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2006年12月29日

芹沢文学・大分友の会

芹沢文学読書会 案内通信 No63 2006年(平成18年) 12月17日

12月便り  また今年 山茶花咲きし・・・ 歳の暮れ

 慌ただしい師走となりましたが、お元気にお過ごしのことと思います。 街路にはクリスマスのイルミネーションがきらめき、賑やかな音楽も流れています。日本は、平穏ですが、イラクなどでは毎日、 テロの犠牲の報道が止みません。北朝鮮では、核実験が行われ、拉致問題の解決も全く進んでいません。芹沢先生が、最晩年の連作で説いた 「世界の大掃除」の刻限1987年から来年で20年になります。これらの「神の書」「天の書」の連作をもう一度読み直していきたいものです。

 会員の中村輝子さんは、パソコンのインターネットで芹沢文学の単行本や記載雑誌などを購入しています。 大分県などでは、きちっとした古本屋が少なくなり、漫画本中心のチェーン店が多くなりましたが、こういう入手の仕方もあるのです。

 今年の芹沢文学の動きで、芹沢文学愛好会と芹沢文学館共催による「我入道の集い」 に韓国の崔貞順先生が来日し、大河小説『人間の運命』の第2巻『友情』が韓末淑女史によって韓国語に翻訳出版されたことが大きな収穫でした。 芹沢文学にも韓流の波が起こっているようです。今後を大いに期待したいと思います。

 次回の芹沢文学読書会は、随筆「ある創作の秘密」を読み語りたいと思います。長編小説『狭き門より』 の美子、『巴里に死す』の伸子、『愛と死の書』の若子の三人の女主人公のことなどが回想されています。読書会のあと、新年会として、 希望者のみで昼食とジュースなどですが乾杯したいと思います。是非お出かけ下さい。また、芹沢文学に関心のある知人友人なども、 読書会にお誘い下さい。

 


 

第63回・芹沢文学読書会

  1. 日時:1月14日(日)  10:00~12:00AM 〔*奇数月の第2日曜日です〕
  2. 会場:大分県立図書館 研修室No4 
  3. 内容:〔1〕 芹沢文学に関する録音テープ 10:00~10:30 ・ 昭和63(1988)年11月20日の芹沢文学愛好会での記念講演会「芹沢光治良と横光利一」日本大学教授井上謙先生-の続き。 〔2〕芹沢文学読書会 10:40~12:00  司会担当 小串信正
  4. テキスト; 随筆(評論)「ある創作の秘密」 初出:昭和51年に書き下ろされたもので、 『こころの広場』に収録。刊本:『こころの広場』昭和52年4月15日新潮社発行に収録。再版:『芹沢光治良文学館12』 (エッセイ・こころの広場)に再録。平成9年8月10日新潮社発行。P230~P238 ※当日部分的には読みますが、 通して読んできて下さい。

次回は、3月11日(日)(第2日曜日)10:00~12:00AMの予定です。

  • 同封資料:①紀行文「文学の旅・宇佐=横光利一を尋ねて= 林 寛仁書き下ろし ②第10回・文学の旅 「横光利一等を訪ねる宇佐の旅」(10月9日)の行程案内も裏に収録。 ※問い合わせや申し込みは下記小串に電話を(午前中に)

 


 

 芹沢文学大分・友の会

 連絡先:電話Fax 097-527-6657 小串信正方

 


 

芹沢文学・大分友の会 会報 No62 ふじ 2006(平成18) 年12月17日 文責 小串信正

☆第62回「芹沢文学読書会」を11月12日(日)午前10時から県立図書館の研修室No4で開きました。 昭和63(1988)11月20日の芹沢文学愛好会での記念公演会のテープ「芹沢光治良と横光利一」(日本大学教授井上謙先生) を聴きました。処女作(出世作)「ブルジョア」と横光利一の初期作品を結核文学として高く評価しているお話でした。 次回にはこの続きを聴きたいと思います。現在、NHKのラジオ第2放送のカルチャーアワー・文学探訪 (土曜日午後9:30~10:00/再放送日曜日午前11:00~11:30)で井上謙先生の「横浜・鎌倉・湘南を歩く」 が放送されていることも紹介しました。第10回・文学の旅の写真なども渡しました。また、鈴木春雄さん「森次郎文庫」のリニューアル記念 「芹沢文学絵はがき」をまだ渡してない方に配布。このはがきが欲しい方は、芹沢文学読書会にお出かけ下さい。手渡しのみで贈呈します。

 9月に、大河小説『人間の運命』の第2巻『友情』が韓末淑女史によって韓国語に翻訳出版されましたが、 その現物を皆さんにお見せしました。第1巻『父と子』とは装幀変わりましたが、毎年1巻ずつ翻訳出版されているのを嬉しく思います。

 芹沢文学読書会では、短編小説「金貨」を読み語りました。この短編の初出は不明ですが、 終戦後すぐの昭和21年から22年に書かれたものと思います。昭和22年10月15日に南北書園より発行された短編集『パリの揺籠』 に収録されました。「私」と「妻」はパリ留学中の芹沢夫妻と思われます。インフレのために贅沢な生活が出来たので女中を雇っていましたが、 そのエリーズの北部フランスの田舎の家で春休みを過ごした体験をもとに創作した短編小説です。第1次世界大戦後のフランスの社会〔注:/ エリオ内閣時代。ボアンカレの名前も出てきます。〕が、経済学者の目で描写されています。 古靴下に銀貨や金貨を貯蔵するフランスの農民の愛国心や木靴〔注/サボ。サボるという言葉の語源〕の思い出が物語られています。 愛すべき作品といえましょう。

 次回は、随筆や評論などを読むことになり、「ある創作の秘密」を読み語ることに決定しました。 時間に余裕のある方は、長編小説『狭き門より』もお読み下さい。

 

☆平成19(2007)年の「第2回・新年会」の御案内

 1月14日の読書会の後で、希望者のみの参加ですが、第2回の新年会を持ちたいと思います。 特に予約はしませんが、適当な店(レストランなど)で昼食をとりながら懇談の時を持ちたいと思います。 予算は2000円以内にしたいと思います。酒ではなくてジュースなどでの乾杯となりますが、一年の門出である正月に、 皆さんの御健康と芹沢文学の発展を祝いたいと思います。御無沙汰の方や殆ど会に参加出来ていない方も、「この日だけは!」 と奮って御参加下さい。どなたでも歓迎します。

☆<芹沢文学案内No32>大河小説『人間の運命』の『友情』の韓国語訳

 昨年、韓末淑女史によって、大河小説『人間の運命』の第1巻『父と子』が韓国語に翻訳出版されましたが、 今年の9月に第2巻『友情』(354頁)が継続して出版されました。どうして装幀が変えられたのかわかりませんが、 毎年1巻ずつ出されていくことを念願しています。段々と韓国の方々に愛読されていくことを期待しています。

=温かい師走ですが、これから寒くなることでしょう。よい年をお迎え下さい。 =                       

2007年02月28日

芹沢文学読書会(大分読書会から)

 2007年2月24日
(平成19年)
                   
 2月便り  -早春の 風 温かき‥・… 梅の花-

 晩冬で、温かい春が足早に訪れていますが、お元気にお過ごしのことと思います。梅の花が満開となり、 もう菜の花が野山に咲いています。今年は、雪も少なく、桜の花も記録的に早く咲きそうです。これも地球温暖化の異常気象の一づでしょうか。
 1月の例会は、14日(日)に持たれました。63回目の「芹沢文学読書会」で、随筆(評論)の「ある創作の秘密」を読み語りました。 恒例となりつつあります「新年会」もオアシスタワー(大分全日空ホテル)の日本料理「折鶴」で行いました。
 長編小説狭き門より』を出版したあと、その経過や主人公美子などについて書き下ろした随筆(評論)で、随想集『こころの広場』 (昭和52年4月15日新潮社発行)に収録されたものです。長編小説『狭き門より』は、まだ芹沢文学の愛読者においても評価されていません。 しかし、この「ある創作の秘密」によれば、作者芹沢光治良氏においては、愛着のある作品であり、主人公の美子は、『愛と死の書 (愛と死の蔭に)』の若子や『巴里に死す』の伸子に対比される女性であったのです。今後とも、『狭き門より』を味わっていきたいと思います。
 読書会のあと、「新年会」として希望者(全員)で会食しました。年に一度だけ、このような懇話の時を持つのも意味があると思います。
 次回は、長編小説『巴里に死す』をテキストにしました。芹沢文学の名作で、殆どの方が各自愛読していることと思いますが、 再読して皆で語りたいと思います。
 また、芹沢文学に関心のある知人友人なども、読書会にお誘い下さい。

第64回・芹沢文学読書会

①日時:3月11(日)  10:00~12:00AM  (奇数月の第2日曜日です)
   ②会場;大分県立図書館 研修室No4 〔
   ③内容;〔1〕芹沢文学に関する録音テープ 10:00~10:30
      ○平成4年11月15日の柴田徳衛先生の文芸講演「芹沢文学に接して一
       最近の日本」の前半を聴きます0柴田先生は、東京都立大学の教授から東       京都の公害研究所所長等を務めました。 当時、東京経済大学教授。
      〔2〕芹沢文学読書会10:40~12:00 担当司会 小串信正
      ○テキスト;長編小説『巴里に死す』
       発出:昭和17年1月~12月〈婦人公論〉に全12回で記載された。
       刊本:『巴里に死す』昭和18昨3月5日中央公論社発行。戦後版も。
       再版;芹澤光治良文学館7』(総題 『幸福の鏡』)に再録。平成8年
       10月10日新潮社発行。 P.5~143。 文庫版;岩波文庫・角川文庫。
     *当日部分的には読みますが、通して読んで来て下さい。
 ==次回は、5月13日(第2日曜日)10:00~12:00の予定です。==

◎同封資料;①評論「解説」遠藤周作。芹沢光治良自選作品集』(第1巻)昭和32年4月20日宝文館発行。P.223~226。* この作品集の全6巻に遠藤周作氏が解鋭を書きました。*問合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中)。
 HP管理人までメールを下さい。連絡先を教えます。

芹沢文学大分友の会 ふじ
会報NO63
              2007(平成19)年 2月24日
               文 責  小 串 借 正

第63回・芹沢文学読書会の報告

 1月14日(日)の午前10時から県立図書館の研修室室No4で、第63回の「芹沢文学読書会を開きました。昭和63(1988) 年11月20日の芹沢文学愛好会での記念講演会のテープ「芹沢光治良と横光利一」(日本大学教授井上謙先生)の後半を聴きました。
 新しい年を迎えて、「今年一年も着実に読書会を継続していきたい」など、今年の大分友の会の方針を語りました。 今年は芹沢光治良先生の生誕111年の年であり、東京を中心にした芹沢(光治良)文学愛好会の創立30周年にもなります。「第6回・ 芹沢文学愛読者交流会・全国大会」が10月6日~8日に埼玉ある国立女性教育会館で行われることもあり、「文学の旅」は休むことにします。 鈴木春雄氏の「芹沢文学絵はがき」をまだ渡していない方に配布しました。
 読書会では、随筆(評論)「ある創作の秘密」を読み語りました。これは長編小説『狭き門』の創作の余話(裏話)で、主人公の美子を 『愛と死の書(注/戦後に『愛と死の蔭に』が書き加えられた〕』の君子や『巳里に死す』の伸子と対比して高く評価しています。医師 (祖父は病院長)の娘美子は、東京の大学で学び、画家への道を歩み出していました。 祖父から無理に結婚させられるのを逃れるために建築設計技師の原川敏と恋愛結婚しました。結婚して12年、 室内装飾家として夫を助けてきてものの、子を産むことを拒否されていて、不満を覚え.、離婚を考えるようになります。 父は堕胎罪で医学界から追放され、養家の安東家からも義絶され、キュリー研究所でラジュームを研究していたこと知りました。 母の四十九日の法事で、故郷のN市に帰省し、父の過去を探索します。夢に父が現れ、 弁護士の藤岡先生や文学者の持岡先生にもパリでの父のことを聞きます。離婚という「炊き門」を潜ることを決意します。 藤岡先生に離婚の手続きを頼み、原川家から出て画家として自立しようとします。ところが、母の一周忌の法要で帰省した帰路の電車で、 祖父から強制されて結婚を拒否した石川茂樹医師に再会します。この石川医師は、立派な外外科医になっていて、 弟に破棄された二枚の油絵を修復して大切に保存していたばかりでなくずっと美子を愛し、アトリエまで作って待っていてくれたのです。 求婚され、再婚して石川医師に従ってパリにまで行くことになるという、ハッピーエンドの物語です。離婚
という「狭き門」を通って、自己に忠実に生きようとする美子を措き、戦後の女性にエールを送っていると理解すへきでしょう。 夫のために生きた若子、子のためいに生きた伸子に対して、「自分のために生きた女性」として美子を描いたのです。
この「創作の秘密」だけでなく、長編小説『狭き門より』も是非お読み下さい。
 全日空ホテル・オアシスクワーの日本料理「折鶴」を会場にして、「第2回・新年会」を持ちました。ランチとして天婦羅御膳 〔サービス費や消費税を含めても1732円を注文しました。この「新年会」のための特別資料として、「作家・ 芹沢光治良=世界文学としての芹沢文学=」のコピーを皆さんに、「お年玉」としてお渡ししました。この拙論は、2年前(2004.7.14) に、芹沢文学愛好会のホームページで芹沢文学)を英文で紹介するために、その原文を依頼されて書いたものです。役者の都合で、 まだ英訳されていないようですが、世界的に拡大をしている芹沢文学ですので、生薬111年を記念して、 本会の会員にも公開することにしました。

 

2007年05月12日

芹沢文学読書会 案内通信No65

4月便り     柿若葉(かきわかば) 薫風(くんぷう)に擦(ゆ)るる 陽光(ひかり)かな
 

桜の花が散り、春の盛りとなりました。4月の半ばになって、思わぬ雪が阿蘇山や大分県の山間に降ったりと異常気象ですか、 お元気にお過ごしのことと思いますc
 3月の読書会は、長篇小説『巴里に死す』を読み語りましたが、参加者が少なかったのは残念に思われました。各自で、 この代表作を家庭でもお読みいただいたことと思います。2ケ月に1度の読書会ですので、どうか予定に入れて御参加下さい。
 『巴里に死す』は、戦中の昭和17年の1年間、雑誌<婦人公論>に連載されました。エドワール・エストニエ氏への献辞は、 初出と単行本収録では改稿されています。発表の雑誌(新年号)を持参して、参考資料として回覧しました。長編小説『巴里に死す』の出版目録 (今回の同封資料)のように、単行本・文庫本・文学全集本・作品集・文学館など沢山出版されました。フランス語・中国語・ ロシア語などに翻訳もされています。詳細な部数は不明ですが、おそらく三首万部は刊行されているものと思いますから、 ロングなベストセラーだと言えます。私は、日本文学での名作だと思っています。『巴里に死す』が、 もっと文学史で高い評価がなされるべきだと思います。遠藤周作氏や加賀乙彦氏は、高く評価しています。
 5月の次回の読書会は、随筆(紀行文)「支那の旅(日本人の監獄・支那の子供)」「支那から帰って」を読み語りたいと思います。この旅は、 雑誌<改造>の特派員として各地を巡回しましたが、長編小説『愛と死の書』の取材でもありました。
 第2日曜が母の日ですから、今回は第3日曜です。どうか、お出かけ下さい。また、芹沢文学に関心のある新しい知人・友人なども、 読書会にお誘い下さい。

   第65回・芹沢文学読書会
 ①日時;5月20日(日)    10:00~12:00AMⅠ
 ②会場;大分県立図書館 研修室No4 〔今月は第3日曜日です〕
 ③:内容;〔1〕芹沢文学に関する録音テープ  10:00~10:30
   〔1〕平成4年11月15日の柴田徳衛先生の文芸講演「芹沢文学に接して-最近の日本」の後半を聴きます。 柴田          
      先生は、東京都立大学の教授から東京都の公害研究所所長等を務めました。当時、東京経済大学教授。
   〔2〕芹沢文学読書会 10:40-12:00 担当司会 小串信正
  〇テキスト;随筆紀行文)「支那の旅」「支那から帰って」 初出;昭和13年7月ですが、掲載雑誌は不明。
    刊本;『収穫』昭和16年12月11日東峰書房発行。「愛する社会」に。
   再版;『芹沢光姶良文学粛11』(総題『文学と人生』)に再録。平成8年6月10日新潮社発行。P.9~P22
         *当日部分的には読みますが、通して読んで来て下さい。
  =次回は、7月8日(第2日喝日〕10:00~12:00の予定です。;=

◎同封資料;参考資料「長編小説『巴具に死す』出版目録」小串信正作成。雑弦の写真は<婦人公論>(昭和17年新年号)です。* この機会に、打巴里に死す』を再読してみましょう!*聞合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中).
 芹沢文学・大分友の会
  当HP管理人にメールをして下さい。御案内します。

2007年05月15日

芹沢文学・大分友の会 会報 No64 ふじ

2007(平成19)年 4月24日
   文責  小 串 信 正

☆第64回・芹沢文学読書会の報告
 第64回の「芹沢文学読書会」を、3月11日(日)の午前10時から、県立図書館の研修室No4で開きました。 平成4年11月15日の柴臣徳衝先生の文芸講演「芹沢文学に接して-最近の日本」のテープを聞きました。柴田先生は、 若き日に芹沢部に集った一人ですが、東京都立大学の教授から東京都の公害研究所所長等を務めました。大河小説『人間の運命』 の創作の参考資料としての詳細な年表を作成して芹沢光姶良氏に提供しました。それに感謝して芹沢先生は、「 『人間の運命 第三部第二巻 再会』あとがさ一若い友S君に-」を書いています。また、『芹沢光治良文学館3』
の月報に「芹沢先生との結びつき」を柴田徳衛氏が寄稿しています。
 テキストとして、長編小説『巴里に死す』を読み語りました。まず、同封資料の「解説(遠藤周作)」を読みました。参考資料としての 「長編小説『巴里に死す』の出手数目録」を渡し解説をしました。『巴具に死す』は名作で、長期にわたるベストセラーであったことを、 改めて確認しました。戦中の昭和17年の1年間に、雑誌<婦人公論>に連載されたのですが、舞台がフランスやスイスであることもあり、 戦争の影がなく純粋な生きざまが創作されています。「伸子」を「のぶこ」とせず「しんこ」としたことに、「伸」と「神」 の関連を小串が改めて指摘しました。 また、「中期三部作(孤絶・離・故国)」と表裏一体の作品ですから、 これらの三部作も一緒に読むことも勧めました。そして、『母を恋う-パリに生く -』(昭和23年8月15日偕成社発行) もあることを紹介しました。
 次回は、随筆一(紀行文)の「支那の旅(日本人の監獄・支那の子供)」「支那から帰って」を読み語りたいと思います。随筆集『収穫』 (昭和16年12月11日東峰書房発行)の「愛する社会」に収録され出版されました。これは『芹沢光治良文学館11』(総題『文学と人生』) に再録されていますので、これをテキストにしたいと思います。この昭和13年の支那への旅は、長編小説『愛と死の書』の第三章「孤雁」 の創作のための取材旅行でもあったのです。短篇小説「草笛」「南寺」も書かれました。
 最近、読書会を休んでおられる方も、是非とも都合をつけまして御参加下さい。

☆芹沢文学愛読者交流会・全国大会10月6~8日
 今年は、作家芹沢光姶良先生の生誕111年であり、芹沢(光治良)文学愛好会の創立30周年でもあります。それで、 芹沢文学愛好会を中心にして、東京に全国の友の会や読書会の愛読者が集って、第6回の「芹沢文学愛読者交流会・全国大会」が、10月6・7・ 8日に2泊3日で開催されることになりました。7日の記念講演を作家加賓乙彦先生か『巴里に死す』と私」 の題でしていただけることか決定しました。
加賀先生は、東京生まれで精神科医で、パリに留学し、文学に志します。『フランドルの冬』 『帰らざる夏』『宣告』『湿原』『永遠の都』 などの小説や『文学と狂気』『ドストエフスキー』などの評論など多数の著作を書いています。『巴里に死す』や大河小説『人間の運命』 などを高く評価しています。 この全国大会に小串も参加し、芹沢文学・大分友の会(芹沢文学読書会)のことを報告したいと思っています。

☆<芹沢文学案内No33> 『長編小説一つの世界一サムライの末裔-』
 昭和25年の日本ペンクラブ広島大会に参加した芹沢氏は、原爆の惨事などを長編小説『一つの世界一サムライの末裔-』に創作しました。 昭和29年4月25日に中央公論社より発行。『巴具に死す』の仏訳の成功のあと、この長編小説を仏訳してロベール・ ラフオン社から出版しました。その額には「サムライの末裔Jの方が使われました。好評で迎えられ、「ピカドン」が仏語でも使われました。 この長編小説は、『芹澤光治良作品集』『芹沢光治良文学館』にも再録されています。一読下さい。

2007年07月01日

大分の読書会より

芹沢文学読書会
案内通信
No66
2007年(平成19年)6月24日

  6月便り  -すくすくと トマトが育つ 嬉しさよ‥・…一

 梅雨に入り、鬱陶しい日々が続いていますが、お元気にお過ごしのことと思います。百姓の真似事で野菜を育てていますが、 この雨は植物には恵みの雨だと痛感されます。いや、少なくなったダムの水のことを考えれば、人にとっても恵みの雨と言えましょう。 地球温暖化で砂漠化する国から見れば、日本の梅雨の大雨は羨ましいものでさえありましょう。蒸し暑い梅雨も、じっと耐えるしかありませんが… 。
 前回の読書会のテキストは、「支那の旅(日本人の監獄・支那の子供)」と「支那から帰って」を読み語りました。この支那への旅は、 戦地を直接に見て回ったこともあり、作家芹沢光治良氏には大きな意味があったと思います。 結核闘病から健康体を取り戻したという自覚の旅でもありました。戦争は太平洋に拡大され、原爆を受けて敗戦となります。長編小説 『愛と死の書』を書き上げて、文体を確立させると共に、作家としての成熟期を迎えるのですが、 戦争のために創作や発表の機会が失っていきます。それでも、名作『巴具に死す』や『懺悔記』、そして自伝的な中期三部作『孤絶』『離愁』 『故国』などを戦中に書き続けました。
 次回は、戦前の評論「現代日本文学」を読み語ることにします。これは、昭和17年にキリスト教女子青年会館で行われた講演です。ですから、 評論といっても、読みやすいものです。読書会でも部分時には読みますが、出来れば通して読んで来て下さい。9月の読書会には、長編小説 『愛と死の書』を読み語りたいと思いますので、夏の暑いときではありますが、夏休みに『愛と死の書』を再読して下さい。
 芹沢文学に関心のある新しい知人・友人なども、読書会にお誘い下さい。

第66回・芹沢文学読書会
①日時;7月8日(日) 10:00~12:00AM
②会場;大分県立図書館 研修室No4 〔*奇数月の第2日曜日です〕
③内容;〔1〕芹沢文学に関する録音テープ  10:00~10:30
 ○平成4年11月15日の柴田徳衛先生の文芸講演「芹沢文学に接して-最近の日本」の残りを聴きます。柴田先生は、 東京都立大学の教授から東京都の公害研究所所長等を務めました。当時、東京経済大学教授。
〔2〕芹沢文学読書会 10:40~12:00  担当司会 小串信正
○テキスト;評論 「現代日本文学」
 *戦時中の昭和17年のキリスト教女子青年会館での講演(46歳)。
 刊本;『文学と人生』昭和17年12月30日全国書房発行に収録。
 再版;『芹沢光治良文学館11』(総題『文学と人生』)に再録。平成8    年6月10日新潮社発行。P.162~185。
     *当日部分的には読みますが、通して読んで釆て下さい。
=次回は、9月9日(第2日曜日)10:00~12:00の予定です。=

◎同封資料;随筆「ボアローの楕」芹沢光治良 昭和14年8月1日発行の雑誌<文学界>の「六号雑記」に発表。P234-236* 文筆界の同人として随筆を寄稿したもの。パリ留学の思い出など。 *問合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中)

  芹沢文学・大分友の会
  連絡先:メールで問い合わせ下さい。
  郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

                                                                              

