「隅田川」は、梅若丸を人買いにさらわれ、京都から武蔵国の隅田川まで流浪し、 愛児の死を知った母親の悲嘆を描く。この悲嘆を「人間の運命」では、隅田河畔で、わが子の死を聞いての欺きを、 野口兼資のしゃがれた声の謡が、却って聴く者に悲しみを強くうったえて」と書いています。能の各上演流派は、観世・宝生・金春・金剛・ 喜多とあります。芹沢光治良がなぜ宝生流の隅田川を見たというのかは、「水道橋」ということから、 水道橋にある宝生会の能楽堂(クリックして下さい)を指していると思われます。 宝生会能楽堂の案内は、ここをクリックして下さい。 宝生流は観阿弥の兄、宝生太夫を祖とする流派。江戸時代には徳川綱吉が特に愛好した。 謡の宝生と言われ、複雑な謡に特徴があります。
隅田川のシテ(能に登場する人物のうち、主となって舞を舞う主人公)は狂女、梅若丸の母であります。 狂女物は 園田学園女子大学未来デザイン学部教授 五島 邦治氏によると、
「隅田川」のような子を捜し求めて狂乱する母を描く能は「狂女物」といわれ、 これ以前にも多く作られている。しかしそれまでは結末は母と子が再会を遂げるというハッピー・エンドに終っていたのが、 この能のみが悲劇的な結末に終ることになる。能はもともと「衆人愛敬」といわれ、祝言を本旨としていたから、結末を悲劇に終らせることは、 当時の能としては画期的なことであった。「隅田川」がそれだけ演劇としての完成度を意識して作られているということが想像できる。
とあります。
この作品の力が、能を見る者が哀しみから悲しみに転換したのでしょう。 「悲しみ」と「哀しみ」 の違いについては思いを胸中におさえ、口を隠してむせぶ事を表す。一方、「悲」は、心が調和を失って裂ける事を意味する。(斉藤 孝 『 「哀しみ」を語り継ぐ日本人』PHP研究所 2003)
人間の運命では、戦争に対して懸命に戦争の不幸を耐えていた国民が、「隅田川」を見て悲しんだ。 結末を悲劇に終わらせる事によって、その哀しみの響きが見る者の心に共鳴し、心が露わになったのだろう。結末を悲劇に終わらせるのは、 ミュージカル「ウエストサイド」もウエストサイド初演時では画期的なものでした。筋を確実に理解させれば、 高校生は最後トニーがマリアの腕の中に倒れると、小さな悲鳴を上げます。この作品はなぜか音楽の授業で、音楽についてふれますが、 もう一つの私の主張「短気はいけない。命は大切に。」という趣旨の授業で取り上げています。
この話の続きは又次回に。