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天の愛 芹沢文子著

神と人間

解釈と鑑賞別冊  芹沢光治良
                       




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 あなたは  人目のお客様です。


2012年05月19日 09:30

沼津へ

 『巴里に死す』復刊記念

 演題 芹沢光治良 『巴里に死す』の周辺

 講師 桜美林大学 准教授 勝呂 奏 先生

 日時 2012年5月19日(土) 午後2時~4時(開場1時30分)

お話しを聞きに移動中。
厚木まで渋滞。高速断念して下道で移動。
少し流れている。

続く。

12:00過ぎに 沼津着。文学館近くで昼食。

2012年05月14日 12:50

2012年6月のマグノリアのお知らせです。

皆さま
  瞬くうちに、庭が賑やかになりました。雑草
がいっぱいですが、それも奇麗です。マグノリア
の集いのご案内をさせて戴きます。
☆6月9日(土)午後2時  講演会
 作家にとっての「ふるさと」
                 講師 桜井信夫
『人間の運命』で、父は「ふるさと」も丁寧に
書いていますが、桜井様は『人間の運命』の
編集者でいらっしゃった方です。桜井様が経験
なさった新潮社勤務の頃、交流なさられた作家
の方々にとって、あるいは作品を通してみる
「ふるさと」は、どのようなものでしたでしょう
か?興味あるお話をうかがえると存じます。
皆さまのご参加をお待ちしております。
  ご出席くださいます方は、茶菓子等の準備の
ためご連絡お願いします。会費は2000円頂戴
させて下さい。ありがとうございます。岡玲子

2012年05月04日 07:38

今日は芹沢光治良先生の誕生日です。。

5月4日(金)  午後2時  講演会
『人間の運命』をめぐって
         講師 富岡幸一郎

現在文芸評論の最前線でご活躍の富岡先生を父
の誕生日にお迎え申し上げ嬉しく思っております。
『教祖様』を中心にした講演会、『人間の運命』の
「父と子」を中心とした講演会、どちらも感銘深い
講演会でございました。今回は『人間の運命』の
後半の部分からお話下さることになっております。
ゴールデンウィーク中でございますが、皆様の
ご参加をお待ち申し上げております。2000円の
会費をお願いさせて下さい。茶菓子等の準備の
ため、ご出席くださいます方は、ご連絡お願い
申し上げます。

後半の部分は、日本が敗戦に向かう過程が書かれています。

どういう風に言及されるか楽しみです。

誕生日おめでとうございます。

2012年04月30日 18:05

大分の読書会から 4月の便りです。

芹沢文学読書会
  案内通信No95
2012年4月22日

4月便り 一連翹の花咲く里や……風光る一一

 九州では、遅咲きの桜も散り、海棠や花水木の花が咲いています。皐月もちらほらと咲き始めました。お元気にお過ごしのことと思います。
 東日本大震災の瓦礫も片付かず、原発事故の放射龍の除染も中々進まないようです。福島原発の周辺の町村では、何時帰れるか分かりません。民主党は「脱原発」を宣言したのに、大飯原発を早急に再稼働しようとしています。まずは、「無原発」にしていくことを明確に示し、半分以上の原発を廃炉へと準備をさせるべきです。
 また、発電事業と送電事業を分離して、再生可能な自然エネルギー発電を促進していくべきです。どうしても足りない分は、新型で地盤もしっかりしている原発を一時的に再稼働させるべきだと思われます。地震や津波の多発するプレートの上にある日本は、ドイツのように原発発電から手を引くべきだと、芹沢先生もおっしゃるように私には思われます。
 前回は、沖掲から伊仲誠保さんが読書会に参加してくれまして活気づき、昼食を共にして懇話することが出来ました。テキストは紀行文「ヨーロッパ便り」を読み語りました。戦後に「世界ペン大会」に出席した旅の所感が実感的に知られます。
今回は、再び短編小説を読み語りたいと思います。都合をつけましてお出掛け下さい。芹沢文学に関心のある方をお誘い下さい。新会員を歓迎いたします。

第95回・芹沢文学読書会
①日時;5月13日(日)(今回は5月ですが第2日曜日)
②会場:大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容:[1]芹沢光冶良先生のお話(カセットテープ)]10:00~10:20
昭和57(1982)年11月21日の文芸講演会の芹沢光治良先生の講演「神について」の続 きを聴きます。最晩年の連作を創作している頃のものです。
[2]芹沢文学読書会 IO:20~12:00 担当・司会 小串信正
 ○テキスト:短編小説「後姿」つる子 「真珠」節子 二作品とも、5月25日の大空襲  の体験をもとにして書かれています。
初出:「後姿」は昭和21年5月号くモダン日本>に発表、「真珠」は昭和21年6月号<婦人   文庫>に発表。*戦後すぐに書かれた作品です。
初刊;「後姿」は昭和22年10月15南北書園発行『パリの揺寵』に収録、
  「真珠」は昭和21年12月20文化書院発行『愛情』に収録された。
再版;『芹沢光治良文学館10』平成9年4月10日新潮社発行に採録。
    読書会でも部分的には読みますが、家で読んで来て下さい。*このテキストは、    書店から新潮杜に注文すれば入手出釆ると思います。
 =次回は、奇数月の第2日曜日の7月8日(日)の予定です=
◎同封資料;復刊された『巴里に死す』の①書評「世界の文学の舞台で評判に」勝呂奏(桜美林大学准教授)静岡新聞平成24年2月20日。②コラム「言いたいほうだ
『巴里に死す』復刊」和田安弘(沼津芹沢文学愛好会代表)。*勉誠出版から『巴里に死す』が復刊されました。[資料提供 芹沢文学愛好会鈴木春雄氏]