芹沢文学・大分友の会 ふ じ
会報 No65
2007(平成19)年 6月24日
   文 責  小 串 信 正


☆第65回・芹沢文学読書会の報告
 5月20日(日)の午前10時から、県立図書館の研修室No4で、第65回の「芹沢文学読書会」を開きました。毎年、5月の読書会は、 第2日曜日が母の日なので、第3日曜日に変更しています。平成4年11月15日の柴田徳衝先生の文芸講演「芹沢文学に接して- 最近の日本一のテープの後半を聴きました。柴田先生は、世界の各地を巡回し、『世界の都市をめぐって』(岩波新書)を書いて出版しました。 政治・経済・外交などの項目に分け、日本や世界の大きな動きの年表を作成して芹沢氏に提供しました。こうして大河小説『人間の運命』 が書き始められて、第一巻『父と子』が出版されたのは、昭和37(1962)年の7月でした。この巻の「あとがき」は「若い友S君へ」 と題されて、柴田先生への便りで書かれています。次回は、この残りを聴きます。
 次に、阿川弘之著『妻の墓標』(新潮文庫)、加賀乙彦著『ヴィーナスのえくば』(中公文津)、中村さんが入手した『祈願』(東方社)、 『佐倍祐三』(中央公論社)、『海と風と愛 芹澤文学の世界』(渚津市立図書館)なども紹介しました。
 読書会では、随筆.(紀行文)「支那の旅」「支那から帰って」を読み語りました。芹沢光治良氏は、 昭和13年4月28日から雑誌<改造>の特派員として、支那(中国)の各地(北京・張家口・大同・雲岡・石家荘・済南・青島・上海・ 南京など)をニヶ月間で巡歴しました。日支事変の実態を見聞しましたが、長編小説『愛と死の書』の第三章「孤雁」 の取材旅行でもあったのです。北支方面の旅行では、兄真一氏と同行しました。北京には二万人もの日本人が居て、 問題のある日本人のための監獄が必要とのこと。各地で日本兵の話しも聞いたりします。 支那人の日本人に対する心持は支那の子供をよく観察すれば分かるとか。各地の将兵は日本語の活字に飢えていたのに驚き、 逆に支那人を知るためには支那語を学ばなければならないと思ったりしたようです。またこの旅で、 帰国後10年間の闘病で健康な体を回復したという自覚が持てたのです。この取材で長編小説『愛と死の書』の第三章「孤雁」を創作し、 自己の文体も確立しました。短編小説「草笛」「南寺」なども書かれました。
 今回も参加者は多くありませんでしたが、ずっとお休みのKさんが久しぶりに参加
されました。他の方々も隔月の読書会ですので、予め都合をつけまして御参加下さい。
 次回は、戦中の昭和17年のキリスト教女子青年会館での講演「現代日本文学」を読
み語りたいと思います。評論ですが講演なので、分かり易いと思います。

☆<芹沢文学案内No34> 長編小説『巴里夫人』
 昭和30年の1月から12月までの1年間、雑誌<婦人画報>に連載された長編小説です。連載のときは 「女の海一又は巴里夫人UneJaponaise ? paris」の題でしたが、単行本では『巴里夫人』 (昭和30年11月30日光文社発行)とされました。これは、仏訳の三番日の作品とし小野吾郎氏が訳し(アルマン・ピエラール監修)、ロベ 「ル・ラフオン社から昭和33年10月6日に出版されました。この時の題は「MADAME AIDA(マダム・アイダ)」とされました。 昭和49年4月15日新潮社発行の『芹澤光治良作品集(第5巻)』にも『巴里夫人』の題で収録されましたので、この長編小説の題は 『巴里夫人』とすべきです。ですから、最初の題の『女の海』は使われなかったのです。
実は、戦前の昭和13年10月号の雑誌<オール硬物>に発表された短編小説に「女の海」
があったのです。そのことに気がついて、この『女の海』の題を取り下げたとも思われます。この短縞小説は、『抒情』や『祈りのこころ』 に収録されています。
 この『巴里夫人』にはモデルがあり、昭和26年のパリ滞在中に親しくした浅田夫人が、「自分が死んだら小説に書いてくれ」 と芹沢氏に詳しく語ったことをもとに創作したのです。しかし、彼女の名をアイダとし、出身も船場でなく名古屋にしています。
〔*前号の『一つの世界』は、以前に紹介していましたので、繰返しになりました。〕

2007年09月06日

第67回芹沢文学読書会

芹沢文学読書会
案内通信
No67
                                2007年8月30日
                                 (平成19年)
         れんじつ もうしょ    た   さ
  8月便り  -一連日の 猛暑に  耐えて 咲くカンナ

 残暑のあ見舞いを申し上げます。各地て記録的な高温となり、大分でも連日の猛暑てすがお元気にお過こしのことと思います。 庭の草木への水やりも大変てすね。
 芹沢文学にもいて、長編小説『愛と死の書』は、文体の確立と共に、結核闘病から開放され、 健康体を回復させた自信から本格的な長編を創作出来たという記念すべき作品てあると言えます。昭和11年の9月に実母はるが死去し、 同12年10月にペールと呼んて父のように敬愛した石丸助三郎、12月に母と慕った義母藍川しむが相継いて癌て死去しました。 この11月に短編小説「この秋の記録」を書き、長編小説『愛と死の香』を書き始めました。12月に第一章「菊の花章」、翌年の13年6月に 『霊あらば』を発表しました。名古屋の実母も失って、出征している弟を中国の戦地に妨ねることになるのです。 それで日誌事変の実態を見聞して、それを長編小説『愛と死の書』の第三章「孤雁」に創作しま
した。てすから、この支那への旅は作品創作のための取材旅行てもあったのてす。
第四季「新生」は書き下ろして単行本『愛と死の書』に収録され 昭和14年7月11日に小山書店より発行されました。 この長編は戦後にも書き継かれ、『愛と死の蔭に』として昭和31年11月1日に光文社より出版されました。今回は、この長編小説 『愛と死の書』を読み語りたいと思います。残暑てすか、この機会に再読下さい。
 最近、拝見していない方もいますか、どうぞ気楽に御参加いたたきたいと思います。また、芹沢文学に関心のある新しい知人 友人なども、 読書会にも誘い下さい。

第67回・芹沢文学読書会
日時 9月9日 10:00~12:00
会場 大分県立図書館 研修室No4 〔奇数月の第2日曜日です〕
内容 〔1〕芹沢文学に関する録音テープ 10:00~10:30
    ○平成5年4月6日の芹沢光治良先生との「お別れの会」の録音テープ
     東京の青山葬儀所において「故芹沢光治良儀 お別れの会」(司会は芹沢文学     愛好会代表幹事鈴木春雄氏) 弔問者1200余名。
[2]芹沢文学読書会 10:40~12:00  担当司会 小串信正
○テキスト 長篇小説 『愛と死の書』
 初出 昭和12年12月~13年8月に雑誌<改造>や<中央公論>に連載。
 刊本 『愛と死の書』昭和14年7月11日小山書店発行。第四章も収録。
 再版,『芹沢光治良文学館1』(総題『命ある日』)に再録。平成7年10月10日新潮社 発行。P5~111。『愛と死の蔭に』も収録。
     *当日部分的には読みますか、通して読んで来て下さい。
==次回は、11月11日(粛2日曜日)10:00~12:00の予定てす。=
◎同封資料,随筆「『人間の運命』を完結して」芹沢光治良 昭和47年3月1日
行の社誌<波>に発表。P44-45* 『遠ざかった明日』や日本ペンクラブ主催の日中
文化研究国際会議他の事。*問合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中)
 芹沢文学 大分友の会
 連絡先 〒870-0171大分市法勝台3丁目8番2号 小串借正方
℡FAXO97(527)6657 郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学大分友の会 ふじ
       会報 No66              2007(平成19)年 8月30日
                          文 責 小 串 信 正
☆第66回 芹沢文学読書会の報告
 第66回の「芹沢文学読書会」を、7月8日(日)の午前10時から、県立図書館の研修室No4て開きました。 平成4年11月15日の柴田確衛先生の文芸講演「芹沢文学に接して一最近の日本」のテープの残りを聴きました。柴田先生は、 学生時代から芹沢光治良氏が亡くなられた平成5年まて、個人的な交流を続けられました。大河小説『人間の運命』の第3巻『愛』の自筆原稿か、 昭和38年に「謹呈 柴田徳衝様 恵存 長い御援助を感謝して 芹沢光治良」と署名して贈られました。この自筆原稿や作成提供した年表も、 現在は芹沢文学館に保存されています。
 今回の参加者も多くはありませんてしたか、熊埜御堂勝氏か初めて参加されました。
資料図書を求め、入会もしていただきました。男性の入会は、実に久しふりて嬉しく存じます。 停滞している読書会に元気か戻ったように感じました。歓迎いたします。 また 知人や友人なとて芹沢文学に関心のある方かいましたら友の会へお誘い下さい。
 最近の情報では、四女の岡玲子様より送られて来ましたサロノ マグノリアの「記録ノート」を紹介しました。 昨年度の1年分の講演会や音楽会なとの記録で、芹沢先生の「疎開日誌」の1日分(昭和20年5月28日)も収録公開されています。 芹沢文学愛好会の会報や同封資料、中村さんの求められた図書や資料なとも紹介しました。また、小串の「若い人へ芹沢文学に触れる機会を」 という提案で、母校の高校へ芹沢文学作品を寄贈しようという試みを、少しずつ実行し始めたことも報告しました。
 今回の読書会て、11年間継続したことになります。テキストとしては、講演会の速記による「現代日本文学」を読み語りました。この講演は、 昭和17年にキリスト教女子青年会館で3日間行われたものてす。戦中のものて、講演の速記か残されているのは珍しいものと言えます。 昭和17年12月30日に全国書房より発行された『文学と人生』に収録され、平成9年6月10日新潮社発行の「芹沢光治良文学館11』 に再録されています。日本文学は「日本語を表現のマティエールにする芸術」てあるとし、「文学は人間的な、生活的な芸術」 てあるということから説き始め、まず私小説を「全く低俗な感傷てあり愚痴」てあると批判しています。「文学すること、創作することは、 神に代って人間をつくり、人間の営みをなさしめる」ものてなけれはならないとう自覚を語り、 ミケランジェロやロダンの創作を例に挙げています。バルサックの『人間喜劇』の創作は、「人間探究の熱情と深さ」即ち「人間愛」 にあったと説いています。
また、第一次世界大戦後のフラノスの作家、アノドレ・ジード、マルタン・デュ・ガル、
デュアメル、ジュル・ロマノなどの新古典派(新しいユマニズム)の作家を挙げ、「不安と絶望とを救う秩序」 を求めて大河小説を創作したことを語っています。大東亜戦争後に日本文学が「大躍進をなして、隆盛期を迎えること」を期待しています。
この中て、「フラノス常に訳して読んてもらい度い(そして恥ない)作品か、二三あると自負してもる」と語っている作品の一つは長編小説 『愛と死の書』と思われますが、それを次回に読み語りたいと思います。長編小説なのて、全部読めない方は、第三章「孤雁」 たけでも読んて来て下さい。とうそ、気軽にお出かけ下さい。

☆<芹沢文学案内No35> 長編小説『われに背くとも』
 大河小説『人間の運命』を全14巷て一応書き上げたあと、昭和44年8月14日~12月31日に日本経済新聞に『幕あい』 と題して連載された長編小説てす。昭和45年6月16日に新潮社から単行本て発行された時に『われに背くとも』と改題されました。この 「あとがき」に、「これは『愛と知と悲しみと』と等しく、『人間の運命』の付属建築物である。」と書いています。 山辺省三と若き日に愛し合った高見万寿子との再会などか書かれています。『人間の運命』の後日譚として読むことも出来ます。
 *会計報告などは、10月便り(会報No67)に掲載します、御了承下さい〔小串〕。

2007年11月03日

大分の読書会より

芹沢文学読書会
               10月便り 一秋の陽に 照り輝けり‥‥‥吊るし柿-

 案内通信
    No.68
 2007年10月18日
 (平成19年)

 秋が日々に深まりつつありますが、お元気にお過ごしのことと思います。金木犀が香り、柿の実が黄色に色づき始めました。 実家から柿をとって釆て、皮を剥き、狭い庭の物干し竿などに吊るしました。秋の陽射しに照り輝いて、「きれいだな」と感じました。 忘れている田舎の風情を思い出させてくれました。
 10月6日~8日に、埼玉県の武蔵嵐山(らんざん)にある国立女性教育会館で開催された「第6回芹沢文学愛読者交流会・全国大会」に、 私小串と中村さんの二人が参加しました。これは、芹沢(光治良)文学愛好会の創立30周年と芹沢光治良先生の生誕111年を記念するもので、 全国から芹沢文学の愛読者が多数集いました。
 作家加賀乙彦氏の記念講演を治め、読書会や鼎談など、内容も充実していて盛会でした。報告は、 次回の読書会で詳しくお話ししたいと思います。
 前回は、長編小説『愛と死の書』を読み語りました。第三章『孤雁」は、支那への取材を経て書かれたのですが、第四章『新生」 にも三人公君子の支那への旅の続きが青かれています。この長編小説は、前号にも書きましたように、戦後に書き継がれ、長編小説 『愛と死の蔭に』としてまとめられました。この二つの長編小説を一作に構成して『愛と死の蔭に』 と題して昭和31年11月1日に光文杜より出版しているのです。これは、第四作日の仏訳作品として準備されたのですが、 フランスでは出版されませんでした。後半の長編小説も時間のある方はお読み下さい。
 次回は、開連のある短編小説『草笛」を読みます。どうぞ、お出かけ下さい。

   第68回・芹沢文学読書会
 ①日時;11月11(日)10:00~12:00AM
 ②会場;大分県立図書館 研修室No4 〔*奇数月の第2日曜日です)
 ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のCD(愛好会録音)10:00~10:20
  ○芹沢文学愛好会の創立25周年記念として、月例会での芹沢光治良先生の対話を6   つ選んで収録したものです。その前半を聴きます。
 〔2)平成18(2006)年度会計報告・活動報告 小串信正10:20~10:30
 〔3〕全国大会の報告 中村輝子 小串信正   10:30~11:00
 〔4〕芹沢文学読書会 11:00~12:00  担当司会 小串信正
  ○テキスト;短編小説 『草笛」
  初出;昭和14年1月号の雑誌<新潮>に発表。支那の旅の体験から創作。
  刊本;短編小説集『眠られぬ夜』昭和14年9月25日実業之日本杜に収録。
  再版;打芹沢光治良文学館9』(短篇集灯明日を逐うて』)に再録。
  平成9年2月10日新潮社発行。P.251~258。
        *当日部分的には読みますが、通して読んで来て下さい。
  =次回は、1月13日(第2日曜日)10:00~12:00の予定です。=

◎岡野資料;評論「児童文学をこどもの手に」芹沢光治良 昭和42年11月14日夕刊
<サンケイ新聞>「教養」椰に発表。*当時、日本ペンクラブ会長。
           *問合わせや申込みなどは、管理人までメールをお願いします。

芹沢文学・大分友の会
 会  報 No67
ふ じ
2007(平成19)年10月18日
   文 責 小 串 信 正
☆第67回・芹沢文学葦売書会の宰昆告
 9月9日(日)の午前10時から、第67回の「芹沢文学読書会」を県立図書館の研修室No4で開きました。 芹沢文学に関する録音テープとしては、平成5年4月6日の「故芹沢光姶良儀 お別れの会」のテープを聴きました。 司会は芹沢文学愛好会代表幹事の鈴木春雄氏で、中村真一郎氏・大岡信氏などの弔辞があり、1200余名の弔問者が集いました。 この時のビデオテープやアルバムなどが『葬送譜』として発行されています。また、同年の10月1日に『芹沢光姶良先生追悼文集』 を芹沢文学愛好会が出版しています。このテープを聴き、芹沢先生が逝去された当時を思い出しました。
 本当は、平成18年度の「会計報告・活動報告」をしなければいけなかったのですが、
整理が出来ていませんでしたので、今回の会報に「会計報告」を掲載します。10月6日~8日の「第6回芹沢文学愛読者交流会・全国大会」 の内容なども紹介しましたが、私小串と中村輝子さんの二人が参加することになりました。
 今回の読書会は、長編小説『愛と死の書』を読み語りました。昭和12年12月から雑誌<改造>などに発表し始めたのですが、 主人公の君子が出征している弟に母の死を知らせるという構想のために、芹沢氏は支那の戦地を取材旅行します。 日支事変の実状を作家として直接に見てきたいとも思ったのです。取材の体験をもとにして、第三章『孤雁』と第四章『新生』を書き上げ、 長編小説『愛と死の書』を小山書店から昭和14年7月11日に発行しました。この支那(中国)への取材の旅で、 帰国以後も続けていた結核療養の成果を自覚し、健康体になったことを喜びました。この長編小説で模索していた文体も確立したのです。しかし、 戦局は太平洋に広がり、米英との戦争にまで発展してしまいました。作品を発表する機会が少なくなり検閲も厳しくなりました。しかし、 この後に『命ある日』『男の生涯』『孤絶』『巴里に死す』『離愁』『懺悔紀』などの長編小説を次々に創作しました。打愛と死の書』は、 戦後に『愛と死の蔭に』として書き継がれました。これは、ロベール・ ラフオン社からの仏訳出版の第4作目として準備されたのに出版されませんでした。この仏訳を誰かに手を入れてもらい、 新しくフランスで出版されないものかとか、話題になりました。
 次回は、この支那の旅の体験をもとに書かれた短編小説を読むことにします。『南
寺』は既にテキストとして読みましたので、今回は『草笛』を読み語りたいと思いま
す。どうぞ、気楽にお出かけ下さい。今回は、「第6回芹沢文学愛読者交流会・全国
大会のお土産」もありますし、その報告も聞けますので、奮って郷参加下さい。

 

2007年12月30日

大分の読書会より 2007年12月

芹沢文学読書会
案内通信
No69
2007年12月24日
                                (平成19年)
12月便り 一風寒し…・・・イルミネーションの 年の暮れ一

 年の瀬となり、何かとお忙しい日々と思います。大分市のメイン通りのイルミネーションだけでなく、 この頃は普通の家々にも飾られるようになってきていますが、やはり日本の豊かさを表しているのでしょう。 特に青色の発光ダイオードは日本人の発明で、イルミネーーションでも青色が目立ちます。
 芹沢文学のこの一年の歩みでは、「第6回芹沢文学愛読者交流会・全国大会」が第一ですが、鈴木吉維(よしつな)さんの『芹沢光治良研究』 (おうふう)の出版も画期的なものと言えます。大河小説『人間の運命』の韓国語訳の第3巻『愛』は、まだ出版されていないようです。 何とか1年に1巻ずつ刊行していって欲しいと思います。
 芹沢文学読書会も10年目の歩みを重ねていますが、前回は短編小説「草笛」を読み語りました。 これも支那取材の体験をもとに書かれた作品です。
 今回は、長編小説『愛と知と悲しみと』を読み語ることになりました。 アナーキストの学者の家系であるルクリュ家のジャックやコルネリッサン夫人と僕(芹沢光治良)との長年の交流が描かれています。 中国の作家巴金氏への呼び掛けが巻頭に入れられているように、戦後(1961)に再会して、その求めに応じて創作した長編小説です。 大河小説『人間の運命』の直前に、円熟した筆で一気に書き下ろされたもので、「胸のなかから湧きあがるようにして、出来上がったが、 これは作品として立派なものだと、今も自負している。」(『文学者の運命』)と作者芹沢氏自身が書いているように、 芹沢文学の代表作の一つです。どうぞ、お出掛け下さい。

第69回・芹沢文学読書会
①日時;1月13日(日) 10:00~12:00 AM
②会場;大分県立図書館 研修室No4 〔奇数月の第2日曜日です〕
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のCD(愛好会録音)  10:00~10:20
 ○創立25周年記念として、月例会での芹沢光治良先生の講話を6つ選んで収録したも  のです。その後半を聴きます。
 〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当司会 小串信正
   ○テキスト:長編小説『愛と知と悲しみと』
   初出;昭和36年に約4ケ月で書き下ろして出版した長編小説。
   刊本;一『愛と知と悲しみと』昭和36年1】月20日新潮社発行。
   再版;『芹澤光治良作品集7』昭和49年2月15日新潮社発行に再録。
    『芹沢光治良文学館3』平成8年2月10日新潮社発行にも収録。
   P.419~552 *当日部分的には読みますが、通して読んで来て下さい。
 〔3〕2008(平成20)年の新年会13:00~15:00*希望者のみ
  参加。会場は当日に適当な店を探すつもりです。予算は2000円以内。
 ==次回は、3月9日(第2日曜日)10:00~12:00pmの予定です。==

◎同封資料;「あとがき」芹沢光治良 昭和42(1967)年2月。『芹沢光治良選集』(第五巻)昭和40年4月25日全国書房発行 (*昭和40年は昭和42年の活字ミスと思われます)。    
*問合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中)

 芹沢文学・大分友の会
 連絡先はメールして下さい。
  郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会


  芹沢文学・大分友の会 ふ じ 
2007年(平成19)12月24日
                               文責 小串信正
☆第68回・芹沢文学読書会の報告   
 第68回の「芹沢文学読書会」を11月11日(日)の午前10時から、県立図書館の研修
室No4で開きました。芹沢文学に関する録音テープとしては、2003(平成15)年5月の芹沢文学愛好会・ 創立25周年記念に出されたCD「『巴里に死す』他一月例会で語る芹沢光治良先生-」の前半を聴きました。「戦後の出版界について」「 『サムライの末裔』について」「『命ある日』のタイトル名について」「石川達三について」などを聴きましたが、後半は次回に聴く予定です。
 第6回芹沢文学愛読者交流会・全国大会の報告を、中村さんと小串がしました。記念冊子やポスターなどのお土産も参加者にお渡ししました。 記念講演や読書会、そして鼎談など内容も充実したもので、全国から百名以上の愛読者が集って盛会であったことなどが語られました。 愛好会の創立30周年を記念するものですが、小串にとっても感慨深いものがありました。芹沢文学愛好会の方々の尽力に感謝しています。
 平成18年度の「会計報告・活動報告」の説明を一応やりました。今年度の「文学の旅」は、全国大会に代えましたので、 特別には企画しませんでした。1月の「新年会」には、奮って御参加下さい。読書会に参加出来ずにいる方も、 年1回の新年会だけでも御参加下さい。歓迎いたします。会員の一層の親睦を図りたいと思います。
 読書会のテキストは、短編小説「草笛」を読み語りました。これも支那(中国)への取材の旅の体験から生まれた作品です。 日本人と現地の中国人の、草笛を通しての交流が描かれています。旅行の体験で、深刻なものではありませんが、愛すべき小品と言えます。支那 (中国)への取材の旅については、大河小説『人間の運命』にも書き込まれています。次回は長編小説の『愛と知と悲しみと』 を読み語る予定です。

☆芹沢文学・大分友の会の平成20(2008)年の新年会を開催 1月13日午後
 恒例となって来ましたが、1月の例会(芹沢文学読書会)の後、「新年会」を行いたいと思います。県立図書館ではなく、 適当な店を見つけて会場にします。
 13:00から15:00頃までとし、会費は2000円以内位(各自負担)にしたいと思います。県立図書館から余り遠くない店で、 良い所がありましたら御紹介下さい。友の会の親睦の懇話会にしたいと思いますので、奮って郷参加下さい。

☆芹沢文学の評論『芹沢光治良研究』を鈴木吉維さんが出版
 芹沢文学愛好会の会員であり、芹沢文学研究会の会員でもある鈴木吉雄さんが、これまで書いて来た論文に手を加え、 足りないものを新しく書き下ろし、芹沢文学の評論『芹沢光治良研究』をおうふう(社)から出版しました。鈴木書推さんの研究の成果ですが、 私達の仲間からこのような成果が出て来たことを嬉しく思います。
 小串が一括して注文をしましたので、必要な方は1月13日の例会でお求め下さい。
少し安くなると思います。3月の芹沢文学読書会で、この著作をテキストにして、皆さんと一緒に読み語りたいと思います。 芹沢文学作品の読みが深くなると思います。
 内容は、元日本大学・近畿大学教授井上謙先生の「序」に、「芹沢光治良論序説一文学的人生とその課題」の序論、そして 「習作斯から作家への道」「芹沢光治良と中国」「神と信仰」「大河小説の世界」「芹沢光治良と紳」の5章の本論があり、「テキストについて・ 初出一覧」と「あとがき」が添えられています。

☆平成19(2007)年度の年会費の納入を   #♭♪&
 会費未納の方は、先にお送りした振替払込用紙にて年会費1200円を納入して下さい。 *尚、退会をされる方は、御面倒でも、 ハガキ等にて小串まで御一報下さい。
     =2007(平成19)年も終わりますが、良い年をお迎え下さい。=

