seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢文学読書会 大分: 芹沢光治良文学愛好会

2019年03月19日

芹沢文学読書会 No134


芹沢文学


読書会

a@134 20181021()(平成30)


10便   −−甘柿(あまがき)を ()りて (うれ)しき夕陽(ゆうひ)かな…  松林庵主人−−


    秋が深まりつつありますが、朝夕は肌寒くなりました。季節の変わり目ですので、


体調に留意して下さい。読書の秋でもあります。芹沢文学読書会は23年目の歩みを始


めました。細々とですが芹沢文学を愛読して行きたいと思います。


 前回は、随筆を二作品読み語りました。 次回も随筆を読むと案内しましたが、鈴木


吉維さんが評論集『芹沢光治良 救済の文学』(おうふう発行)を刊行しましたので、この単


行本をテキストにして読み語ることになりました。前回に、この本を求めて頂き、お


渡ししました。既に各自でお読みのことと思いますが、読書会でも一緒に語りましょ


う。部分的には読みますが、予め読める方は読んで来て下さい。とりあえず、「第T部


 救済の文学」の「第一章 新たな結核文学の樹立」と「第二章 戦時下の文学――『孤


絶』『離愁』『故国』の新たな解釈について」を読み語りたいと思います。 芹沢光治良先生


の留学と結核闘病は、芹沢文学の原点と言えます。闘病の期間に、学者から作家へと


転身しました。文学こそ、生涯の使命として、その後の歩みを始めたのですが、「結核


闘病」は芹沢文学の大きなテーマとなりました。『ブルジョア』『愛と死の書』『巴里に


死す』、そして自伝的な三部作『孤絶』『離愁』『故国』へと発展しました。


11月は第二日曜日に芹沢文学読書会が出来ます。どうぞ、都合をつけて御参加下さい。御無沙汰の方々も、奮ってお出掛け下さい。福岡や沖縄から参加するのは大変ですが、



    第134回 ・ 芹 沢 文 学 読 書 会   

 @日時; 11 11 ()午前10時〜12*原則的には奇数月の第2日曜日午前〕

 A会場;  大分県立図書館  研修室 *会場/今後は原則的には研修室5です〕

 B内容; 〔T〕芹沢文学に関する話題や情報   10:0010:15 am

   〔U〕芹沢文学読書会  10:1512:00 am  司会担当 小串 信正

  ○テキスト 『芹沢光治良 救済の文学鈴木吉維著おうふう 平成3020185

29発行 「はじめに」、第T部 救済の文学 第一章 新たな結核文学の樹立、第二章

時下の文学―『孤絶』『離愁』『故国』の新たな解釈について。*書き下ろし評論。  864頁。

     =次回は、1月13()午前の予定です。昼食の新年会も行います=



機会があればお出掛け下さい。新しい方も歓迎いたします、お誘い下さい。



◎同封資料 ;新聞記事作家が見た日本の戦争=『芹沢光治良戦中戦後日記』から=沼津朝日2018(平成30)819() 勉誠出版から2015323日に出版された日記の1945年の1月から9月までを新聞特集として掲載されたもの。再構成、縮小 ×0.95〔資料提供/沼津芹沢文学愛好会和田安弘




      芹沢文学・大分友の会              メールする  にこにこ   温泉


            連絡先 :  872-1651 大分県国東市




ふ じ

    芹沢文学・大分友の会             平成30(2018)1021()



   会 報  133                編集・文責 小串(おぐし) (のぶ)(まさ)




平成29(2017)年度 芹沢文学・大分友の会 会計報告(2017.92018.8)  ハート(トランプ)クラブ


 =会計報告をいたします。御了承下さい。会計責任 小串信正・会計監査 中村輝子=


   収入の部 前年度繰越  9,947   支出の部  切手代  9,680


        会費収入  14,200          文具代  3,052


        寄付収入  16,200          コピー代  18,480  


               40,347                     31,212


                     会計決算 40,34731,2129,135(振替1,260+現金7,875)


