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管理人の日誌

最近、出版された本です。

天の愛 芹沢文子著

神と人間

解釈と鑑賞別冊  芹沢光治良
                       




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 あなたは  人目のお客様です。


2012年01月26日 23:33

人は、楽しく生きるために生まれてきたと歌われる『清盛』

 大河ドラマで『人間の運命』を実現するという運動は、2011年11月の会報でNHKドラマ番組部の方から、残念なお手紙をいただきました。
 しかし、私は、NHK大河ドラマファンです。
    
 NHKの大河ドラマ『清盛』で、「遊びをせんとや生まれけむ」という歌が聞こえてきます。歌詞は、

  遊びをせんとや生まれけむ
 戯れせんとや生まれけん
 遊ぶ子供の声聞けば
 我が身さえこそ揺るがるれ遊びをせんとや

 (平安末期の流行歌を集めた「梁塵秘抄」に収録された最も有名な歌の一つ「遊びをせんとや生まれけむ」)

「人は遊ぶために生まれてきたのだろうか,遊ぶ子供の声を聞くと,(もう子供ではない)自分も遊びたくてうずうずしてくる 」

 という意味でしょうか?

 『清盛』のオープニングや祇園女御(松田聖子さん)が舞いながら歌ったり、のちの白河法皇である雅仁親王(松田翔太さん)が歌ったりしています。
 作曲家吉松隆が印象的にこの歌を大河ドラマで使っています。

 この歌は『清盛』のイメージ作りに大きな寄与をしています。今までの清盛とイメージはだいぶ違いますね。
 多くの人が持っているのは傲慢な独裁者というイメージを持たされた清盛。暴君というイメージですね。
 
 その『清盛』に「人は遊ぶために生まれてきたのだろうか,遊ぶ子供の声を聞くと,(もう子供ではない)自分も遊びたくてうずうずしてくる 」という意味を最初に持ってきます。

 人は、楽しく生きるために生まれてきたと歌われる『清盛』。
 この番組を見ていると平家の人は一族協力的で、家族思いですよね。また、源頼朝、義経の命を救う一面もありました。
 源頼朝は、自分が助けて貰いながら、義経の静御前が産んだ子も由比ヶ浜に沈めさせたと言い、木曾義仲の子も殺させたという。
挙げ句、自分の息子(実朝)が兄頼家の子(公卿)に暗殺されるという悲劇は鶴岡八幡の大銀杏で起こりました。
 源氏は長い目で見ていると、不幸な結果になっています。近親者でも裏切りと殺戮の連続です。

 平氏は、長い目で見ると、平氏が「勝っていた」のでは?と思われる所は確かにあると思います。
 歴史は勝者の歴史です。源氏を良くとらえます。
 この辺は中途半端な書き方ですが、上杉 憲政(うえすぎ のりまさ)から家督を譲ってもらった上杉謙信は源氏ではありません。
 
 楽しく生きるというのは、芹沢先生が作品の中で話していることです。『清盛』がどのように描かれるか、あたらしい視点での新しい清盛像が見られるかもしれません。

 ところで 井戸敏三・兵庫県知事が「画面が汚い」と文句を付けました。
 権力者がその表現の内容を気に入らないといつの間にか文句を言う時代になってきました。
 芸術の領域への攻撃が始まるのが、前回の敗戦経験で私達は学びました。
 芸術も金にならないといけない攻撃です。

 1月10日の記者会見で井戸知事は「私も見たが、まず画面が汚い。鮮やかさのない画面ではチャンネルを回す気にならないのではないか。ドラマの人気が出るかでないかで観光の影響を受ける。タイアップしながら観光客誘致を進めたいと考えていた」と述べ、NHKに改善を申し入れるという。
 金儲けにならないから、もっときれいな内容にしろとは、あきれてしまう。
 登場した都はあばら家が並ぶ汚らしい町で、行き交う人々もぼろをまとい、画面も薄
ぐらいと批判していた。

 でも、なるべく時代に忠実に再現して、新しい『清盛』像の表現を自由にして下さい。

 

 
 

