seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢文学愛読者の会 名古屋: 芹沢光治良文学愛好会

2017年02月27日

芹沢文学愛読者短信 第211号 2017年2月21日

第39回芹沢文学愛読者新年会(報告)
平成29(2017)年1月15日実施
出席者 36人
 新年会の前日、名古屋地方もすこし雪が舞い寒い日の新年会になりました。
 そんな中、36人出席してくださいました。今年も東京方面から岡玲子さんをはじめ芹沢文学愛好会代表幹事の鈴木春雄さんご夫妻ら8人の皆様が出席くださいました。
 また、この後の二次会も盛況で19人の出席者で、夕食を共にして、楽しいひとときを過ごしました。
 国東半島で芹沢文学を語る集い平成29(2017)年3月23・24日
 =芹沢文学研究会と芹沢文学・大分友の会の交流会= 参加者を募集します! 担当小串信正
芹沢文学研究会が平成4(1992)年1月に発会し、平成29年1月の会報が第100号となり、25年間継続することになります。また、芹沢文.学~大分友の会が平成8 (1996)-年9月に発会し、大分県立図書舘(研修室)で芹沢文学読書会を20年間継続し、7月で第120回となりました。これらを記念しての受流会「国東半島で芹沢文学を語る集い」を開催することになりました。
 平成29(2017)年3月23日(木)午後に集合 
    宿泊梅園の里   国東市安岐町清
@大分空港、新幹線/徳山から周防灘フェリーで竹田フェリーてや竹田津港、Bソニック/杵築駅に迎えに行きます。
 風呂夕食 「国東半島で芹沢文学を語る集い」午後8時~ 
        天球館で春の空を天体観察
 3月24日(金)朝食出発準信 三浦梅園資料館見学 両子寺見学
 武蔵町の谷を下り国東町の黒津海岸 昼食 来浦浜海浜 小串宅にて資料等見学
    送り(参加者の協力により)@竹田津魚港A大分空港B杵築駅C別府に泊まる人等    車で送ります。
 [申込み] 集いへの参加を希望される方は、11月末日までに、便りや電            話で申込み下さv\
         宿泊は、男女別の大部屋2室が基本。個別の部屋を希望される方は
         申し出ること。
 この、集い、申し込みはすでに終わりました。でも大分県の国東半島で、このような素晴らしい集いがありますことをお伝えしたくて、ここにご紹介しました。
『人間の運命』を読む読書会は、名古屋市港図書館で毎月一章ずつ出席者が順番に声を出して読み、感想や解釈などを述べ合ってきました。
読書会のスタートは平成十三年十一月。それから十五年間続けられ昨年十二月に全巻読み終えました。読書会発足からお世話くださった前田操さんに書いていただきました。
  『人間の運命』の集いを終えて
中学二年の森次郎は、両親が天理教に全財産を捧げ、信仰の道に入ったため物心がついたころから、祖父母のもとで叔父夫婦と共に暮らしました。
 小学生の頃に部落に電灯がつき、夜でも昼間のように明るくなり、ハンカチの縁かがりの内職の手伝いもしました。
 次郎は向学心が強く、その頃当たり前であった漁師の道を選ばず、家族の反対を押し切って中学校に進み、その後二回向を目指し更に帝大に入学しました。
 大学卒業後は、貧しい人を禅益する人間になりたいと農商務省に入り、小作争議法定案を国会に通すため尽力をしましたが、在職中にそれは叶いませ
んでした。
 非力を痛感した次郎は、結婚と同時に夫婦でフランスに留学。ソルボンヌ大学でシミアン教授のもと、価値論と貨幣論を学びます。
 しかし、卒業直前に肺結核を擢患、高原療養所で治療に専念、仰臥療養しながら空中に光る氷の粒を文字に変えることが多くなり、経済学への意欲も失っていました。
 帰国後、作家の道を選び昭和五年スイスを舞台に『ブルジョア』でデビュー、同じ年に故郷を背景に『我入道』を発表、翌年にはパリの日本人を書いた新聞小説を書きました。
 両親が一生を捧げた天理教は、家族を貧のどん底に落としました。我入道の漁師のおかみさんや青年たちは信者でもあり、同じように貧困に端いでいました。
 祖母はそんな家々に、神様への供えを施しました。青年たちも貧困から抜
け出そうと、発動機船を開拓、それによって冬の貧困がなくなると、青年たちはブラジルに移住。長い間にそれも定着して成功しました。
 次郎の父親が聖人のように生きた信仰に、母も祖父母も従ってきました。祖父は体の痛みに耐えながら、そのたびに犠悔を繰り返し出直しました。
 実母は信仰など知らなかった方が幸せだったのではないかと、疑問を残して出直しました。
 次郎の父親は教えに忠実に生きてきて後悔はないが、家族を不幸にしたことを悔いながら、次郎に真柱と親交を持ち、宣(柱が真の道を歩むように見守ってほしいと次郎に遺言を残しました。その後、次郎は教祖様を書く決心もしました。
次郎は真柱が病で苦しんでいる最中に、枕元で「真柱の織悔はなんですか?」
と問い詰めました。
 『人間の運命』を読む集いは、おかげさまで昨年十二月に読了いたしました。
ここに十五年間、皆様のご支援に深く感謝いたします。
今年より一年間は短編を読んでいくことになりました。皆様の参加をお待
ちしております。
  お知らせ
 第6回 光治良忌(沼津芹沢文学愛好会)3月23日が芹沢先生の命日となることから3月12日(日)に沼津市営墓地芹沢光治良墓前にて「第6回光治良忌」が開催されます。
posted by セリブン at 10:30| Comment(0) | 芹沢文学愛読者の会 名古屋