芹沢文学・大分友の会ふじ
20 12 (平成24)年 4月22日
                          文責 小串信正

☆第94回・芹沢文学読書会の報告 ♯♪&
第94回の「芹沢文学読書会」を3月11日(日)の午前10時から県立図書館の研修室
No4で開きました。芹沢光治良先生の講演録音テープ1ま、昭和57(1982)年ll月21日の
芹沢文学愛好会の芹沢光治良先生の文芸講演「神について」の続きを聴きました。
今回の読書会に、会員になっていただいている沖縄の伊仲誠保さんが参加してくれました。福岡での仕事の翌日に、大分の芹沢文学読書会に参加していただきました。
もう何回も、沖縄から大分の読書会に参加いただいていましたが、会員みな活気づけられています。最近の情報としては、勉誠出版から『巴里に死す』が単行本として復刊されたことを紹介しました。一括して注文し、いつかテキストにしたいと思います。
今回のテキストは、新潮社発行『芹沢光治良文学館11』の紀行文「ヨーロッパ便り一娘たちへ贈る」を読み語りました。この紀行文は、戦後の昭和26(1951)年に日本ペンクラブの代表として、スイスのローザンヌで行われた「世界ペン大会!に参加して、スイス・フランス・イタリアなどに滞在した体験を娘たちに書き送る形式のものです。
雑誌く婦人公論>に昭和26年9月から12月まで4回で連載されたのです。往路に、飛行機の故障でイエルサレムに寄りイエスの事績を訪ねました。フランスのビザが中々出してもらえませんでした。スィスでは、ジュネーブや結核闘病したレーザンも訪ねました。パリではプルボン宮・ミュッセの家・ログン博物館などを訪ねたこと、ローマではサンピエトロ聖堂のことなどが書かれています。戦前と戦後の変化にっいて語り、「イギリスはじめイタリーまで、西欧の譜国は、この二十年間に、不幸な戦争はあったが、やはり一歩も二歩も人間の開放へと巨大に歩いたことを感じます。西欧の文化の伝統が向う方向に、想像しなかったほど前進したことを感じます。」と書かれています。この旅行について書いた文を集め、『ヨーロッパの表情』と題して、昭和27年2月20日に中央公論社から出版しています。中編小説「再び『ブルジョア』の日に」や長編小説『新しいパリ』『巴里夫人』などの作品も書かれました。
読書会のあと、伊仲さんを歓迎して、県立図書館の食堂でランチを食べながら懇話の時を持ちました。沖縄にも芹沢文学の愛読者が増えていくことを願っています。
次回の読書会では、東京の大空襲で被災した体験を創作した二作品「後姿」と「真珠」を読み語ります。どうぞ、都合をつけて御参加下さい。
☆沼津市芹沢光治良記念館の展示と講演
沼津市我入道の「芹沢光冶良記念館」で、企画展「作家への道展」が昨年の12月20日から5月31日まで開催されています。また、同館主催の文学講演会『人間の運命』の舞台」(渡部芳紀中央大学名誉教授)が6月16'日に沼津市立図書館で行われます。
☆<芹沢文学案内No54>短編集『忘れがたき日々に』
芹沢光治良氏は、日本ペンクラブ会長として昭和47(1972)年11月に「日本文化研究国際会議」を京都で開催しました。その準備のために一年半も創作が出来ませんでしたので、これまで雑誌に発表したが単行本に収録していない作品三十篇の中から九篇を選んで短編集『忘れがたき日々に』を新潮社から昭和48年2月10日に発行しました。
「芹沢光冶良創作集」の副題が付けられ、「あとがき」も収録されています。帯に「人生の苦悩と真実を綴る珠玉短編集」と書かれています、。現在では勿論絶版です。
「昼火事」「候補者の妻」「落葉の声」「死の影」「おかしな結婚」「ボストンバッグ」「非現象の世界」「死者との対話」「秋扇」の九篇ですが、短編小説の代表作である「落葉の声」や「死者との対話」が、それまで短編集に収録されていなかったことを不思儀に思います。新潮杜版『芹沢光治嵐文学館10』(短篇集)には、「候補者の妻」「落葉の声」「死者との対話」「秋扁」の四篇が収録されています。

2012年04月24日 07:48

『人間の運命』の舞台

 日時:2012年6月16日(土)
    13:00~16:00(受付開始は、12:30から)

 場所:沼津市立図書館4階 視聴覚ホール

 講師:渡部 芳紀(わたべ よしのり)さん (中央大学文学部名誉教授)

 定員:200名(受講料無料)※定員になり次第締切
 
 申込方法:電話又は電子メール

 申込先:沼津市芹沢光治良記念館(月曜休館)
     電話:055-932-0255
E-mail:kojiro@city.numazu.lg.jp
沼津市教育委員会事務局 文化振興課
     電話:055-934-4812

 

2012年04月23日 08:09

文学講演会のご案内

 『巴里に死す』復刊記念

 演題 芹沢光治良 『巴里に死す』の周辺

 講師 桜美林大学 准教授 勝呂 奏 先生

 日時 2012年5月19日(土) 午後2時~4時(開場1時30分)

