「少年の凶悪事件が増加している」と叫ばれて久しい。「戦前は良かった」という話しが話題に上り、 なんとかしないといけないということで阿倍内閣では、教育基本法の改正までやってしまった。教育の問題は、 法律を改正したから即刻解決できるとは言い切れない難しい問題を含んでいる。ゆとり教育の前の学習指導要領では「命の大切さ」ということで、 いろいろ工夫され、変更されました。しかしそのかいもなく、教育で命の大切さに重きを置いた指導をしながらも生徒の自殺の増加、 「少年の凶悪事件が増加している」というふうに私自身も思っていました。
戦前といっても、どこまでさかのぼるのかわかりませんが、芹沢光治良氏の『人間の運命』では、 明治の庶民の小中学生の暮らしぶりがわかるところが書かれています。その内容は、今学校の現場で配慮されている「命の大切さ」が、 この当時は学校ばかりではなく社会としてその配慮が無いのは当然だったと読んでいました。貧しいゆえの悲劇が起きていたのです。 「命の大切さ」を考えるゆとりがないほどの貧しさが原因だと。
実際芹沢氏の小学校時代は、昭和61年9月19日付けの静岡新聞にこう書かれています。
御用邸のある小学校で学び、はだしで通学し、弁当がなくて正午の鐘が鳴ると、教室から井戸端へ出て、 水を飲んで我慢する仲間がかなりいた。熱があっても、赤便をしても、医者にかけずに、寝ていて腹をほせば(絶食)なおると言われた。 そんな仲間が数日休校したあとで、死んだという噂をきいたものだ。
命の大切さなど知らないために、仲間の死を悲しむこともなかった。子供は、どの家庭にも、 少なくて数人十人ぐらいあってごくつぶしと呼ばれた。大切な穀物を食いつぶす厄介者というのか。それなら、 親は子供が一人ぐらい死んでも、悲しむどころか、助かったと安堵しているように、少年のわたしは受け取ったものだ。
小学生になると、家では手荒にこき使われるので、学校が楽園だった。小学校を卒業するのを待ちかねたように、沖へ連れ出して、 一人前の漁師として嫁がせた。中学校に進学するものはなかった。それなのに、私は先生方に励まされて、 それこそ神仏の助けで中学校に入学した。
そして、芹沢氏は
社会的富は人間が幸福になる第一条件であるが、この物質的な豊かさが、 精神的貧困をもたらさずに、みんなが幸せになるよう、切に祈りたい。
と、最後にこの文章を終わりにしています。芹沢氏がわざわざ「祈りたい」 と強く書かれるほど、豊かさと精神的貧困の関係が難しいものと考えました。
社会的富が増加しているのに、現代は少年犯罪が増えている。 社会的富が少ない戦前の方が少年犯罪が少ない。だから戦前はいいというのが大方の論調だと多います。
ところが、芹沢氏は社会的富が充分ではなく、「命の大切さ」 は充分ふまえられないから、戦前の子供達はそれなりに不幸だったと述べています。
実際は、どうだったか?
「戦前の少年犯罪」 管賀江留郎氏が出版されました。著者の管賀氏は国会図書館にこもり、戦前の新聞を読み、 膨大な実証データによって戦前の少年達の道徳崩壊の凄まじさをこの本で明らかにします。
戦前がどうだったか、真実を知らずに自分が美化した教育論で語られるから、現場での努力が不足しているとか、親が悪いとか、 対処療法で現場(教師だけでなく子育ての親)に対しての批判で終わってしまうのが今の現実です。
管賀氏の指摘は、戦前は数的にも質的にも今よりはるかにひどい少年犯罪があふれていたこと、さらに「いじめ」「ニート」 といったいかにも現代ならではと言われる現象も、実はその時代から存在していたことを浮き彫りにしています。
氏はまた「ジャーナリストも学者も官僚なども物事を調べるという基本的能力が欠けていて、妄想を垂れ流し続けています」
として教育問題の本質を指摘しています。
少なくとも、教育学者、教育評論家は、戦前の少年犯罪、 戦後の少年犯罪が社会的富が原因としているものか、精神的貧困が原因のものか、その複合か、それとも違う原因なのか、 基本的事実を調べ、実証していくようにしてほしい。
ついでに全国にある国立の教育大学付属高校の先生方が、 地方の公立高校に最低3年間(私の学校にも来て下さい)実際に指導して、“教育成果”をみせてほしいですね。 昔の時代の附属高校の役割はもう違ってきています。教育再生会議(とても高くつく会議だったそうですが)が、 そのような英断をするのを期待したのですが・・・
どこかで、この英断をしていただけたらと思います。