【反省点】        


@芹沢文学・大分友の会としての芹沢文学読書会を22年間継続しました。地元の会員は9


なっています。芹沢文学研究会と兼ねる会員は8名です。読書会への参加者が約5名にまで


減っています。何か工夫して新入会員を増やしていかねばなりません。御意見をお寄せ下さい。


   A熱心な会員の篤志の寄付で、年会費を1200円に維持しています。読書会には参加出来ないが、


通信会員として継続してくれている人々もいます。 関係者や記念館などへも会報をお送りして


います。今後も、会報を年6回発行し、読書会を奇数月に年6回継続して行きたいと思います。


平成30(2018)度の年会費の納入をお願いします。振替や持参で。  手(チョキ) 飛行機 ✪ ✡


   9月から新年度になりました。年会費の納入をお願いいたします。篤志者の寄付によ


今年度の年会費も1200に止めていますので、納入をお願いいたします。同封の郵


便振替の払込取扱票にて納入して下さい。寄付も受入れますが、無理をされないように。


芹沢文学研究会の会員の方で、芹沢文学・大分友の会にも入会いただいている方々


にも会員の継続をお願いいたします2年分を振込まれることも受入れます。



☆第133 回・芹沢文学読書会の報告大分県立図書館・研修室5   ♩ ♪ ♫ ♬


133回・芹沢文学読書会を99()の午前10時から大分県立図書館の研修


5で行いました読書会として、随筆の2作品@喪服を着た貴婦人」、A「C伯爵


夫人はどうしているかを読み語りました。昭和54年に、Aの方が先に書かれました


が、この頃には長編小説『愛の影は長く』を創作していて、季刊雑誌ひろばにも随


筆を連載していたのです。@には、パリ留学中にフランス語の個人的な指導を受けたマ


ッセ姉妹との交流が書かれています。 戦後にパリで二人を探しましたが再会出来ませ


んでした。昭和34年には聖地ルールド巡礼団に参加してパリに戻り、フィガロ紙の会


見記が縁でマッセ姉妹の姪であるマルセル夫妻と親しく交流しました。AのC伯爵夫人


は仏訳された作品の愛読者で、昭和43年に来日してお会いしたオーストリアの貴族[


タリアの伯爵と結婚]です。「神に選ばれた精神の同胞」と言える夫人でした。


注文していた鈴木吉維さんの評論集『芹沢光治良 救済の文学』(おうふう発行)が届いた


ので、参加者に求めて頂きました。この評論集をテキストとして読み語りたいという


意見もありましたので、さっそく次回のテキストにすることになりました。 既に各自


でお読みでしょうが、最初の二章を読書会でも読み語りたいと思います。


 読書の秋です。都合をつけてお出掛け下さい。御無沙汰の方もお出掛け下さい。



posted by セリブン at 10:13| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分

芹澤文学読書会 No136 案内通信136


芹沢文学

読書会

a@1362019221()(平成31)

便     −−(うぐいす)の 初鳴(はつな) (うれ)し… (あさ)散歩(さんぽ)  松林庵主人−−

    