2012年01月17日 07:14

2012年2月のマグノリア

皆様
寒い日々が続いておりますが、ご機嫌いかが
お過ごしでいらっしゃいますか、お伺い申し
上げます。早いもので、母を見送りまして、
30年になります。そこで、次のマグノリアは
    2月12日(日)  午後2時
    蘇る芹沢金江
 優しかった叔母         田中暁子
 作家芹沢先生の妻金江さん  城戸祐子
 信仰した井出クニ様      横浜佐和子
このようなプログラムで集いたいと存じます。
田中様は、光治良兄芹沢真一の4女です。
城戸様は創立以来芹沢光治良文学愛好会会員で
父の作品を奥深く読まれておいでです。
横浜様は、父の理想としていた信仰、それは、母の
信仰と私は考えておりますが、母が信仰していた
井出クニ様を探求しておいでです。お出かけをお待ち
しております。会費は2000円お願いさせて下さい。
茶菓子等のご用意のためご参加下さいます方は
ご連絡おたのみします。ありがとうございます。
             岡玲子

2012年01月15日 13:51

2012年 今年も宜しくお願い致します。

2012年(平成24年)1月
通信No.414
1月だより
あけましておめでとうございます。年頭にあたり、人類の平和と皆様のご健康とご多幸をお析り申し上げます。今年も月例読書会を1回も中断する事なく、皆様と共に歩んで行きたいと思います。愛好会は今夏7月には、創立35周年を迎えますが、東日本大震災以降の日本の状況及び世界的規模の経済危機や反格差デモ、そしてアラブ諸国の長期独裁政権崩壊などを読み解きますと、まさに芹沢文学の新たなる幕開けと言えるのではないでしょうか。この潮流を予見して、著わした「神シリーズ」の存在的意義が必然性をもって読者に迎えられる気がします。寒さ厳しい折ですが、例会に参加いただき、一時の春陽を皆様と分かち合えたらと願っています。

第414回 ●芹沢光治良文学愛好会■ 御案内
      1月22日(日)13:00 ~ 17:00 参加費:500円
      □会 場…… 「東中野区民活動センター」洋室:1・2(1階)三越マンション
       東京都中野区東中野4-25-5-101 TEL二03-3364-6677
     ■JR総武線一東中野駅下車徒歩8分
     ■地下鉄東西線一落合駅下車徒歩3分
     ●地下鉄都営大江戸線一東中野駅下車徒歩10分
     □テキスト・・…・短編小説「悲しきユネスコ」
小説界昭和23年8月号(第1巻・第3号)発行所:小説界社… 今月の会報に同封
          のぐちしょうじ
     口司 会・・・… 野口昭治
      ◎1月の送付資料
     (1)リレー随筆「芹沢文学はどこから生まれたか」五十嵐由子・・・
         第332回(平成24年1月)
(2)長編小説『女の海一又は巴里夫人一』婦人画報昭和30年1月号婦人画報社……第1回(全12回)
(3)おでかけ情報「沼津市芹沢光治良記念館」…… タウンガイド(沼津市版)平成23年11月発行
(4)新聞記事・渡辺郁子「芹沢光治良の欧州体験」…… 沼津朝日 2011年(平成23年)11月10日(木曜日)
(5)ポスター「芹沢光治良・作家への道展」… 2011年12月20日(火)~2012年5月31日(木)芹沢光治良記念館
(6)2012年(平成24年)・月例読書会・進行係(司会者)について・・・・… 該当者のみ同封
(7)読書会テキスト(今月)… 短編小説「悲しきユネスコ」小説界昭和23年8月号(第1巻・第3号)発行所二小説界社
{次回は、2月26日(日)13:00~17:00です。テキストは、短編小説「をかしな結婚」
日本小説昭和23年9月号(第2巻・第8号)発行所:日本小説社の予定です。テキストは、2月の会報に同封します。1
※会則の進捗状況
愛好会は、昭和52年7月の発会以来、34年間に渡って、会則を持たない任意団体の読書会として、月例読書会を育み継続運営してまいりました。昨年4月の「総会」で、愛好会の「会則が必要であるとの議決に基づき、5月以降、会員の平山惟美さんの試案をベースにして、今日まで幹事による会則の摺合せを行ってまいりました。昨年12月の幹事会にて、摺合せが一応終了し今月の幹事会にて最終的な意見を取りまとめ「幹事会(案)」を決定します。その「案」を持って、4月の総会に諮り制定し、同日付をもって施行する予定
です。なお、5月の会報送付時に「芹沢光治良文学愛好会・会則」として、会員の皆様にお送りする予定です。
※3・4月のテキスト
昨年12月、第14回配付にて完結いたしました、黄耀儀著 名古屋大学・博士学位論文『芹沢光治良にあらわれた信仰観の考察』
は、今春3・4月の月例読書会のテキストですが、欠ページのある方は、12月の会報でお知らせしましたように、1月31日(火)までに下記の事務局あてにお申し込み下さい。なお、全編を2回に分けて読書会を実施しますが、テキストは217頁と大部である上、内容も多岐にわたっておりますので、お早目の準備をお願い致します。
※平成23年度・会員数の推移
標記について、次のとおりとなっています。今年度継続されない方が8人おりましたが、芹沢光治良記念館の企画展や講演会等や各地の読書会活動の相乗効果もあり、新入会者が徐々にではありますが、増えております。(平成22年度・会員数:183人)129人(6月9日現在)区=⇒ 175人(8月31日現在)=⇒ 183人(1月8日現在)※文学館等への送付を含む
※「幹事会」について
次のとおり行います。なお、今月は開始時間を1時間遅らせ11時からとします。幹事の方はご出席ドさい。
日 時:1月22(日)11:00~12:00 会場:喫茶ルーブル(東中野駅近接)議題:最終的な会則の摺含せ