2008年02月27日

3月の大分の読書会です。

芹沢文学読書会
案内通信
                                    No70
                               2008年2月23日
                                (平成20年)
                                        2月便り -早春や…… 梅の花咲く 里の路-
 このところ、晴れて温かい日が続き、梅の花も満開となり、春を告げています。お元気にお過ごしのことと思います。毎回、 読書会に参加いただける方と御無沙汰の方が分かれてきているようですが、どうぞ、都合をつけましてお出掛け下さい。 最近お顔を拝見していない方の郷健康をお祈りしています。
 芹沢文学・大分友の会も12年目の歩みを重ねていますが、芹沢文学読書会が今回で70回になります。会員は余り多くはありませんが、 熱心な会員に支えられて細々と続けています。それでも、これだけ回を重ねると、会報の綴りもづっしりとしてきましたし、読み語った作品 (短編小説・長編小説・随筆・評論等)も多くなりました。芹沢光治良先生の作品だけでなく、芹沢文学に関連する著作も何回か詠み語りました。 今回も、芹沢文学の評論の最新作を皆さんと読み語りたいと思います。特に、鈴木維吉氏は、愛好会や研究会の会員で、 身内からこのような研究成果が結実して釆たことを嬉しく思います。前回の読書会に参加された方には、この著作をお求めいただきましたが、 まだ購入されていない方は、一括注文した残りがまだありますので、読書会の当日にお求め下さい。
 前回は、.長編小説『愛と知と悲しみと』を読み語りました。円熟した筆で一気に書かれたこの作品は、芹沢文学を代表する作品であると共に、 戦後の日本文学の名作の一つとして評価されてもよい作品です。未読の方は、是非一読下さい。
 温かくなりましたし、遅れた新年会もしますので、どうぞ、お出掛け下さい。

   第70回・芹沢文学読書会
  〔*原則的には奇数月の第2日曜日に)
     ①日時  3月9日(日)
     ②会場;大分県立図書館 研修室No4  10:00~12: 00AM
   ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のCD(愛好会録音)10:00~10:20
       芹沢文学愛好会の創立25周年記念として、 月例会での芹沢光治良先生の講話を     6つ選んで収録したものです。その最後を聴きます。
        〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12: 00  担当司会 小串信正
         ○テキスト;評論『芹沢光治良研究』 鈴木吉維著
  出版;2007(平成19)年11月20日株式会社 おうふう発行。279貢。
 *この本は、一括注丈した在庫が小串にありますから当日お求め下さい。
  内容;序(井上謙先生)、芹沢光治良論序説、習作期から作家への道、
   芹沢光治良と中国、神と信仰、大河小説の世界、芹沢光治良と神。
   テキストについて・初出一覧、あとがき(鈴木吉維)。
     〔3〕2008(平成20)年の新年会13:00~15:00*希望者のみ参加。
      1月に延期したので70回記念として行います。予算は2000円以内。
   
     次回は、5月18日(第3日曜日)10:00~12:00pmの予定です。

  ◎同封資料;①「川端康成」芹沢光治良 雑誌<文拳春秋>昭和47年6月号株式会        社文芸春秋刊行。特集 「川端康成の死」の「川端さんはこんな人だった」 に発表されたもの。242貢。
        ②読書会資料「長編小説打愛と知と悲しみと』出版目録(表紙等も)
 
   芹沢文学・大分友の会 *問合わせ申込みなどは下記電話へ
 連絡先:管理人までご連絡下さい。
         郵便振替口座01970サ16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学・大分友の会
                           会  報  No69
                             ふ じ
                          2008(平成20)年 2月23日
   文 責 小 串 信正
☆第69回・芹沢文学読書会の報告   
 第69回の「芹沢文学読書会」を1月13日(日)の午前10時から、県立図書館の研修
室No 4で開きました。芹沢文学に関する録音テープとしては、2003(平成15)年5月の芹沢文学愛好会・ 創立25周年記念に出されたCD「『巴里に死す』他-月例会で語る芹沢光治良先生-」の後半を聴きました。「一日の生活、 作品の枚数について」「文章について」を聴きましたが、次回に残りを聴くつもりです。
 最近の芹沢文学の情報としては、今日の午前と午後に東海の芹沢文学愛読者の会の「新年会」が名古屋で行われ、 61名もの参加があることなどを報告しました。
 また、昨年の11月に出版された本格的な評論『芹沢光治良研究』(鈴木吉維著、株式会社おうふう発行) を小串が一括注文したものを参加者にお渡ししました。これを次回の
テキストとするので読んで来ることを勧めました。
 前回の読書会のテキストは、長編小説『愛と知と悲しみと』を読み語りました。資料として、出版目録、単行本・文庫本・芹沢光治良文学館3、 ジャック・ルクリュの写真などをコピーしたものを渡しました。長編小説『女にうまれて』が雑誌に連載された時に、「愛と知と畏れと」 という副題が付けられていたことも紹介しました。
 中国の著名な作家巴金氏に日本で再会し、ルクリュ家のことや中国のことなどを是非書くように勧められたのを、大河小説『人間の運命』 の創作の前に、そのウォーミングアップとして一気に書き上げたのが、長編小説『愛と知と悲しみと』です。 アナーキストで学者のパリのルクリュ家で巴金氏など中国の青年達に会ったのです。「巴金兄よ」と呼びかけた「僕(芹沢氏)」 の回想記として創作されています。ジャックとリリー(コルネリッサン夫人)の年齢を超えた愛と悲しみが感動的に措かれています。 留学の帰路に、上海でジャックや中国の青年達に再会しますが、偉大な作家「ロジュン先生」が魯迅か不明ですが、「作品をものするには、 いっも世界を相手にして、それでいて、お国に根を張るように、心懸けなければならない」と諭されます。
 ジャックやリリーが日本を訪ねて釆ますが、「僕」も中国の戦地を巡回します。ジャックは中国人の女性と結婚し、女の子(ジャクリーヌ) が生まれます。しかし、新しい中国から追放され、パリの家に帰ります。この長編小説には、中国のことが書き込まれています。芹沢文学は、 未だ中国語に翻訳されていませんが、もし翻訳されるとすれば、まず第一に翻訳されるべき長編小説だという意見も出ました。そして、 いつの日かに、大河小説『人間の運命』(全16巻)が中国の読者に愛読されることを念願しています。大河小説『人間の運命』 の附属建築としてのこの『愛と知と悲しみと』は、芹沢文学の代表作であるばかりでなく、 戦後の日本文学の名作の一つとしても評価されるべきだと思います。参加されなかった方も自宅でお読み下さい。


☆遅くなりましたが新年会を例会70回記念として開催 3月9日午後
 1月の読書会のあと「新年会」を行う予定でしたが、小串の体調が悪く、無理をせず次回に延期することになりました。 実に遅くなった新年会ですが、今回が読書会として第70回であることを記念して、3月9日(日)の読書会のあとの午後に、改めて「新年会」 を持ちたいと思います。参加は希望者のみにします。店は予約していませんが、参加者も余り多くはないと思いますから、 当日に決めたいと思います。もし適当な店がありましたら卸紹介下さい。予算は2000円以内で酒無しにします。

2008年04月29日

大分の読書会のお知らせです。

芹沢文学読書会
案内通信
                                    No71
                                2008年4月20日
                                 (平成20年)
                                              
 4月便り 一爽やかに…… 青葉若葉も 風に舞う-
 桜の花も散り、野山には初夏の風が吹き始めています。良い季節となりましたがお元気にお過ごしのことと思います。 読書をするにも爽やかな気候です。
 芹沢文学・大分友の会の「芹沢文学読書会」も、前回に70回となり、それを記念して遅くなった「新年会」を持つことが出来ました。 午後1時頃から都町の天まで上がれで「ふぐランチセット」(2000円)を食べながら、楽しい懇話の時を過ごすことが出来ました。 芹沢文学についての詳しい語らいが持たれました。
 読書会では、鈴木吉維氏の評論『芹沢光治良研究』(おうふう)を読み語りました。分かりやすく全体像もとらえられます。 貴重な資料の発掘や新しい見解などもあり、活発に話が弾みました。資料として、小串が纏めた書評も渡しました。この書評は、一般的でなく、 個人的なことも書きましたが、評論『芹沢光治良研究』を読むための参考にしていただければと思います。この著作は、じっくりと読むこと、 あるいは繰り返して読むことをお勧めいたします。読書会に参加されなかった会員各位には自宅で精読することを期待しています。 芹沢文学の深い理解が進むものと思います。一括注文したものが残っていますので、まだお求めでない方は、次回の読書会の折りに、 会場でお求め下さい。
 次回は随筆を読み語りたいと思います。『芹沢光治良文学館11』(新潮社)収録の初期に書かれた随筆四作品を読みたいと思います。 この著作集は書店から注文すれば入手出来ます。最近来られていない方も是非とも読書会へお出掛け下さい。
   第71回・芹沢文学読書会
 ①日時;5月18日(日)〔*今回は特別に第3日曜日です〕
 ②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
 ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
  ○平成4(1992)年7月24日に東中野の芹沢邸において、個人的に小串がお会いい   ただいた時の録音です。前半をを聴きます。
 〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当司会 小串信正
  ○テキスト;初期(昭和11~12年)の随筆「新しい秩序」
  「選挙雑感」「武験雑感」「官吏と芸術」、
  刊行;随筆集『収穫』(昭和16年12月11日東峰書房発行)に収録。
  再版;『芹沢光治良文学館11』(新潮社)には、随筆集『収穫』が一括
    して収録されています。22~41貢。
  *当日は部分的に選んで読みますが、出来れば通して一度読んで来て下
   さい。この『芹沢光治良文学館11』(新潮社)は、後にも使用します。
 =次回は、7月13日(第2日曜日)10:00~12:00pmの予定です。
◎同封資料;①評論「ざんげ紀」芹沢光治良 朝日新開に「わが小説」として掲載
されたもの。『わが小説』(朝日新聞学芸部編・昭和37年7月15日雪華杜発行)
140~141貢* 『儀悔紀』の題が、どうして「ざんげ紀」にされているのか不明。

 芹沢文学・大分友の会  *問合わせなどは下記に電話を
 連絡先:管理人までご一報下さい。

芹沢文学・大分友の会
会  報  No70
                                                                ふ じ
                                                    2008(平成20)年 4月20日
                                                 文 費 小 串 信_正
☆第70回・芹沢文学読書会の報告   
 3月9日(日)の午前10時から、県立図書館の研修室No4で第70回の「芹沢文学読書会」を開きました。 芹沢文学に関する録音テープとしては、2003(平成15)年5月の芹沢文学愛好会・創立25周年記念に出されたCD「『巴里に死す』 他一月例会で語る芹沢光治良先生-」の続きです。「巴里に死すの原稿について」「人間の運命、教祖様について」を聴きました。これが、 このCDに収録されている全てです。芹沢先生が愛好会で語られたテープは大変貴重なものですが、 その数は膨大なものが残されているものと思います。このCDのように公開され保存されることを念願しています。 保存に録音テープよりCDの方が優れているのであれば、芹沢文学愛好会でCD化しておくことをお勧めします。 地方の読書会にも提供いただければと思います。
 最近の情報としては、1月6日に元芹沢・井上文学館の館長で、友の会会長も務められた侍田朴也氏(84歳)が死去され、 2月26日に作家で牧師の阿部光子さんが死去されました。享年95歳。 東海の芹沢文学愛読者の会の「短信」が第168回で、 4月20日に春のバス旅行(佐川美術館など)が計画されています。 沼津の『人間の運命』を読む会が、2月に完読したとのこと。  韓国の教授雀貞順先生の随筆(評論)「作家芹沢光治良と50年」の掲載されている雑誌も紹介しました。
 読書会として、鈴木吉推氏の評論『芹沢光治良研究』(おうふう)を読み語りました。まず、井上謙先生の「序」について解説し、 鈴木氏と芹沢文学愛好会や芹沢文学研究会との関係を紹介しました。いわば、 身内の同僚からこのような芹沢文学の研究成果が出てきたことを喜びたいと思います。井上先生が評価しているように、沼津中学時代の 「学友曾報」や一高の「校友曾雑誌」などへ寄稿した初期の作文や処女作への掘り起こしと批評が、まず評価されます。また、出世作となった 『ブルジョア』を論じ、パリ留学と結核闘病の後、帰国したのを名古屋新聞の記事から昭和三年十一月十五日と確認しています。どうして、 のちに芹沢氏自身も昭和四年の秋としたのかは不明のようです。『ブルジョア』は短期に創作されたものではなく、一年間の構想の期間があり、 「十分時間をかけ、検討し、練られて、エネルギーと情熱を傾けて執筆した作品である」と説かれています。そして、「生涯愛と死を見つめ、 国際的視野をもった作品を生み出した作家芹沢のデビューを飾るにふさわしい作品である」と評価しています。代表作の『愛と死の書』 『巴里に死す』『愛と知と悲しみと』も論評していますが、この評論の特色としては、『教祖様』を始め、大河小説『人間の運命』、 そして晩年の連作は一作毎に解説し(新しく書き下ろしなども加えて)、芹沢文学を宗教(信仰) の視点から論評していることであると思われます。小串の解説が長く、皆さんの意見を述ペていただく時間が少なかったのですが、 最後に参加者の一人ひとりに感想や所見を語っていただきました。今後もじっくりとこの著作を再読することをお勧めします。次回は、 戦前の初期に書かれた随筆を読み語りたいと思います。

☆遅くなりました新年会を例会70回記念として開催=3月9日午後に=
 読書会のあと「新年会」を、天まで上がれ都町店で行いました。読書会に出席した方は全員、「新年会」にも参加いただきました。 丁度やっていた「ふぐセットランチ」が2000円でもあり、昼食をとりながら懇話の時を楽しく過ごすことが出来ました。
芹沢文学・大分友の会も12年目の歩みを継続中ですが、今後もよろしくお願いします。

☆平成19(2007)年度の年ミ会費の轟内入を   
 会費塞姐未納の方は、先にお送りした振替払込用紙にて年会費1200円を納入して下さい。会費の納入のない方に会報をお送りしているのは、 寄附金を当てているのです。年会費を納入して下さい。*尚、退会をされる方は、ハガキ等にて小串まで御一報下さい。

 

2008年07月04日

大分の読書会 2008年7月

芹沢文学読書会
案内通信
No72
2008年6月21日
(平成20年)
                                                                  あじさい
 6月便り- ここあそこ… 紫陽花の咲く 梅雨となり柵

 九州東部も梅雨となり、鬱陶しい毎日ですが、この雨も植物には恵みの爾と思えば気になりませんね。 お元気にお過ごしのことと思います。
 雨の日も、読書するには良いものです。出掛けることを控えて読書に熱中出来ます。読書は、やはり人生の楽しみ喜びだと思います。 それを私は「人生読書」と言っています。芹沢文学は、その「人生読書」に最も相応しい作品群だと思います。
 熱心な愛読者に支えられて継続している「芹沢文学読書会」ですが、2ケ月に一回の会ですので、予め都合を付けて是非とも郷参加下さい。
 前回は、初期の随筆や評論を硫み語りました。パリ留学と結核闘病のあと帰国して、 作家としての道を結核療養しながら継続していた時期のものです。知識人問題、選挙体験、試験について、官吏と芸術についてなど、 戦時下になりつつある頃に良識的な批評として、論述しています。ここには知識人としての深い学識が感じられます。この 『芹沢光治良文学館11』(新潮社)は、これからもテキストとして使いますので、書店などに注文して購入されますことをお勧めします.
 次回は、暴い夏ですが、会場(研修宴)には冷房がきいていますので、気楽にお出掛け下さい。同封資料「わが小説jで紹介しました長縮小鋭 『懺悔記』を読み語りたいと思います。この作品は「作者である私が、愛着をもつ作品」と自薦しているものです。 既に読んだ方もいるかと思いますが、この機会に再読して下さい。
 最近、御無沙汰になっておられる方も是非とも読書会へお出掛け下さい。

         第72回・芹沢文学読書会

①日時;7月13日(日)〔*原則特には奇数月の第2日曜日)
②会場;大分県立図書館 研修No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1)芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
   ○平成4(1992)年7月24日に東中野の芹沢邸において、個人的に小串がお会い    いただいた時の録音です。後半を聴きます。
    〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当司会 小串信正
 ○テキスト;長編小説『懺悔記』
初出;昭和18年6月6日~19年5月28日に「天理時報」に51回で連載。
刊行;『憾悔紀』(昭和21年6月15日養徳社発行)に収録。
再版;『芹沢光治良作品集3』(新潮社)に再録されています。
   『芹沢光治良文学館4』(新漸社)にも再録。151~287貢。
*当日は部分的に選んで読みますが、出来れば通して一度読んで来て下さい。
 ====次回は、9月14日(第2日時日)10:00~12:00pmの予定です。
◎同封資料;評論「あとがき」芹沢光治良 「芹沢光治良自選作品集2・ざんげ紀」昭和32年6月5日宝文館発行193~194貫。 資料提供芹澤文学館。*この巻の「解説(遠藤周作)」は、案内通信NO47の同封資料として以前にお送りしています。この機会に、この 「解説」もお読み下さい。
 芹沢文学・大分友の金  *問合わせはメールして下さい。

芹沢文学表大分友の会ふ じ
2008(平成20)年 6月21日
   文 章 小 串 信 正
☆第71回・芹沢文学読書会の報告    ♯♭J&
 第71回の「芹沢文学読書会」を5月18日(日)の午前10時から、県立図書館の研修
室No4で開きました。毎年5月は、第2日曜日が母の日なので、第3日曜日に読書会を行っています。芹沢文学に関する録音テープは、平成4 (1992)年7月24日に小串が上京して個人的に芹沢光治良先生にお会いした時のものを聴きました。その前半を聴いたのですが、 亡くなる半年前ですが、お元気で近作の天の書の連作『大自然の夢』のことについて話しています。7月14日の大分合同新聞(夕刊) に掲載された「神の書・天の書」の評論を渡しました。筆名の林寛仁で書いています。このお会いした頃は、次作の『天の調べ』 が書かれていたのです。
 最近の芹沢文学の情報としては、中村さんがYahoo! のオークションで入手している方法や実際に入手したものなどを見せてもらったりしました。 最近は古本屋で芹沢作品を求めるのは無理になっています。一つの確実な方法は、インターネットのオークションですが、 段々と価格が上がって来ているようです。 今年の「文学の旅」ですが、私(小串) が日出町立萬里図書館に嘱託で勤めることになったこともありますが、「脇蘭室や帆足萬里を訪ねる日出の旅」に出掛けたいと思っています。
10月12日(日)を予定しています。自動車に乗り合わせて廻りたいと思います。
 読書会では、初期(昭和11~12年)の随筆を読み語りました。「新しい秩序」「選挙雑感」「試験雑感」「官吏と芸術」の四作です。 随筆集『収穫』(昭和16年12月11日東峰書房発行)に収録されましたが、これがそっくり 『芹沢光治良文学館11』 に再録されましたから、身近に読むことが出来ます。知識人として、世相を批判時に論評しています。選挙などの名古屋の体験は短編小説「大鷲」 にも書かれています。この頃には、少し通俗的な習作ですが、初期長編小説三部作を都新聞に連載していました。
昭和11年7月5日に『春箋』が有光社より出版され、昭和12年6月20日に『秋箋』が
竹村書房から出版されたのです。この後、三作目『愛情の蔭』も書かれます。
 次回は、同封資料として長編小説『憾悔紀』を取り上げましたので、この機会に読み語ることになりました。戦時中に、『巴里に死す』 の後に書かれたもので、発表する機会がなくなり、「天理時報」に何とか連載された長編小説です。作者にとっては愛着のある作品です。 芹沢文学の代表作であるばかりでなく、日本近代文学史においても高く評価されるべき作品であると言えます。既に読まれた方も、 この機会に再読し、深く鑑賞することをお勧めします。 ともかくも、読書会へお出掛け下さい。
  ☆平成19(2007)年度の年会費の納入を   
 会費未納の方は、同封の振替払込用紙にて年会費1200円を納入して下さい。友の会は会費で運営していますので、御協力下さい。 読書会に来れない方も、継続いただければ幸いに存じます。*尚、退会される方は、ハガキ等で小串まで御一報下さい。

☆<芹沢文学案内No36> 中公文庫の二作品
 芹沢文学の文庫版は、新潮文庫と角川文庫で刊行されていますが、中央公論社の中公文庫として出版された二作品もあります。 昭和53年6月10日発行の長編小説『坂の上の家』と昭和54年2月10日発行の長縞小説『告別』です。
 『坂の上の家』は、「文庫版あとがき」に書かれているように、昭和34年の4月初めから7月末までNHKラジオの「朝の小説」 として放送するために書き下ろされた作品です。同年の9月15日に中央公論社から出版されました。『告別』は、昭和34年の7月~9月に、 フランクフルトでの世界ペン大会に名誉会員として招待されて渡欧した体験をもとにして、 書き下ろしで12月5日に中央公論社から出版されました。これを後に文庫版でも再版したのです。「あとがき」も付けられています。

2008年08月17日

芹沢文学研究会より

 今日は東京は涼しく、よく眠れました。

大分県より、芹沢文学研究会の会報が届きました。読書会とは違い、芹沢光治良の文学を研究する会です。

四季報/芹沢文学研究会・会報  
夏号  2008(平成20)年7月31日刊行

芹沢文学研究会・会報

   第六十六号
(No66)

 夏 号

◎サロン・マガノリア
 *2007年4月~2008年4月の記録ノート*
 岡玲子様から今年も「サロン・マグノリア記録ノート」が届きました。一年分の講演会やコンサートなどの催物を記録した小冊子です。最初に 「サロン・マグノリアと私」 (加藤恵美子) 「疎開日記から」 (芹沢光治良)が載せられ、昨年の4月30日の喪生日記念講演会として、 金井豊平(杵星五平)氏の講話「感動した『坂の上の家』や邦楽「京鹿の小娘道成寺」や江戸端唄「木遣りくずし」の演奏も行われました。6月 「パリの日本人」(近藤慣行)、7月「芹沢光治良の生命観」(鈴木貞美)、10月「ピアノ・コンサート」
(岡玲子)、11月「『私の歩んだ道』と芹沢光治良先生」(菊島竹丸・柴田洋子)、12月「1900~1945雑誌の姿あれこれ」 (川島澄子)、2月「しあわせはいつもいま」 (山崎陽子)、3月「『芹沢光治良研究』を刊行して」(鈴木吉維)、4月 「中村真一郎ラジオドラマシリーズ『三角な夢』」 (佐岐えりぬ他)。「もう少し加えます」や参加者名簿なども収録されています。 貴重な記録で、着実な歩みを知ることが出来ます。
 お便りには、チューリッヒ大学の可ブルジョア論を書かれたSimon Muellerさんが、
東京に8月10日~22日に滞在されていて、17日にお招きされるとありました。新しい交流が開かれることを期待しています。 スイスなどヨーロッパに、再び芹沢文学の愛読者や研究者が増えてくることを念頭しております。地方にいると参加できないことが残念です。

◎『芹沢光治良の奇蹟』(森高啓介氏)
 エッセイに読み取る芹沢光治良・誕生記念講演会
 岡玲子様から小冊子『芹沢光治良の奇蹟』も送られてきました。これは、今年の誕生記念会(15回目)での森高啓介氏の講演(奥様が代読) を活字化したものです。森高氏は、皆さんも衝存じかと思いますが、インターネットで「芹沢光治良の一読者による私設ホームページ」 を開設し維持されています。
  24貫の小冊子ですが、「芹沢光治良という作家はどうやって誕生したか」「対人関係に見る芹沢光治艮」  「エッセイにおける奇跡的な出会い」 「おわりに」などの内容です。『教祖様』 『男の生涯』「失恋者の手紙」 「わが青春」  『こころの広場』 『文学者の運命』 『文芸手帖】 「小さい運命」 『こころの旅』 『幸福への招待』 「生きる日の悦び」 『愛情』、 そして『人間の運命』や「最後の連作、神シリーズ」などの作品をもとに話されて(書かれて)います。
  「評論家の方々とは逢った、あまり文学的でない、わかりやすい芹沢光治良論」として、「神」 「信仰」 「出会い」 「文学への思い」  「気の強さ」 「気の優しさ」 「こころの広さ」 「日ごろから常に自己を反省することで、天に通じるような生き方」 など多くのことが丁寧に語られています。 森高啓介氏のホームページは、下のアドレスのようです。    http://www.hi-ho.ne.jp/kstudio/kojiro/

