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芹沢文学大分友の会 ふじ

芹沢文学・大分友の会ふじ
2011年(平成23)年8月27日
☆第90回・芹沢文学読書会の報告       b♪&
7月10日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で第90回の「芹沢文学読書会」を開きました。芹沢光冶良先生の講演録音テープは、平成3年1月17日の芹沢文学愛好会での芹沢光冶良先生の講話の最後を聴きました。講演の後に質問を受けて、それに答えたテープでした。伊藤青年(天命庵の大徳寺昭輝氏)の後見入として見守っていること、銀座で展示会などもしていることなどについても語っています。ハンケチや安全剃刀などを長年大切に使っていること、フランスでの節電生活のことなどについても話されました。大自然の神についての連作を書いている頃のものです。
芹沢文学案内No50で紹介した『女の都・パリ』(新創杜)の実物を回覧して、この短編小説集について紹介しました。題や目次はフランス語訳か付けられています。短編小説集のフランス語訳がいつか出版されることを願いました。
読書会では、随筆を四篇を読み語りました。昭和18年4月30日に同文杜から発行された『文藝手帳』に収録された「巴里便り」のうち「一 エトランジェ、異邦人」「ニ コンパトリオット、同胞」「三 或る画家」「四 三木清君」の四篇です。資料として『コンサイス日本人名事典』 (1991年9月1日三省堂発行)から「芹沢光治良」「佐伯祐三」「三木清」をコピー(B5)したものを提供しました。パリで天才画家佐伯祐三や哲学者三木清とも交流しました。佐伯祐三や三木清に旅費を貸した、ことは書かれていませんが、二人共に多額の金を貸したのです。佐伯祐三からは絵を三枚貰いましたが、三木清からは返金されませんでした。これらの随筆(便り)は、『芹沢光治良文学館ll』(新潮社発行)に再録されましたので、これをテキストにしました。残りの便りも、いつかテキストとして読み語りたいと思います。
次回のテキストにっいては、この時には決めませんでしたが、ずっと長編小説を読んでいないので、最晩年の連作の第2巻目『神の慈銃』を読み語りたいと思います。

 芹沢分学・大分友の会の16年目の歩みを続けます!!
平成8(1996)年9月に発会した「芹沢文学・大分友の会」は、15年間継続され、「芹沢文学読書会」は90回も回を重ねました。会員は余り多くはならず、細々とですが熱心な会員に支えられて読書会や新年会を続けています。最初のころは、毎年一回の「文学の旅」も行っていました。これからも、可能な限り、継続していきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。今年度の会計報告は次回の会報に掲載します
◎<芹沢文学案内No51>短篇小説集『小説集魚眼』博文館発行全344頁
戦前の昭和16年9月6日に、博文館から発行された短篇小説集です。「あとがき」に「署名は王維の『送秘書晁監還日本』といふ詩のなかの、<魚眼肘波紅>といふ句からとって、この一巻に冠することにした。阿倍中麻呂の心事に心を惹かれてゐる際に、たまたま王維のこの詩を讃んだので、魚眼を借りたのだが、深い意味合があるのでもない」と書かれているように、王維の詩から命名されたのですか、「林檎とビスケット」「お化粧」「梅の花枝」「街の灯」「老年」「遙かなる析り」「雪空」「洋服」「海の人」「夢のかよひぢ」の10作品が収録されています。同年3月28日に短篇
集『鎮魂歌』 (実業之日本社発行)も出されています。「これ等の小説が書かれたのは、主として長薦小説に精進してゐた期間である」と書かれていますが、『美しき秩序』『希望の書』『冬の旅』『男の生涯』など続々と長編小説が書かれ出版されていたのです。この後には『孤絶』『雛愁』『故国』や『巴里に死す』も書かれたのです。
 「長薦小説に苦しんでゐる際に時々書く短篇小説は、作者には愉しいものである」「装幀については、有島生馬氏に我儘を申してお願ひした」とも書かれています。
この本は、古書店でも中々入手出来ませんが、図書館などにて一読をお勧めします。

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2011年10月03日 21:51に投稿されたエントリーのページです。

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