・・・ この頃、神シリーズをお書きになるのですね。少しだんだん世界は平和な方向へ向かいつつあるということを、意識なさって、
ますますそれを推し進めていかなくてはならない。と芹沢先生は思っていらしたそうです。
そのあと、大江さんのノーベル賞があり、今日本に文学者が多いですけど世界的に知られているのは、まあ大江さんのもの、
村上春樹さんのものがアメリカ、ヨーロッパ、中国で読まれている。このころまでは平和で良かったのですが、
平成13年に国際貿易センターに旅客機が突入してそこからちょっと困った感じが広がってきたと、
有用なものが近代の歴史と文学というものの流れだと思います。
と羽鳥先生は、明解な語り口で、文学史をまとめていただきました。この理解の前提で「近代文学に於ける芹沢光治良の位置」 という話しが進んでいきます。
じゃーこういう文学の歴史の中で、芹沢さんの文学はどんな風にとらえられているだろうかということをちょっと見ています。
次の「既存の文学史の中の芹沢文学」
「昭和文学12講」というのが昭和25年12月改造社から出ています。その中の第5講新興芸術派と新心理主義文学)
を伊藤整さんが書いていますが、
昭和5年に改造社から新鋭文学叢書が出ましたので芹沢さんが書いていると書いていますが芹沢文学がどうこうと書いていらしゃらない。
次に高見順さんの『昭和文学盛衰史 二』(昭和33年11月、文芸春秋社)
に出ましたがその第4章といろいろな例をあげてどのように評論されているか教えてくれました。
この作品の中で、〈作品、人物ともにヒューマニスティックな、そして国際的な目を持〉つ、〈出発から今日に至るまで、
ずっと自由主義者として貫いている〉、と表されています。
羽鳥先生は、過去の文献をひもといて「既存の文学の中の芹沢文学」を紹介してくれます。
そこで羽鳥先生は、新しい視点を提示します。
さっき述べた、その復習した文学史は、ごく一般的なもので、文学史といってもね、
(続きます)