 受講無料 ただし、一般参加の方は資料代として500円いただきます。

 連絡先 沼津市芹沢光治良記念館

     沼津市我入道曼陀ケ原517-1
     電話&FAX 055-932-0255
E-mail:kojiro@city.numazu.lg.jp
 
 後援  沼津市教育委員会

     沼津芹沢文学愛好会・文芸講演会は、会員の拠出金により運営する会員
     及び一般希望者を対象として開催する文化事業です。   

2012年04月22日 22:03

第471回 その2

愛好会のあと、皆さんで東中野のお店によりました。
今から帰宅します。
総会の正式なお知らせは、5月の会報をご覧ください。

今新宿駅です。


417回 芹沢光治良文学に表れた信仰感の考察

今、芹沢光治良文学愛好会総会の途中に作成しています。
議長は鈴木さんです。書記は、岡さんです。
2番の決算報告です。科目は、なるべく簡単にしようということで、
報告です。
拍手で承認されました。(^-^)/

3役員改選

会報で連絡します。

いろいろ話し合っています。スムーズに決まりました。

また、少ししたら更新します。

ツイッター形式ですね。

4平成24年度活動計画

行政から見て適当な運営を任せたい。運営母体を管理指定者団体に任せる。

という意見が出ました。

新しい幹事で検討します。

会則が検討課題に入ります。




2012年04月20日 08:34

巴里に死す 読みましたか?

 中村真一郎は芹沢の『巴里に死す』の仏訳が刊行され、初めて現代日本文学が世界の広場に存在を明らかにしたと指摘しています。
 中村によれば、それ以前の昭和初期に、夏目漱石の『心』が仏訳されました。
 仏文壇の一中心だったジョルジュ・デュアメルが「日本人の小説はテンポが遅すぎ起伏に乏しすぎて、ヨーロッパ的観念からすると、小説とは言えない」という、否定的評価を与えていました。『暗夜行路』が紹介された時も、同じような冷評が与えられた。つまり、芹沢が西欧では知名度の低い日本の現代文学を、今後先頭に立って紹介して行く役割を果たしたのだと、中村は言っている。
 それが『巴里に死す』です。一度購入してお読み下さい。

2012年04月16日 15:15

4月月例会の案内

 皆さんこんにちは。
 15日(日)午後に、3月の月例会で司会をされたI氏と会い、
3月月例会の様子を聞いてきました。
 たくさんの方が、来られていろいろな御意見が出たそうです。
 東中野の喫茶店であっという間の3時間が優雅に進みました。
 素敵な時間でした。芹沢光治良という作家を知っていて良かったと思いました。

 日時 4月22日(日) 13:00-17:00
会場 東中野地域センター 洋室1・2  三越マンション
東京都中野区東中野4-25-5-101 TEL 03-3364-6677
テキスト 昨年2011/12月に第14回配布完了しました。
黄耀儀著(名古屋大学・博士学位論文「芹沢光治良にあらわれた信仰観の考察」

  司会 ホームページ管理人の豊田です。 
参加費 500円 
連絡先 管理人  (お問い合わせはこちらまで)

皆様のお越しをお待ちしています。

2012年04月08日 09:59

2012年5月のマグノリアのお知らせです。

皆様方へ
近くの桜が咲き始めました。今年はやっと春に
なりました。さて、次のマグノリアの集いは、
5月4日、光治良先生の誕生日記念でござい
ます。
5月4日(金)  午後2時  講演会
『人間の運命』をめぐって
         講師 富岡幸一郎

現在文芸評論の最前線でご活躍の富岡先生を父
の誕生日にお迎え申し上げ嬉しく思っております。
『教祖様』を中心にした講演会、『人間の運命』の
「父と子」を中心とした講演会、どちらも感銘深い
講演会でございました。今回は『人間の運命』の
後半の部分からお話下さることになっております。
ゴールデンウィーク中でございますが、皆様の
ご参加をお待ち申し上げております。2000円の
会費をお願いさせて下さい。茶菓子等の準備の
ため、ご出席くださいます方は、ご連絡お願い
申し上げます。
ありがとうございます。   岡玲子

2012年04月03日 22:04

見えざる手

 芹沢文学愛好会の月例会では、黄耀儀著(名古屋大学・博士学位論文「芹沢光治良にあらわれた信仰観の考察」について3月と4月の2ヶ月連続で話し合います。

 芹沢光治良にあらわれた信仰については、読者としても信仰について意識するようになります。

 私達は、生活の中で大変なときに「見えざる手」によって救われたと感じる事があります。(良いことにも見えざる手が働いていると認知することが出来るのが、芹沢光治良の信仰感の特徴の一つだと思いますが、私はまだまだです)

 フクシマの原発事故(原発事象とも言うらしいのですが)は最悪の事態です。当時の内閣参与であった田坂広志氏は、最悪の事態として首都圏3000万人避難に到らなかったのは、「幸運に恵まれたというのが、危機に対処した人間の実感だ」と言わししめている。あの事故(事象)の時負の連鎖をもたらすさらなる水素爆発や後列な余震や津波が起きても不思議ではなかった。
 