2011年12月26日 08:42

2011年が終わります。

 愛好会月例会12月のリレー随筆の結びの段落にに鈴木様が芹沢文子先生の「言の葉合唱団」で『明日という日が』を歌われたと書かれていました。
 私は、今年最後の演奏会で『明日という日が』を歌いました。

201112251.jpg
(演奏 市川昴、国分、松戸六実、船橋啓明、松戸向陽、船橋古和釜、各高校吹奏楽部の2年生バンドメンバーによる演奏。指揮は管理人ではありません)


「あすという日が」歌詞

あすという日が 作詞:山本 瓔子  作曲:八木澤教司

大空を 見上げて ごらん
あの 枝を 見上げて ごらん
青空に 手をのばす 細い枝
大きな 木の実を ささえてる
いま 生きて いること
いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい
あすと いう日が あるかぎり
しあわせを 信じて
あすと いう日が あるかぎり
しあわせを 信じて


あの道を 見つめて ごらん
あの草を 見つめて ごらん
ふまれても なおのびる 道の草
ふまれた あとから 芽ぶいてる
いま 生きて いること
いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい
あすと いう日が くるかぎり
自分を 信じて
あすと いう日が くるかぎり
自分を 信じて

鈴木様が書いています。「希望と勇気、力強さを感じますね。光治良先生の作品に流れている
希望の光。」
 とあります。これは、芹沢文学ですね。

201112254.jpg


紫色の服を着ているのが、この作品を書いた作曲家 八木澤教司(やぎさわ さとし)氏です。(これではわかりませんね。)


201112253.jpg

合唱指揮は、今年度定年退職されるH先生です。芹沢文子先生のお弟子さんだった方です。音楽大学生時代に文子先生に大変お世話になったと話されていました。

 こうやって文子先生のお弟子さんの指揮で歌っている私は、不思議な縁(えにし)を感じました。

 それでは、皆様、良いお年を!

2011年12月14日 22:22

羽鳥 徹哉先生

 成蹊大学名誉教授・近代日本文学、本名 羽鳥一英(はとり・かずえい)12日、肺炎で死去、75歳。
葬儀は18日(日)正午から東京都日野市多摩平6-25-2の東都アールホールで。喪主は妻勝子(かつこ)さん。「川端康成全作品研究事典」を編むなど、川端康成の研究で知られた。

 羽鳥先生には、2007年10月8日に芹沢光治良生誕110年の全国大会の時に 「近代文学に於ける芹沢文学の位置」という事で講演をしていただきました。

 羽鳥先生は、ユーモアで明るくこの演題について面白くお話をしてくれました。

「おはようございます。」「芹沢文学愛好会の30周年記念だそうで、どうもおめでとうございます。今回はこの三日間に渡っていろんな行事をおやりになって、私にもですね、もっと早くから来いというお話で、私もなるべくそうしたかったんですけど、えーと、今日のテーマが大変なテーマでね。考え始めたらたいへんだなあ。(会場から明るい笑い)間に合わない。準備が間に合わない。と思いまして、とうとう今日まで来れなかったんです。(笑い)