◎芹沢文学(秋田)緑陰紀行
 *2008年7月19日~21日・芹沢光治良文学愛好会*
 芹沢氏が官吏として赴任した秋田営林局などを訪ねる緑陰紀行を開催。「石川達三記念室」等も訪ね、瀬田川昌裕先生の文芸講演 「秋田と芹沢文学」もありました。27名の参加があり、楽しい文学の旅が行われたようです。小冊子案内やアルバムも作成されました。


同封資料
・資料/短編小説「ゲイシヤ・ガール」芹沢光治良。昭和27年3月1日刊行の雑誌〈小説新潮〉に発表。
 *戦後の創作ですが、まだ歴史的仮名遣いで書かれています。実体験をもとに書かれたものと思われます。
コピーが不鮮明です。   〔中村輝子氏資料提供〕
◎「会員便り」☆★せ★
 *順番に会見各位の便りを掲載していきます。
    信仰          
No29          福岡市博多区 H・S(管理人の方で匿名としました)
  会員の皆様へお便りいたします。
  私の芹沢文学との出会いは三年程前の学生の頃便です。神・宗教・信仰、生き方などいろいろ考えていた時でした。 私は読書の習慣などなく本を読まない現代の若者の一人です。ただ神シリーズ・教祖様はすぐに読破しました。 非科学的な場面などは非常に興味をそそられましたが、その優しい文体と読んでいくうちに心が開放されていく心地よさが魅力です。
 大自然は常に我々人間に与えつくしているのに何かを求めてしまいます。お願い信仰になりがちです。 現状に感謝できてないのが今の私でもあります。
 外にばかり神を求めて、人間は自分の中に宿している神を忘れてしまいます。日のもとである日本に生まれたこと、 生かされていることに感謝を忘れずに生きていかなければなりません。
 連日、暴い日が続いておりますが、皆様の衝健康をお祈りいたします。
◎芹沢文学 豆知識⑪ =紀と記の書名=
 *長編小説『懺悔機』の評価と愛読のお勧め*
  隔月(奇数月)に大分県立図書館で持たれている「芹沢文学読書会」で長編小説『懐悔紀』を読み語りました。『懺悔紀』を『ざんげ紀』 『懺悔記』 『ざんげ記』と書かれているのもあり、混乱しています。
 紀の書名は、『希望紀』 『習俗紀』 『幸福紀』 に使われ、記の書名は、『青春記』『純情記』 『真実記』『哀愁記』 などに使われています。
  『懺悔紀』は、戦中に書かれたものですが、作者の愛着のある作品です。 芹沢文学の代表作の一つとして高く評価されるべきであると再確認しました。

 会報No66(夏号)をお届けします。連日の猛暑ですが、お元気にお過ごしのことと思います。 芹沢文学を心の糧として愛読していきたいものですね。
    

 ◇刊行 芹沢文学研究会
〒870 0171 大分県大分市法勝台3丁目8番2号
℡ 〔FAX〕 097(527)6657 事務局小串信正

 

2008年11月10日

大分の読書会からです。

芹沢文学読書会
案内通信
                                            No74
                               2008年10月12日
                               (平成20年)
                                      
 1 0月便り〕 -爽やかに・‥ 金木犀の 香りあり-

 金木犀の香りと共に秋も深まりつつありますが、お元気にお過ごしのことと思います。読書の秋となりました。また、 芹沢文学を読んでいきましょう。
 芹沢文学・大分友の会も13年目の平成20年度の歩みを始めました。年6回の「芹沢文学読書会」を大分県立図書舘の研修室で持っています。 文学の旅は、東京での第6回・芹沢文学愛読者交流会全国大会に参加することに代えて、大分での実施はしませんでした。今年は、 以下の案内のように、10月26日(日)に「第11回文学の旅・日出」を実施したいと思います。どうぞ、お出かけ下さい。平成19 (2007)年度の会計報告を、少し遅くなりましたが、以下のようですので御了承下さい。
 前回の「芹沢文学読書会」では、短編小説「巴里の懺悔」を読みました。この作品に書かれたパリでの堕胎は、フイクション(虚構) だと思われていましたが、芹沢先生の後の告白から、実体験に基づくものあることが確認されています。作品は、あくまで創作ですが、 実体験を踏まえたものと思って読むと、感慨深いものがありました。『芹沢光治良文学館10』(新潮社)に収録されていますので、 欠席されました方も、一読されますことをお勧めします。
 今回は、.昭和21年4月に発表された二作品「茶室住」「去来」を読み語りたい思います。 戦後に中軽井沢から家族で移住した頃の仮住まい生活が書かれています。
 どうぞ気楽に御参加下さい。また、新しい方もお誘い下さい。歓迎します。

   第74回・芹沢文学読書会
①日時;11月16日(日)〔*今回は特別に第3日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
 ○平成4(1992)年7月24日に東中野の芹沢邸において、個人的に小串がお会いいただいた時の録音です。残りをお聴きします。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当司会 小串信正
 ○テキスト;短編小説「茶室住」「去来」
初出;昭和21年4月号<人間>に「茶室住」、<新潮>に「去来」を発表。
刊行;短篇集『戯れに恋はすまじ』(昭和28年10月5日丹頂書房発行)収録。
 再版;「芹沢光治良文学館10』(平成9年4月10日新潮社発行)に再録。
  35~67貢。*この巻は、戦後の短篇38篇を収録したもの。注文入手可。
*当日は部分的に選んで読みますが、出来れば通して一度読んで来て下さい¢
 次回は、1月11日(原則的には第2日曜日・新年会も)の予定です。
◎同封資料;①随筆「後者(三十四年の春しるす)」芹沢光治良 昭和34年12月25日角川書店発行『教祖様』484~487貢。* 『教祖様』は、昭和25年10月29日~32年9月8日に「天理時報」に連載したものを、序章を除いて角川書店から出版したもの。 一年半後に絶版。 〔資料提供;「森次郎文庫」主人鈴木春雄氏〕
 芹沢文学・大分友の会  *問合わせなどは、管理人にメールを
 
 芹沢文学・大分友の会 ふ じ
 2008(平成20)年10月12日
☆第73回・芹沢文学読書会の報告    
 第73回の「芹沢文学読書会」を、9月14日(日)の午前10時から県立図書館の研修
室No4で開きました。参加者が固定して、毎回参加される方と殆ど顔を見せない方と分かれてきているように思われます。 隔月ですので予定に入れて御参加下さい。
 芹沢文学に関する録音テープは、平成4(1992) 年7月24日に小串が上京して個人的に芹沢光治良先生にお会いした時のものの後半を聴きました。
  芹沢光治良文学愛好会が7月19日~21日に実施した「芹沢文学(秋田)緑陰紀行」 の案内と思い出のアルバムの小冊子の2種を皆さんに見せました。参加者は予定に満たなかったようですが、楽しい旅が出来たようです。秋田は、 芹沢先生が秋田営林局に一冬勤務した地です。
 読書会では、短編小説「巴里の儀悔」を読み語りました。この作品は、昭和22年11月号の雑誌<女性>に発表されたものです。短編小説集・ 『巴里の懐悔』(昭和23年10月5日井原文庫発行)に収録出版されました。『芹沢光治良文学館10』(平成9年4月10日新潮社発行) をテキストにして読み語りました。妊娠した娘の便りの返事として書かれた書簡体の作品で、パリに留学して最初の子を堕胎したことを憾悔し、 娘に産むことを勧めるものです。堕胎のことがリアルに書かれていますが、これは実体験であったことが後に告白されました。短編小説としては、 良く書けていると思います。
平成19(2007)年度 会計報告と活動報告・活動計画
○収入の部 前年度繰越 3640円 ●支出の部 送料(切手等) 16760円
      会費収入  14400円       文房具代         8518円
      寄付収入  21600円       コピー代    10800円
                39640円                              36078円
◎決算 39640-36078=3562円

*都了承下さい。
               会計費任・小串信正 会計監査・中村輝子
  △活動報告;12年目の歩み。年6回の「芹沢文学読書会」を県立図書館で行い、第70回を記念して3月9日に「新年会」を持ちました。 文学の旅は休み。
  △活動計画;年6回の「芹沢文学読書会」と1月の「新年会」を開きます。10月26日に第11回の「文学の旅・日出」を実施します。  今年度も御参加下さいe
☆平成20(2008)年度の年会費の納入をお願します。
 前回の読書会で会費や寄付をいただいた方もいますし、前年度に今年度の会費を納入されている方もいますが、新年度になりましたので、 年会費1200円を同封の払込用紙にて振込み下さい。寄付も受け入れます。退会を希望される方は一報下さい。
☆第11回「文学の旅・日出=脇蘭室と帆足萬里を訪ねる日出の旅=」
  1 0月 2 6 日(日)=南天決行= *小串等の自家用車に相乗り。
 集合;午前9:00に大分駅前〈大友宗頻像前)に集合。10:00に亀川駅前
 行程:大分駅→田浦ビーチー亀川駅→小浦の脇蘭室の生家・塾跡
   →帆足萬里基・青柳鯉市基→松屋寺(大井鉄・小川家墓地・洋室墓地)
   →籠泉寺(瀧家墓地・帆足家墓地・帆足通文、卓之、文長先生、聴穂
    先生基・勝田家基地)→ *この頃、適当な店にて昼食。
   →日出町立萬星図書舘(休館・外からのみ見学)→藩校・致道館
   →時谷城址→城下公園→大さざんか一帆足家・瀧家跡→二階堂美術館
   →深江義→回天神社→(大神ファーム *時間があれば行きます.)
 解散;亀川駅16:30頃  大分駅17:00頃
  *資料や地図等は当日に渡します。
 *参加される人は、10月25日(土)の午前中に小串に電話して下さい。

2009年01月01日

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。全国の芹沢文学ファンの皆様、今年もよろしくお願いします。

早速、大分の読書会から1月11日(日)の読書会の案内がありました。皆さん、奮って参加して下さい。

芹沢文学読書会
案内通信 No75 2008年12月21日
                               (平成20年)
            た                 
 12月便り 」-じっと耐ゆ… 同時不況の 師走かな-
 師走に入り、お忙しい日々をお過ごしのことと思います。ガソリンが急騰し、また急落しました。物価を上げ、株価を下げた嵐のようでしたが、 金融危機と同時不況で地球が冷え込んでいます。何故このような事態になったのか、これからどうなっていくのか分からなくて、 弱い者や貧しい人が一段と苦しめられています。日本では円高のために、自動車や家電の会社が窮地になっているのは分かりますが、 いとも簡単に非正規労働者やパートの人々の解雇が行われています。政治と大企業がつくり出した派遣や請負という使い捨ての働かせ方が、 大きな問題となっています。
芹沢先生が最晩年に説いた「世直し」や「大掃除」は、どうなっているのでしょうか?「陽気ぐらし」の世は、やって来るのでしょうか? 今はじっと耐える他はないのだろうかと思う日々です。質素(清貧)に生きたいものです。
 「文学の旅・日出」を計画しましたが、参加者が余りに少なかったので、やむなく中止しました。現状では、 文学の旅は難しいように思われます。
 前回は、短編小説「茶室住」「去来」の二作品を読み語りました。戦後の実体験による身辺小説と言えます。今回は、随学 「死んだはずの若い日の友が生きていた」「美しい朴の一葉がまた散った」「孤独な老耄樺」の三作を読み語りたいと思います。ジャックの神・ 大自然。今回は正月で、読書会の後に新年会を持ちたいと思います。どうぞ気楽に御参加下さい。また、新しい方もお誘い下さい、歓迎します。
 第75回・芹沢文学読書会
 ①日時;1 月 11日 日 〔*原則的には奇数月の第2日曜日〕
 ②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
 ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
  ○1982年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会   「神について」芹沢光治良先生のお話。 再視聴です。
 〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当司会 小串信正
  ○テキスト;随学「死んだはずの若い日の友が生きていた」「美しい朴の一葉がまた   散った」「孤独な老毛樺」の三作。
 初出;昭和55年秋季~昭和56年春季の季刊雑誌<ひろば87~89>に発表。
 刊行;随想集『こころの波』(昭和57年10月15日新潮社発行)に収録。
 再版;『芹沢光治良文学館12』(平成9年8月10日新潮社発行)に再録。
   402~415真。*この巻は、随想録などを収録したもの。注文で入手可。
 *当日は部分時に選んで読みますが、出来れば通して一度読んで来て下さい。
  =:次回は、3月8日(原則的には第2日曜日です)の予定です。=

◎同封資料;①随学「無題」芹沢光治良 昭和22年6月20日発行・雑誌<文学界>
 復刊銃「六號雑記」31頁。②評論「作品月評」芹沢光治良 昭和26年6月号雑誌
 <文学界>65~67頁。*芹沢光治良は文学界同人として新興芸術派に属していました。  この二文は戦後すぐに執学。(資料提供; 「森次郎文庫」主人鈴木春雄氏〕

 芹沢文学・大分友の会  *問合わせなどは土・日喝日に
 連絡先:〒870-0171大分市法勝台3丁目8番2号 小串信正方
 メールでご連絡下さい。

芹沢文学・大分友の会
会  報  No74
                                                                    ふ じ
2008(平成20)年12月21日
   文 責  小 串 信 正
☆第74回・芹沢文学読書会の報告    #♭J&
11月16日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で第74回の「芹沢文学読書会」を開きました。芹沢文学に関する録音テープは、 聴けませんでした。
 企画した「文学の旅・日出」も参加者か少なく、やむなく中止しました。中々、文学の旅も難しくなったとも思われます。 11月20日に行われる日出町読書グループ連絡会の文学講演「良識派の作家=野上弥生子と芹沢光治良=」を小串がすると、 そのレジメを回覧しました。静岡の勝呂秦桜美林大学准教授著『評伝 芹沢光治良』(翰林書房発行)の実物を回覧して、必要な人を聞き、私 (小串)の予備も含めて5部を出版社に直接注文することになりました。3月にテキストとして読み語りたいと思います。この評伝は、 個人で発行する文芸誌<奏>に平成14年6月から平成18年10月までの十回の連載に補訂と加筆などをして、 単行本として出版されたものです。評伝として芹沢光治良の生涯を編年的に作品も含めて論評しています。 このような評伝が書かれるくらいに芹沢文学の研究が深められ来たのだと思われます。 芹沢光治良や芹沢文学の入門書としても読むことが出来ます。会員に購入精読することをお勧めします。
 今回は、二つの短編小説「茶室住」「去来」を読み語りました。 戦後すぐに中軽井沢の山荘から家族で上京した時の体験が身辺小説として書かれたもので、二作品とも昭和24年4月に発表されました。 「茶室住」は雑誌<人間>、「去来」は雑誌<新潮>に発表されましたが、内容的には連作と言えます。芹沢氏と思われる作家持岡は、 家主の中尾男爵との契約が守られず、フランス人レスカ氏が出ていかないので、妻B子や四人の娘を連れて上京しました。やむなく、 茶室に住むことになり、卓袱台で創作を始めます。長女はガラージでピアノの練習をします。やっと三宿の家に引っ越します。 末弟の清が瀬戸や野口と訪ねてきて、総選挙に立候補するように求められたりもします。戦後の世相が書き込まれています。 深刻なテーマではなく、写生的な作品ですが、最後に東京帝大の学生で復員した清から神について問い掛けられます。この二作は、短編集 『戯に恋はすまじ』(昭和23年10月5日丹頂書房発行)に収録出版されました。テキストとしては、新潮社版『芹沢光治良文学館10』 を使いました。
 次回は、随筆の三作品を読み語りたいと思います。気楽にお出掛け下さい。

◎平成21(2009)年の「新年会」を行しいます =自由参加=
1月11日の読書会のあとに、恒例の「新年会」を行いたいと思います。希望者で昼食を共にするもので、 会費は2000円以内を予定していますが、店は予約していません。当日、参加者の希望などを聞いて決めたいと思います。 時間は午後1時~3時。

☆平成20(2008)年度の年会費が未納の方は納入をお願いします。
 前回の読書会で会費や寄付をいただいた方もいますし、前年度に今年度の会費を納入されている方もいますが、未納の方は、 年会費1200円を先に同封の払込用紙にて振り込み下さい。寄付も受け入れます。なお、退会を希望される方は衝一報下さい。

☆<芹沢文学案内No38>芹沢文学館          
 芹沢文学館は、昭和45(1970)年5月に財団法人芹沢・井上文学館によって設立され
ました。作家芹沢光治良氏の個人文学館として生地我入道(現沼津市)の海浜に建設され、自筆原稿、遺品、 単行本など多くの展示がされて来ました。文学館友の会も発会し読書会なども持たれて来ました。 平成8年には生誕百年として全面改修もされました。しかし、財団法人の運営が限界となり、沼津市に委譲されることになりました。
リニューアルして、来年の4月に開館されます。これからは、沼津市立芹沢文学館となりますが、 市外にも開かれた文学館としての発展を期待しています。

2009年03月08日

1日2回目の更新です!大分の読書会の案内です。

 遅れてしまって誠に申し訳ありません。大分の読書会の案内と前回の報告です。

芹沢文学読書会案内通信
                               2009年2月28日
           ′                   (平成21年)
                                               そうしゅん あたたひさ       
   2月便   早春の  温かき日差し…・桃の花-
 如月の終わりで日々に温かくなりつつありますが、お元気にお過ごしのことと思います。桃の花が、春を告げています。もうすぐ桃の節句で、 各地でお雛様が展示されています。芹沢文学を愛読して、この世界同時不況に耐えていきましょう。
 最晩年に書き続けた連作『神の書』『天の書』が一括してロシア語に翻訳され、昨年(2008年) の7月1日にモスクワのイノストランカ社から出版されました。
  イノストランカ社は、2002年に芹沢光治良作品集『巳里に死す』『男の生涯』『巴里に死す』『南寺』『秘蹄』 『死者との対話』)を発行しています。ロシアの人々か芹沢文学を愛読することを期待しています。いつの日か、大河小説『人間の運命』 (全16巻)もロシア語に翻訳出版されますことを念願しています。
 前回は三つの随想「死んだはずの若い日の友が生きていた」「美しい朴の一葉がまた散った」「孤独な老妻樺」を読み語りました。 フランスのエーン県オートヴイルの高原療養所で共に闘病した天才的科学者ジャック・シャルマンの説いた『大自然の神』に関する随筆です。 芹沢光治艮の神観について語りました。
 読書会の後、西大分港のシーサイドレストラン・Viewで『新年会』を持ちました。 別府湾が展望できる4階の店でイタリアンコースのランチを食べながら懇話しました。  次回は、『評伝 芹沢光治良』を読み語ります。 どうぞ気楽に御参加下さい。 また、新しい方もお誘い下さい、歓迎いたします。

 第76回・芹沢文学読書会
①日時;3 月  8 日 日 〔*原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;(1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
 01982年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会
  の文芸講演会『神について』芹沢光治良先生のお話。前回の続き。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
○テキスト;評論『評伝 芹沢光治良=同伴する作家=』
 翰杯書房 2008年9月21日発行 345支、定価4000円十税。
 初出;平成14年6月号~平成18年10月号の個人雑誌<奏>に10回で連載』
 *全て読替のほ天変ですが、『序 作家の精神』とどれか自分で読みたい章を全二十章  から選んで読んで来て下さい。
 *この単行本は、前回の参加者にはお渡ししました。新しく参加される方は各自で書店  から注文して下さい。 2冊はお貸し出来ます。
 =次回は、5月17日(5月は.特別に第3日曜日です)の予定です。=
◎同封資料;①『評伝 芹沢光治良』のカバーと帯。奥付も添付したものです。     目次も印刷されています。『序 作家の精神』、 第一牽~第二十章、『あとがき』。
      ②書評『『評伝 芹沢光治良』(勝呂奏者・翰林書房発行)』林寛仁筆。   * この書評は地元紙に寄稿したのですが掲載されませんでした。参考資料として下さい。

 芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日曜日に
  メールして下さい。

 芹沢文学大分友の会
    ふ じ                    2009(平成21)2月28日
                                                          文責 小串信正
☆第75回・芹沢文学読書会の報告
 第75回の「芹沢文学読書会」を1月11日(日)の午前10時から県立図書館の研修室
No4で開きました。芹沢文学に関する録音テープは、1982(昭和57) 年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会「神について」芹沢光治良先生のお話を聴きました。 この年の2月4日に金江夫人を亡くして、大きな空虚感にとらわれていましたが、1980年に「死んだはずの若い日の友が生きていた」 という随筆に書いているように、フランスのエーン県オートヴィルの高原寮養所で共に闘病した友から便りが属さ、天才的科学者ジャック・ シャルマンが説いた「大自然の神」を思い出します。このことは、1981年4月20日に新潮社から出版した長編小説『愛の影は長く』 にも書かれています。「神について」書かねばならないと自覚する直前の講話です。この講話も、最晩年の連作へと繋がっていると思われます。
 情報としては、名古屋の芹沢文学愛読者の会の「新年会」のことと、静岡の勝呂奏桜美林大学准教授著『評伝 芹沢光治良』(翰林書房発行) を手渡ししながらこの単行本の説明などをしました。次回にテキストとして読み語ることも伝えました。
 今回の読書会では、三つの随筆を読み語りました。「死んだはずの若い日の友が生きていた」は、昭和55(1980) 年秋季<ひろば87>に発表されました。「美しい朴の一葉がまた散った」は同誌の昭和55年冬季号、「孤独な老葦樺」 は同誌昭和56年春季号に連載されたものです。最晩年の連作への歩みか既に始められていたのです。これらの随筆は、随想集『こころの波』 (昭和57年10月15日新潮社発行)に収録されましたが、新潮社版『芹沢光治良文学館12』にそっくり採録されていますので、 これをテキストにしました。芹沢光治良の神観へのジャック・シャルマンの影響は、墓碑銘に 「科学者の畏友ジャックに 大自然の法則と神の存在を」と刻していることから決定的なものと言えます。 文学者への道を勧めたのもジャックでした。ところが、この闘病生活を自伝的に創作した『離愁』には、 ジャックらしい青年が書かれていないことなどが話題になりました。ジャック・シャルマンは、 のちにノーベル物理学賞を受賞したとも書かれていますが、本姓は不明です。いまのところの結論は、ジャックは実在しホテル・ レジナの闘病者の一人であったと思われますが、芹沢先生の分身として理想化され、「大自然の神」 観を代弁させているのだということになりました。

◎平成21(2009)年の「新年会」を行しいました。
 1月11日の読書会のあと、午後1時から、恒例の「新年会」を行いました。 会場は小串が本で探した西大分港のシーサイドレストランVriew(ヴユー)にしました。
ビルは古いものでしたが、4階からの別府湾の眺めは良好でした。イタリアンコースのランチ(2000)円) を食べながら語らいを楽しみました。参加者が少なかったのは残念ですが、この「新年会」 が新しい芹沢文学読書会の歩みのスタートになっています。今年も元気に「読書会」が継続出来ることを祈念してコーヒーで乾杯しました。

☆<芹沢文学案内No39> 生誕首年記念『芹沢光治良と沼津』
1996(平成8)年は、作家芹沢光治良民の生誕百年の記念すべき年でした。芹沢記念企画では、生誕百年記念として『芹沢光治良と沼津』 (静岡新開発売)を10月28日に出版しました。序文「芹沢さんと沼津寸感(大岡借)」「文化の灯火、永遠に(桜田光雄)」、 「故郷の風土と芹沢光治良(勝呂秦)」「芹沢光治良と沼津(鈴木吉維)」「資料と解説(鈴木吉維)」「命の故里沼津(鈴木春雄)」 「芹沢光治良文学館のことなど(野田和彦)」「芹沢光治良先生生誕百年を迎え(博田朴也)」「沼津と父(芹沢文子)」「みつごのたましい・ 百まで(岡玲子)」と「聞き書き」「墓石」「文学稗」「略年譜」「参考資料」「あとがき」なども収録されています。

2009年04月27日

大分の読書会 

芹沢文学読書会
                案内通信
 No77
 2009年4月17日
 (平成21年)

 


                            しょか かぜ
ふるさとや‥‥‥ 柿の若葉に初夏の風

(*前号の「桃の花」を「梅の花」に訂正します)