 「事態を把握して事故拡大を抑え込んだというより、幸運に救われた面、われわれがコントロールしきれていない何かに助けられた感は否めない」

 原発事故(事象)の事態はまだ把握し切れていない。2号機の水位は格納容器の底から約60センチと、従来想定より低いことが判明した。また想定外。なかなか予想出来ない。水がどれくらい入っているかもわからないのが、科学の粋を集めてもわからない。科学は実験室内ではうまくいくが、事故を起こした入れ物では、とたんに何も出来ない。
 格納容器に溶け落ちた燃料は水につかって冷やされているとみられていたが、実際に水面を確認できたのは初めてなのだ。

 田坂氏は何やら自分たちの手を超えた要因に左右されているとの思いを抱いたのだ。


同じような危機があった。これも核の問題だ。

 「キューバ危機」は米国の核戦力が圧倒的に優位と「核抑止力」のせいだといわれるが、この時のロバート・マクナラ氏の話は「幸運のたまもの」と言い切っていた。

 実はキューバには、短距離の戦術核がすでに配備され、応戦する権限を現地のソ連軍にはあった。
キューバ核報復を辞さない覚悟だった。核抑止は思ったほど効いていなかった。

 ところが、そうならなかった。すべてを計算尽くして平和決着に持ち込んだのではなかった。本当の危機の度合いを知らないまま、陣地が及ばないものに救われたかのように危機が通り過ぎた。
 だからこそ、マクナラ氏には、「幸運のたまもの」と思えてほかならなかった。

 人知を超えたものは、芹沢光治良先生は感じていた。黄氏の論文で良く見えてくるのではないだろうか。

見えざる手がどこから動くのかがわかると思います。

2012年03月15日 22:25

2012年4月マグノリアのお知らせです。

皆様
東京の空は晴れわたっていますが、お寒いです。
前回お出まし下さいました方がたありがとうございました。
ご案内させて戴きます。
3月11日の「我入道」朗読会は、私達の記憶から
忘れることの出来ない、東日本大震災の日をあたかも
文学をもって追悼出来たような会でした。今回は、
     4月8日(日)  午後2時   講演会
     芹沢先生の故郷と小説「我入道」
           講師   大澤敏夫
小説「我入道」はよく読みよく理解できると、必ず
スゴイ、素晴らしい文学作品と思います。時の流れを
曖昧に流さない文学の魅力作品です。長い事、
沼津市教育委員会、文化振興課課長としてご活躍
され、現在は沼津芹沢文学愛好会の会員として、父の
文学を支えて下さる大澤様にご登場願いました。
芹沢文学の原点について、確り再び学べる良き機会
です。皆様のご参加をお待ちしております。会費は、
前回ご出席の方は1500円、今回参加の方は2000円
お願いさせて下さい。今回参加の方で、小説をあらかじめ
読まれたい方はお申し付け下さい。茶菓子等の準備が
ございますので、御出席の方はご連絡お願い致します。
尚、既にお返事を頂戴してます方は、変更がない場合は
メールを頂戴出来なくてもかまいません。ありがとうございました。
                    岡玲子

2012年03月12日 10:15

私達は、あなた達の事を忘れない

福島第一原発事故から一年
 芹沢光治良先生が生まれた一年前の1896年 三陸地震が起きています。
 なぜその時の経験を活かせなかったのか?
 

 今回の大震災では、大津波や直下型地震で家が壊れてなくても避難しなくてはいけなかった。
 亡くなった人を探せない、壊れた家を直せない。
 原発がある限り、これから 私達日本人は震災が、起こるたびにこの不条理を 受け入れなければならない。
 大震災や大津波は、想定外であり、多くの人の命を失ったと言われている。
 本当にそうだろか?
 大津波は歴史上幾度も東北地方を襲っている。なぜ過去の事実から学ばなかったのか?
 東京電力は 第一原発の事故もまた「想定外」という点では同列だ、と述べた。
 日本の代表的企業がそれを考慮しなかったという意味で、この不条理さがさらに増す。
 現時点での確認は、
①東電一社の特異性
②政府・官庁の隠蔽体質
③学界の対応
④メディアの働き

①②については、よく語られているので、③④について少し書く。

後に「下北半島を原発のメッカに」と発言するに至る中曽根康弘は、1950年代に学者たちが原子力委員会で揉(も)めるのを尻目に、札束でひっぱたくかのように原子力予算をまとめ上げた。
 また読売新聞社主・正力松太郎は、新聞紙面を駆使しつつ原発推進体制を軌道に乗せた。
ジャーナリズムは電力会社の広告料の前に批判の牙(きば)を抜かれた。
  鉢呂前経産大臣の「人っ子一人いない。まさに死の町」発言が集中攻撃を受けて辞任に追い込まれたことをめぐって、メディアのあり方に疑問を呈する。あまりにお粗末な「放射能をつけちゃうぞ」発言と結びつけて「死の町」発言が糾弾されたのだが、「死の 町」にしたのは誰なのか、「死の町」をどう復興させてゆくのかといった文脈で議論を構築することも十分可能であったはず。
 でも、私達は気がついているでしょう。放射線で、死の町になっていることを。
 「ただちに健康に影響を与えるものではない」というフレーズを聞いて、昭和一七年の東京空襲のときの「ワガ方ノ損害は軽微ナル模様ナリ」という軍部の発表と重なる。
 