 という感じで、穏やかな口調で会場を明るくさせて本題に入っていきました。

 羽鳥先生のおかげで、文学の世界が、広く見渡せるようになりました。

 安らかに、お眠り下さい。天国で芹沢先生と文学について語り合って下さい。

2011年12月08日 21:46

第413回 ■芹沢光治良文学愛好会■ 御案内

2011年(平成23年)12月
通信No.413
12月だより
お元気ですか一東日本大震災や台風15号などの未曾有な災害に見舞われた今年も早や師走となりました。新年が皆様にとりまして、佳き年となりますようお祈りいたします。一年の締め括りの例会にどうぞお出搭け下さい。お待ちしております。

月例会のお知らせです。
管理人は、県大会で参加できませんが、皆様の出席をお待ちしております。
(忘年会は、調整中です。県大会の時間がまだわかりませんので)

第413回 ■芹沢光治良文学愛好会■ 御案内
12月18日(日)13:00 ~ 17:00 参加費:500円
●会 場・・…・「東中野区民活動センター」洋室:1・2(1階)三越マンション
        東京都中野区東中野4-25-5-101
●JR総武線一東中野駅下車徒歩8分
●地下鉄東西線一落合駅下車徒歩3分
●地下鉄都営大江戸線一東中野駅下車徒歩10分
  テキスト・・・… 短編小説「黒目の天使」
昭和23年7月号(第2巻・第7号)発行所:文学界社… 今月の会報に同封
いし かわ しん じ ろう
● 司会……石川慎二郎
◎12月の送付資料
(1)リレー随筆「大いなる叡智に見守られて」鈴木ひろみ…… 第331回(平成23年12月)
付録:新潮現代文学6芹沢光治良『人間の運命(父と子)狭き門より』新潮社昭和55年4    月15日発行
(2)黄耀儀名古屋大学・博士学位論文『芹沢光治良にあらわれた信仰観の考察』(200~217頁)一・第14回(完結)
(3)新聞記事沼津市芹沢光治良記念館企画展「芹沢光治良とパリ展」開催期間:2011年6月11日~11月30日
静岡新聞:6月12日(日)沼津朝日:6月18日(土)東京新聞(静岡版):9月5日(月)
(4)芹沢光治良カレンダー・・・… 2012年(平成24年)1月~6月
(5)月例読書会テキスト(今月)…短編小説「黒目の天使」文学界昭和23年7月号(第2巻・第7号)発行所:文学界社
{次回は、1月22日(日)13:00~17:00です。テキストは、短編小説「悲しきユネスコ」
小説界昭和23年8月号(第1巻'第3号)発行所:小説界社の予定です。テキストは、1月の会報に同封します。}
※黄耀儀名古属大学・博士学位論文
頒布資料であります、黄耀儀著名古屋大学・博士学位論文『芹沢光治良にあらわれた信仰観の考察』は、今月の第14回配付にて完結いたしました。来年の3月及び4月の月例読書会のテキストとなりますので、それまで大切に綴っておいて下さい。なお、途中入会者や欠ページのある方は、来年1月31日までに「頒布回数等」を明記の上、ご請求ください。申込要領は、次のとおりです。
申込要領 1 テキスト:200円(1部)(支払は、郵便局の振替口座(払込取扱票)となります。)
2 申込方法:テキストの欠ページ分の頒布回数(第1回~第14回)、住所、氏名、電話番号を明記の上、
メール・FAX・葉書にて、来年1月31日までに下記事携局宛てお申込下さい。
3送 付:申込者には、テキスト及び払込取扱票を会報送付時に同封します。
4その他:月例読書会々場の受付(申込・支払)でも取り扱います。

