのアベマリアが一般的で、『人間の運命』にも次郎の親しい同級生が和田がコンサートでバッハのアベマリアを歌うところが書かれています。芹沢光治良と同年の宮沢賢治もアベマリアというとバッハとグノーのそれを指しています。
先程、メルバのアベマリアと書きましたが、メルバが歌っているアベマリアの当時のEPを復刻したCDがあれば小説のものとおなじわけです。そしたら、この小説の中で書かれているアベマリアを聴くことが出来ます。そのCDが見つかりました。明日月例会で持って行きます。このCDはEMICLASSICS Nellie Melba Opera Arias And Songs です。
皆さん、明日お会いしましょう。
投稿者: 管理人 日時: 2007年11月17日 19:32
posted by セリブン at 19:32| Comment(0)
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2007年06月08日
アーン作曲 「モーツアルト」 その2
千葉の沼辺様から芹沢光治良が好きだった「モーツアルト」について興味深いコメントをいただきました。
「6月10日まで上野の東京藝術大学大学美術館で開催中の展覧会「パリへ──洋画家たち百年の夢」に、佐伯祐三の油彩画『広告塔』(新潟県立近代美術館)が出品されています。
これは再渡仏した佐伯が1927年にパリで描いた風景画の一枚です。街角の円柱状の広告塔に演劇ポスターが貼り巡らされている情景なのですが、そこに明瞭な書き文字で MOZART そして SACHA と読み取れるのです。二年前にパリで観たイヴォンヌ・プランタンの舞台が、二年後になってもまだ佐伯の脳裏に浮かんでいたことを窺わせる興味深い油絵です。
機会がありましたら、どうぞご一見あれ。」
これは、気になりますね。お近くにお住みの方、10日までです。見に行って下さい。私は美術には全く詳しくありませんが、画家の心象が作家の作品に当然に反映されると思っていますが、『広告塔』の作品が再渡仏した佐伯の気持ちが伝わってくる気がします。
実は、私は佐伯祐三の画集を持っていますので、あとで開いてみます。
「6月10日まで上野の東京藝術大学大学美術館で開催中の展覧会「パリへ──洋画家たち百年の夢」に、佐伯祐三の油彩画『広告塔』(新潟県立近代美術館)が出品されています。
これは再渡仏した佐伯が1927年にパリで描いた風景画の一枚です。街角の円柱状の広告塔に演劇ポスターが貼り巡らされている情景なのですが、そこに明瞭な書き文字で MOZART そして SACHA と読み取れるのです。二年前にパリで観たイヴォンヌ・プランタンの舞台が、二年後になってもまだ佐伯の脳裏に浮かんでいたことを窺わせる興味深い油絵です。
機会がありましたら、どうぞご一見あれ。」
これは、気になりますね。お近くにお住みの方、10日までです。見に行って下さい。私は美術には全く詳しくありませんが、画家の心象が作家の作品に当然に反映されると思っていますが、『広告塔』の作品が再渡仏した佐伯の気持ちが伝わってくる気がします。
実は、私は佐伯祐三の画集を持っていますので、あとで開いてみます。
posted by セリブン at 06:04| Comment(0)
| 芹沢光治良と音楽
2007年04月23日
アーン作曲 「モーツアルト」
芹沢光治良先生は、エッセイ『こころの広場』の中の「これも純粋ですか」でアーン作曲「モーツアルト」にふれています。有名な人を招待するというのは、佐伯祐三夫妻という記憶がありましたが、「これも純粋ですか」で確認できました。もうすこしまとめると
大正14年(1925)、帰国する佐伯祐三夫妻に「エドアル7世劇場」でイボンヌ・プランタンの上演が評判なので招待するところがあります。このエッセイで青年モーツアルトが故郷に残した恋人へ送る手紙をパリの貴族の前で読む美しい「愛の手紙」というアリアにふれ、「・・・イボンヌ・プランタンが切なくそれを唄いあげると、横の佐伯君が頬にこぼれた涙を無器用に手で払った。・・・」とあります。
一度聞いてみたいので「愛の手紙」のCDを探してみます。
大正14年(1925)、帰国する佐伯祐三夫妻に「エドアル7世劇場」でイボンヌ・プランタンの上演が評判なので招待するところがあります。このエッセイで青年モーツアルトが故郷に残した恋人へ送る手紙をパリの貴族の前で読む美しい「愛の手紙」というアリアにふれ、「・・・イボンヌ・プランタンが切なくそれを唄いあげると、横の佐伯君が頬にこぼれた涙を無器用に手で払った。・・・」とあります。
一度聞いてみたいので「愛の手紙」のCDを探してみます。
posted by セリブン at 07:23| Comment(0)
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