芹沢文学読書会
案内通信
No72
2008年6月21日
(平成20年)
あじさい
6月便り- ここあそこ… 紫陽花の咲く 梅雨となり柵
九州東部も梅雨となり、鬱陶しい毎日ですが、この雨も植物には恵みの爾と思えば気になりませんね。
お元気にお過ごしのことと思います。
雨の日も、読書するには良いものです。出掛けることを控えて読書に熱中出来ます。読書は、やはり人生の楽しみ喜びだと思います。
それを私は「人生読書」と言っています。芹沢文学は、その「人生読書」に最も相応しい作品群だと思います。
熱心な愛読者に支えられて継続している「芹沢文学読書会」ですが、2ケ月に一回の会ですので、予め都合を付けて是非とも郷参加下さい。
前回は、初期の随筆や評論を硫み語りました。パリ留学と結核闘病のあと帰国して、
作家としての道を結核療養しながら継続していた時期のものです。知識人問題、選挙体験、試験について、官吏と芸術についてなど、
戦時下になりつつある頃に良識的な批評として、論述しています。ここには知識人としての深い学識が感じられます。この
『芹沢光治良文学館11』(新潮社)は、これからもテキストとして使いますので、書店などに注文して購入されますことをお勧めします.
次回は、暴い夏ですが、会場(研修宴)には冷房がきいていますので、気楽にお出掛け下さい。同封資料「わが小説jで紹介しました長縮小鋭
『懺悔記』を読み語りたいと思います。この作品は「作者である私が、愛着をもつ作品」と自薦しているものです。
既に読んだ方もいるかと思いますが、この機会に再読して下さい。
最近、御無沙汰になっておられる方も是非とも読書会へお出掛け下さい。
第72回・芹沢文学読書会
*
①日時;7月13日(日)〔*原則特には奇数月の第2日曜日)
②会場;大分県立図書館 研修No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1)芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
○平成4(1992)年7月24日に東中野の芹沢邸において、個人的に小串がお会い いただいた時の録音です。後半を聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00 担当司会 小串信正
○テキスト;長編小説『懺悔記』
初出;昭和18年6月6日~19年5月28日に「天理時報」に51回で連載。
刊行;『憾悔紀』(昭和21年6月15日養徳社発行)に収録。
再版;『芹沢光治良作品集3』(新潮社)に再録されています。
『芹沢光治良文学館4』(新漸社)にも再録。151~287貢。
*当日は部分的に選んで読みますが、出来れば通して一度読んで来て下さい。
====次回は、9月14日(第2日時日)10:00~12:00pmの予定です。
◎同封資料;評論「あとがき」芹沢光治良 「芹沢光治良自選作品集2・ざんげ紀」昭和32年6月5日宝文館発行193~194貫。
資料提供芹澤文学館。*この巻の「解説(遠藤周作)」は、案内通信NO47の同封資料として以前にお送りしています。この機会に、この
「解説」もお読み下さい。
芹沢文学・大分友の金 *問合わせはメールして下さい。
芹沢文学表大分友の会ふ じ
2008(平成20)年 6月21日
文 章 小 串 信 正
☆第71回・芹沢文学読書会の報告 ♯♭J&
第71回の「芹沢文学読書会」を5月18日(日)の午前10時から、県立図書館の研修
室No4で開きました。毎年5月は、第2日曜日が母の日なので、第3日曜日に読書会を行っています。芹沢文学に関する録音テープは、平成4
(1992)年7月24日に小串が上京して個人的に芹沢光治良先生にお会いした時のものを聴きました。その前半を聴いたのですが、
亡くなる半年前ですが、お元気で近作の天の書の連作『大自然の夢』のことについて話しています。7月14日の大分合同新聞(夕刊)
に掲載された「神の書・天の書」の評論を渡しました。筆名の林寛仁で書いています。このお会いした頃は、次作の『天の調べ』
が書かれていたのです。
最近の芹沢文学の情報としては、中村さんがYahoo!
のオークションで入手している方法や実際に入手したものなどを見せてもらったりしました。
最近は古本屋で芹沢作品を求めるのは無理になっています。一つの確実な方法は、インターネットのオークションですが、
段々と価格が上がって来ているようです。 今年の「文学の旅」ですが、私(小串)
が日出町立萬里図書館に嘱託で勤めることになったこともありますが、「脇蘭室や帆足萬里を訪ねる日出の旅」に出掛けたいと思っています。
10月12日(日)を予定しています。自動車に乗り合わせて廻りたいと思います。
読書会では、初期(昭和11~12年)の随筆を読み語りました。「新しい秩序」「選挙雑感」「試験雑感」「官吏と芸術」の四作です。
随筆集『収穫』(昭和16年12月11日東峰書房発行)に収録されましたが、これがそっくり 『芹沢光治良文学館11』
に再録されましたから、身近に読むことが出来ます。知識人として、世相を批判時に論評しています。選挙などの名古屋の体験は短編小説「大鷲」
にも書かれています。この頃には、少し通俗的な習作ですが、初期長編小説三部作を都新聞に連載していました。
昭和11年7月5日に『春箋』が有光社より出版され、昭和12年6月20日に『秋箋』が
竹村書房から出版されたのです。この後、三作目『愛情の蔭』も書かれます。
次回は、同封資料として長編小説『憾悔紀』を取り上げましたので、この機会に読み語ることになりました。戦時中に、『巴里に死す』
の後に書かれたもので、発表する機会がなくなり、「天理時報」に何とか連載された長編小説です。作者にとっては愛着のある作品です。
芹沢文学の代表作であるばかりでなく、日本近代文学史においても高く評価されるべき作品であると言えます。既に読まれた方も、
この機会に再読し、深く鑑賞することをお勧めします。 ともかくも、読書会へお出掛け下さい。
☆平成19(2007)年度の年会費の納入を
会費未納の方は、同封の振替払込用紙にて年会費1200円を納入して下さい。友の会は会費で運営していますので、御協力下さい。
読書会に来れない方も、継続いただければ幸いに存じます。*尚、退会される方は、ハガキ等で小串まで御一報下さい。
☆<芹沢文学案内No36> 中公文庫の二作品
芹沢文学の文庫版は、新潮文庫と角川文庫で刊行されていますが、中央公論社の中公文庫として出版された二作品もあります。
昭和53年6月10日発行の長編小説『坂の上の家』と昭和54年2月10日発行の長縞小説『告別』です。
『坂の上の家』は、「文庫版あとがき」に書かれているように、昭和34年の4月初めから7月末までNHKラジオの「朝の小説」
として放送するために書き下ろされた作品です。同年の9月15日に中央公論社から出版されました。『告別』は、昭和34年の7月~9月に、
フランクフルトでの世界ペン大会に名誉会員として招待されて渡欧した体験をもとにして、
書き下ろしで12月5日に中央公論社から出版されました。これを後に文庫版でも再版したのです。「あとがき」も付けられています。