2011年11月23日 03:07

マグノリアからのお知らせです。

皆様
「ピアノの周り」におでかけくださいました方々、
お忙しい中、本当にありがとうございました。
今年最後のマグノリアのご案内をさせていた
だきます。
 
12月17日(土)  午後2時
講演会    講師  濵野耕一郎
「アンドレ・シャンソン 書く事と闘う事の間で」
 
「光治良の魂と父の魂は近い場所にいます」と
シャンソン氏令嬢の作家で舞台女優のエブラール
さんが、言っておられます。芹沢光治良はフランスの
山で療養中、シャンソンの作品『道の男』に感動して
から60年近く、2人は文学魂で結ばれた友でした。
この度、シャンソンの研究をされ、春フランスから
帰国された、青山学院大学準教授の
濵野耕一郎先生をお招きして、シャンソン氏と
レジスタンスのお話を伺う事になりました。芹沢文学の
「シン」を探せられるキッカケとなる講演会です。師走の
お忙しい中と存じますが、このチャンスを逃されないよう
にお誘い申し上げます。出席戴けます方は、茶菓子の
準備のためご連絡願います。会費は2000円です。
                 岡玲子

2011年10月24日 22:28

マグノリアからピアノのコンサートのお知らせです。

皆様、お元気でいらっしゃいますか、お伺い申し上げます。
いつのまにか、雑草まで秋の色をしてまいりました。
ご案内させて戴きますのが遅れてしまいましたが、今年も
マグノリアで、次の3日間
 
11月12日(土)、16日(水)、18日(金)午後2時から、私の
ピアノを聴いて戴こうと存じます。
 
今年は、スカルラッティ、シューマン、プーランク、フォーレの
曲を準備中でございます。
お時間とご興味がおありでしたら、是非お出まし願います。
すみませんが、会費1000円頂戴させて下さい。それから、
お出まし下さいます方は、茶菓子等をご用意致したいので、
ご連絡お頼み致します。        岡玲子

2011年10月18日 13:50

「シンデレラ姫について」

芹沢光治良氏は、絵本もよく書かれています。講談社(昭和34年9月1日発行)から「シンデレラ姫」を画家の高野三三男先生と書かれ出版しています。

 芹沢先生は、「シンデレラ姫」についてこう書かれています。

 シンデレラはフランスのシャルル・ベロー(1628~1703)が、自分の子どものために、口碑や伝説を
童話という形式に書いたもののうちで、最も有名なものです。
 ベローは、わが子のために書いたからか、どの童話にも、教訓をそえています。
 ベローが、このシンデレラの教訓として加えたる事を要約すると、次のようです。

 「美しさは女性にとって宝である。人々は美しさを眺めてあくことがない。しかし、しとやかさというものは、美しさにまさるもので、人の心をとらえ、征服するものだ」

 シンデレラはべローにとって、しとやかさを代表する女性だったのでしょう。

 管理人:しとやかさ、久しく聞いていない言葉です。ただ、正本のキャッチコピーに「髪のしとやかさ」というのは、聞いたことがあります。
 補修・保湿としてダメージによって失われた髪の弾力、瑞々しさを高め、髪につやを与え、しとやかな状態に導きます。

 しとやかという本来の意味は、性質や動作がもの静かで上品であるさま。また、つつしみ深いさま。「物言いの―なお嬢さん」「―に振る舞う」。
 女性に対して又は髪の毛に対して使うのではなく、男性にもつつしみ深さ、動作がもの静かになるよう使っていかないといけないと思います。

2011年10月16日 01:28

2011年10月のマグノリアです。

皆様、ご機嫌よろしくお過ごしでいらっしゃいますか
お伺い申し上げます。マグノリアのお知らせをさせて
戴きます。
☆ 講演会 10月30日(日)  午後2時
  「落葉の声」の背景  講師 勝呂奏
『評伝芹沢光治良』の著者でいらっしゃいます、
勝呂奏先生のご登場をお願いしました。勝呂先生は
近代文学研究の第一人者で、沼津市芹沢光治良記念館
発行の資料集第一集やマグノリアの会発行の「芹沢光治良
の手紙・妻になる人へ」を解説ならびに編集して下さいました。
また、桜美林大学の準教授でもいらっしゃいます。一方、
短編小説「落葉の声」は読者の方々の人気の作品です。
皆様のご参加をお待ちしております。ご出席くださいます方は
茶菓子等の準備のため、お早目にご連絡お願いします。
会費は2000円御願いします。朗読会に参加されない方で、作品を
講演会前お読みになりたい方はお申しつけ下さい。ありがとうございます。
      岡玲子  
 