 もう初夏の日差しで、藤の花が咲きつつあるようです。大型連休も近づきつつありますが、お元気にお過ごしのことと思います。日本の初夏は、 子供の日を挟んで、青空に鯉のぼりが泳ぐのが風物詩です。しかし、鯉のぼりや旗を付ける柱を建てるのが高価なのですが、 孫の生誕を祝う祖父母の経済力が支えているようですね。
 前回は、勝呂秦氏の「評伝 芹沢光治良」(翰林書房発行)を読み語りました。「あとがき」と「序 作家の精禅」を読みましたが、 これだけでは勿体ないとの意見も出て、次回も同書をテキストにすることになりました。もっと精読をしていきたいと思います。 評伝の労作として読み込めば、多くのことを学ぶことが出来ると思いす。また問題点を出して批評を深めていきたいと思います。
 また、沼津市我入道の「芹沢文学館」が、この四月から「沼津市立芹沢文学館」として
新たな歩みを始めました。具体的な情報が全くないのですが、新装して開館されているものと思います。もしかすると、 開館はまだかも知れません。これまでは、財団法人「芹沢・井上文学軋の運営でしたが、これからは沼津市の運営になります。
前にあったように、芹沢文学館友の会を再開して欲しいと思います。芹沢光治良と井上靖を対で顕彰するのもユニークな試みでしたが、 これからは純粋に芹沢文学だけの友の会として再出発することを期待しています。
 今回も都合をつけてご参加下さい。新しい方もお誘い下さい、歓迎いたします。

第77回・芹沢文学読書会
   ①日時;5月17(日)〔*5月のみ特別に第3日曜日〕
   ②会場;大分県立図書館 研修室No4
            10:00~12:00AM
   ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00-10:20
       1982年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会
       の文芸講演会「禅について」芹沢光治良先生のお話。前回の続き。

    〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
       ○テキスト;評論『評伝 芹沢光子台良=同伴する作家=』
       勝呂奏者 2008年9月21日翰林書房発行 345貢。
   初出;平成14年6月号~平成18年110月号の個人雑誌<奏>に10回で連載
   *全て読むのは大変ですが、「第十四章「人間の運命』1」 第+五章「人間の運    命』2」を中心に読んで釆て下さい。
   *この単行本は、前回の参加者にはお渡ししました。新しく参加される
   方は各自で書店から注文して下さい。1冊は予備がありお分けします。
   =次回は、7月12日(原則的には奇数日第2日曜日)の予定です。=
◎同封資料;①評論「F人間の運命』を書終えて」芹沢光治良 朝日新聞 昭和43年12月17日(火)に発表。副題 「八年間の自己再生の営み」。大河小説打人間の運命』を3部14巻で一応完結させた時の所感。*コピーが不鮮明ですみません原文は 『こころの旅』(新潮社)に収録。〔資料提供;森次郎文庫主人鈴木春雄氏〕
 芹沢文学・大分友の会  *問合わせなどは土・日曜日に
 連絡先:〒870-0171大分市法勝台3丁目8番2号 小串信正方
℡FAX097(527)6657郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

 

芹沢文学・大分友の会
会  報  No76
ふ じ
2009(平成21)年 4月19日
   文 責  小 串 信 正
☆第76回・芹沢文学読書会の報告    #♭J&
 3月8日(日)の午前10時から県立図書舘の研修室No4で第76回の「芹沢文学読書
会」を開きました。芹沢文学に関する録音テープは、1982(昭和57) 年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会「神について」芹沢光治良先生のお話の続きを聴きました。 平山画伯の体験談(奥様が『巴里に死す』などの愛読者)から話され、神様に生かされているということから、 幼少期の天理教の信仰のことなどを話されました。中学受験のこと、高校への進学のこと。教団への不信から天理教を批判するようになり、 パリ留学で宗教を学問的に学びます。また、体験的にキリスト教・(カトリック)にも触れて、結核闘病からジャックの大自然の神を学びました。 長編小説『愛の影は長く』に書き、最晩年に「神の書」「天の書」の連作を書くことになるのです。 中村さんが水仙を会場に飾ってくれました)
 読書会のテキストとして、前回にお渡しした勝呂秦氏の『評伝 芹沢光治良』(翰林書房発行)を読み語りました。この著作は、同人文芸誌 「奏」に平成14年6月発行の第三号から平成18年10月の第十二号までの十回の連載に加筆訂正をして、単行本で平成20(2008) 年9月21日に出版したものです。勝呂秦氏は、静岡県に生まれ小川国夫や正宗白鳥などの研究も発表していますが、 高校の教諭をしながら芹沢光治良にも取り組んで釆ました。現在は桜美林大学の准教授です。地元での諸資料を検証し、 膨大な作品や評論を読破して、正確で詳細な評伝として書き上げた労作と言えます。芹沢光治良は、戦前に「同伴者作家」と評価されましたが、 その「同伴」も含んでいるのでしょうが、「読者に同伴する」という意味で「同伴する作家(エクリパン)」の副題を付
けています。帯にも「いつしか読者の中で芹沢文学が同行二人のように歩まれるのは、
人間にどこまでも同伴しようとする芹沢の眼差しに理由があろう。」と書かれています。この眼差しは「ヒューマニズムに満ちた眼差し」 であると「序 作家の精神」にも説かれています。そして、「芹沢は六十三年に及ぶ作家生活において藤大な作品を書き継ぎ、 実に驚くほど多くの読者から熱心な支持を得て来た。この動かし難い事実を生きたのが<エクリバン>を誇りとした芹沢だったのである。」 と書いています。
この『評伝 芹沢光治良』は、一回だけでは読み語れないので、次回も継続したいという声がありました。それで、 もう一度同じテキストを使いたいと思います。出来るだけ読んで釆ていただきたいですが、少なくとも第十四・+五章の『人間の運命』 のところだけでもお読み下さい。テキストがない方、予備1部お分け出来ます(有料)。

☆<芹沢文学案内No40>『武と文の義兄弟』石井稔編  ◇ ▽
 芹沢文学愛好会の会員であった故石井稔氏が平成8年8月1日に非売品として自費出版したものです。副題「百武源吾海軍大将と作家・ 芹沢光治良民との交友」のように、68年にわたる交友のあらましを『人間の運命』にそってまとめています。 芹沢夫妻がパリに留学した時に出会い、百武大佐の提案で義兄弟の契りを結んだのです。百武大佐は大将になり、 九州帝国大学の総長にもなりました。その交流は、『人間の運命』に森次郎と黒井閣下として書き込まれています。石井稔氏は、 佐賀県出身で海軍兵学校を卒業し百武中将の部下で終戦時には海軍少佐、戦後は陸上自衛隊に勤務し一等陸佐で退官。のちに『異色の提督・ 百武源書』(日晋出版発行)を執輩し出版しました。百武氏は戦後は引佐郡部田村(現浜松市)に隠壊し、 自給しながら昭和51年2
月15日に94歳で死去しました。芹沢光治良氏がベールと慕った石丸助三郎氏の紹介〔
注/石丸氏と百武氏は旧鍋島藩の先輩と後輩〕があったものと思われますが、この交友は『人間の運命』の人間関係を深めるものになっています。 『武と文の義兄弟』は、注文して入手出来ないので読めませんが、大河小説『人間の運命』(全16巻)を、 黒井閣下との交流を再度自覚して読み直されることをお勧めします。

2009年06月29日

大分の読書会からです。

芹沢文学読書会


                                   案内通信
                                   No78
                                2009年6月27日
                                 (平成21年)
  あめ ま     たんば かわす くさ き
一雨を待つ‥…- 田園の蛙 革も木も-
 梅雨に入ったと聞いてから、ずっと纏まった雨がなく、水不足となりつつあります。田植えは、川の水を引いて進められているようですが、 貯水池やダムの水がだいぶ少なくなっているようです。庭の草木に毎日水道の水を撒かねばならず、大変です。 梅雨の雨が降り続くのも大変ですが、雨が降らないのも心配です。今日22日は雨が降るという天気予報ですが、まだ降りだしません (夜にだいぶ降りました)。
 前回は、勝呂奏氏の『評伝 芹沢光治良』(翰林書房発行)を再びテキストにして読み語りました。特に「第十四章『人間の運命』(1)」 「第十五章『人間の運命』(2)」を中心にして、「第十六章 芸術院会員・日本ペンクラブ会長」も含めて話しました。 芹沢文学の代表作であり、その集大成は大河小説『人間の運命』です。
この大河小説で、昭和43年度の第25回日本芸術院賞を受賞しましたが、その作品や人徳から一番ふさわしいと思われる文化勲章は、 どうしてか与えられませんでした。
 次回も、この評伝を読み語りたいと思います。新しくこの日に入会いただいた園田多喜代さんも、 この評伝を書店に注文されたと聞いたからです。第十七章から第二十章までを、駆け足で読み語りたいと思います。家で読んで来てください。
 芹沢文学・大分友の会は、細々とした歩みですが、次回で13年間続けられたことになります。芹沢文学のみに取組み、 こんなに長く続けられた読書会は、大分県立図書館だけでなく、大分県の他の図書館にもないでしょう。次回もお出かけ下さい。

   第78回・芹沢文学読書会
①日時;7月12日(日)〔*原則的には奇数月第2日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
  ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
  ○1982年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会   「神について」芹沢光治良先生のお話。 前回の続き。
 〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト;評論『評伝 芹沢光子台良=同伴する作家=』
   勝呂奏著 2008年9月21日翰林書房発行 345頁。
  初出;平成14年6月号~平成18年10月号の個人雑誌<奏>に10回で連載。
   *今回は「第十七草『芹澤光治良作品集』の頃」「第十八章妻の死・<神>との出    会い」「第十九章<神>との日々」 「第二十章作家の死」を読書会では部分的に    は読みますが、家で少しでも読んで来て下さい。
   *この単行本のない方は、1冊は予備がありお分け出来ます〈4000円)。
   次回は、9月13日(原則的には奇数月第2日曜日)の予定です。

◎同封資料;①随筆「ローマの日本人」芹沢光治良 雑誌<文載春秋>七月号 昭和27年7月1日刊行。昭和26(1951) 年の世界ペン大会に出席したあと、パリからの帰路にローマで金山政英衛夫妻にお会いし、 ローマ法王に個人謁見した時の体験を随筆として書いたものです。    〔資料提供;森次郎文庫主人鈴木春雄氏〕

 芹沢文学・大分友の会  *問合わせなどは土・日曜日に
 連絡先:メールして下さい。  
 郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学・大分友の会
 会  報  No77
ふ じ
2009(平成21)年 6月22日
   文 章  小 串 借 正
☆第77回・芹沢文学読書会の報告    #♭J&
 第77回の「芹沢文学読書会」を5月17日(日)の午前10時から県立図書舘の研修室
No4で開きました。芹沢文学に関する録音テープは、1982(昭和57) 年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会「神について」芹沢光治良先生のお話の続きを聴きました。 昭和26(1951)年のスイス(ローザンヌ)での世界ペン大会に出席したあと、帰路にローマで金山政英御夫妻にお会いし、 ローマ法王に個人謁見したことを語られました。また、 阿部光子さんとの交流や医者で牧師の聖書講義を芹沢邸で開いていたことなども話されました。教団化の過程で出資を勧誘したりが始まり、 聖書講義の会場を中止させたことなどから、教団の批判なども語られました。ローマ法王に個人謁見したことから、次回の同封資料を選びました。
 今回、新しい参加者があり、入会してくれました。園田多喜代さんは、日田にいた時に芹沢文学を集中して読み、 今は松本清張を読んでいるとのこと。芹沢文学愛好会のホームページに、この「芹沢文学読書会」も紹介されていますが、それに反応があり、 沖縄の方に会報や案内を送ったことなども小串が紹介しました。
 今回も 『評伝 芹沢光治良』(勝呂奏著、翰林書房発行)の第十四・十五章の『人間の運命』のところを中心に読み語りました。 ソ連への招待の旅、デュルケムの『宗教生活の原初形態』、文学碑<風に鳴る碑>、林房雄の「文芸時評」、阿部知二との対談、 昭和39年の第15回芸術選奨の受賞、日本ペンクラブ第五代会長就任、ベール田部の死の虚構化(理想化)、勲三等瑞宝章の叙勲、 山崎豊子の盗作問題、川端康成のノーベル文学賞受賞、第25回日本芸術院賞受賞など。第十六章では、芹沢文学館の開館、芸術院会員に推挙、 終章『遠ざかった明日』の創作、川端康成の自殺、日本文化研究国際会議の開催のことなどが書かれていました。自由に語り合いました。
 読書会の時には、次回のことを決定しなかったのですが、この『評伝 芹沢光治良』
をこれで終わるのは勿体なくも思われますので、次回にもう一度読み語りたいと思い
ます。次回は第十七章『芹澤光治良作品集』の頃、第十八章妻の死・<紳>との出会
い、第十九章<神>との日々、第二十章作家の死の四季を読み語りたいと思います。
                                 ◇▽
☆<芹沢文学案内No41> 『岡野喜太郎伝』駿河銀行創立70周年記念出版
 『評伝 芹沢光治良』の第十五章で勝呂秦氏も紹介していますように、大河小説「人間の運命』の創作中に、駿河銀行の岡野喜一郎頭取から、 駿河銀行創立70周年記念出版としての創業者岡野喜大郎の伝記執筆の依頼を受けました。伝記や自伝は既にあるので、 伝記小説をと考えて長男岡野蒙夫氏に直接にお話しを聴こうとしたのですが、急逝されます。書く意欲を失いますが、『岡野書太郎伝』も 『人間の運命』という大伽藍の庭に銅像として建てたいと思い直して、三男文弥氏や長女容さんにお話をうかがい執筆しました。しかし、 岡野音大郎翁はこの伝記小説の出版を見ずに、昭和40年の6月6日に百一歳で大往生しました。芹沢光治良氏の執筆した『岡野喜大郎伝』は、 昭和40年10月19日に駿河銀行創立70周年記念として出版されました。紺色布製カバーで箱入り127貢です。内容は、巻頭に 「序にかえて(岡野喜一郎)」「岡野喜大郎翁遺影」があり、「はしがさ」に執筆の経過が書かれています。「一 ストイックな少年時代」 「二 牢死した祖父の教えたもの」「三 青年時代と溜津中学校」「四 飢饉の教えたもの」「五 土に生きた精神」「六その日常性」「七・ 世にも小さい銀行」「八 真剣勝負の毎日」「九 関東大震災の日」「一○ 天災を越える」「一一 駿河銀行は自分だ」 「一二 二つの家庭とその家族」「一三 下駄の鼻緒をすえるということ」「一四 世の中は変わったが」「一五 勤倹貯蓄宗の教祖」 「一六むすび」で構成されています。その後、昭和45年5月に岡野喜一郎氏は我入道の海浜に「芹沢文学館」を建設したのです (この4月から沼津市立になりましたが……)。

2009年09月11日

大分の読書会より

                    芹沢文学読書会
                                案内通信
                                No79
                              2009年8月31日
                                (平成21年)
                              
  8月便り  一朝顔に 元気をもらい…… 出勤す-
                                                                                 梅雨が長く続き台風などもあって、夏の日照時間が少なく野菜の成長や稲作などが心配されましたが、やっと暑い夏となりました。残暑はまだまだ続きそうですが、お元気にお過ごしのことと思います。今年の夏は、衆議院の総選挙があり、自公政権から民主党中心の新しい政権へと「政権交代」が実現しました。これは政治的に
は大きな変革と言えます。民主覚が圧倒的に勝利したのですが、まず大掃除をして、情報公開と行政改革を進め、保守政権では出来なかった諸変革を実行してもらいたいと思います。停滞している日本経済も活性化して欲しいと期待しています。
 前回で、「芹沢文学読書会」が13年間続きましたが、この期に合わせて、実に感嘆すべきことがありました。芹沢文学愛好会のホームページに紹介してもらっている大分の「芹沢文学読書会」のことを見た沖縄の伊仲誠保氏から連絡があり、案内を送ったのですが、7月の読書会にわざわざ飛行機で来て湯布院に一泊し参加いただいたのです。これは大変なことで、皆さんで歓迎しました。自己紹介もしていただきましたが、最晩年の連作から入り、大河小説『人間の運命』も読んでいるとのこと。テキストの『評伝 芹沢光治良』を読み語りましたが、読書会のあと県立図書館の喫茶店で昼食を共にしました。この13年間で一番の出会いでした。
 芹沢文学読書会は、細々とですが14年目の歩みを重ねて行きたいと思います。都合をつけて御参加下さい。新しい方も歓迎したいと思います。お誘い下さい。

          第79回・芹沢文学読書会
  ①日時;9月13 日 日 〔*原則的には、奇数月の第2日曜日〕
  ②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
  ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
        1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
        「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*以前に一度聴いたもの。
      〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
        ○テキスト;短編小説「都会の人」 *別荘番の子太郎、犬のジョンが         将軍の三令嬢に貰われ、捨てられた。都会人の身勝手な冷酷さ。
         初出;昭和13年10月号<文学界>に発表。
初刊;昭和14年9月25日実業之日本社発行『眠られぬ夜』に発表された
         再版;『芹沢光治良文学舘9』平成9年2月10日新潮社発行に採録。
         読書会でも部分的には読みますが、家で読んで来て下さい。*このテ
         キストは、書店から新潮社に注文すれば入手出来ると思います。
 =次回は、11月8日(原則的には奇数月の第2日曜日)の予定です。=
◎同封資料;①随筆「洋菓子」芹沢光治良 昭和18年6月10日双雅房発行『甘味』
に収録された。234~236貢。一高の受験で上京した日に、初めて洋菓子を食へ、コーヒーを飲んだこと。パリ留学中に洋菓子を食ペた体験も書かれています。昭和14年7月に書いたもので、この単行本に再録されたようです。Kは誰か?

 芹沢文学・大分友の会  *問合わせなどは土・日曜日に
 連絡先:メールして下さい。
   郵便振替口座01970十16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学・大分友の会
 会  報  No78
ふ じ
                         2009(平成21)年 8月31日
                            文 責 小 串 信 正
☆第78回・芹沢文学読書会の報告   #♭J&
 7月12日(日)の午前10時から第78回の「芹沢文学読書会」を県立図書館の研修室
No4で開きました。芹沢文学に関する録音テープは、1982(昭和57)年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会「神について」芹沢光治良先生のお話の最後を聴きました。最晩年の連作、ジャック・シャルマンの説いた「大自然の神」などについてお話で、途中で録音が切れているもので申し訳なく思いますが、このテープはこれで終わりとします。
 芹沢文学愛好会のホームページに、各地の読書会の一つとして、大分の芹沢文学読書会が紹介されています。これを見た沖縄の伊仲誠保さんから連賂があり、案内をお送りしましたら、今回わざわざ飛行機に乗り湯布院に一泊して、この読書会に御参加いただきました。大いに歓迎したいと、「芹沢文学読書会」の掲示幕を新しく作成しました。伊伸さんに自己紹介をしていただき、今回も『評伝 芹沢光治良』(勝呂奏者、翰林書房発行)を一緒に読み語りました。第十七草『芹澤光治良作品集』の頃、第十八章妻の死・<神>との出会い、第十九章<神>との日々、第二十章作家の死などについて、重点的に確認などをしました。この『評伝 芹沢光治良』は、編年的に生涯と創作が論述されているので、芹沢文学の入門書であり概論書ともなっているので、これからも繰り返し読むことをお勧めしました。芹沢光治良の神と信仰についての論議もしました。伊伸さんには、芹沢文学・大分友の会に入会いただきました。
 読書会のあと、伊伸さんを歓迎するために、図書館の喫茶店で昼食を一緒にしよう
ということになりました。伊伸さんは、芹沢文子さんの講演会で、最晩年の連作を知
り、まず神シリーズを読み、いま大河小説『人間の運命』を読んでいるとのこと。新
潮文庫の『人間の運命』の第一・二冊が手に入らず、愛蔵版の『人間の運命』(全7
冊)を取り寄せて読んだとのこと。これから、諸作品を読んでいかれることを期待し
たいと思います。それにしても、芹沢文学読書会を13年間続けてきて、このような出
会いもあるのだと、感慨深いものがありました。芹沢文学読書会に沖縄から(隔月ですが)毎回参加することは無理ですが、年に何回かお会い出釆ますことを楽しみにしたいと思います。 次回は短編小説「都会の人」を読み語りたいと思います。
☆新年度になりますが、会計報告ま次号で行います ◇▽
 都合で、平成20年度の会計報告の集計が出来ませんでしたので、次回に報告します。

☆<芹沢文学案内No42>芹沢文学研究会の会報『芹沢文学』(創刊第1号)
 芹沢文学館・東京友の会の月例会は、最初は「芹沢文学研究会」として始められました。しかし、研究会でなく読書会だという意見があり、「芹沢文学愛好会」となりました。代表を鈴木春雄氏に引継ぎ、私(小串)は大分(国東)にUターンしました。
しかし、芹沢文学の学術的研究の必要性を感じ、「芹沢文学研究会」を再開しました。
 この芹沢文学研究会は、定期的な研究例会も総会も持てていません。四季報としての会報に同封資料を添えて郵送をするだけの会ですが、会誌を不定期的に刊行したいと思っています。これまで『芹沢文学=研究と批評=』の創刊第1号を平成7(1995)年8月に刊行しました。芹沢光治良先生が、平成5(1993)年3月23日に逝去されましたが、その追悼号として没後2年(3回忌)にやっと刊行しました。芹沢先生逝去の新聞報道や追悼詩歌・追悼文などの追悼特集、「芹沢文学と私」の特集No2、評論「神の書」の連作、「芹沢光治良・生活事項年譜」、小論「処女作から出世作へ」、処女作「失恋者の手紙」のコピー、芹沢文学・資料などが収録されています。手作りのコピー雑誌ですが、内容は充実しています。部数が少ないので、入手出来ませんが(在庫がありませんが)、105頁の貴重な雑誌と言えます。第2号が未刊行です。

2009年11月13日

11月の大分の読書会

芹沢文学読書会
案内通信
No80
                                        2009年10月25日
                               (平成21年)
                                       
   10月便り  一流星や・…‥ 金木犀の 香りして
 秋が深まり、朝夕は肌寒さを感じる季節となりました。お元気にお過ごしのことと思います。読書の秋です、芹沢文学を思い出して、大河小説『人間の運命』などの長編小説などにも取り組んでみて下さい。再読や三読もお勧めします。
 芹沢文学読書会も今回で80回となります。熱心な愛読者に支えられて、細々とですが長く継続され、感慨深いものがあります。特に記念的なことはしません。
 芹沢文学読書会で読んだ短編小説・長編小説や随筆・評論なども多くなりました。芹沢文学の研究書や特集の組まれた雑誌なども読み語りました。
 平成20年度の会計報告など、遅くなりましたが、報告いたします。ご了承下さい。
今年度も隔月の年6回の「芹沢文学読書会」と正月の「新年会」を持つことしか出来ませんが、今後ともよろしくお願いします。文学の旅は、参加者も少ないので、当分は企画しないことにしています。隔月に会報や同封資料はお送りいたします。
 今回は、新潮社版『芹沢光治良文学館9』の短編小説「眠られぬ夜」を読み語りたいと思います。戦時中の日記書簡風の手記です。傷兵保護院で会った特務一等兵大津順一は、突然に心臓麻痺で死去しました。お母さんから、手紙と共に大学ノートが送られてきました。知的で純粋な青年の戦争体験が生々しく書かれています。
 芹沢文学読書会は、どなたでも参加や入会か出来ます。新しい方も歓迎したいと思います。お誘い下さい。会員の方は、都合をつけて参加下さい。


 第80回・芹沢文学読書会

①日時;11月8日 日 〔*原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
     1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
     「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の続きを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト:短編小説「眠られぬ夜」 *大津順一の母への手記。戦地での体験を回想   して記録したもの。手紙、一~四で構成。
 初出;昭和14年6月号<文芸>に発表。*「前文」と「五」があった。
 初刊;昭和14年9月25日実業之日本杜発行『眠られぬ夜』に収録された。
 再版;『芹沢光治良文学館9』平成9年2月10日新潮社発行に採録。
 読審会でも部分的には読みますが、家で読んで来て下さい。*このテキストは、書店から新潮社に注文すれば入手出来ると思います。
 =次回は、1月8日(読書会のあと、新年会の昼食)の予定です。=
◎同封資料;①インタビュー「パリは私の運命を狂わせた」(文学30年を語る芹沢氏)昭和34年3月28日 出典不明(読売新聞か?)。この年の1月25日にフランス詩人連盟から「フランス友好国際大賞」を受賞し、その祝賀会が開かれた時のインタビューの要約。ロンドン留学がパリ留学に変更されたとのこと。*コピー不良。
 芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
  連絡先:〒870-0171大分市法勝台3丁目8番2号 小串信正方
  メールして下さい。

