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第67回芹沢文学読書会

芹沢文学読書会
案内通信
No67
                                2007年8月30日
                                 (平成19年)
         れんじつ もうしょ    た   さ
  8月便り  -一連日の 猛暑に  耐えて 咲くカンナ

 残暑のあ見舞いを申し上げます。各地て記録的な高温となり、大分でも連日の猛暑てすがお元気にお過こしのことと思います。 庭の草木への水やりも大変てすね。
 芹沢文学にもいて、長編小説『愛と死の書』は、文体の確立と共に、結核闘病から開放され、 健康体を回復させた自信から本格的な長編を創作出来たという記念すべき作品てあると言えます。昭和11年の9月に実母はるが死去し、 同12年10月にペールと呼んて父のように敬愛した石丸助三郎、12月に母と慕った義母藍川しむが相継いて癌て死去しました。 この11月に短編小説「この秋の記録」を書き、長編小説『愛と死の香』を書き始めました。12月に第一章「菊の花章」、翌年の13年6月に 『霊あらば』を発表しました。名古屋の実母も失って、出征している弟を中国の戦地に妨ねることになるのです。 それで日誌事変の実態を見聞して、それを長編小説『愛と死の書』の第三章「孤雁」に創作しま
した。てすから、この支那への旅は作品創作のための取材旅行てもあったのてす。
第四季「新生」は書き下ろして単行本『愛と死の書』に収録され 昭和14年7月11日に小山書店より発行されました。 この長編は戦後にも書き継かれ、『愛と死の蔭に』として昭和31年11月1日に光文社より出版されました。今回は、この長編小説 『愛と死の書』を読み語りたいと思います。残暑てすか、この機会に再読下さい。
 最近、拝見していない方もいますか、どうぞ気楽に御参加いたたきたいと思います。また、芹沢文学に関心のある新しい知人 友人なども、 読書会にも誘い下さい。