2016年11月24日

芹沢文学愛読者通信 第210号 2016年11月7日 芹沢文学愛読者の会

芹沢文学愛読者 新年会(第39回) 平成29年(2017年)1月15日(日)


秋も深まってきました。このほど年賀状が発売され、今年もはや新しい年を迎えるための準備をするころとなりました。
恒例の新年会を、準備委員の皆様が下記のように企画してくださいました。

1  日時 :平成29年1月15日(日) 10:30〜17:00
2  会場 :『ウインクあいち』(名古屋駅前) 11階 1103号室 電話052-571-6131
3  会費:1万円 当日ご持参願います。(昼食、お飲みもの、写真代など含みます)当日、会費の受け取りをスムーズにするために、各自宛に
       届いた短信の空き封筒に会費を入れて、お出しくださいますように、お願いします。 
4  申込:同封のはがきでお申し込みください。 締め切りは12月5日(月)

5  二次会:新年会終了後新年会と同じ会場で二次会を行います。こちらにもお気軽に出席してください。
         1)時間 17:30〜19:30
                2)二次会経費 ・女性 2,000円 ・男性3,000円
       
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惜別 石垣悟子様(名古屋市中川区)

石垣悟子様が九月二日にご病気で他界されました。
 芹沢文学の第一回海外旅行(平成七年七月フランス、スイス)にご夫妻で参加されました。スイスで六十三歳の誕生日を迎えられた悟子さんを、皆さんでお祝いをした日のこと懐かしく思い出されます。
 
 ご葬儀の日に、喪主さまから次のようなお言葉がありました。
 
 真面目一本、仕事一筋に働いて、わが家を支え続けてくれた母でした。体調の定まらぬ父を献身的に支えながら、小学校
の教師として、児童の健やかな心身育成のために真心を尽くして、勤めていました。そうした中で、家に帰って私達の食事を作り、家
事や育児をこなす日々は、どれほど大変だったでしょう。それでも母はしっかりと、ただ前だけを見据えて、家族のために頑張ってくれました。
 尊い命のバトンが、可愛い孫へとつながり、皆がこうしていま穏やかに暮らしていられるのも、日ごろの母の努力のおかげです。
母のささやかな楽しみは、読書のほか、音楽や演劇の鑑賞だったでしょうか。家族でクラシックの演奏会や歌舞伎の舞台を観に出かけ、うれしそうに笑顔を輝かせておりました。
母 石垣悟子は、平成二十八年九月二日、満八十四歳にて静かに生涯をとじました。
 誠にありがとうございました。



芹沢光治良・生誕百二十周年記念

第七回
芹沢文学愛読者交流会・全国大会

十月十五日から十七日神奈川県葉山町湘南村の『IPC生産性国際交流センター』を会場にして二泊三日の日程で行いました。
同センターは、宿泊室もある研修、会議、交流の専門施設でした。
 会議室、宿泊室からは湘南の海と富士山を望むことができ、絶好の場所に建っていました。
大会内容は、『芹沢光治良先生、芹沢文子先生のポートレート展』『帯紙(帯封)文学発表会』『読書会』『講演会』『パネルディスカッション』『コンサート』『マジックショー』『朗読』『懇親会』などと、盛り沢山でした。
大会参加者は六十六人。野沢朝子様、岡玲子様はじめ、北海道、九州と全国から参加され、愛知、岐阜、三重県からは十二人が参加しました。
このたびの全国大会は、芹沢文学愛好会(東京・代表鈴木春雄様)を中心とした皆様のご尽力により実現いたしました。