今年は暖冬で国東半島では初雪はありましたが、積雪がありません。もう雨水で、雪は雨として降っています。もう春です、梅が咲き、菜の花も満開です。

お元気にお過ごしのことと思います。芹沢文学読書会を続けて行きます。都合をつけ

御出席下さい。鈴木吉維さんの評論集『芹沢光治良 救済の文学』(おうふう発行)を一応読み

ましたが、各自で、ゆっくりと再読して下さい。

  この3月23日は、芹沢光治良先生の26年目(27回忌)の命日になります。今年の地

元沼津市の光治良忌は3月10日に開催されるとのこと芹沢文学読書会と同じ日に

なりましたので、読書会の始めに一緒に黙禱したいと思います参加されなかった方は

3月23日に各自で黙禱して下さい。芹沢先生が逝去されて、もう26年も過ぎたのかと

いう感慨があります。外国に紹介されて来ていますが、もっと国内で高く評価されねば

ならないと思います。それを願って、読書会を継続したいと思っています。

無沙汰の方々も、奮ってお出掛け下さい。新しい方も歓迎いたします、お誘い下さい。



第136回 ・ 芹 沢 文 学 読 書 会   

 @日時; 3 月 10 ()午前10時〜12*原則的には奇数月の第2日曜日午前〕

 A会場;  大分県立図書館  研修室 *会場/今後は原則的には研修室5です〕

B内容; 〔T〕芹沢文学に関する話題や情報   10:0010:15 am

   〔U〕芹沢文学読書会  10:1512:00 am  司会担当 小串 信正

  ○テキスト 随筆@ノーベル賞候補者夫人、随筆A春の来ない冬と春の来

る冬*随筆@は、昭和43年に書かれたものと思われますが、昭和26年の夏に、ペンクラブ

国際大会の後にレーザンを訪ねた時の回想の随筆です。ノーベル平和賞の候補になったボーチェ

博士の夫人のこと、随筆Aは、中軽井沢の山荘で再会したA夫人のことなどが書かれています。  

初出/@は<ひろば>と思われるが不明、Aは昭和53年冬季<ひろば80>に発表されたもの。

  刊行/随想集『こころの波』昭和57(1982)1015日に新潮社から発行されました。

  再録/『芹沢光治良文学館12(平成91998810日 新潮社発行)361372に再録。

                   =次回は、512()午前の予定です=

◎同封資料 ;評論この悲しみをこえる怒りは芹澤光治良雑誌<改造>1954(昭和29)71日発行緊急特集「忘民・暴力政治への憤怒」 *63日の衆議院での乱闘事件を暴力政治として特集が組まれ、各界の識者に批判の評論を集めて掲載したもの。芹沢先生の戦後政治への厳しい批判の一文。このような、直接的な政治批評は珍しいので、同封資料として提供します。御一読下さい。現在の議会も余り変わらないと思われます……。表紙と目次も縮小して収録。本文は拡大×1.22  
〔資料提供中村輝子〕


芹沢文学・大分友の会              メールする  にこにこ   温泉

           連絡先 :  872-1651 大分県国東市

メール



芹沢文学・大分友の会             平成31(2019)221()


   会 報  135                編集・文責 小串(おぐし) (のぶ)