 さらになし崩し的な「ことば」の劣化、風化に気をつくなくてはいけない。
 電力業界が多用する専門用語がある。

 危険性をできるだけ小さく見せかけるために、事故やトラブルのことを「事象」と称する。正常な原子炉に対して用いられる冷温停止という用語に代えて、冷温停止「状態」と言い表すことで、高濃度汚染水が大量にあるにもかかわらず安全性をアピールする。高濃度毒水のこと。さらには、原発の老朽化を「高経年化」と言い換えて関心をそらす。この言葉からは老朽化➡寿命というイメージはわかない。
   東京電力の『燃料の損傷』は、燃料棒が傷ついているという印象だが、メルトダウンもあるのに、
『燃料の損傷』は、上手い言葉の選択だと思う。

 

  
  一号機の爆発で飼い主を失った三六頭の牛は、繋(つな)がれたまま餓死。その牛たちのやせ細った死骸が胸をえぐる。二〇キロ圏内には約三五〇〇頭の牛が飼われていて、いまは推定一〇〇〇頭が生存しているというが、「放れ牛」となった彼らが、誰もいなくなった田畑やビニールハウスで餌をあさっている姿。

人が入る事が出来ない実態。その人も家族がバラバラになっている。

私達は、あなた達の事を忘れない

2012年03月11日 11:33

■東日本大震災と芹沢光治良文学愛読者について            


芹沢光治良文学愛読者 池田三省氏から
投稿してもらいました。

本日(3/11)は、新聞、メディアでは、東日本大震災一年として、多くの事が報道がされていました。 その中で、ふと、心惹かれる新聞記事を目にしました。
◆「横浜と岩手のジャズ喫茶:心結びきょう再開」
横浜・野毛のジャズ喫茶「ちぐさ」が5年ぶりに再出発する。
同じ日に被災地・岩手県陸前高田市「h.イマジン」が再出発する

「h.イマジン」のマスターが敬愛するジョン・レノンの「イマジン」では、
〜今を懸命に生きる大切さや傷つけ合わずに済む日々の
掛け替えのなさを想像してごらん〜
を歌っている。

この記事を読んで、
音楽は、人の心のひだに届き、離れた人達の心で共鳴しあえるのだと感じた。
文学は、人の心のひだに届き、互いに共感し合うことが出来るのだろうか?

私にとって、芹沢文学は、「人として間違えのない生き方」を教えてくれる「心の道しるべ」として40年近く愛読しています。
音楽は、容易に聞くことができ、直接、人の感性に届いてきます。
しかし、文学は、作家の書いた文章を、自分の目で追い、その文字から作者の意思を感じ取る必要があります。 その手順を追はなければ作家の意思に到達することができません。 しかし、そこが読書の楽しみだと思います。

文学も、音楽と同じように、作者の心の思いをつかめれば、愛読者の心は互いに共感し合うことができるのではないでしょうか?
芹沢光治良文学愛読者は、日本全国、又、被災地にも多くの愛読者がいます。
愛読者の心はお互いに共感し合っていると確信しています。

被災地の皆様は、人智の及ぶことのできない出来事に遭遇され1年が経ちます。
私は、被災者の皆様が体験されたこの一年を正しく理解することはできませんが、
しかし、同じ時を生きている私に、この大震災を自分のものとして受け止めるために、
芹沢光治良文学愛読者の一人として、自分の身近のコミュニティで、芹沢文学精神で
「優しい言葉で、手を差し伸べ、分かち合っていく」生活を目指して行きたいと思います。


以上


よろしくお願いします。

2012年03月06日 12:01

芹沢文学愛読者通信大189号

芹沢文学愛読者芹沢文短信
2012年3月5日
芹沢文学愛読者の会

芹沢文学愛読者新年会(1月15日)今年は晴天に恵まれました。37人出席

 「ウインクあいち」の新年会。晴天に恵まれ、昼食をご一緒しながら、楽しく語りました。東京から芹沢文子先生、岡玲子先生がご出席くださいました。岡先生から、芹沢光治良先生の「巴里に死す」が復刊される旨お知らせがありました。詳しくは同封の案内をご覧になって下さい。来年の新年会は、2013年1月20日(日)です。

芹沢文学 春のバス旅行
 4月8日(日) 桜守の旅
 平石さんご夫妻企画・実施の春のバス旅行は、南信州、飯田の古桜・花見と決まりました。同封の『桜守の旅』を参考に、平石さん宛にお申し込み下さい。申し込みは3月20日まで

がんばっべ情子さん
稲垣芳子(松阪市)
年明け一番の楽しみは、芹沢文学愛読者新年会に出席することです。去年は雪でしたが、好天に恵まれ、今年はどなたに、どのようなお話を伺えるかと、心はやらせ会楊に行きました。
早朝よりご準傭くだきいました幹事の皆様に、感謝して席に着きました。
恒例の三分聞スビーチも、初参加の時は自己紹介もしどろもどろだっ素私も、老いて厚かましくなり、一言二言加えられますが起立したら、
やはり上手に話せず「私、聞く人がいい」と恩ってしまいます。今回残念でしたのは例年素晴らしい話し方でスビーチをなさいます、岡本清子さんの欠席でした。
 読書会のメンバーから、ご病気のこと、リハビリも頑張っていられると伺
いながら、彼女の見えない会湯はさしいく感じました。三十五回新年会には、いいえその前に読書会に明るい笑顔で、参加頂けますようにお祈りいたします。
皆穣のスビーチには3・11被災地の方々へのおもいや、何事も感謝の心で過ごされる気持ちが伝わりました。
西田祐子様の実演してくださいました「美しい歩き方」を実行しながら、
毎朝ラジオ体操に通います。ありがとうございました。