芹沢文学大分友の会 ふ じ
2009(平成21)年10月25日
                            文 責  小 串 信 正
☆第79回・芹沢文学読書会の報告    ♯♭J&
 第79回の「芹沢文学読書会」を9月13日(日)の午前10時から県立図香館の研修室
No4で開さました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぽ」。以前に一度聴いたものですが、再度聴いてもらいました。芹沢先生81歳で、書き下ろし長編小説『愛の影は長く』を書いている頃のこと。沼津中学の一年先輩市河彦太郎氏の提案で刊行の同人誌「たんぽぽ」の思い出から語り始めました。明治維新後、幕府の家臣で沼津兵学校が始められ、江原素六の牧場や学校も実践された。師範学校を出た岡野喜太郎が駿河銀行を興したことなどが語られました。次回に続きを聴きたいと思います。
 新聞に載せられた案内を見て、電話をかけてきた方があったので、テキストをコピーして用意しましたが、来られませんでした。沖縄の伊仲さんの便りのことも話題にしました。大河小説『人間の運命』の14巻を読んだ後、終『遠ざかった明日』・序章『海に鳴る碑』や中期三部作『孤絶』『離愁』『故国』も読みたいとのこと。
 テキストの短編小説「都会の人」は、昭和13年10月号の<文芸>に発表されました〔注/案内では<文学界>と書きましたが、ミスで訂正します〕。中軽井沢の別荘で聞いたことをもとに書かれたもので、プロレタリア文学の階級闘争の深刻さはなく、一つの社会批判としの軽い作品です。次回は、短編小説「眠られぬ夜」です。
☆平成20年度芹沢文学・大分友の会会計報告=ご了承下さい=
◎収入の部
  前年度繰越  3562円
  会費収入   10200円
  寄付収入   17100円
         30862円
◎支出の部
  送料(切手他)18000円
  文房具代    3424円
  コピー代    5782円
         27212円
  決算 30862-27212=3650円(振替1760,現金1890)
                   会計 小串信正  監査 中村輝子
 反省・会員が少なく、寄付で何とか運営している。-会員、参加者を増やす。
   ・文学の旅が出来なくなり、新年会のみ。一新資料などの作成にも努める。
 >平成21年度の年会費の糸内入をお願いします。
  既に納入済みの方が3人いますが、年会費1200円を読書会に持参下さい。会に参加出来ない方は、同封の振替・払込取扱票で納入して下さい。寄付は自主的なものですが受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。

☆<芹沢文学案内No43>新装再開した沼津市芹沢光治良記念館
 芹沢文学館が沼津市に引さ継がれたことは、前にお知らせしましたが、、この10月4日に新装オープンしたようです。名称は「沼津市芹沢光治良記念館」となりました。
展示は1階と2階にあるようですが、2階展示室は諸企画に無料で貸し出すとのこと。
休館日は毎週月喝日(休日に当たるときはその翌日)で、年末年始(12月29日~1月
3日)も休みになります。開館時間は午前9時~午後4時30分です。観覧料は、大人
100円、小人50円。市内の小中学生は無料。JR沼津駅南口から沼津登山東海バス4番線で「我入道循環」又は「牛臥・我入道循環」で約15分、沼津リハビリテーション病院前で下車すればすぐです。一度、機会がありましたらお出かけ下さい。
 芹沢光治良民は、沼津市(革入道)で生育した沼津を代表する大作家ですから、今後は沼津市が費任を持って顕彰していって欲しいと思います。千本松原で亡くなった歌人若山牧水と共に、沼津市の人々だけでなく、全国の人々に愛読されることを期待しています。全国の芹沢文学の友の会の中心として活動して欲しいと念願しています。

2009年12月31日

大分の読書会より

 (管理人より)
 今年もいろいろな方にお世話になり、お世話になっています。本当に感謝する一年でした。月例会で教わった「トイレ掃除」は、まだ続いています!今年は、新型インフルエンザが流行しました。「人間の運命」では、森次郎の親友を死に至らしめた「スペインかぜ」の再来などと恐怖心を持ちました。内科医の友だちも、人類が経験していない型だからある程度犠牲者が出るとも言われました。
 しかし、科学的な説明を受け、手洗いとうがいの必要性を十分理解でき、手洗い用の製品が売り切れもなく、まめに手に入り、徹底出来て、多数者が罹患したり、重傷化するということは、ありませんでした。実際、70人を超える私の部活では、99円の消毒剤で、活動停止まで至らず、最高3人の罹患患者が出ただけでした。
 来年も当然インフルエンザ対策を取りますが、改めて科学・技術に頼っていきたいと思います。来年もよろしくお願いします。
  
芹沢文学読書会
案内通信No81
2009年12月20日
(平成21年)
12月便り  年の瀬や アロエの花が 咲きにけり

 師走になり、何かとお忙しい日々と思います。 お元気にお過ごしのことと思います。早いもので、今年も終わります。今年は、世界的な同時不況の中、日本では画期的な「政権交代」が行われ、民主党・社民党・国民新党の連立政権が生まれました。この三ヶ月に様々な革新的な試行が行われています。マニフェストで約束したものも全てやろうと95兆円もの予算が組まれています。税収は36兆円しか望めないとかで、国債で借金しての予算案が進められています。新規国債は44兆円に抑えようとしていますが、収入よりも借入の方が多いという異常事態です。既に600兆円もの借金国債があるのですから、これからの日本が心配されます。
 前回の会報に、次回の芹沢文学読書会の予定を1月8日と書きましたが、これは間準いです。下の案内のように1月10旧(日)に行なわれますので御了解下さい。奇数月の第2日曜日です。恒例になりましたが、正月ですので、読書会のあとに「新年会」を持ちたいと思います。年に一度の会食の機会ですので、奮って御参加下さい。昼食をとりながら懇話の時を楽しみたいと思います。参加は希望者のみです。
 今回は、短編小説「夢のかよいじ」を読み語り、その後に、芹沢文学で最近読んだ作品・一番好きな作品について順番にお話をしていただこうと思います。
 芹沢文学読書会も80回を重ねて来ましたが、これからも細々とですが着実に継続していさたい思います。新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい。

  第81回・芹沢文学読書会

①日時;1月10日(日)〔*原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
      1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本 のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の続きを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト;短縞小説-「夢のかよいじ」
 初出;昭和16年7月号雑誌<むらさき>に発表。*日米開戦の前の作品。
_▼初刊;昭和16年9月6日博文館発行の短編集『魚眼』に収録された。
 再版;『芹沢光治良文学舘9』平成9年2月10日新潮社発行に採録。
 389-395〕5貢。19歳の千鶴子が兄勝美に語りかけるように書かれた小品。
 父母への思い等。会でも部分的には読みますが、家で読んで来て下さい。
 ○フリートーク;「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」
〔3〕新年会 会場は未定。予算は約2000円。懇話の時を持ちます。
13:00~    =次回は、3月14日(日)の予定です。= ;


◎同封資料;書評『僕の初旅、世界一周』(ジャン・コクトオ著 堀口大学訳)芹沢光治良。昭和12年7月1日文芸春秋社発行の雑誌<文学界>に発表158-159貫。
フランスの作家の世界一周旅行記で、東京で応対したことなど。*コピー不良。

  芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
   連絡先:メールして下さい。
 郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学・大分友の会
会報No80
ふじ
2009(平成21)年12月20日
文責 小串信正

☆第80回・芹沢文学読書会の報告    ♯♭J&

 11月8日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で第80回の「芹沢文学読書
会」を開さました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぼ」の続きを聴さました。同人誌<たんぽぼ>を先輩市河彦太郎や後輩北川三郎等と刊行。江原素六。l沼津兵学校のこと。江原門下の岡野喜大郎や市河彦造?古河彦太郎は、才色兼備て外交官になり、赴任国の図書館に「タンポポ文庫」を寄贈した。欠けたところが無いのが不幸で、たんぼぽと言うより蘭の花のように華やかな生涯であった。戦後、郷里の選挙応援演説の会場で急死したとのこと。このテープは次回も聴く予定です。
 森高さんのホームページのこと、沼津市芹沢光治良記念館のことなどが話題になりました。読書会はテキストとしては『芹沢光治良文学館9』を使い、短編小説「眠られぬ夜」を読み語りました。日中戦争に、召集令状で出征した大津順一は戦病死しますか、お母さんから便りと順一の戦場体験の回想記が書かれたノートが送られて来ます。それがこの作品です。「一」~「四」で構成され、後半は日記風になります。輜重特務兵ですが、戦場の体験が生々しく書かれています。この短編小説は昭和14年6月号の雑誌<文芸>に発表されました。そして、昭和14年9月25日発行の短編集『眠られぬ夜』に収録されました。総題に使われているように、優れた作品の一つです。
 次回は、短編小説「夢のかよいじ」を読み語りたいと思います。短い作品なので、このあとにフリートークとして「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」を順番に話してもらうつもりです。出来本さんが久し振りに来て、読書会に参加してくれましたことを嬉しく思います。御無沙汰の方も、ニヶ月に一回ですので、郁合をつけてお出かけ下さい。参加出来なかった方も、自宅で同作品を読むことをお勧めします。
◎平成22(2010、)年度の「新年会」を行し、ます  =自主参加=
 1月10日(日)の「芹沢文学読書会」のあと、「新年会」を行う予定です。会場は決めていませんが、適当な会場で昼食を共にしながら懇話の時を持ちたいと思います。
参加は自由です。会費は約2000円ぐらいを考えています。普段の読書会には参加しな
い方でも、正月の「新年会」だけ参加される方も歓迎いたします。お出掛け下さい。
☆平成21年度の年会費の納入をお願します。
 新年度の会費が未納の方は、年会費1200円を読書会に持参下さい。会に参加出来ない方は、既同封の振替・払込取扱要で納入して下さい。寄付は自主的なものですが受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。退会の方は、御一報下さい。
☆<芹沢文学案内No44:>芹沢光治良とフランス文学
 芹沢光治良氏は、一高に入学してからフランス語を学び始めました。フランス語の教授石川剛先生から、メリメの作品を共訳しようと求められたように、フランス語に堪能でした。農商務省の官吏を辞めて、フランスのソルポンヌ大学でデュルケーム学派の社会学(経済学)を学びます。同宿のアカデェミーシアンのベレソール氏からバルザックなどのフランス文学を紹介され、結核闘病の間に、作家になるためにフランス文学の主要な作品を読破しました。スタンダールやジッド、そしてローラン、ブルースト、デュ・ガール、デエアメル、ロマンなどの「フランス大河小説派」の流れを受けて、太平洋戦争のあと、大河小説『人間の運命』(全16巻)を書き上げました。
ですから、芹沢光治良という作家はフランス文学に育てられ、大成したのです。『巴
里に死す』『サムライの末裔』『アイダ夫人』はフランス語に翻訳されましたが、い
つの日か、大河小説『人間の運命』もフランス語訳されることを念願しています。

2010年03月04日

大分の読書会からのお知らせです。

芹沢文学読書会
案内通信
   No82
 2010年2月28日
 (平成22年)

  2月便り  一春うらら‥…一 驚の声に 聴き惚れし一
 如月としては異例の大雨が上がり、今日は爽やかな春の陽が射しています。梅の花も満開です。ハイチ地震に続き、チリ沖地震の津波が日本にまで寄せています。
 前回の1月10日の芹沢文学読書会は、沖縄から伊仲さんを迎え、熊埜御堂さんも久し振りに参加されて、活気のある読書会となりました。テキストとしては、新潮社版の『芹沢光治良文学館9』(短篇集)の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。国文学の研究に没頭している父、千鶴子を音楽家にしようとする母、一高の理甲に入学した兄の勝夫、ものを書く女になりたいと思う妹の千鶴子。兄に語りかける形式の短編で、深刻なテーマは有りませんが、淡々とした愛すべき小品です。
フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」について語りました。お年玉としての資料「大河小説『人間の運命』をお渡ししました。伊仲さんは、『人間の運勧の全16巻と中期自伝的三部作『弧絶』『離愁』『故郷』も読了したとのこと。中村さんは長編小説『運命の河』を読み、古賀さんは『巴里に死す』が一番好きな作品として挙げました。その他の作品も多く語られました。
 今回は、短編小説「雪空」を読み語りたいと思います。『芹沢光治良文学館9』(短篇集)収録されています。昭和16年1月5日・15日合併号の週刊誌「サンデー毎日」に発表された作品です。都合をつけまして気楽にご参加下さい。
 芹沢文学に関心のある新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい0
                                                          
   第82回・芹沢文学読書会
①日時 3月14日(日)〔原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場 大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
     1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
 「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の残りを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト;短編小説「雪空」
 初出;昭和16年1月5日・15日合併号の週刊<サンデー毎日>に発表。
    
 初刊;昭和16年9月6日博文館発行の短編集『魚眼』に収録された。
 再販;『芹沢光治良文学館9』平成9年2月10日新潮社発行に再録。
    335頁-346頁。戦争未亡人の問題をテーマにした作品。唐木八郎は学友の
    中尾が婚約者がいるのに野村節子と見合いします。中尾は結婚し北支で戦死しま   す。節子の夫も事変で戦死しました。節子は女学枚の先生とし.自活しますが、中   尾夫人の二階に下宿し、中尾の歌集を出版したいとか。
    =次回は、特別に第3日曜日の5月16日(日)の予定です。= ;
◎同封資料;随筆「我が宗教」芹沢光治良 昭和28年6月30日要書房発行の『幸福への招待』に収録。142-144頁。天理教に育てられ、ヨーロッパへの留学と闘病でカトリックに触れた芹沢氏の宗教観。 *コピー機が新しいものになりました。

 芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
 連絡先:メールして下さい。

芹沢文学大分友の会会報 No81 ふ じ
                          2010(平成22)年 2月28日
                            文 章  小 串 信 正
☆第81回・芹沢文学嘗売書会の報告   #♭J&
第81回の「芹沢文学読書会」を1月10日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で開きました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぽ」の続きを聴きました。沼津中学の一年後輩で天才の北川三郎君は、鹿児島の士族出身で、『世界文化大系』の大著を翻訳しましたが、貧しい女給を援助しようとして、富士山麓で心中してしまいます。立派な学者になって、様々な業績が期待される人だったとか・‥。
 沖縄から伊仲誠保さんが参加され、大河小説『人間の運命』の全16巻を読破し、留学や結核闘病の頃を自伝時に書いた三部作『弧絶』『離愁』『故国』も読まれたとのこと。熊埜御堂さんもほぼ一年ぶりに参加され、活気のある読書会となりました。
 読書会のテキストは『芹沢光治良文学館9』の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。この作品は、昭和16年7月号の雑誌<むらさき>に発表されたもので、妹の千鶴子が兄の勝夫に語りかけるように書かれています。国文学の研究に没頭する父に愚痴を言う母が、千鶴子を音楽家にしようとしますが、千鶴子はものを書く人(作家)になりたいと思い試作をしたりしています。深刻なテーマはなく、戦時中の身辺小説と言えます。この短編小説は、同年9月6日発行の『魚眼』に収録されました。
 この後、フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」を参加者に語ってもらいました。資料として「大河小説『人間の運命』の出版日録」(B4判2枚)を渡しました。大河小説『人間の運命』の他に、『巴里に死す』『運命の河』など様々な作品についての話が出ました。
 読書会のあと、和風レストラン「折鶴」でランチセットを食べながら「新年会」を持ちました。楽しい語らいの時を過ごしました。伊仲誠保さんを私小串が大分駅まで送りました。この時の写真を今回の読書会でお渡ししたいと思います。

☆平成21年度の年会費の納入をお願します。
 新年度の会費が未納の方は、年会費1200円を読書会にご持参下さい。会に参加出きない方は、既同封振替・払込取扱票で納入して下さい。寄付は自主的なものですが、受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。退会の方は、御一報下さい。

☆<芹沢文学案内No45> 野沢朝子著『山荘』(2010年1月20日発行)
芹沢光治良氏の次女の野沢朝子さんが、父への思い出を書き、一冊の単行本『山荘』として自費出版されました。「はじめに」「Ⅰ回想17章」「Ⅱ詩 6篇」「おわりに」の構成で、全110頁。「山荘(SANSO)」とは、星野温泉の芹沢家の別荘です。「はじめに」の題は短歌「病みてよりこころ弱りて山荘に父の香のこる机待ちてあり」が使われています。「Ⅰ回想17章」の章題も短歌が使われています。
「思えば終戦の年にこの軽井沢で死んでいたかもしれない身を、父の献身的な看病と祈りによって臨死から救われて以来六十四年、走りすぎた年月であった。」「夏がきて山荘に落ち着き、父の座っていた椅子に腰掛け、ぽんやり樹木を見ていたある日、思いついた。父への思いを自分一人の胸にしまい込んでおかないで、まだ忘れていなことを、ここ軽井沢で書いておこうか。」「連日空襲警報が流れるようになった東京に、最後まで残っていたのは父と私であった。」「平和主義者であった父にはつらく生き難く、身を潜めて暮らすしかなかった。」「父の祈りに対して、このような形で大自然が応えてくれたように思える。」「父がいっも一緒に行動して家族の核となってくれていたから、ユートピアのように思い出されるのだろう。」「アテネ・フラセでは夫との出会いもあった。」など、飾らない文体で貴重な体験談が綴られていて、芹沢文学の愛読者にとって素顔の芹沢光治良氏を知るための読本と言えます。

大分の読書会からのお知らせです。

芹沢文学読書会
案内通信
   No82
 2010年2月28日
 (平成22年)

  2月便り  一春うらら‥…一 驚の声に 聴き惚れし一
 如月としては異例の大雨が上がり、今日は爽やかな春の陽が射しています。梅の花も満開です。ハイチ地震に続き、チリ沖地震の津波が日本にまで寄せています。
 前回の1月10日の芹沢文学読書会は、沖縄から伊仲さんを迎え、熊埜御堂さんも久し振りに参加されて、活気のある読書会となりました。テキストとしては、新潮社版の『芹沢光治良文学館9』(短篇集)の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。国文学の研究に没頭している父、千鶴子を音楽家にしようとする母、一高の理甲に入学した兄の勝夫、ものを書く女になりたいと思う妹の千鶴子。兄に語りかける形式の短編で、深刻なテーマは有りませんが、淡々とした愛すべき小品です。
フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」について語りました。お年玉としての資料「大河小説『人間の運命』をお渡ししました。伊仲さんは、『人間の運勧の全16巻と中期自伝的三部作『弧絶』『離愁』『故郷』も読了したとのこと。中村さんは長編小説『運命の河』を読み、古賀さんは『巴里に死す』が一番好きな作品として挙げました。その他の作品も多く語られました。
 今回は、短編小説「雪空」を読み語りたいと思います。『芹沢光治良文学館9』(短篇集)収録されています。昭和16年1月5日・15日合併号の週刊誌「サンデー毎日」に発表された作品です。都合をつけまして気楽にご参加下さい。
 芹沢文学に関心のある新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい0
                                                          
   第82回・芹沢文学読書会
①日時 3月14日(日)〔原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場 大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
     1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
 「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の残りを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト;短編小説「雪空」
 初出;昭和16年1月5日・15日合併号の週刊<サンデー毎日>に発表。
    
 初刊;昭和16年9月6日博文館発行の短編集『魚眼』に収録された。
 再販;『芹沢光治良文学館9』平成9年2月10日新潮社発行に再録。
    335頁-346頁。戦争未亡人の問題をテーマにした作品。唐木八郎は学友の
    中尾が婚約者がいるのに野村節子と見合いします。中尾は結婚し北支で戦死しま   す。節子の夫も事変で戦死しました。節子は女学枚の先生とし.自活しますが、中   尾夫人の二階に下宿し、中尾の歌集を出版したいとか。
    =次回は、特別に第3日曜日の5月16日(日)の予定です。= ;
◎同封資料;随筆「我が宗教」芹沢光治良 昭和28年6月30日要書房発行の『幸福への招待』に収録。142-144頁。天理教に育てられ、ヨーロッパへの留学と闘病でカトリックに触れた芹沢氏の宗教観。 *コピー機が新しいものになりました。

 芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
 連絡先:メールして下さい。

芹沢文学大分友の会会報 No81 ふ じ
                          2010(平成22)年 2月28日
                            文 章  小 串 信 正
☆第81回・芹沢文学嘗売書会の報告   #♭J&
第81回の「芹沢文学読書会」を1月10日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で開きました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぽ」の続きを聴きました。沼津中学の一年後輩で天才の北川三郎君は、鹿児島の士族出身で、『世界文化大系』の大著を翻訳しましたが、貧しい女給を援助しようとして、富士山麓で心中してしまいます。立派な学者になって、様々な業績が期待される人だったとか・‥。
 沖縄から伊仲誠保さんが参加され、大河小説『人間の運命』の全16巻を読破し、留学や結核闘病の頃を自伝時に書いた三部作『弧絶』『離愁』『故国』も読まれたとのこと。熊埜御堂さんもほぼ一年ぶりに参加され、活気のある読書会となりました。
 読書会のテキストは『芹沢光治良文学館9』の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。この作品は、昭和16年7月号の雑誌<むらさき>に発表されたもので、妹の千鶴子が兄の勝夫に語りかけるように書かれています。国文学の研究に没頭する父に愚痴を言う母が、千鶴子を音楽家にしようとしますが、千鶴子はものを書く人(作家)になりたいと思い試作をしたりしています。深刻なテーマはなく、戦時中の身辺小説と言えます。この短編小説は、同年9月6日発行の『魚眼』に収録されました。
 この後、フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」を参加者に語ってもらいました。資料として「大河小説『人間の運命』の出版日録」(B4判2枚)を渡しました。大河小説『人間の運命』の他に、『巴里に死す』『運命の河』など様々な作品についての話が出ました。
 読書会のあと、和風レストラン「折鶴」でランチセットを食べながら「新年会」を持ちました。楽しい語らいの時を過ごしました。伊仲誠保さんを私小串が大分駅まで送りました。この時の写真を今回の読書会でお渡ししたいと思います。

☆平成21年度の年会費の納入をお願します。
 新年度の会費が未納の方は、年会費1200円を読書会にご持参下さい。会に参加出きない方は、既同封振替・払込取扱票で納入して下さい。寄付は自主的なものですが、受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。退会の方は、御一報下さい。

☆<芹沢文学案内No45> 野沢朝子著『山荘』(2010年1月20日発行)
芹沢光治良氏の次女の野沢朝子さんが、父への思い出を書き、一冊の単行本『山荘』として自費出版されました。「はじめに」「Ⅰ回想17章」「Ⅱ詩 6篇」「おわりに」の構成で、全110頁。「山荘(SANSO)」とは、星野温泉の芹沢家の別荘です。「はじめに」の題は短歌「病みてよりこころ弱りて山荘に父の香のこる机待ちてあり」が使われています。「Ⅰ回想17章」の章題も短歌が使われています。
「思えば終戦の年にこの軽井沢で死んでいたかもしれない身を、父の献身的な看病と祈りによって臨死から救われて以来六十四年、走りすぎた年月であった。」「夏がきて山荘に落ち着き、父の座っていた椅子に腰掛け、ぽんやり樹木を見ていたある日、思いついた。父への思いを自分一人の胸にしまい込んでおかないで、まだ忘れていなことを、ここ軽井沢で書いておこうか。」「連日空襲警報が流れるようになった東京に、最後まで残っていたのは父と私であった。」「平和主義者であった父にはつらく生き難く、身を潜めて暮らすしかなかった。」「父の祈りに対して、このような形で大自然が応えてくれたように思える。」「父がいっも一緒に行動して家族の核となってくれていたから、ユートピアのように思い出されるのだろう。」「アテネ・フラセでは夫との出会いもあった。」など、飾らない文体で貴重な体験談が綴られていて、芹沢文学の愛読者にとって素顔の芹沢光治良氏を知るための読本と言えます。

2010年07月02日

大分の読書会からです。

芹沢文学読書会 案内通信
No84
2010年(平成22年)6月27日

6月便り   一一雨の中一アジサイの花ひっそりと一一

梅雨の季節となりましたが、お元気にお過ごしのことと思います。鳩山政権が総辞職し、菅政権が誕生しました。参院選挙でその評価が問われます。本当の民主党としての再出発とも言えます。これも、芹沢先生が唱えておられた「世直し(大掃除)の一つなのでしょうか。日本が、元気になってもらいたいと思っています。

雨の中でも、アジサイの花のようにひっそりと、芹沢文学を愛読していきたいものと思います。前回は、 「芹沢光治良文学館 9」 (新潮社版)の短編小説「冬のはじめ」を読み語りました。昭和17年1月号の雑誌<改造>に発表したもので、太平洋戦争に突入する直前の身辺小説です。学者の山辺先生が娘つゆ子を連れて、箱根の温泉に保養に出掛けた体験を記録したものです。題の「冬 」には、戦争の悲劇を暗示しているものと思われます。留学や闘病のことが回想されています。

