« 月例会 2009年1月25日(日) | メイン | 2月11日マグノリアに行きました。 »

作家芹沢光治良の50年前の1月25日

前回の月例会があった1月25日。50年前の1月25日は芹沢光治良が友好国際賞受賞した日であります。

 小串正信氏によると、

 1951(昭和26)年の4月にスイスのローザンヌで開催される世界ペン大会に日本代表として出席するために渡欧します。 この7月にパリのロベール・ラフォン社と『巴里に死す』の仏訳出版の契約を結びます。1953年の9月に、その仏訳が出版されると、 反響があり、新聞等で絶賛され、商業的にも成功しました。スイスで豪華本、ベルギーで文庫本でも出版されました。 ベルギーで読者賞を受けました。ロベール・ラフォン社からは、『サムライの末裔(一つの世界)』や『アイダ婦人』(巴里婦人)』 も続けて仏訳出版されました。これらの作品により、フランス詩人連盟より友好国際大賞が授与され、 ノーベル文学賞の候補にもあげられました。

 戦後、文学の面での国際賞受賞は、私達国民に文化の面でも広く自信や誇りを与えたことでしょう。 先月の短編小説「みれん」は戦後未だ家族の元に戻ってこない家族の心理の変化を作家持岡氏との交流で描かれた秀作です。 残された年配の夫婦二人に「心の張り」が生まれて、現実を受け入れて行く過程は、私達にも「張り」を与えられていきます。

 戦争の悲劇は歴史でも学びますが、文学は、その悲劇を受けた人達の心の動きをしり、 私達に何らかの影響を与えてくれます。文学は、大切なことですね。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://serizawabungakuaikoukai.jp/bin/mt-tb.cgi/187

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2009年02月01日 07:09に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「月例会 2009年1月25日(日)」です。

次の投稿は「2月11日マグノリアに行きました。」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。