「第34回 芹沢文学愛読者新年会に参加して」
東京愛好会 池田 三省
いつも心のこもったおもてなしのアットホームな新年会に参加させていただき有難うご
ざいました。芹沢文学精神(希望の文学)をしっかりと受けとめて生活されている皆様の
お話しを聞いて二つの事を感じました。
■「夢と希望を持つことの素晴らしさ」
 夢と希望は、若者の特権のように思っていましたが、何歳になっても前向きに人生を生きるために「夢と希望」は必要で、60歳になれぱ、60歳なりの「夢と希望」、70歳になれば、70歳なりの「夢と希望」を持ち、その夢を積み重ねて行くことで、楽しく人生を生きることができるのだと思いました。
・「今日一日、今日一日と思って生きたいとお諸しされた方。
・「与えられたことに満足できるようになりたい」とお話しされた方。…
・「夢を恩い続けて、夢が実現された方」
今年、私は定年になります。第2のステージに向けての「大きな夢」と、日々の行動の
原動力となる「小さな夢」を積み重ねて、「大きな夢」を実現して行きたいと思います。
■「芹沢文学の継承について(親、子、孫が集う家族・絆の新年会)」
自分では、若いと思っていても年齢を重ねていきます。今年の新年会で、大きな希望を見つけました。それは、猪股さん親子の素晴らしい歌声のハーモニーとピアノ演奏です。この親子の関係が、「芹沢文学の継承」のヒントを与えてくれました。
私達が芹沢文学に出会った時代とは違って、今の若者は、芹沢文学に触れることが難し
く、そのため全国の芹沢文学愛読者は高齢化しています。
.私自身の今後の課題の一つに、子供達への「芹沢文学の継承」があります。
父親として、子供達に正面から、お父さんは、色々な問題を乗り越えることが出来たのは、芹沢文学に出会ったからであることを照れずに話したいと思っています。そんな思いもあって、子供達の結婚を機会に芹沢文学の本を送りました。
今、読まなくても、自分のそうであったように、必ず目に見えない力が必要となる時が
くると思います。そのときに思いだして読んでくれたら良いと思っています。
 名古屋の皆様、どうか全国に先駆けてアットホームな「親、子、孫が集う家族・絆の新
年会」を実現してください。
                   以上

2012年03月01日 12:17

大分の読書会からです。

芹沢文学読書会
案内通信No94
                          2012年(平成24年)2月26日
2月便り

早春や 梅の開花を 待ちて居り

3月11日の東日本大震災から約一年を迎えつつありますが、復興は遅れ、福島原発の保障や除洗も中々進みません。日本全国の54基の原発のうち、52基が止まりました。それでも何とか凌いでいます。この原発惨事を期して、広島・長崎で原爆を受けた日本は終戦の原点に帰って、原子力ではない自然エネルギー発電に大転換をていくべきだと思います。「脱原発」から「無原発」への歩みを始めていかねばならないと思います。芹沢光冶良氏も、きっとそう思われることと信じています。
今年は日本海側の蒙雪と太平洋側の乾燥に苦しめられ、春が中々やって来ませんね。水仙の花は咲いていますが、梅の開花は遅れてしいるようです。春が待たれます。
前回は短編小説「雪解」を読み語りました。戦中の疎開と夫の戦死で、未亡人として生きていかねばならなくなった女性の一例を描写しています。
今回は紀行文「ヨーロッパ便り一娘たちへ贈る」を読み語りたいと思います。敗戦後の昭和26年に日本ペンクラブの代表の一人として、スイスの世界ペン大会に参加した後、パリやローマなどに滞在した日々に日本の娘たちに書き送った便りです。少し長いですが、35頁を一緒に読み上げたいと思います。どうぞ、都合をつけて御参加下さい。新しい会員をお誘い下さい。新入会員を歓迎いたします。

第94回・芹沢文学読書会
①日時:3月11日 (日)[*原則は奇数月の第2日曜日午前です]
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;[1]芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)]10:00~10:20
昭和57(1982)年11月21日の文芸講演会の芹沢光治良先生の講演「神について」の続きを聴きます。最晩年の連作のことなどが語られています。
[2]芹沢文字読書会 10:20~12:00 担当・司会 小串信正
○テキスト:紀行文「ヨーロッパ便り 娘たちへ贈る」
書簡体の紀行文です。イスラエル、ローマ法王との個人謁見なども…。
初出:昭和26年9月~12月号の雑誌く婦人公論に4回で連載。
初刊;昭和27年2月20日中央公論社発行の『ヨーロッパの表情』に収録。
再録:平成9年6月10日新潮社発行「芹沢光治良文学館11」(エッセイ「文学と人生」)に   再録されました。337~371頁。
*部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
次回は、第二日曜日の5月13日 (日)の予定です.
◎同封資料;対談解説「教養小説の教訓」三浦朱門・高橋健二『教養小説名作選』
日本ペンクラブ編(高橋健二・選)集英社文庫 昭和54年4月25日集英社発行。*
短編小説「落葉の声」が収録された。その始め2頁と対談解説の一部を紹介します。三浦朱門氏が少年時代に影響を受けた作品として、芹沢光治良作の自伝的長編小説『男の生涯』のことを語っています。短編小説「落葉の声」は読書会で読みましたが、長編小説『男の生涯』を5月の読書会で読み語りたいと思っています。