 野沢朝子氏よりお贈りいただいた『山荘』を参加者にお渡ししました。次回は、一緒に『山荘』を読み語ることになりました 。読書会では部分的に読みますが、時間のある方は、通して読んで来て下さい 。

 芹沢文学の翻訳出版が、少しずつ広がっています。ロシア語訳が進んでいますが、
韓国語訳の『人聞の運命』の出版は二巻で停滞しています。やはり、英語訳が出されるべきだと思います。中国語訳も念願しています。予定し,て気楽にお出掛け下さい 。芹沢文学に関心のある新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい。


第84回・芹沢文学読書会

①日時;7月11日(日)(奇数日の第2日曜日です)

(2)会場;大分県立図書館研修室No4 10:00~12:00AM
(3)内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ) 10:00 ~10:20
      1980年 5月に芹沢文学館で行われた芹沢光治良先生の講演「最近思うこと      (仮題) 」*前回の続きを聴きます。最後の長編小説『愛の影は長く』を書       いている頃のこと。色紙のこと。桃中軒での祝賀会の様子。

    〔2〕芹沢文学読書会 10:20 ~12:00担当・司会小串信正。
       テキスト;回想録(詩集も)

          山荘 (SANSO」
       
       初出,書き下ろし(自費出版・厚徳社印刷製本)
       初刊; 2010(平成22)年 1月20日野沢朝子発行 110頁


「はじめに 」「Ⅰ 17章」「Ⅱ 詩6編」「おわりに」
*「はじめに」 「Ⅰ 17章」の章の題が短歌になっています。
*御存じのように、野沢朝子氏は芹沢光治良氏の次女で東京都練馬区にお住まいです。この『山荏』を多数、御寄贈いただきました。
=次回は、奇数月の第 2日曜日の 9月 12日(日〉の予定です。

※同封資料;「あとがき」芹沢光治良 195-196頁 「解説」遠藤周作 197-200頁
『芹沢光治良自選作品集.(昭和 32年 5月 1日宝文館発行〉に収録。*芹沢光治良氏の最初の作品集(全 6巻〉。全巻に若き日の作家遠藤周作氏の解説が収録された

一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
芹沢文学・大分友の会 
※間合わせなどは士・日・月曜日に。メールして下さい。

芹沢文学・大分友の会 ふじ
            会報No.83  


2 0 1 0(平成22〉年 6月27日 文責小串信正


第83回・芹沢文学読書会の報告
 第83回の「芹沢文学読書会」を5月16日(日〉の午前10時から県立図書館の研修室No.4で開きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、 1980(昭和55)年5月 沼津市我入道の芹沢文学館で、行なわれた文芸講演会「最近思うこと」を聴きました。
芹沢先生の次女野沢朝子さんへ」便りを書きましたら、回想集『山荘』をお贈りいただきましたので、皆さんに手渡ししました。次回には、この回想集「山荘」をテキストにして欲しいという方が多かったので、案内のようにテキストにしました。週刊誌『女性自身』(5月4日号・光文社)に天命庵の大徳寺昭輝氏が紹介されていて、話題になりました。大徳寺子氏も46歳になられたようですが、太って恰隔が良過ぎているのではという感想も出ました。心のマルチアーテイストとして紹介され、作家の芹沢光治良に師事しているとも書かれていました。皆さん、関心があるようでした。
テキストとして短編小説「冬のはじめ」を読み語りました。この作品は、昭和16年の暮れに書かれて、昭和17年1月号の雑誌〈改造〉に発表されました。真珠湾攻撃から、いよいよ太平洋戦争に突入した頃のものです。大学の哲学の教授と思われる山辺順三は、フランスに留学し、自分も妻も結核となり、つゆ子を尼さんの経営する託児所預けますC妻は亡くなり、娘を連れて帰国して、大学の先生となったようです。ギリシャ哲学の原稿を出版社に渡してつゆ子を連れて箱根温泉に保養に出掛けた時の体験を書いた身辺小説です。特に深刻なテーマはありませんし、留学や闘病のことなどが、回想として書かれています。二十年前に亡くなった妻に似てくる25歳の娘の結婚に心を使っています。高文試験に失敗した赤木洋ーのことも書かれています。「それから三日目があの十二月八日だった。」という文で結ばれているのが印象的です。

◎サロン・マグノリアの『記録ノーート」=東京都中野区東中野の芹沢邸=
芹沢邸の三階に造られているサロン。マグノリアでは、文学の講演会や音楽の演奏会などが続けられています。その『記録ノート』の小冊子が毎年刊行されていますc
2009年5月から2010年4月までの前年度の小冊子『記録ノート』が、芹沢光治良先先生の四女岡玲子さんから送られて来ました。九州の大分県から、サロン・マグノリアの催物に出掛けるのは難しいですが、どのようなことが行われているかを紹介します。
沼津市民の和田安弘氏の巻頭言「サロン。マグノリアとわたし」、芹沢光治良先生の手紙「父からの手紙」 〈1963年11月初日の玲子様宛の手紙〉、2009年5月6日の誕生日記念講演=『こころの窓』と芹沢先生」(講師桜井信夫)、 6月14日の講演会「文学の先にあるもの」(講師富岡幸一郎)、7月17日の講演会「芹沢光治良『人間の運命』の周辺一一一く洋行>日本人のえットワーク」(講師加藤哲郎)、10月3日の講演会「芹沢光治良『中国取材日記』」(演出・朗読山中一徳)、10月29日'・31日・11月6日のサロン・コンサート(ピアノ岡玲子〉、12月13日の講演会「遠藤文学と母なるキリスト教」(講師加藤宗哉)、2010年2月20日の手紙朗読会「芹沢光治良先生との絆」(ゲスト室賀脩・八木沢悦子、演出ナレーション山中一徳〉、3月21日の偲ぶ会「マジックと芹沢先生を追いかけて」(講師石川慎二郎)、そして「一年を振り返って」(☆14項目で紹介している)、「ありがとうございます! 」(サロン。マグノリアに参加された方々の名簿〉表紙(絵〉田中美佐枝編集岡玲子2010年4月24日。
芹沢光治良先生を記念して造られたサロン・マゲノりアで、このような活発な催しが行われてし1ることは、素晴らしいことだと思います。芹沢先生の遺徳や芹沢文学の精神が今日にも生かされている活動で、しかも小冊子『記録ノート』として毎年刊行されていることは、貴重な記録だと思われますOこの「一年を振り返ってlで、善本社から「教祖様」が昨年の12月に再版されたことを知りましたcまだ、お持ちでない方は、書店からの注文で入手出来ます。この機会に御一読をお勧めします。

2010年11月26日

芹沢文学研究会です。

大分の読書会を主宰されている小串さんは、芹沢文学研究会も主宰されています。四季報で芹沢文学研究会・会報を出されています。

最新号です。

四季報 芹沢文学研究会・会報
第75号
2010(平成22)年10月24日

秋の歌
 
 秋の夜に 金木犀の香りして・・・・・・

 独り静かに 読書する我

◎沼津芹沢文学愛好会
生育の地・沼津に芹沢文学愛好会が発足しました。
 沼津市我入道の芹沢文学館が、沼津市芹沢光治良記念館としての歩みを始めていますが、生育の地沼津に「沼津芹沢文学愛好会」(幹事和田安弘氏)が発会しました。一ヶ月半に一回のペースで、9月4日に沼津市立図書館で第3回の読書会が持たれました。長編小説『孤絶』をテキストに、市内外から18名が参加して熱心に語られたそうです。9月23日の静岡新聞に紹介されました。「気張らず、ゆっくり、のんびりと」をモットーに芹沢文学を読み語るとのこと。第4回は、11月6日に同図書館で開く予定。定例の読書会の他に命日の3月23日前後には「しのぶ会」も開催するとのこと。沼津市芹沢文学愛好会としては、芹沢光治良記念館としての事業にも協力していくようです。
 沼津には、史記の会を中心にした「『人間の運命』を読む会」がありますが、』新しい芹沢文学の波が興ってきていることを嬉しく思います。芹沢光治良記念館には、まだ友の会が出来ていませんが、生育の地から芹沢文学の愛読者の輪が広がることを期待しています。全国各地で読者会や読書会が持たれることを、改めて念願しています。芹沢文学研究会は、各地の友の会や読書会を援助していきたいと思っています。
 第22回我入道の集い 10月16日~17日
 芹沢光治良文学愛好会主催・沼津市教育委員会後援
 毎年の秋に、一泊二日の「我入道の集い」が行われて来ましたが、今年は第22回でした。10月16日(土)には、沼津市文化センターで「朗読会」(朗読講師 松岡みどり氏が行われ、宿泊は湯ヶ島温泉・いろりの宿「三吉」でした。楽しい語らいの時が持たれたことでしょう。17日(日)には同センターの第2・3・4会議室で、朗読会は短編小説「落ち葉の声」、読書会は短編小説「天蓋のもと」をテキストにして行われました。会員の方で参加された人もいることと思います。これからも、継続されていくことを願っています。

◎第400回芹沢光治良文学愛好会
 11月28日(日)第400回の月例会!驚異的な足跡!
 1977年7月17日に、芹沢文学館東京友の会(芹沢文学研究会)として発会した「芹沢光治良文学愛好会」(鈴木春雄代表幹事)が、一回も欠かさずに月例会を重ね、来たる11月28日に、何と400回を迎えます記念事業は企画されていないようですが、大いに祝賀すべきだと思います。記念講演会や記念出版などをしても良いのではないかと思われます。私小串は創立者ですが、現在では顧問にさえしてもらえず、運営には関与せず、提案も直接には出来ずにいます。先にこの会報で、会誌「こころの窓」の続刊を出してほしいこと、「リレー随筆」」の単行本化などを提案して来ましたが、取り上げてもらえなかったようです。
 しかし、この34年間もの読書会の歩みは、日本的ではなく、世界的にどこを探しても例がない程のものではないでしょうか!どこかの読書推進に協会から表象されても良いくらいだと思います。400回は記念すべき金字塔です。芹沢光治良文学愛好会として、何らかの記念事業をこれからでも記念すべきです。
 
◎同封資料
 短編小説「西方浄土」芹沢光治良 昭和25年5月1日 雑誌<文學会>文藝春秋社発行。「ボストンバック その三」38~46頁。 中編小説「ボストンバック」の連作の最後のもの。〔資料提供/中村輝子氏〕

◎会員便り
各会員に順番に、書簡形式で書いてもらっています。二回目の便りをお願いしていきたいと思います。

◎会員便り No36

 「スイス・フランス ロマンの旅」
 練馬区高野台 片山寿美子

 秋の良い季節となりました。お便りいたします。
 50代に図書館で目にした『人間の運命』を読了し、その感動で新潮社に電話しました。「芹沢先生はご健在で、読書会もあります」とのこと。早速入会し、今日に到っています。毎月の例会は私のこころの支えです。想い出深いのは、芹沢先生生誕100年記念「スイス フランス ロマンの旅」(1997年)です。ロシア上空を飛行しドゴール空港着。巴里は歴史的遺産の宝庫、電線の無い空間にマロニエが葉を拡げ、太陽が沈むと夜の帷には遠くに凱旋門、いくつかのモニュメントにだけ点灯された巴里の夜景。新幹線の窓外に延々と続く穀倉地帯の美しさに感動。スイスの先生が旅行されたレマン湖のコー駅、教会等にジャック達の語らいの息吹が感じられました。シュトックホルム展望台では、マッターホルンは小雨で見えませんでしたが、『人間の運命』の朗読、皆で折った千羽鶴を供え、山に向け「芹沢先生!芹沢先生!!」と叫びました。あのときの感動の涙は、今も私の心の宝です。皆様のご健康をお祈りいたします。

◎芹沢文学 豆知識⑮ 『春の谷間』のモデル
 早見みさ子のモデル・SYさんの晩年(管理者:実名が書かれていますが、ここでは省                    略させていただきます)
会員のK・Yさんから「『春の谷間』のSYさんを偲んで」という一文が届きました。
 
 ーS・Yさんについて書かれていますが、割愛指して頂きます(管理者)ー

 みさ子は個性的な行き方をした戦後の新しい女性です。長編小説『春の谷間』は、昭和27年小説朝日社発行。角川文庫も刊行。是非ご一読下さい。

◎編集後記                        編集責任 小串 信正
 会報No75(秋号)をお届けします。記録的な暑い夏が過ぎ、読書の秋となりました。芹沢文学を心の糧として、日々充実して生きていきましょう。健康第一。 

2011年01月01日

大分からの読書会からのお知らせです。

 あけましておめでとうございます。昨年は、31日まで仕事をしておりました、
休みになるとなぜか体調が悪くなります。しかし、午後伏せっていると、元気になりました。
 人間の体は、不思議ですね。明日から芹沢作品を読みます。

 早速、大分からの案内です。

芹沢文学読書会 
                                  案内通信
                                            No. 8 7
2010年12月29日 (平成22年〉
12月便り 一歳末にスイスの友へ便り書く一一一一一
芹沢文学の愛読者でもあるスイスの松林さんへは、年一回の便りを今年も書いて送りました。松林さんはスイスの女性ハイディ(アルプスの少女ハイディと同名〉と結婚し、トイフォンで三人の娘さんを育てました。今では、娘さん達は、それぞれに自立しています。松林さん家族はクリスチャンですので、クリスマスカードとして歳末に便りを毎年お送りして来ました。最近は年に一度の便りになっています。土曜・日曜日の夕方に、NHKラジオで「地球ラジオJという番組が放送されていて、松林さんが度々メールを寄せます。rスイスの松林さんから・・・jと紹介されます。ですから、松林さんと御家族の近況を知ることが出来ているのです。新年にはカラー写真がはめ込まれた詳しい、お便りが届きます。毎年の正月の楽しみです。
 前回は、長編小説『一つの世界』を読み語りました。『サムライの末裔』として仏訳された作品ですが、広島の原爆の惨状を書いたものとして、芹沢文学の代表作の一つです。井伏鱒二作『黒い雨』と同じくらいに原爆文学として評価されるべき傑作であると思います。部分的に英訳されていますが、完訳されて世界の人々に読まれることを念願しています。次回は随筆を読み語ります。読書会の後に新年会を行いたいと思います。どうぞ都合を付けまして、是非読書会にお出掛け下さい。
第87回・芹沢文学読書会
          ①日時:1月9日(日)(*奇数月の第2日曜日です〕
②会場:大分県立図書館研修室No4 10:00~12:00AM
 ③内容:(1)芹沢光治良先生のお話(カセットテープ) 1 0 : 00 ~10 : 20
       平成2年1月20日の芹沢文学愛好会での芹沢光治良先生の講話「新年に思うこ       と」の最後を聴きます。*これは、以前に聴いたことがあるものです。芹沢光       治良氏93歳の正月、愛好会の講話として語られたものです。
    (2)芹沢文学読書会 10:20 ~12:00 担当 司会小串信正
    0テキスト;随筆「イエスの誕生について」
       初出:掲載の雑誌は不明。昭和2 3年末に書いたもの。
       初刊:『幸福への招待ー若き人々のために一』に採録されて昭和28年6月30日、要書房から発行された。「親と子の問題Jに収録。
       再録:芹沢光治良文学館11エッセイ文学と人生』平成9年6月10日新潮社発行。
          477 ~484頁。
       *部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
    ( 3)新年会 13:00-----会場は未定予算は約2000円希望者のみ参加
       *平成23年の新年を祝い、懇話の時を持ちたいと思います。
      =次回は、奇数月の第2日曜日の3月13日(日)の予定です。=
      ◎同封資料:随筆「文芸部委員の憶い出J芹沢光治良『向陵』(一高百年記念)
       昭和四十九年十月三十一日一高同窓会発行。53-----54頁。
        *一高の百周年記念誌に、 19 7 4年7月にジュネーブで文芸部委員の頃の思い出を書き、寄稿した随筆です。

芹沢文学・大分友の会
                会報No.86 2 0 1 0(平成22)年   1 2月2 9日
                                   文責小串信正

第8 6回・芹沢文学愛読者の会の報告
 11月14日(日〉の午前10時から県立図書館の研修室No. 1で第86回の「芹沢文学読書会jを聞きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、平成2年1月20日の芹沢文学愛好会での芹沢光治良先生の講話「新年に思うこと」の続きを聴きました。
 平成2 1年度の会計報告などをしました。会員が中々増えず、読書会も活気が無くなっていることを反省。会の運営としては、多くの寄付に支えられています。
 今回は、長編小説『一つの世界一サムライの末喬一』を読み語りました。この長編小説は、昭和27年10月~28年10月に雑誌<婦人公論>に連載され、昭和29年5月25日に中央公論社から単行本で出版されました。この長編小説は、『巴里に死す』に.続いて仏訳出版するものとして、自覚して創作したものです。アメリカが投下した広島原爆の惨状を描写して世界に公表したものです。雑誌連載と平行して青木和子夫人が仏訳し、ピエラール氏が校訂をして1955年6月1日にロベル.・ラフォン社から出版されました。仏訳の題は『サムライの終り』となりました。青木和子夫人は、大胆に仏訳したので、その仏訳を踏まえて様々に改稿しました。それは、『サムライの末商』(角川小説新書〉と題して角川書房から昭和30年8月20日に発行されました。しかし、昭和32年5月20日に宝文館から発行された芹沢光治良自選作品集むには、『一つの世界一文はサムライの末葡』と題して、中央公論杜版の最初の原文を収録しているのです。のちに、昭和49年7月15日に新潮社から発行された「芹澤光治良作品集第四巻Jには、『サムライの末裔』と題して角川版の改稿を収録しました。平成8年8月10日新潮社発行の代表作品集の「芹沢光治良文学館6 Jには、本文は作品集のものを収録しましたが、題は『一つの世界一サムライの末喬』とされました。
これが最終版ですから、これからは正式には『一つの世界一サムライの末育』が題で、本文は仏訳を踏まえた改稿のものとすべきです。芹沢文学の代表作のーっとして、もっと高く評価されるべきだと思います。良い年をお迎え下さい。お出掛け下さい。
大平成2 1年度芹沢文学・大分友の会会計報告の打ち間違い
 前号の会報に、平成2 1年度の会計報告を掲載しましたが、私のワープロの打ち間違いがありました。決算は80825円ではなく、8 0 8 2円です。訂正をしお詫び申し上げます。どうか、改めまして御了承下さい。
 平成2 2年度の年会費の導入をお願いします。
新年度の年会費がまだ未納の方は、前に同封しました払込用紙にて、郵便振替で年会費120 0円を納入して下さい。次回の読書会に来れる方は、会費を持参されても構いません。自主的な寄付も受け入れます。尚、退会される方は、はがき等にて御一報下さい。 新しい会員をお誘い下さい。

<芹沢文学案内No.48>芹沢光治良とキリスト教
 作家・芹沢光治良氏は、天理教に育てられました。両親は財産を寄進して、家を出て天理教の布教師になりました。光治良は祖父母のもとに残されましたが、父母に捨てられたと傷つきます。しかし、祖母や叔母などの天理教信仰の中に育ちます。中学で天理教に疑問を持ち、一高時代に天理教から脱出します。学友からキリスト教を知らされ、パリ留学や結核闘病でカトリックの信仰を知ります。戦中に、天理教の中山みきやキリスト教のイエスを研究します。戦後に阿部光子氏などを通してプロテスタントも知ります。天才的な科学者ジャックから「大自然の神」を学び、最晩年に「神の書」「天の書」の連作で、神について説きました。天理教教祖中山みきの伝記小説『教祖様』は、キリスト教的に書かれています。ローマ法王に個人謁見し、カトリックに一番共感していましたが、信者には成りませんでした。宗教的自由人と言えます。

2011年03月04日

大分の読書会から 2011年2月26日案内通信です。

 本日は、寒い一日でした。
 世間を騒がしている事件に、入試問題流出事件と言われているものがあります。
カンニング行為で逮捕にふみきるという異例な事態になりました。
 まるで一昔前のスパイ大作戦のような映画で行われている事を一受験生が行ってしまってしまい、社会の我々がその現実についていけない事に気がついてしまいました。従ってその反響が大きく、そのゆえの逮捕ではないでしょうか?
 数年前から国家資格試験では、携帯電話を封筒に入れて、試験を受けていると聞いたことがあります。あわてて、大学当局がそのようにしているようですが、試験監督側の過失もあると思います。やはり、なんとか合格しなくてはという強迫的な心理に陥っている受験生がいるという前提で対応する必要があるのでは。(以上 管理人の思いです)

 大分の読書会から、案内通信が来ました。

 後日続きを更新いたします。

芹沢文学読書会
                              案内通信No88
                            2011年2月26日
 
 2月便り 厳冬に やっと花咲く 里の梅

 今年の冬は、北の各地に大雪が降り、豪雪の被害が続いています。また、南の九州では霧島連山の新燃岳の火山噴火にも苦しめられています。
 しかし、春は静かにやって来ているようで、やっと梅の花が盛りとなりました。
菜の花も咲き誇り、風も温かくなりましたが、お元気にお過ごしのことと思います。
 この1月17日(月〉の朝日新聞の朝刊に、芹沢光治良氏のことが、コラム的な記事として紹介されました。「作家・芹沢光治良の手紙公開 静岡の記念館 婚前の妻へ結婚観説く」と記者の高津祐典氏の紹介文が掲載されたのです。芹沢先生が亡くなられて今年は18年になりますが、この記事を見つけて嬉しく感激して読みました。手紙は沼津市の芹沢光治良記念館で5月末まで展示されているとのこと。今回の同封資料としてお届けしますので、まだの方はお読み下さい。
 前回の読書会では、随筆の「イエスの誕生について」を読み語りました。戦中に芹沢先生は、天理教と共にキリスト教の研究をしたのですが、戦後の昭和23年にこの随筆を書かれて雑誌に発表したのです。活発な意見が出ました。
 次回は短編小説を読み語りたいと思います。温かくなりましたから、読書会に奮ってお出掛け下さい。新しい会員も歓迎いたします。どうぞ、お誘い下さい。

第8 8回・芹沢文学読書会
①日時:3月13日(日) 〔奇数月の第2日曜日です〕
②会場;大分県立図書館研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;(I)芹沢光治良先生のお話(カセットテープ) 10:00 ~10:20
 平成3(1991)年1月27日の芹沢文学愛好会の月例会での講話。芹沢先生が95歳の正月の心境を語られています。「天の書」の連作を書き、「神の水」を求める方々に配っていた頃のこと。質問も受けています。
(2)芹沢文学読書会 10:20 ---12:00 担当・司会小串信正
 テキスト 短編小説 「旅のあと」
初出;昭和17年7月号の雑誌<オール読物>に発表された。戦中の作品。初刊; 『春の記録』に収録されて昭和17年8月1日全国書房から発行。再録,芹沢光治良文学館9短篇集明日を逐うて』
平成9年2月10日新潮社発行。516 ~ 529頁に採録された。
*部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
次回は、特別に奇数月の第3日曜日の5月15日(日)の予定です。=

2011年03月11日

大分の読書会より

 本日の地震、宮城・茨城沖大地震は大きな揺れでした。

 ちょうど、高架の橋をまもなく上にたどり着くという車の中で地震に遭いました。
石原都知事が、再出馬するとテレビから放送されている時でもありました。
 自動車専門道路の橋は揺れるものと思っていましたが、どうもかなり横に揺れるなあと思い、テレビ放送で大きな揺れが起こりましたという声と共に、前後左右の大型トラック、バンなどともに、かなり横に大揺れがし、乗車姿勢を保つなのが困難でした。揺れの怖さより、橋が崩落する恐怖を味わいました。橋は、少し高い隣の高速と同じ目線になるぐらい暴れていました。
 結構冷静に陸地を見ていて、小さな粒のような人達が、少しずつ増えていく様子がわかりました。
 東京では、帰宅困難者の事がニュースに取り上げられています。
 
 もしかしたら、帰宅困難者の方もいらっしゃるかもしれません。

 緊急用ダイヤルで伝言を残す 171+1+電話番号
 緊急用ダイヤルで伝言を再生 171+2+電話番号

 関東大震災の時の森次郎の冷静な対応が思い起こされます。

 皆様、何とかご無事な事をお祈りしています。

 福島の原発は、大丈夫でしょうか?