(


☆第135 回・芹沢文学読書会の報告大分県立図書館・研修室5  ♩ ♪ ♫ ♬


新年の1月13()の午前10時から大分県立図書館の研修室5で第135回・芹沢


文学読書会を行いました。いつもの熱心な会員が集いました。中村さんが、夏目漱石(金之


)の旧制第一高等中学校の論理学の成績が記録されていた手帳が発見されたことが報道され


た新聞記事を持参して話題になりました。これは松本源太郎教授がメモしていたもので、郷


里の福井県越前市に曾孫が寄託して確認されたのです。金之助は大変優秀な成績でした。


今回の読書会は、鈴木吉維著『芹沢光治良 救済の文学』(おうふう発行)の続き第三章『巴里に


死す』と太平洋戦争、第四章 戦後再出発の原点―「死者との対話」を中心に、第五章『人間


の運命』にみる貧困と格差、第六章 神シリーズと救済を語りました。要点や注目点を挙げな


がら、検討しました。芹沢文学作品を「救済」をテーマにして、系統的に論述していて、研


究論文として優れていると思います。大河小説『人間の運命』や晩年の連作も論じられてい


ます。芹沢文学としては、もっと膨大な作品があるのですが、主要作品を概論的に批評して


います。二回では十分に論じられませんでしたので、各自でゆっくりと再読して下さい。


 会の後、県立図書館の椿カフェにて、「新年会」として昼食の会食をして語らいました。


○芹沢光治良文学愛好会の例会が3月で第500!大変な偉業です!!  手(チョキ) 飛行機 ✪ ✡


私小串が、昭和52(1977)年7月に「芹沢文学館・東京友の会(月例会・芹沢文学研究会)」と


して発会した「芹沢光治良文学愛好会」が、この3月17日に、何と第500回を達成します。


都合で、大分県(国東町)の実家に回帰するために、鈴木春雄夫妻に引継ぎましたが、よくぞ継


続してくれました。現在は、病気療養のために、豊田英文さんに引継がれていますが、当日


の例会の後に記念の茶会を持つとのこと。この記録は、日本だけでなく世界的にも、稀有な


偉業で、個人的な作家の読書会としてはギネスブックに登録されても良いほどだと思います。


【芹沢文学案内 85『巴里に死す・愛と死の書』筑摩書房発行 現代日本名作選ハート(トランプ)クラブ


 筑摩書房版の現代日本名作選が企画され、芹沢光治良も2つの長編小説『巴里に死す』


『愛と死の書』が選ばれ、単行本『巴里に死す・愛と死の書』として戦後の昭和28年1月


20日に発行されました。巻頭に著者の写真、巻末に河上徹太郎の「解説」も収録されて








『巴里に死す・愛と死の書』


います。全228頁。装幀 恩地孝四郎。



長編小説は二段組で、『巴里に死す』は1124頁、『愛と死の書』は125223頁に収録されています。「解説」は225228頁ですが、『巴里に死す』については、「インテリ家庭婦人の愛情の様相と限界といつたものを描いてゐる」、「彼女[宮村伸子]は、その一途な愛情の美と、やや融通のきかないエゴイズムとによつて、貞淑な家庭夫人であると共に、相手の男性次第で手に負へぬ愚妻にもなり得るといふ、紙一重の存在として描かれてゐる所に、この作品の狙ひと興味がある譯である。」と批評されています。『愛と死の書』については、「こ


の作品はやはり外國生活もしたことのあるインテリ夫人が次々に三人の肉身[?]を失つて


行くその情愛がテーマである。」、「現在の文壇で最も知的で、合理主義者であるこの作者にし


て、この神秘主義的な言があるのは、即ちこの作品に彼が個人的感慨を以て打ち込んでゐる證


據である。」と論評しています。 このような単行本が、筑摩書房より出版されているのです。



まさ

)


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posted by セリブン at 10:07| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分

2018年09月11日

芹沢文学読者会 8月報告


8月便り
案内通信
 N0. 133
2018年8月27日(月)
 (平成30年)
一残暑なり… もう耐え難く 昼寝する 松林庵主人−
 この夏の猛暑は異常なもので、熱中症で運ばれたり亡くなる人が記録的に多くなっています。途中に19号・20号のダブル台風が来ましたが、願っていた雨はわずかでした。
台風から遠く離れた東北や北海道で雷雨などのゲリラ豪雨が荒れ狂いました。これから
も残暑が続き、台風が多発しそうです。皆さん御自愛下さい。
 ジャカルタ・アジア大会での日本選手の活躍が報じられています。水泳で18歳の池江璃花了が6冠を達成し、男子マラソンで井上大仁が金、女子マラソンで野上恵子が銀。
 米朝会談が行われたのに、北朝鮮の非核化は進まず、日本の多くの拉致被害者の解放への交渉も全く進展していません。この絶好の機会を逃さずに、拉致された人々を一挙に解放出来るように、日本政府・外務省は本気に尽力してもらいたいと思います。
 残暑が続いていますが、9月になれば、少しは涼しくなってくるものと思います。芹沢文学読書会は細々とですが、熱心な会員に支えられて継続しています。
7月の芹沢文学読書会には、小倉の金さんが中津の友人呉さんと二人で参加いただきました。久し振りに読書会として活気づきました。図書館の椿カフェで歓迎の昼食を共にして、楽しい語らいの時を過ごすことが出来ました。九州的な発展が起こっています。
 今回も随筆2作を読み語ります。奮ってお出掛け下さい。新しい方も歓迎します。

第133回
@日時:9月9日(日)
A会場:大分県立図書館 研修室No5 [※会場/今後は原則的には研修室No5です]
B芹沢文学読書会 
[T]芹沢文学に関する話題や情報 
        10:0010:15 am
 [U]芹沢文学読書会 10:15〜12:OO am
       司会担当 小串信正