芹沢文学・大分友の会 ふじ
会報 No93
20 12 (平成24)年 2月26日
                          文責 小串信正
☆第93回・芹沢文学読書会の報告
第93回の「芹沢文学読書会」を、1月8日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で開きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、昭和57年11月21日の芹沢文学愛好会での芹沢光治良先生の文学講演会「神について」の続きを又聴きました。
会員の中村さんが主人の看病疲れで風邪となり、珍しく欠席しました。新年会を楽しみにしていたのに残念とのこと。新聞の案内を見て問い合わせた方がありましたが、来られませんでした。新しい会員を増やしていかねばならないと思います。
読書会は、短編小説「雪解」を読み語りました。この作品は昭和21年4月号の雑誌〈にっぼん>に発表された短編です。昭和21年9月25日丹頂書房発行の短編集『戯に
恋はすまじ』に収録されました。テキストとしては『芹沢光治良文学館10』(新潮社発行)を使いました。「この一篇をNO女子 に捧ぐ」とあるように、モデルになった女性があったようです。女学校の英語教師であった咲子は、縁談で「或る経済雑誌の編輯者で同時に学者」である新吉と結婚しました。実家が軽井沢であることに憧れた一面がありましたが、実は別荘番でした。二人の男の子が生まれ、新吉が応召したので、夫の軽井沢に疎開させました。新吉の戦死が知らされ、大空襲で妹晴子と同居していた家も焼けてしまいます。咲子が軽井沢に疎開して四ヶ月後に終戦となり、実家に居づらくなり、長男も東京に帰りたいと言うので、妹に手紙を書いて上京しようとします。焼け野原の東京で親子三人で生きていけるだろうかという未亡人の不安が淡々と書かれています。深刻なテーマは有りませんが、戦後の未亡人問題が主題です。
今年の「新年会」も予約をしていませんでしたが、オアシスタワー21のレストランに携帯で予約出来て、少ない参加者でしたが、熱心な懇話の時が持てました。

 平成23年度の年会費の納入をお願いします。
既に新年度の歩みを続けていますが、未納の方は年会費1200円の納入をお願いします。会に持参いただくか、先送の郵便振替の払込用紙にて納入して下さい。寄付もお受けいたします(無理をされませんように)。多くの方々の御協力を感謝しております。今後もよろしくお願いします。なお、退会を希望されます方は御一報下さい。
◎<芹沢文学案内No53>芹沢光治良.と教養小説
今回の同封資料として、日本ペンクラブ編(高橋健二選)の集英社文庫『教養小説名作選』(日本名作シリーズ)に短編小説「落葉の声」が収録され、対談解説で三浦朱門氏が少年時代に影響を受けた作品として長編小説'『男の生涯』を語っていること
を紹介しました。昭和54年4月25日発行の文庫ですが、絶版か確認していません。
教養というのは、ギリシャ語のPaideia(修養)からの用語のようですが、教養小説はゲ一テの『詩と真実』などから始まり、ヘルマン・ヘソセの『車輪の下』等が代表的な作品ですが、主人公の自己形成を人生の成長として創作した小説です。教養小説はドイツ文学が主流ですが、フランス文学にも多くあります。日本文学では、夏目漱石などの余裕派やその流れにある白樺派などにも多くの教養小説があります。
芹沢文学にも多く教養小説があり、集大成である大河小説『人間の運命』(全16巻)の全体も壮大な教養小説であるとも言えます。フランス文学の代表的な教養小説であるロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』を若き日の芹沢光冶良氏が愛読したこともあり、まず自伝的な長編小説『男の生涯』が書かれました。結核闘病の三部作『孤絶』『離愁』『故国』や名作『巴里に死す』なども教養小説と言えます。「失恋者の手紙」「小さい運命」「林檎とビスケット」など多くの短編小説も教養小説的と言えましょう。ある意味では、「ふしぎな婦の一生」である『教祖様』も教養小説として読めるのです。また、芹沢光治良氏は多くの「自伝」も書き残しています。

2012年02月16日 09:31

2012年3月のマグノリアのご案内

皆様

いつもマグノリアのご案内をお読みくださいましてありがとうございます。そして、
ご参加下さいます方々本当にありがとうございます。前回は大勢のお出ましを
頂戴でき、お出かけくださいました方々へ心から感謝申し上げます。
さて、次会は、
3月11日(日)午後2時
朗読会 芹沢光治良作 我入道
朗読  山中一徳    ピアノ効果 岡玲子
「我入道」は現在読むことの困難な初期の作品で、いとなむ故郷の姿が誠実に
愛情こめて、丁寧に書かれております。3月は朗読で、4月(8日)は解説によって
皆様とご一緒に味わってみたいと存じます。朗読は父の作品をいくつも
朗読下さったお馴染みの山中様です。4月のご案内は、あらためて申し上げます。
会費は3月と4月セットで3000円、または、朗読会は2000円でお願いさせて
下さい。ご出席下さいます方は、恐れ入りますがご連絡願います。
皆様のお出ましをお待ちしております。ありがとうございます。   岡玲子

2012年02月09日 22:59

「巴里に死す」が復刊されました!!(大拍手)

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 芹沢光治良の「巴里に死す」復刊されました。
 アマゾンで検索していましたら、偶然見つけました。