2011年10月09日 21:46

我入道の集いに参加して

  我入道の集いに行って来ました。
  今回のテキストは、短編小説7『黒い網』です。探偵小説雑誌「新青年」昭和7年1月号に載ったものです。
 今回も名古屋のみならず、長野、千葉と様々なところから集まりました。
 特に、地元の方の参加もいらっしゃいました。
ほぼ一年ぶりに会ったGさんは、iPadの使い手になっていました。
 さて、今回の芹沢光治良先生の作品。
 私なりの感想を書きたいと思います。

 主人公フランチェスコの「目」に関する表記が、2回出てきます。
p10 上1行
あごひげも前にはなかった。目も鋭くはなかった。

p1416行

足取りが余りスマートではあるが、その鋭い目は、美男子の多いイタリーの男の優しい目とは、違って、一度見たら忘れられない。


  一回目の表現は、思想犯ゆえの留置場暮らしが、過酷なものゆえの鋭い目になったのかと思わされた。

ところが、二回目の鋭い目は、三段落の途中で、わざわざ2行あけで大きな場面を展開している。

アルノ河畔の観光地にフランス語を話すあごひげの紳士が、登場してきます。

  平和始まる映画のようなシーンとフランス語を話すあごひげの紳士の目の鋭さが、本質的に違ってきたと私達読者は、気づかせる。
 バラピチニ夫人の息子フランチェスコ は、思想犯として、自分の正義を貫く闘志ではなくなってしまいました。フランソア アルマンになりすまし、テロの計画を万遍なくなくたて、ミラノの博覧会の開会式で多くの死傷者を出しても、ムッソリーニ暗殺の失敗に嘆くテロリストに成り下がりました。
  冷たい目を持つようになりました。

この正義を貫くために持った鋭い目とテロリストに成り下がったものが、持つ鋭い目の違いに気づかせる芹沢光治良先生の描写は、さすがだと思いました。

主人公の フランチェスコになったら、どうするかという問いかけがありました。

私は、フランチェスコのようには、絶対出来ません。

また、ファシズムの恐れについて意見が出ました。

ファシズムの定義は、これだというものはありません。

仮に個人の安全や生活を脅かすものや、自由に考えて表明する権利を排除する考えと行動だろう。

結局現行憲法を否定するもの、不自由を強制するもの。そのためには、歴史では、暴力装置が必要だった。しかし、日本では、暴力装置でなく、お金かもしれない。
  お金が、暴力装置の役割をしているかも。

憲法のおさらい

基本的人権尊重主義
自由主義
福祉主義
平等主義
平和主義
権力分立制
民主主義(国民主権主義)
法の支配

  ここで、ふと東京電力等の会社が、やっている政治献金の問題、原発賛成のやらせの問題、
交付金の問題など、目に見える直接の暴力装置を使わないで
一方的に原発安全という誤った選択肢を持たされてしまう。

  日本は、どうなるか?

大江健三郎さんが呼びかけた「さようなら原発集会」にも参加された方がいました。

 こういう意思表明は、改めて必要だと思いました。

というような事を考えた一日でした。

2011年10月08日 23:33

我入道の集い 

g34.jpg
 「我入道の集い」10月8日~9日
 『黒い網』がテキストです。芹沢作品では、異質な探偵小説です。

g342.jpg

新青年(しんせいねん)は、日本で1920年(大正9年)に創刊され、1950年(昭和25年)まで続いた日本の探偵小説雑誌。発行は博文館など(詳細は25~26)

2011年10月04日 22:56

芹沢文学愛読者短信 9月20日号

芹沢文学愛読者短信
  2011年9月20日
  芹沢文学愛読者の会

第121回 人間の運命を読む集い

山本 正夫先生の文芸講話

11月13日(日)13:30~16:30
名古屋市港図書館・2階集会室
電話 052-651-9249
地下鉄「港区役所」駅下車すぐ
内容 1部「人間の運命」音読
11巻 戦野にたつ 第2章
2部 山本正夫先生 文芸講話
80歳になって思うこと
芹沢光治良先生との出会いからわかったこと、
学んだこと
締め切り 11月8日 メールで

