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一月例会 その一

第354回   一月月例会
文芸講演「近代文学の宿命」
東海人 編集発行人:東海人協会 吉見書店 昭和23年4月15日
その一

 一月月例会の報告を何回かにわけて報告します。各参加者が、 リラックスして話す芹沢光治良の作品に対する読後感です。各参加者が話された事を私が書き取ったもので私の考えが取捨選択の中に、 その要旨の中に入っています。正確な記録ではないことをここでお断りさせていただきます。

I:文学のとらえ方が、日本とフランスでは大きな違いがある。 フランスの生き方は自分の生き方を問う。日本の文学は、娯楽ではないか。芹沢光治良先生は、第一次世界大戦後、新しい秩序はギリシャ、デカルト、キリストに帰ると話されている。それは、相手の人格の中に神をみいだし、救われると書かれている。 人間の中に宿る神、60年立った現在には、神を指針としている作家は誰がいるだろうか? 私は大江健三郎、三浦綾子、遠藤周作、五木寛之だと思う。

J:経済を専攻された芹沢光治良の考え方。正直、皆さんの考えをもっと聞かせて欲しい。

K:この講演については、マグノリアの勝呂さんからの講演から幾つか説明します。
    「これ読み直しをしていって見たわけですけど、段々と時間を押してきているようですけど、さっき鈴木春雄さんとお話ししていましたら、来月「文学者の運命」というのを例会で取り上げるということでこれはあの、一月のようですが、静岡で戦後「東海人」という総合雑誌が出てきました。中央の雑誌で言えば、「文藝春秋」や「中央公論」にあたるそういう雑誌です。」
  詳細は、勝呂氏の「奏」の「死者との対話」に書かれていると思いますので、そちらをお読み下さい。ただ、その時の勝呂氏の話を簡単に纏めると
  東海人協会という協会が戦後静岡に出来た。この協会は静岡県文化協会役員で会長の大室貞一朗氏は静岡高校の校長で、芹沢先生と一高での同級生。これに関わったのが、当時の静岡大学だとか師範学校の先生たちが関わりを持った方たちである。 話しは ちょっと時間の事があるの 22年の11月2日でのこの講演会が、今も静岡にあります精華高等学校という学校との共催での講堂で講演会を持った。その時に一緒に公演された方が島谷さんは西田幾多郎のお弟子さんも講演した。その講演を終えた後、臨済寺という静岡ではせんげんさんという浅間神社という大きな神社がありますけれどその脇に臨済寺という禅宗のお寺があります。 その臨済寺に講演会の後、集まって座談会が執り行われたのです。で、その席で当日講演を聴きに来ていた当時の旧制の静岡大学生の学生達が島谷さん、西田幾多郎さんのお弟子さんに詰め寄ったわけなんですね。 えー自分たちは戦後の時代新しく出発して生きようとしていて何か指針となる教えが欲しい。そのことを芹沢さんは「死者との対話」の中で取り込んでいると話されています。
 この講演会後の座談会の様子があの名作「死者との対話」につながっていきます。

 続きは、後日書きます。

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2007年01月30日 22:48に投稿されたエントリーのページです。

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