予告

来年一月十五日の新年会席上で、第1回芹沢文学海外旅行ヨーロッパの旅(フランス、スイス)を記録したビデオの上映が予定されています。

 
          
posted by セリブン at 12:47| Comment(0) | 芹沢文学愛読者の会 名古屋

2016年08月31日

惜別  芹沢文学愛読者短信 第209号

惜別
鈴木嘉子様(愛知県岡崎市)
岡本清子様 (愛知県日進市)
鈴木嘉子様が、5月にご病気で他界されました。
8月のはじめに、ご家族から訃報の 連絡をいただきました。
家族葬でお見送りされました。
(82歳)
岡本清子様が、
7月30日に入院先の病院で他界 されました。
5年前の平成23年5月に脳梗塞 でλ院され、その後リハビリに努められ、「人間の運命」を読む集の読書会に、ご主人が押される車いすで出席されていました。
ご回復を信じていましただけに!とっても残念です。(享年82歳)

岡本さんに敬意を表して
舘洋子

巷では『リオ・オリンピック』の話題で賑わっている折、岡本清子さんの許報に接し深い悲しみと共に、またお一人読書会で主軸の方が亡くなられ、とても残念でたまりません。平石さんのお世話で、福井方面へパス旅行した時、岡本さんが壁の展示物を、お一人で真剣にご覧になっておられたお姿が、いま、ふっとよみがえってきました。
 読書会の輪読では、滑舌の良いはっきりした話され方など、勉強になることが多々あり、大いに刺激にな
りました。新聞への投稿ひとつとっても、普通の主婦とは違い、放送関係の人かしらと思っておりました。とにかく、努力の人でした。
惜しくも病で、言葉や手がご不自由になられた。そこで始められたのが文字の練習。その『練習ノート』を見せていただき、書き込まれた一字一字に頭が下がり、胸、がいっぱいになりました。
 あるとき、大府市の「広報誌」表紙に同市を訪ねた秋篠宮殿下の写真が掲載されました。そのすぐ近くに岡本さんのお孫さんが入っていました。
 その広報誌を読書会のとき持参して見せて下さった、岡本さんの良きおばあちゃんの表情を忘れられません。
ご冥福をお祈りするとともに、今まで本当にありがとうございました。

故鈴木嘉子さんの短歌
再びのわれの入院寒最中
主治医は言い出すまたも手術を

手術受付る決心よりも死の覚悟むし
ろたやすしわれの八十路は

永らえる厳しさしばし見聞きせり
流れのままに行くが安けし

置かれたるお茶の残りを気にしつつ
吸い口でのべば思わぬ余裕

外遊の孫の土産のオーデコロン一吹き
すればわれパリ気分

家事雑事解き放たれて看取らるる
優雅な世界なり真冬の病院

入院は神様からのプレゼント「少しお休み」
優しきこえす

亡き母の椿拵えし綿入ればんてんを
羽織りて母を思い出しおり

母の香を思い出しつつ病院のベッドに
吾の若き日手繰る

岡本清子さんを偲んで
前田 操

岡本清子さんが逝かれました。
凜とした方でしたので、晩年、病に倒れられたことは、ご本人にとっ
も、ご家族にとられましてもお辛ったと思います。
 お元気な頃は、私達をリードしてくださる頼もしい方でした。
私事ですが、二十五年前に岡本さんが朝日新聞の『ひととき』欄に投稿された記事がきっかけで、愛読者
会に入会できました。いわば私の根っこになる大切な方でした。
十五年前にスタートした『「人間の運命」を読む集い』の読書会にはいつも出席され、病で倒れられるその
月まで出席してくださいました。
闘病は五年に渡られ、その問、体仰の良い時期には、ご主人が押される車いすで出席されました。
仲睦まじいご夫婦で、ご主人が献身的に介護され、お二人で読書会を支えてくださいました。
 岡本さんの精神力と向上心は、芹沢文学によって養われたことを示してくださったように思います。

 岡本さんの芹沢文学への姿勢を引き継ぐと共に、心よりご冥福をお祈りいたします。

posted by セリブン at 16:12| Comment(0) | 芹沢文学愛読者の会 名古屋