第67回・芹沢文学読書会
日時 9月9日 10:00~12:00
会場 大分県立図書館 研修室No4 〔奇数月の第2日曜日です〕
内容 〔1〕芹沢文学に関する録音テープ 10:00~10:30
    ○平成5年4月6日の芹沢光治良先生との「お別れの会」の録音テープ
     東京の青山葬儀所において「故芹沢光治良儀 お別れの会」(司会は芹沢文学     愛好会代表幹事鈴木春雄氏) 弔問者1200余名。
[2]芹沢文学読書会 10:40~12:00  担当司会 小串信正
○テキスト 長篇小説 『愛と死の書』
 初出 昭和12年12月~13年8月に雑誌<改造>や<中央公論>に連載。
 刊本 『愛と死の書』昭和14年7月11日小山書店発行。第四章も収録。
 再版,『芹沢光治良文学館1』(総題『命ある日』)に再録。平成7年10月10日新潮社 発行。P5~111。『愛と死の蔭に』も収録。
     *当日部分的には読みますか、通して読んで来て下さい。
==次回は、11月11日(粛2日曜日)10:00~12:00の予定てす。=
◎同封資料,随筆「『人間の運命』を完結して」芹沢光治良 昭和47年3月1日
行の社誌<波>に発表。P44-45* 『遠ざかった明日』や日本ペンクラブ主催の日中
文化研究国際会議他の事。*問合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中)
 芹沢文学 大分友の会
 連絡先 〒870-0171大分市法勝台3丁目8番2号 小串借正方
℡FAXO97(527)6657 郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学大分友の会 ふじ
       会報 No66              2007(平成19)年 8月30日
                          文 責 小 串 信 正
☆第66回 芹沢文学読書会の報告
 第66回の「芹沢文学読書会」を、7月8日(日)の午前10時から、県立図書館の研修室No4て開きました。 平成4年11月15日の柴田確衛先生の文芸講演「芹沢文学に接して一最近の日本」のテープの残りを聴きました。柴田先生は、 学生時代から芹沢光治良氏が亡くなられた平成5年まて、個人的な交流を続けられました。大河小説『人間の運命』の第3巻『愛』の自筆原稿か、 昭和38年に「謹呈 柴田徳衝様 恵存 長い御援助を感謝して 芹沢光治良」と署名して贈られました。この自筆原稿や作成提供した年表も、 現在は芹沢文学館に保存されています。
 今回の参加者も多くはありませんてしたか、熊埜御堂勝氏か初めて参加されました。
資料図書を求め、入会もしていただきました。男性の入会は、実に久しふりて嬉しく存じます。 停滞している読書会に元気か戻ったように感じました。歓迎いたします。 また 知人や友人なとて芹沢文学に関心のある方かいましたら友の会へお誘い下さい。
 最近の情報では、四女の岡玲子様より送られて来ましたサロノ マグノリアの「記録ノート」を紹介しました。 昨年度の1年分の講演会や音楽会なとの記録で、芹沢先生の「疎開日誌」の1日分(昭和20年5月28日)も収録公開されています。 芹沢文学愛好会の会報や同封資料、中村さんの求められた図書や資料なとも紹介しました。また、小串の「若い人へ芹沢文学に触れる機会を」 という提案で、母校の高校へ芹沢文学作品を寄贈しようという試みを、少しずつ実行し始めたことも報告しました。
 今回の読書会て、11年間継続したことになります。テキストとしては、講演会の速記による「現代日本文学」を読み語りました。この講演は、 昭和17年にキリスト教女子青年会館で3日間行われたものてす。戦中のものて、講演の速記か残されているのは珍しいものと言えます。 昭和17年12月30日に全国書房より発行された『文学と人生』に収録され、平成9年6月10日新潮社発行の「芹沢光治良文学館11』 に再録されています。日本文学は「日本語を表現のマティエールにする芸術」てあるとし、「文学は人間的な、生活的な芸術」 てあるということから説き始め、まず私小説を「全く低俗な感傷てあり愚痴」てあると批判しています。「文学すること、創作することは、 神に代って人間をつくり、人間の営みをなさしめる」ものてなけれはならないとう自覚を語り、 ミケランジェロやロダンの創作を例に挙げています。バルサックの『人間喜劇』の創作は、「人間探究の熱情と深さ」即ち「人間愛」 にあったと説いています。
また、第一次世界大戦後のフラノスの作家、アノドレ・ジード、マルタン・デュ・ガル、
デュアメル、ジュル・ロマノなどの新古典派(新しいユマニズム)の作家を挙げ、「不安と絶望とを救う秩序」 を求めて大河小説を創作したことを語っています。大東亜戦争後に日本文学が「大躍進をなして、隆盛期を迎えること」を期待しています。
この中て、「フラノス常に訳して読んてもらい度い(そして恥ない)作品か、二三あると自負してもる」と語っている作品の一つは長編小説 『愛と死の書』と思われますが、それを次回に読み語りたいと思います。長編小説なのて、全部読めない方は、第三章「孤雁」 たけでも読んて来て下さい。とうそ、気軽にお出かけ下さい。

☆<芹沢文学案内No35> 長編小説『われに背くとも』
 大河小説『人間の運命』を全14巷て一応書き上げたあと、昭和44年8月14日~12月31日に日本経済新聞に『幕あい』 と題して連載された長編小説てす。昭和45年6月16日に新潮社から単行本て発行された時に『われに背くとも』と改題されました。この 「あとがき」に、「これは『愛と知と悲しみと』と等しく、『人間の運命』の付属建築物である。」と書いています。 山辺省三と若き日に愛し合った高見万寿子との再会などか書かれています。『人間の運命』の後日譚として読むことも出来ます。
 *会計報告などは、10月便り(会報No67)に掲載します、御了承下さい〔小串〕。

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2007年09月06日 20:03に投稿されたエントリーのページです。

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