○随筆@「喪服を着た貴婦人」随筆A「C伯爵夫人はどうしているか」    
  ※この二つの随筆には巴里留学や闘病の期間に会った夫人のことが書かれています。
 初出/@は昭和54年秋季<ひろば83>、に発表されたもの
Aは同54年春季<ひろば81>に発表されたもの。
刊行/随想集『こころの波』昭和57(1982)年10月15日に新潮社から発行されました。
再録/『芹沢光治良文学館12』(平成9年8月10日新潮社発行)352〜361に再録。

次回は、11月11日(日)午前の予定です。平常は第2日曜日が原則。

○同封資料;新聞コラム「帯笑園」:植松靖博新潮社 沼津朝日2018 (平成30)年2月7日(水)※原の植松家は『人間の運命』の石田家として虚構されていますが、「帯笑園」も「松柏苑」として書かれていま
す。末孫の方が「帯笑園」を紹介したコラムです。拡大×1.2〔資料提供/沼津芹沢文学愛好会和田安弘〕




芹沢文学・大分友の会
会 報 No132
ふじ
平成30(2018)年8月27日(月)

☆第132回・芹沢文学読書会の報告 於大分県立図書館・研修室No5 
 第132回・芹沢文学読書会を7月8日(日)の午前10時から大分県立図書館の研修
室No.5で行いました。お電話いただいていた、小倉の金英哲さんが、中津の友人呉英義
さんと一緒に芹沢文学読書会に参加してくれました。自己紹介を順にしました。金さんは会社を退職。ずっと『人間の運命』を読み、『教祖様』や晩年の連作を読んでいる。
呉さんは、中津に生まれ、金さんとは大学の後輩とか。神シリーズを紹介されて読んで
いる。二人で、東京の岡(玲子)邸や沼津市の芹沢光治良記念館を訪ねられたとのこと。
参考資料をお贈りし、韓国語訳された大河小説「人間の運命」の二巻を見せました。韓
国語訳が、この二巻で出版が中止されているので、再開されることを念願していることを伝えました。読書会として、随筆の2作品「人生の秋」「老齢か」を読み語りました。
 会の後、図書館の椿カフェで、歓迎の昼食として、参加者で会食をしました。その後、
小串が車で大分駅までお送りしました。呉さんも研究会と友の会に入会いただきました。
久しぶりに活気のある読書会が持てました。
  次回も随筆二作品を読み語ります。どうぞ、都合をつけてお出掛け下さい。

 【芹沢文学案内No.83】大河小説『人間の運命』の森家と石田家  
大河小説『人間の運命』を作者芹沢光治良の自伝小説と言う人が多くいますが、この評価は低次元のものです。もちろん森次郎は芹沢光治良先生をモデルにして、森家は一郎・二郎・千代・四郎・岸子・五郎・六郎・常七・末男・茂男と、芹沢家をほぼそのままに描いています。しかし、大河小説『人間の運命』の構想では、芹沢家の人々を森家の人々として事実的に描写し、石田家は原の植松家の家を仮り、石田家の人々の孝一・夏子・孝三・秋子・年子・末子・孝四郎と虚構したのです。大地主の植松家の盛衰を描き、著名な庭園「帯笑圉」も「松柏苑」として書き遺したのです。沼津市の二つの大き
な家系を事実と虚構で構築したのです。作家一人の自伝的な作品ではないのです。
 そして、東京と秋田、中軽井沢へと舞台は拡大し、妻の実家有田家は名古屋、親友の大塚誠は大阪府堺市で、フランスのパリや各地、スイスのレーザンや各地へと世界的に展開されていくのです。時代的には、明治・大正・昭和が描き込まれているのです。
 大河小説『人間の運命』では、最初に「日本及び日本人」を書くという構想があったので、留学から結核闘病の四年半の時期を省略しました。しかし、終章の『遠ざかった明日』はフランスやスイスなどの西欧へと舞台を拡大したのです。
 大河小説『人間の運命』の根は、沼津市の大地に深く張っているのです。大きな根は、森家と石田家の二本の大樹となって、枝葉を拡げ、花や実を沢山つけて、人々を養い育てているとも言えるのです。
 大河小説『人間の運命』が、仏訳か英訳されて、世界の人々に愛読されることを念願しています。 




posted by セリブン at 11:02| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分