継続は力
平石政行(鳥羽市)
「維続」の二文字は妻の専売特許です。日記は中学二年生の時から書き続けています、家計簿も結婚以来記帳を欠かしたことがありません。
それに反して伴侶の・・・。
その私が還暦を機に、続けていることが三つあります。
(1)太極拳
 何気なく県の広報を読んでいたら、伊勢市に太極拳講座のあることを知リました。元来体が硬く、これは体質とあきらめていましたが、ひょっとして、という気持ちが働き門をたたいてみました。
週に一度二時間のレッスンです、技の習得よりも、今よりも少しでも体が柔らかくなりたい、というのが私の目標です。
三年目にしてようやくインストラクターから「最近足が上がるようになってきた」と褒められました。その一言にご満悦な私です。
(2)英会話
若いころに仕事で使う機会も多くそれなりに英会話の勉強をしていました。最近ではその意欲も半減していました。覚えてもすぐに忘れてしまう自分に、嫌気がさしていたのです。
そんな矢先に菊池健彦氏の存在を知りました。TOEICの試験に満点を取り続けている菊池氏が「英語の勉強は単語も発音もリスニンダも文法もすべて、忘れては覚え、志れては覚えの繰り返し」と述べています。俄然やる気に火が付きました。シニア語学留学の実現を夢見て、忘れては覚えを繰り返しています。
(3)山登リ
これぞ妻のおかげです。彼女が幼馴染みと楽し気に山登りに出かけていく姿に刺激を受けて、私も始めたのでした。宮士山を手始めに槍ヶ岳、そして今夏に四国の剣山と南アルプス仙丈岳に登りました。夏山登山に日頃のトレーニングは不可欠と、毎朝一時間のウオーキングと週に一度、伊勢の朝熊山(五五五M)に登って足腰を鍛えています。初心者の私でも、最近では妻が鷲くほど、ふくらはぎに筋肉が付きました。

芹沢文学新年会
1月15日(日)
 来年(2012年)の新年会は、1月15日(日)です。会場は今年と同じの「ウィンクあいち」(名古屋駅前)です。
 詳細は次週短信でお知らせします。

2011年10月03日 21:51

芹沢文学大分友の会 ふじ

芹沢文学・大分友の会ふじ
2011年(平成23)年8月27日
☆第90回・芹沢文学読書会の報告       b♪&
7月10日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で第90回の「芹沢文学読書会」を開きました。芹沢光冶良先生の講演録音テープは、平成3年1月17日の芹沢文学愛好会での芹沢光冶良先生の講話の最後を聴きました。講演の後に質問を受けて、それに答えたテープでした。伊藤青年(天命庵の大徳寺昭輝氏)の後見入として見守っていること、銀座で展示会などもしていることなどについても語っています。ハンケチや安全剃刀などを長年大切に使っていること、フランスでの節電生活のことなどについても話されました。大自然の神についての連作を書いている頃のものです。
芹沢文学案内No50で紹介した『女の都・パリ』(新創杜)の実物を回覧して、この短編小説集について紹介しました。題や目次はフランス語訳か付けられています。短編小説集のフランス語訳がいつか出版されることを願いました。
読書会では、随筆を四篇を読み語りました。昭和18年4月30日に同文杜から発行された『文藝手帳』に収録された「巴里便り」のうち「一 エトランジェ、異邦人」「ニ コンパトリオット、同胞」「三 或る画家」「四 三木清君」の四篇です。資料として『コンサイス日本人名事典』 (1991年9月1日三省堂発行)から「芹沢光治良」「佐伯祐三」「三木清」をコピー(B5)したものを提供しました。パリで天才画家佐伯祐三や哲学者三木清とも交流しました。佐伯祐三や三木清に旅費を貸した、ことは書かれていませんが、二人共に多額の金を貸したのです。佐伯祐三からは絵を三枚貰いましたが、三木清からは返金されませんでした。これらの随筆(便り)は、『芹沢光治良文学館ll』(新潮社発行)に再録されましたので、これをテキストにしました。残りの便りも、いつかテキストとして読み語りたいと思います。
次回のテキストにっいては、この時には決めませんでしたが、ずっと長編小説を読んでいないので、最晩年の連作の第2巻目『神の慈銃』を読み語りたいと思います。