 勉誠出版社から出ています。2012年2月 刊行 ISBN:978-4-585-29025-4 1890円

 勉誠社ホームページより

愛と知の苦悩の内に成長した女性の悲しく美しい魂の記録。
大江健三郎、遠藤周作が絶賛し、日本国内のみならずフランスを中心にヨーロッパで激賞されノーベル賞候補作にもなった名作が現代に甦る。

ノーベル賞候補作にも挙げられ、フランスをはじめヨーロッパ各国で高い評価を受けた代表作を、著者自身が最後に校閲した最良のテキストを用いて復刊。国内のみならず、パリでの評判が理解できる現地紙の書評・解説から、仏語化の経緯を詳しく記したダヴッド社版文庫本掲載の「あとがき」、親交の深い作家・大江健三郎と遠藤周作による芹沢文学論と、最新の年譜を付す。

 またアマゾンにのっていたレビューです。

 松戸市のシューベルト大好きさんが書いたレビューです。

 私自身青年時代、結婚生活期、老年に達した今まで、折に触れこの本を愛読してきました。また、結婚を迎える友人にこの本を送ってきました。心温まる本です。私自身一部娘の考え方に納得できないところがありますが、昭和初期に生きたひたむきな日本人の生き方はいつも私の心を励ましてくれました。絶版になったことを知り、神田の古本屋を探して見つからなかったことがあり、今回Amazonで数分で探せて感激しております。お勧めしたい一冊です。

 励まされる作品、これは芹沢光治良の作品に共通しています。

 私は、アマゾンでも注文しましたが、地元の本屋さんから注文をかけます。

 皆さんも本屋さん注文しましょう。

2012年01月26日 23:33

人は、楽しく生きるために生まれてきたと歌われる『清盛』

 大河ドラマで『人間の運命』を実現するという運動は、2011年11月の会報でNHKドラマ番組部の方から、残念なお手紙をいただきました。
 しかし、私は、NHK大河ドラマファンです。
    
 NHKの大河ドラマ『清盛』で、「遊びをせんとや生まれけむ」という歌が聞こえてきます。歌詞は、

  遊びをせんとや生まれけむ
 戯れせんとや生まれけん
 遊ぶ子供の声聞けば
 我が身さえこそ揺るがるれ遊びをせんとや

 (平安末期の流行歌を集めた「梁塵秘抄」に収録された最も有名な歌の一つ「遊びをせんとや生まれけむ」)

「人は遊ぶために生まれてきたのだろうか,遊ぶ子供の声を聞くと,(もう子供ではない)自分も遊びたくてうずうずしてくる 」

 という意味でしょうか?

 『清盛』のオープニングや祇園女御(松田聖子さん)が舞いながら歌ったり、のちの白河法皇である雅仁親王(松田翔太さん)が歌ったりしています。
 作曲家吉松隆が印象的にこの歌を大河ドラマで使っています。

 この歌は『清盛』のイメージ作りに大きな寄与をしています。今までの清盛とイメージはだいぶ違いますね。
 多くの人が持っているのは傲慢な独裁者というイメージを持たされた清盛。暴君というイメージですね。
 
 その『清盛』に「人は遊ぶために生まれてきたのだろうか,遊ぶ子供の声を聞くと,(もう子供ではない)自分も遊びたくてうずうずしてくる 」という意味を最初に持ってきます。

 人は、楽しく生きるために生まれてきたと歌われる『清盛』。
 この番組を見ていると平家の人は一族協力的で、家族思いですよね。また、源頼朝、義経の命を救う一面もありました。
 源頼朝は、自分が助けて貰いながら、義経の静御前が産んだ子も由比ヶ浜に沈めさせたと言い、木曾義仲の子も殺させたという。
挙げ句、自分の息子(実朝)が兄頼家の子(公卿)に暗殺されるという悲劇は鶴岡八幡の大銀杏で起こりました。
 源氏は長い目で見ていると、不幸な結果になっています。近親者でも裏切りと殺戮の連続です。

 平氏は、長い目で見ると、平氏が「勝っていた」のでは?と思われる所は確かにあると思います。
 歴史は勝者の歴史です。源氏を良くとらえます。
 この辺は中途半端な書き方ですが、上杉 憲政(うえすぎ のりまさ)から家督を譲ってもらった上杉謙信は源氏ではありません。
 
 楽しく生きるというのは、芹沢先生が作品の中で話していることです。『清盛』がどのように描かれるか、あたらしい視点での新しい清盛像が見られるかもしれません。

 ところで 井戸敏三・兵庫県知事が「画面が汚い」と文句を付けました。
 権力者がその表現の内容を気に入らないといつの間にか文句を言う時代になってきました。
 芸術の領域への攻撃が始まるのが、前回の敗戦経験で私達は学びました。
 芸術も金にならないといけない攻撃です。

 1月10日の記者会見で井戸知事は「私も見たが、まず画面が汚い。鮮やかさのない画面ではチャンネルを回す気にならないのではないか。ドラマの人気が出るかでないかで観光の影響を受ける。タイアップしながら観光客誘致を進めたいと考えていた」と述べ、NHKに改善を申し入れるという。
 金儲けにならないから、もっときれいな内容にしろとは、あきれてしまう。
 登場した都はあばら家が並ぶ汚らしい町で、行き交う人々もぼろをまとい、画面も薄
ぐらいと批判していた。

 でも、なるべく時代に忠実に再現して、新しい『清盛』像の表現を自由にして下さい。