 大分の読書会からです。
 

芹沢文学・大分友の会〉会報No.87
ふじ

2011年2月26日
                           文責 小串 信正


 

第87回芹沢文学読書会の報告
第87回の「芹沢文学読書会」を1月9日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No. 4で聞きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、平成2年1月20日の芹沢文学愛好会での芹沢光治良先生の講話「新年に思うこと」の続きを聴き終えました。
 読書会では、随筆「イエスの誕生について」を読み語りました。聖書の福音書に書かれたイエスは、キリスト(神の子)として処女懐胎(私生児〉したり、夢で神の使者から南方エジプトへ逃れるように告げられたりします。しかし、へロデ王は軍隊を送ってベツレへムとその周辺の地方の三歳以下の男の子を皆殺しにしたとのこと。キリスト・イエスの誕生をクリスマスとして祝っていますが、この時に殺された何万人?の子供の犠牲があったことを知るべきであるという話題も出ました。30歳までのイエスの成長のことは書かれず、キリストとしての歩みを始めたあとに母や兄弟が訪ねて来た時に、冷然と「おんなよ、我と汝となんのかかわりあらんや」「誰か我が母、我が兄弟なるぞ」と言ったとのこと。中々理解出来ないことですが、逆説的な真理が
書かれているのでしょうか?芹沢先生は、「わが子は母のものではなくて、一人の神だーと、クリスマスを祝う世の総ての母は、そのことを心して思うべきである。」
とこの一文を締めくくっています。『聖書(福音書) 』を読み直してみたいものです。
 芹沢先生は、戦後すぐの昭和21年の7月から11月に、雑誌<新婦人>に「聖書物語」を5回連載しています。また、昭和25年10月29日から同32年9月8日まで雑誌<天理時報>に『教祖様』(全二十九章)を338回〔実質は335回〕連載しました。
 議崎哲治さんが、入会してくれました。久しぶりの新入会員です。私小串が古書店で安価に入手した『人閣の運命』(新潮社の単行本)を提供して読んでいただくことにしました。まず三巻分ですが、もし興味があれば全14巻を提供しても良いと思っています。熊埜御堂さんが久しぶりに出席し、「新年会Jにも参加してくれました。
 平成23年の「新年会Jをレストラン・プロパンスで持ちました。
 読書会のあと、恒例となった「新年会」を持つことになりましたが、会場は決めていませんでした。古賀さんの提案で、中村さんの娘さん御夫妻が聞いているレストラン。プロパンスに行くことになりました。南大分で大道陸橋はまだ通れました。しゃれたお庖で、フランス料理をいただきました。楽しい芹沢文学の語らいの時を過ごすことが出来ました。来年も「新年会Jは続けていきたいと思います。
。同封資料②の解説『主題のある人生』神渡良平(かみわたりりょうへい)著
 神渡良平氏が、2005年5月23日にPHP研究所から出版した人生論集です。「第一
章人生を彩る思いやり」「第二章母なる星ガイヤの神秘」「第三章主題のある人生」「第四章一隅を照らす人々」「第五章安岡正篤と東洋の智慧」「第六章潜在能力を引き出す膜想」から構成されています。この文章は、「第三章主題のある人生」の「(四〉丸山敏雄がつかんだ人生のゴールデン・ルール」の終りに書かれています。「私の尊敬する作家の芹沢光治良」として、最晩年の連作「神の書」「天の書」からの印象を書かれています。神渡氏が、この連作や芹沢文学作品についての単行本を書いて出版されることを期待しています。

2011年06月08日

大分の読書会の案内です。5月のお知らせです。

案内通信No. 8 9
2011年4月22日 (平成23年)
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4月便り
しんさい か はなさ
一一震災と原発禍(か)の地(ち)にも一一一花が咲が咲きー一



3月11日午後2時46分に東北太平洋沖で起きたマグニチュード9.0の大地震は、
「東日本大震災」と命名されましたが、 1ヶ月過ぎた今でも、余震や福島原発の危機は終息していません。大津波に呑まれた海岸は全滅で、瓦礁の山と化した被災地の惨状は目も当てられません。死者と行方不明者は3万人にもなろうとしています。明治29年の三陸海岸大津波でも2万7千人以上の犠牲があって、大堤防が造られていましたが、今回の大津波はそれを越えて壊滅しました。しかも、今回は安全だと言われて推進されていた原子力発電所が、チェルノブイリ原発爆発の二の舞いになる危機で対策がもたつき、まだ安心とは言えません。放射能の惨禍で、農業や漁業が出来なくなるばかりでなく、元の家には帰れなくなることも心配されています。九州の大分でも、いつ大地震や大津波が起こるか分かりません!
しかし、気を取り直して、「芹沢文学読書会Jを続けていきましょう。前回は大地震の後でしたが読書会を持ちました。テキストとしては「旅のあとJを読み語りました。山辺先生もので、「冬のはじめJや「春の記録」も同じ設定で、戦中の昭和17年に書かれたものです。今回は、その次の短編小説「写真」を読みます。これで『芹沢光治良文学館9 nの短篇集を全て読み上げたことになります。思えば、良く読んで来たと思います。どうぞ、都合を付けて、お出掛け下さい。
第89回・芹沢文学読書会
①日時; 5月1 5日(日)(*今回は第3日曜日になります〕
②会場;大分県立図書館研修室No4 10:00~12:00AM
③内容; (1)芹沢光治良先生のお話(カセットテープ) 10:00 ~10:20
平成3(1991)年1月27日の芹沢文学愛好会の月例会での講話の続きを聴きます。最晩年の連作を毎年一巻ずつ創作し刊行していました。
(2)芹沢文学読書会 10:20 ~12:00 担当・司会小串信正
Oテキスト;短編小説「写真J
戦時中の女学校の教師のやす子と順子の生き様。沼津での再会など。
初出;昭和17年の前半と思われますが、掲載誌は不明です。
初刊,~春の記録』に収録されて昭和17年8月1日全国書房から発行。再録,~芹沢光治良文学館9 短篇集 明日を逐うて』
平成9年2月10日新潮社発行。530 ~ 540頁に採録された。
*部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
一次回は、奇数月の第2日曜日の7月10日(日)の予定です。=
。同封資料;随筆「立候補せざるの辯j芹沢光治良随筆集『幸福への招待』昭和28年6月30日要書房発行「Ⅳ平和をもとめて」に収録。151 ~153頁。昭和28年3 月に書いたもの。発表の出典は不明。*文事家協会で参議院選挙に職能代表を送ろうということで、石川達三、阿部知二氏と芹沢光治良氏に立候補の誘いがあった。しかし、結局三人とも辞退して、立候補はしなかった時の一文です。
芹沢文学・大分との会 *間合わせなどは土・日・月曜日に。
連絡先:干870-0171大分市法勝台3丁目8番2号小串信正方
郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

ふじ
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 芹沢文学・大分友の会
 会報 No88

 第88回・芹沢文学読書会の報告

3月13日(日〉の午前10時から県立図書館の研修室No. 4で、第88回の「芹沢文学読 書会Jを聞きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、平成3年1月17日の芹沢文学愛好会での芹沢光治良先生の講話を聴きました。丁度20年前になります。大自然の神について語り、「神の水Jを求める人に配ったりしていました。キリスト・イエスの痛みを霊的に体験したとのこと〈この左手の痛みは2年間続いたとか)。
同封の資料についての説明。沼津市の芹沢光治良記念館での新しい展示(手紙)についての1月17日の朝日新聞の紹介記事(高津祐典〉と神渡良平著『主題のある人生』の211頁に「私の尊敬する作家の芹沢光治良の信条」としての一文を紹介しました。
読書会では、短編小説「旅のあとjを読み語りました。この作品は戦中の昭和17年7月号の雑誌<オール讃物>に発表され、短編集『春の記録~(昭和17年8月1日全 国書房発行〉に収録されました。テキストとしては『芹沢光治良文学館9 』(短篇集明日を逐うて516.~528頁)を使いました。山辺先生・つゆ子もので、「冬のはじめ」「春の記録Jの続編です。教え子が奈良で代議士に立候補したのに応援演説をして帰宅した翌日から始まり、研究室の助手鶴田と野村若子との結婚の回想。若子が息子達郎のために栄養士の免状をとったこと、熱海の鶴田の実家の蜜柑の花のことなどのつゆ子と若子の会話などが淡々と書かれ、愛弟子船山の戦死とつゆ子が婚期を逃したことなどが語られています。深刻なテーマのない身辺小説ですが、愛すべき作品です。
次回は、『芹沢光治良文学館9 ~』(短篇集)で最後に残った短編小説「写真Jを読み語りたいと思います。芹沢文学に関心のある方をお誘い下さい。新会員を歓迎。

<芹沢文学案内No.49> 良識派(ボンサンス)の文学者(エクリヴァン)
私は作家芹沢光治良を「良識派の文学者」として評価して来ました。日本語の「良識Jは軽い意味で使われているので、「良識Jをフランス語の「ボンサンスJとして、良心や理性から知恵や教養をも含む用語として使っています。芹沢光治良は、「作家
Jは単なる小説家で、なく、深い自覚を持って人間や人生を探究する「モラリストJで あり、純文学作品を孤高に書き続ける「エクリヴァン(文学者) Jであるべきであると自覚しました。それで私は、芹沢光治良を「良識派の文学者Jとして評価して来たのです。これは日本文学史に位置づけ評価する意図もあります。r良識派は、森鴎外・夏目漱石の「余裕派Jから有島武郎・志賀直哉・武者小路実篤などの「白樺派Jの流れを受け、戦前から戦後の昭和時代に孤高に創作した作家を表します。r良識派jの先輩として自然主義派の島崎藤村と大正教養派の野上弥生子を位置づけています。後輩としては、戦後派の大江健三郎氏や団塊派の村上春樹氏を考えています。
「良識派Jの代表者を野上弥生子と芹沢光治良として、対として研究し、大分県立図書館で偶数月に「野上文学読書会J、奇数月に「芹沢文学読書会Jを持っています。
「良識派Jの作家は、自己の人生を生きた時代を背景に徹底して創作しますから、その作品が「大河小説Jとなるのです。芹沢光治良は、大河小説『人間の運命~(全16巻〉を創作し、最晩年には連作『神と人間』を書きました。野上弥生子は、大河小説『迷路』(全6部)、自伝的長編小説『森』を創作し、膨大な日記を書き続けました。
芹沢文学と共に、野上文学を「比較読書jとして読まれることをお勧めします。
平成2 2年度の会費の納入をお願いします。
新年度の年会費がまだ未納の方は、前に同封しました払込用紙にて、郵便振替で年会費1 200円を納入して下さい。次回の読書会に来れる方は、会費を持参されても構いません。自主的な寄付も受け入れます。尚、退会される方は、はがき等にて御一報下さい。芹沢文学に関心のある方を新しい会員としてお誘い下さい。

2011年07月03日

大分の読書会からお知らせです。

芹沢文学読書会
案内通信 No90 
2011年6月24日

6月便り一細々と続けしものぞ  読書会  一
 梅雨の雨が降り続いていますが、生物にとっては「恵みの雨」と自覚して耐える他はありませんね。お元気にお過ごしのことと思います。No.90の会報を届けます。
 東日本大震災から3ヶ月、地震や津波の復旧・復興が中々進んでいないようで、しかも福島原発の東電の対応がもたつき、未だに収束していません。放射能の被爆が大きな問題です。この大震災を期して、エネルギー政策を大転換して、脱原発から再生可能で安全な自然力活用への道を日本が先導していってもらいたと思います。ドイツやスイス、そしてイタリアが脱原発を開始してしています。菅政権が追い詰められていますが、「脱原発」へと舵を切ったことは、大きな実績です。復興のための資金や年金福祉の財源として、消費税を10%に引き上げるのもやむおえないと思います。私達は「芹沢文学」に夢と希望を見出していきたいものと思っています。
前回は、短編小説「写真」を読み語りました。戦中の作で、重いものではありませんが、若い女性たちの生きざまを学びました。これで、『芹沢光治良文学館9
短篇集 明日を逐うて』を全て読了したことになります。今回は、随筆(巴里便り〉を四篤を読みたいと思います。新潮社版『芹沢光治良文学館11』は、注文すれば入手出来ると思います。このエッセイ集もコツコツと読んでいきたいと思います。
どうぞ、都合をつけまして、読書会へお出掛け下さい。新入会員も歓迎します。

  第90回・芹沢文学読書会
①日時;7月 1 0日(日)   奇数月の第2日曜日が原則〕
②会場;大分県立図書館研修室No4 10 :00~12:00AM
  ③内容;(1)芹沢光治良先生のお話(カセットテープ) 10:00 ~10:20
   平成3(1991)年1月27日の芹沢文学愛好会の月例会での講話の終わりを聴きま   す。このテープは丁度20年前のものです。先生の最晩年のもの。
(2)芹沢文学読書会 10:20 ~12:00 担当・司会小串信正
    テキスト;随筆(巴里便り)「一 エトランジェ、異邦人」「二 コンパトリオ    ット、同胞」「三 或る画家」「四 三木清君」
    初出;パリ留学中に書いた便りを「巴里便り」として収録したもの。
    初刊,『文事手帳』昭和18年4月30日に同文社から発行に収録された。
    再録; 『芹沢光治良文学館11エッセイ文学と人生』
    平成9年6月10日新潮社発行。211 ~ 219頁に再録された。
    部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
    =次回は、奇数月の第2日曜日の9月11日(日)の予定です。=

 同封資料;①書評『愛と死の陰に』の若子亡夫への愛ーすじに」筆者不明。昭和31年11月14日朝日新聞夕刊~ r本の中に生きる女たち」 0芹沢光治良著『愛と死の陰に』が昭和31年11月1日に光文社から出版されましたが、その書評です。原コピ「不良。戦前の長編小説『愛と死の書』の続編で合本したものです。この機会に一読を勧めます。 ②『女の都・パリ』(新創社〉のカバー。難波淳郎氏の装幀。


芹沢文学大分友の会 ふじ
会報 No89
 2011(平成23)年4月24日
文責 小串 信正

 第89回・芹沢文学読書会の報告
 第89回の「芹沢文学読書会」を5月15日(日〉の午前10時から県立図書館の研修室No.4で開きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、平成3年1月17日の芹沢文学愛好会での芹沢光治良先生の講話の続きを聴きました。天の将軍に導かれて、大自然の神の大掃除のこと。イラク戦争とフセイン大統領のことなど。現在のイスラム革命のこと、リビアのカダフィ大佐のことなどが話題になりました。また、東日本大震災や福島原発のことなどについても、大いに語りました。熊埜御堂さんが、久しぶりに参加してくれました。御無沙汰の方も、どうぞ気楽にお出掛け下さい。
 読書会では、短編小説「写真」を読み語りました。この作品の初出は不明ですが、短編集『春の記録』(昭和17年8月l日全国書房発行〉に収録されて刊行されました。女子高等師範学校の同級生のやす子と順子は、寄宿舎で同室となり親友になりました。
卒業して女学校の教師になってからも共同生活をしでました。先輩の草間文子の夫春岡は、やす子や順子とも交際がありました。文子が娘百合子を残して早世しましたが、27歳になっていたやす子は春岡から再婚として求婚されました。結婚を順子に打ち明けると、共同生活は破綻し、結婚式にも参加してくれませんでした。そして順子は沼津の女学校に転勤したので、交流もなくなっていました。やす子は、実家の岡山からの帰路に沼津の山田順子を訪ねて和解しました。帰宅すると、百合子がやす子の写真を枕の下に入れて寝ていることを知り、涙が溢れて感激したという話です。深刻なテーマではなく、家庭小説ですが、戦時下のものとして愛すべき作品と言えましょう。これで『芹沢光治良文学館9](短篇集)を全てテキストとして読み上げたこと
になります。今回で読書会も90回目となりましたが、良く続いていると思います。
次回は、作家になる前の随筆(巴里便り〉を四通、読み語りたいと思います。隔月の読書会ですので、予め予定に入れて御参加していただきたいと思います。
<芹沢文学案内No.50>短編小説集『女の都・パリ』新創社  242頁
 昭和34年6月10日に、パリと関係のある短編小説を一冊にして新創社から出版したものo 「Paris, La Ville des Femmes. 」とフランス語の題も付けられています。
 巻頭写真(パリ凱旋門の前で文春池島氏と)、短編小説「女の都」・「パリの空の下で」・「二重国籍者」・「ロジェの手紙」・「運命」が収録されています。「あとがき」には、「戦後短篤小説をたくさん発表した。その多くは、日誌や随想、の代りに書いたもので、その当時の私の心を宿している。そのうちの幾篤か、パリの香りをとどめているものを、新創社の田沢君が、選んで、一本にまとめられた。運命は長篇の書き出しのつもりであったが、その後十年徒らにすぎた。短篇小説の形をなしているし、散逸することを怖れて、この集に入れることにした。死ぬまでに長篤として完成したい。一九五九年五月末芹沢光治良」と書かれています。『女の都』はパリの日本料理店のアイダ夫人やシイナさんのこと、のちに『巴里夫人』に発展。「パリの空の下で」は「一、再び『ブルジョア』の日に」 「二、眠られぬ夜」 「三、パリの空の下で」で構成されています。「二重国籍者」も新太郎のパリでの体験談。「ロジェの手紙」は、パリ留学の時に下宿したドモリエール夫人の息子ロジェからの手紙でかつてのパリ生活の回想です。「運命」は、幼少のころの作品「小さい運命」などとは違い、パリ留学時代の回想で、外務次官であった伊礼君への便りとして創作されたもの。パリに夫妻で留学して妊娠し、堕胎をした生々しい体験が描かれています。「死ぬまでに長篤として完成したしたい」と言っていた長編小説は書かれていないようです。
 この短編小説集は、難被淳郎氏のお酒落な装柏で、カバーをとると、まるでフランス語訳の本に見えます。古書店で、見つけることも難しく、図書館で探して読むしか出来ませんが、愛すべき単行本のーっと言えましょう。一読をお勧めします。

2011年10月02日

芹沢光治良文学読書会会報No91 大分からです。

芹沢文学読書会案内通信
No91
2011年8月27日

8月便り 虫の音の 聴かれる夜と なりにけり

 煩い蝉の声も昼間は続いていますが、夕方からは虫の音が聴かれて、秋が来ていることが感じられます。東日本大震災と福原原発事故と、まだまだ問題は解決はしませんが、「一応のメドがついた」と菅直人首相が民主党の代表を退任しました。次の代表選びに多数の立候補者が名乗りをあげていますが、どんぐりの背比べで、みな小粒です。しかも、党員資格を停止されている黒幕が影で牛耳っています。これじゃあ、昔の自民党よりもお粗末に思われます。政局だけでなく、この大震災や世界的な不況の中の日本をリード出来るのだろうかと心配されます。一年ごとに首相が変わるという政局は、根本的に変革されなければならない時期に来ているように思われます。憲法を変えて、まず参議院を無くし、大統領制を導入すべきです。芹沢先生が、どのように考えられるか、お聴きしてみたいと切に思われます。もう一度、最晩年の「連作」を精読して、21世紀の日本や世界を再考してみたいものですね。
 前回は四つの随筆を読み語りました。ずっと小説を読んでいないし、「連作」(全9巻)
的な不配の中の日本をリード出来るのだろうかと心配されます。
 前回は、四つの随筆を読み語りました。ずっと長編小脱を読んでいないし、「連作」・『柚の撒笑』は先に読んだので、第2巻目の『神の慈愛』を読書会で読み語ることを思いつきました。
 以前に読まれた方も、この機会に再読していただきたいと思います。昭和62年に出されたもので、今年で24年目になります。
 どうぞ、都合をつけまして、読書会へお出揆け下さい。

第91回芹沢読書会
①日時;9月11日(日)(奇数月の第2日曜日が原則)
②大分県立図書館 研修室No14
 〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
  昭和57(1982)年11月21日の文芸講演会の芹沢光治良先生の講演「神につ  いて」を、先に聴きましたが、再度聴いていきたいと思います。
〔2〕芹沢文学読書会  10:20~12:00
○テキスト;長編小説 『神の慈愛』最晩年の連作の第2巻目
 初出;書き下ろし長編小説。*-一九八六年十二月三十一日に完稿。
 初刊;『神の慈愛』昭和62年7月20日に新潮社から発行された。
 再録;箱入り愛蔵版・総称『神と人間』(全8冊) 装面榎俊幸
 2006(平成18)年4月30日に新潮社から全8冊で同時に発行された。
 『神の慈愛』は、この第2巻として収録された。全236頁。
 *部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
  =次回は、特別に第3日曜日の11月20日(日)の予定です。=
○同封資料;随筆「ヴラマンクと佐伯祐三」展」東京展(渋谷・東急百貨店本店6階特設会場):東京新聞主催外務省・文化庁後援、財団法人笠間日動美衛館協力)1980(昭和55年)7月18日~8月6日。この美衛展の図録に収録された。頁なし。 *芹沢光治良と佐伯祐三とのパリでの交流などが、率直に書かれています。900円貸して3枚の絵をもらったようです。

2011年10月03日

芹沢文学大分友の会 ふじ

芹沢文学・大分友の会ふじ
2011年(平成23)年8月27日
☆第90回・芹沢文学読書会の報告       b♪&
7月10日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で第90回の「芹沢文学読書会」を開きました。芹沢光冶良先生の講演録音テープは、平成3年1月17日の芹沢文学愛好会での芹沢光冶良先生の講話の最後を聴きました。講演の後に質問を受けて、それに答えたテープでした。伊藤青年(天命庵の大徳寺昭輝氏)の後見入として見守っていること、銀座で展示会などもしていることなどについても語っています。ハンケチや安全剃刀などを長年大切に使っていること、フランスでの節電生活のことなどについても話されました。大自然の神についての連作を書いている頃のものです。
芹沢文学案内No50で紹介した『女の都・パリ』(新創杜)の実物を回覧して、この短編小説集について紹介しました。題や目次はフランス語訳か付けられています。短編小説集のフランス語訳がいつか出版されることを願いました。
読書会では、随筆を四篇を読み語りました。昭和18年4月30日に同文杜から発行された『文藝手帳』に収録された「巴里便り」のうち「一 エトランジェ、異邦人」「ニ コンパトリオット、同胞」「三 或る画家」「四 三木清君」の四篇です。資料として『コンサイス日本人名事典』 (1991年9月1日三省堂発行)から「芹沢光治良」「佐伯祐三」「三木清」をコピー(B5)したものを提供しました。パリで天才画家佐伯祐三や哲学者三木清とも交流しました。佐伯祐三や三木清に旅費を貸した、ことは書かれていませんが、二人共に多額の金を貸したのです。佐伯祐三からは絵を三枚貰いましたが、三木清からは返金されませんでした。これらの随筆(便り)は、『芹沢光治良文学館ll』(新潮社発行)に再録されましたので、これをテキストにしました。残りの便りも、いつかテキストとして読み語りたいと思います。
次回のテキストにっいては、この時には決めませんでしたが、ずっと長編小説を読んでいないので、最晩年の連作の第2巻目『神の慈銃』を読み語りたいと思います。

 芹沢分学・大分友の会の16年目の歩みを続けます!!
平成8(1996)年9月に発会した「芹沢文学・大分友の会」は、15年間継続され、「芹沢文学読書会」は90回も回を重ねました。会員は余り多くはならず、細々とですが熱心な会員に支えられて読書会や新年会を続けています。最初のころは、毎年一回の「文学の旅」も行っていました。これからも、可能な限り、継続していきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。今年度の会計報告は次回の会報に掲載します
◎<芹沢文学案内No51>短篇小説集『小説集魚眼』博文館発行全344頁
戦前の昭和16年9月6日に、博文館から発行された短篇小説集です。「あとがき」に「署名は王維の『送秘書晁監還日本』といふ詩のなかの、<魚眼肘波紅>といふ句からとって、この一巻に冠することにした。阿倍中麻呂の心事に心を惹かれてゐる際に、たまたま王維のこの詩を讃んだので、魚眼を借りたのだが、深い意味合があるのでもない」と書かれているように、王維の詩から命名されたのですか、「林檎とビスケット」「お化粧」「梅の花枝」「街の灯」「老年」「遙かなる析り」「雪空」「洋服」「海の人」「夢のかよひぢ」の10作品が収録されています。同年3月28日に短篇
集『鎮魂歌』 (実業之日本社発行)も出されています。「これ等の小説が書かれたのは、主として長薦小説に精進してゐた期間である」と書かれていますが、『美しき秩序』『希望の書』『冬の旅』『男の生涯』など続々と長編小説が書かれ出版されていたのです。この後には『孤絶』『雛愁』『故国』や『巴里に死す』も書かれたのです。
 「長薦小説に苦しんでゐる際に時々書く短篇小説は、作者には愉しいものである」「装幀については、有島生馬氏に我儘を申してお願ひした」とも書かれています。
この本は、古書店でも中々入手出来ませんが、図書館などにて一読をお勧めします。

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