大河ドラマで『人間の運命』を実現するという運動は、2011年11月の会報でNHKドラマ番組部の方から、残念なお手紙をいただきました。
しかし、私は、NHK大河ドラマファンです。
NHKの大河ドラマ『清盛』で、「遊びをせんとや生まれけむ」という歌が聞こえてきます。歌詞は、
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さえこそ揺るがるれ遊びをせんとや
(平安末期の流行歌を集めた「梁塵秘抄」に収録された最も有名な歌の一つ「遊びをせんとや生まれけむ」)
「人は遊ぶために生まれてきたのだろうか,遊ぶ子供の声を聞くと,(もう子供ではない)自分も遊びたくてうずうずしてくる 」
という意味でしょうか?
『清盛』のオープニングや祇園女御(松田聖子さん)が舞いながら歌ったり、のちの白河法皇である雅仁親王(松田翔太さん)が歌ったりしています。
作曲家吉松隆が印象的にこの歌を大河ドラマで使っています。
この歌は『清盛』のイメージ作りに大きな寄与をしています。今までの清盛とイメージはだいぶ違いますね。
多くの人が持っているのは傲慢な独裁者というイメージを持たされた清盛。暴君というイメージですね。
その『清盛』に「人は遊ぶために生まれてきたのだろうか,遊ぶ子供の声を聞くと,(もう子供ではない)自分も遊びたくてうずうずしてくる 」という意味を最初に持ってきます。
人は、楽しく生きるために生まれてきたと歌われる『清盛』。
この番組を見ていると平家の人は一族協力的で、家族思いですよね。また、源頼朝、義経の命を救う一面もありました。
源頼朝は、自分が助けて貰いながら、義経の静御前が産んだ子も由比ヶ浜に沈めさせたと言い、木曾義仲の子も殺させたという。
挙げ句、自分の息子(実朝)が兄頼家の子(公卿)に暗殺されるという悲劇は鶴岡八幡の大銀杏で起こりました。
源氏は長い目で見ていると、不幸な結果になっています。近親者でも裏切りと殺戮の連続です。
平氏は、長い目で見ると、平氏が「勝っていた」のでは?と思われる所は確かにあると思います。
歴史は勝者の歴史です。源氏を良くとらえます。
この辺は中途半端な書き方ですが、上杉 憲政(うえすぎ のりまさ)から家督を譲ってもらった上杉謙信は源氏ではありません。
楽しく生きるというのは、芹沢先生が作品の中で話していることです。『清盛』がどのように描かれるか、あたらしい視点での新しい清盛像が見られるかもしれません。
ところで 井戸敏三・兵庫県知事が「画面が汚い」と文句を付けました。
権力者がその表現の内容を気に入らないといつの間にか文句を言う時代になってきました。
芸術の領域への攻撃が始まるのが、前回の敗戦経験で私達は学びました。
芸術も金にならないといけない攻撃です。
1月10日の記者会見で井戸知事は「私も見たが、まず画面が汚い。鮮やかさのない画面ではチャンネルを回す気にならないのではないか。ドラマの人気が出るかでないかで観光の影響を受ける。タイアップしながら観光客誘致を進めたいと考えていた」と述べ、NHKに改善を申し入れるという。
金儲けにならないから、もっときれいな内容にしろとは、あきれてしまう。
登場した都はあばら家が並ぶ汚らしい町で、行き交う人々もぼろをまとい、画面も薄
ぐらいと批判していた。
でも、なるべく時代に忠実に再現して、新しい『清盛』像の表現を自由にして下さい。