seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢文学読書会 12月便り 案内通信 No. 177  2025年12月21日 ( 日 ) (令和7年): 芹沢光治良文学愛好会

2026年02月09日

芹沢文学読書会 12月便り 案内通信 No. 177  2025年12月21日 ( 日 ) (令和7年)



この一年も

いつの間にかの

師走なり・・・

松林庵主人


 師走となり、 朝夕は肌寒い冬となりました。月日の歩みは足速で、また一年が過ぎます。 東北や北海道は既に積雪しています。 雪かきや雪下ろしが大変のことでしょう...。  

今年の冬は、各地で熊が市街地に徘徊し、多くの死傷者が出ています。 奥山に木の実が不作で里山の栗や柿を食べ、 冬眠もせず、 民家や市街地で人の食べ物を漁っているのです。熊が人を襲うようになったので、 追払ったり、檻や銃で駆除しています・・・。

高市さんが総理大臣となり、日本でも女性の首相が誕生しました。 しかし物価が高騰し、アメリカのトランプ大統領が関税を勝手に上げて、 日本も苦しめられています。

寒くなりましたが、 新年です、 お元気に読書会にお出掛け下さい。


177芹沢文学読書会

@日時; 1 11 () 午前10時〜12時 〔*平常は第2日曜日午前です]

A会場; 大分県立図書館 研修室 No.1 [*平常は研修室No.5 です]

B内容: [I] 芹沢文学に関する話題や情報 10:0010:10 am 自由に話す。

[U] 芹沢文学読書会 10:10~12:00 am

○テキスト 新潮文庫 『結婚』 芹沢光治良作1995710日新潮社発行

40103頁 「第二章」 「第三章」 * 読んで来て下さい。

☆ 部分的に読んで語ります。 質問にも答えます。

昭和2210月から2310月に雑誌<婦人倶楽部>に連載され、昭和231230日 大日本雄弁会講談社から 『結婚』 として発行された。

=次回は、38(2日曜日) 午前の予定です。

◎同封資料 ; 短文随筆 「パリの装釘屋」 芹澤光治良 昭和十二年四月廿一日 水曜日 日本讀書新聞 旬刊 (1,11,21日発行) 第六号に掲載された短文の随筆。 *パリ留学中に見聞し、自分でも試みた体験をもとに書いている。 図書の出版において、 フランスのパリでは、その表紙の装幀は各自の好みで、装釘屋に依頼することが行われていた。 特にその装幀を婦人が多く依頼している。 婦人が読書することに驚き、お嫁に行くときには衣装と共に持参するとか。 芹沢先生は、 古本屋で求めたミュッセの詩集を日本の千代紙で装幀させ、フランス人に感心されたとか。 この随筆が掲載された、 戦前の 「日本讀書

「新聞」を中村輝子さんが見つけ出し、 求めて資料として提供。 そのコピーを今回の同封資料とします。 原寸のコピーで、 戦前の新聞の活字の小ささが知られる。〔同封資料提供者・中村輝子]


芹沢文学・大分友の会

連絡先: 872-1651 大分県国東市国東町浜 4765 (番地) 小串信正方


芹沢文学 大分友の会

ふじ

会報 No.176

令和7(2025)1221 ()

編集・文責 小串 信正(おぐし のぶまさ)


☆第176回 芹沢文学読書会の報告 於 大分県立図書館・研修室 No.1

176回の芹沢文学読書会が、119()に大分県立図書館の研修室 No.1 で行われました。常連の参加者で、長編小説 『結婚』 を読み始めました。 新潮文庫をテキストにして、あらかじめ読める人は、「解説」 と 「前書」 「第一章」 を読んで来ることにしました。 「解説」は瀬沼茂樹氏が昭和471年に書いたものです。 「フランス的知性をもって明晰に、 国際色も豊かで、国際的に最もよく知られた日本作家のひとりになった。」 と評価し、 日本ペンクラブの会長としても活躍し、 長編 『巴里に死す』 『サムライの末裔』 が仏訳され、 「フランス・アカデミー友好大賞をさずけられ、 ノーベル文学賞候補にあげられたこともある。」とも書いています。

「前書」には、「或る親しい夫人の書簡の一節」 が書かれ、 早見年子が紹介されます。 「第一章」は私即ち子の手記として書かれています。 戦後に、 卒業式の日におみ堂の前に集うことから始まり、 早見家の父の不倫や庶子の認知から夫婦喧嘩が書かれて行きます。

次回は、その続きの 「第二章」 「第三章」について語ります。 読書会へお出掛け下さい。

○令和7 (2025)年度の年会費未納の方に納入をお願いします。

9月から新年度になりましたが、年会費が未納の方は納入をお願いいたします。

*振替の年会費納入の確認が出来なくなっているので、同封の年会費入金報告用紙に、

入金月日・金額・氏名を書いて、 同封の封筒(切手は貼っています)に入れて、御面倒ですが返送して下さい。 寄付も受入れますが、無理をされないように。 芹沢文学研究会の会員の方で、芹沢文学・大分友の会にも入会いただいている方々にも会員の継続をお願いいたします。


【芹沢文学案内 No.120】 芹沢光治良の処女作は『失戀者の手紙』


作家芹沢光治良の処女作は、 改造社の懸賞小説で一等となった中編小説「ブルジョア」であると言われています。 芹沢光治良も 「ブルジョア」を「私の処女作」と言っています。 また、 一高の二年生で校友会雑誌 (大正七年三月二十日発行)に寄稿した短編小説 「失戀者の手紙」も「一高時代に書「いた処女作」と言っています。 それ以前にもあれこれの作文を書いていますが、小説として創作したのは 「失戀者の手紙」 と言えます。 「ブルジョア」は、公的に評価された出世作と言えます。 それで、 芹沢文学作品としての処女作は、「失戀者の手紙」であると認定しています。 この作品の恋愛を芹沢光治良の実体験と思っている読者が多いのですが、「一高時代に書いた処女作の思い出」 に 「あの東大生のC君ならば、どんなものを書くか、 想像して」 とあるように、 虚構の小説として創作したのです。自伝小説『男の生涯』 には 「ベルグソンの思想に影響された一種の思想小説であった」とも書いています。

「失戀者の手紙」 は、 構想や文体も未熟であり、未だ小説というより哲学的な手紙ですが、後の芹沢文学の発想や心情は書かれていると思います。 私は、 1994(平成6)323日に小論・芹沢文学評論 「処女作から出世作 「失恋者の手紙」 から 「ブルジョア」 へ」 を書き、 会誌 「芹沢文学=研究と批評= (19953月 芹沢文学研究会発行)に収録しました。 この処女作「失戀者の手紙」は、『芹澤光治良作品集』 や 『芹沢光治良文学館』 の短編小説集に収録されていません。

未刊の短編小説を単行本『芹沢光治良 短編小説集』として刊行したいものです。


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posted by セリブン at 08:23| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分
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