8月便り 里浜や 海亀の子 放流す 松林庵主人
新型コロナウィルスの流行が止まらず第二波が続いています。その上に、この8月末の猛暑は異常です。お元気にお過ごしでしょうか?熱中症にご注意ください。
私小串が朝散歩をしている海浜で、6月にウミガメが産卵しました。ガラス片やプラスチックのゴミを拾い、きれいな海浜になったからかウミガメが上陸して卵を産みました。NPO法人の人々と見守ってきましたが、この23日に孵化したのです。満潮の夜中に、海に放流したのです。神の子達は、瀬戸内海から太平洋に出て行くとの事・・・
大分県立図書館も再開され、7月から芹沢文学読書会が再開されました。9月の読書会を平常通りに行います。感染対策を十分にして、継続していきたいと思います。マスクをつけて、ご参加ください。ご無沙汰の方も、気楽にご参加ください。
第145回、芹沢文学読書会
@ 日時; 9月13日(日)10時から12時(原則的には奇数月の第二日曜日午前)
A 会場; 大分県立図書館研修室No5(会場原則的には研修室No5です)
B 内容; (1)芹沢文学に関する話題や情報 10時から11時15分自由に話す
(2)新芹沢文学読書会10時15分から12時 司会担当小串信正
テキスト随筆@「心の友石川達三君の死」随筆A 「九十歳の充実―書き下ろしを終えて」
@ 随筆は作家石川達三子の死を悼み、交流を回想したもの。A随筆は、最晩年の晩秋に訪ねてきた英A夫人から、回想したこと。最後の連作のことが書かれている。
初出/@昭和60年3月の社誌〈波〉新潮社 A 同年61年6月の社誌〈波〉新潮社に発表
再録(芹沢光治良文学館12 (平成9年8月10日新潮社発行)に収録425から531ページ
訂正前後の案内通信で快気祝い(新年会(の事は案内しましたが、私小串が勘違いをして書いたもので、訂正してお詫びいたします
次回は11月8日(日)午前の予定です。原則的には奇数月の第二日曜日です
同封資料新聞記事「中学生時代の様子や憲法観芹沢光治良記念館で企画展」新聞沼津朝日2020年(令和2年) 8月2日(日)沼津市芹沢光治良記念館記念館の今年の企画展「光治良と沼中・東高」((第一回)が7月15日(水)から12月6日(日)が開かれていますが、地元の新聞沼津朝日で紹介された記事です。〈資料提供 和田安弘氏〉
沼津市芹沢光治良記念館から送られてきた同企画展のチラシも同封いたします。
芹沢文学・大分友の会会報ナンバー144富士令和2年(2020年8月28日(金)
第144回芹沢文学読書会の報告 大分県立図書館研究室No5
やっと読書会が行えるようになり、7月12日(日)の10時から12時に、研究室No5で芹沢文学読書会を行いました。熊野御堂さんからハガキの便りがあり、体調不良で欠席をしましたが、常連が集い、熱心に語りました。新型コロナウィルスの事や沼津市芹沢光治良記念館の企画、(光治良と沼中、東高)を話し、チラシを渡しました。
(失恋者の手紙)は、もう良いと言うことで、資料として用意した沼中時代の芹沢光治良先生の作文を3つ「夜の帰り道」「記念館 心のひゞき」 「卒業間際」に(読み語りました。これは生誕百年記念『芹沢光治良と沼津 』(芹沢記念企画発行)からのコピーです。渡す機会が伸びた同人誌『無人島 』も参考資料として送りました
【芹沢文学愛好会ナンバー93】第10回芹沢幸次郎文学講演会令和元年11月2日
沼津市芹沢光治良記念館の(第10回芹沢光治良文学講演会が令和元年11月2日土曜日に開催されました。会場は沼津市立図書館4階視聴覚ホール。講演は桜美林大学リベラルアーツ学群教授勝呂 奏先生による「芹沢光治良と川端康成―それぞれの文学について」でした13時55分から1 5時25分90分、質疑応答15時25分15時55分 30分
沼津市芹沢光治良記念館から、その記録として、後援者勝呂先生作成のレジュメと講演の記録活字化をお送りいただきました。読書会です参加された方々には、会場で回覧いただきますが、要点や愛読書に関心のあることなどをダイジェスト的に紹介します。
芹沢光治良と川端康成との比較文学論です。「目の印象」から始めて、生年から川端の方が「3つ年下」で一高では1学年後輩ですが、校友会雑誌に「失恋者の手紙」を発表したときの回想に1年下の川端が訪ねてきて一緒に散歩した事とあるのは、疑わしいと批判しています。「孤児」から川端と芹沢を比較しています。川端が芹沢の初期の作品を「素人」「自由主義作品」と批判したのは「文士」としての苦労を知らない、懸賞小説の当選者を軽蔑する批判です。後輩としての配慮は全くない。芹沢光治良の1年先輩の市川彦太郎の『小さき目』、有島武夫の「宣言」などは理想主義的な作品で、芹沢文学はそれを引き継いでいる。しかし、芹沢光治良と川端康成は、全く逆の文学者です。芹沢は登場人物や読者を視野に入れて創作しますが、川端作品の完全さを目指し読者は視野に無い「文士の魂」で創作しています。勝呂先生は芹沢光治良を登場人物や読者に同伴する作家として評伝芹沢光治良を書いたとのこと。川端の依頼で日本ペンクラブの会長を引き継いだ時も犠牲を払っても立派に果たしました。川端康成は最後に自殺しました。しかし芹沢幸次郎は配慮して事故ではなく自殺ではなく丈夫であると書いている等。
芹沢先生の作品とともに歩みたいと思うております。
お仲間が、あれば、素晴らしい人生になるような気がします。
複数月に芹沢作品を短編小説をテキストに読書会をしています。
>日向野さん
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>芹沢先生を、尊敬し、定年後の人生を
>芹沢先生の作品とともに歩みたいと思うております。
> お仲間が、あれば、素晴らしい人生になるような気がします。
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