seri1.jpg unmei6.jpg 『孤絶』を読んで思ったこと: 芹沢光治良文学愛好会

2022年06月07日

『孤絶』を読んで思ったこと

「赤ん坊の名前は、M子としたらどうでしょう」と、思い詰めたことを吐き出すように言った。『孤絶』より

作者、31歳、1927(昭和2年)長女「万里子」さん 1月に誕生。
・「貨幣の数量と価値の変動」完成後肺結核でフランスやスイスで療養。

 『孤絶』でのこの会話は、1942(昭和17年)作者46歳の時に『巴里に死す』を「婦人公論」に(1月〜12月)の連載に繋がります。
 1941(昭和16)年10月が『孤絶』の初出です。作者の書く速さは、凄いですね。芹沢光治良先生は、作家を志す若い人たちに
「毎日原稿用紙3枚書くように」と話されていたそうです。 この3枚と言うのはとても微妙ですね。      


posted by セリブン at 22:54| Comment(0) | 芹沢光治良の作品
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