 芹沢分学・大分友の会の16年目の歩みを続けます!!
平成8(1996)年9月に発会した「芹沢文学・大分友の会」は、15年間継続され、「芹沢文学読書会」は90回も回を重ねました。会員は余り多くはならず、細々とですが熱心な会員に支えられて読書会や新年会を続けています。最初のころは、毎年一回の「文学の旅」も行っていました。これからも、可能な限り、継続していきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。今年度の会計報告は次回の会報に掲載します
◎<芹沢文学案内No51>短篇小説集『小説集魚眼』博文館発行全344頁
戦前の昭和16年9月6日に、博文館から発行された短篇小説集です。「あとがき」に「署名は王維の『送秘書晁監還日本』といふ詩のなかの、<魚眼肘波紅>といふ句からとって、この一巻に冠することにした。阿倍中麻呂の心事に心を惹かれてゐる際に、たまたま王維のこの詩を讃んだので、魚眼を借りたのだが、深い意味合があるのでもない」と書かれているように、王維の詩から命名されたのですか、「林檎とビスケット」「お化粧」「梅の花枝」「街の灯」「老年」「遙かなる析り」「雪空」「洋服」「海の人」「夢のかよひぢ」の10作品が収録されています。同年3月28日に短篇
集『鎮魂歌』 (実業之日本社発行)も出されています。「これ等の小説が書かれたのは、主として長薦小説に精進してゐた期間である」と書かれていますが、『美しき秩序』『希望の書』『冬の旅』『男の生涯』など続々と長編小説が書かれ出版されていたのです。この後には『孤絶』『雛愁』『故国』や『巴里に死す』も書かれたのです。
 「長薦小説に苦しんでゐる際に時々書く短篇小説は、作者には愉しいものである」「装幀については、有島生馬氏に我儘を申してお願ひした」とも書かれています。
この本は、古書店でも中々入手出来ませんが、図書館などにて一読をお勧めします。

2011年10月02日 22:27

芹沢光治良文学読書会会報No91 大分からです。

芹沢文学読書会案内通信
No91
2011年8月27日

8月便り 虫の音の 聴かれる夜と なりにけり

 煩い蝉の声も昼間は続いていますが、夕方からは虫の音が聴かれて、秋が来ていることが感じられます。東日本大震災と福原原発事故と、まだまだ問題は解決はしませんが、「一応のメドがついた」と菅直人首相が民主党の代表を退任しました。次の代表選びに多数の立候補者が名乗りをあげていますが、どんぐりの背比べで、みな小粒です。しかも、党員資格を停止されている黒幕が影で牛耳っています。これじゃあ、昔の自民党よりもお粗末に思われます。政局だけでなく、この大震災や世界的な不況の中の日本をリード出来るのだろうかと心配されます。一年ごとに首相が変わるという政局は、根本的に変革されなければならない時期に来ているように思われます。憲法を変えて、まず参議院を無くし、大統領制を導入すべきです。芹沢先生が、どのように考えられるか、お聴きしてみたいと切に思われます。もう一度、最晩年の「連作」を精読して、21世紀の日本や世界を再考してみたいものですね。
 前回は四つの随筆を読み語りました。ずっと小説を読んでいないし、「連作」(全9巻)
的な不配の中の日本をリード出来るのだろうかと心配されます。
 前回は、四つの随筆を読み語りました。ずっと長編小脱を読んでいないし、「連作」・『柚の撒笑』は先に読んだので、第2巻目の『神の慈愛』を読書会で読み語ることを思いつきました。
 以前に読まれた方も、この機会に再読していただきたいと思います。昭和62年に出されたもので、今年で24年目になります。
 どうぞ、都合をつけまして、読書会へお出揆け下さい。

第91回芹沢読書会
①日時;9月11日(日)(奇数月の第2日曜日が原則)
②大分県立図書館 研修室No14
 〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
  昭和57(1982)年11月21日の文芸講演会の芹沢光治良先生の講演「神につ  いて」を、先に聴きましたが、再度聴いていきたいと思います。
〔2〕芹沢文学読書会  10:20~12:00
○テキスト;長編小説 『神の慈愛』最晩年の連作の第2巻目
 初出;書き下ろし長編小説。*-一九八六年十二月三十一日に完稿。
 初刊;『神の慈愛』昭和62年7月20日に新潮社から発行された。
 再録;箱入り愛蔵版・総称『神と人間』(全8冊) 装面榎俊幸
 2006(平成18)年4月30日に新潮社から全8冊で同時に発行された。
 『神の慈愛』は、この第2巻として収録された。全236頁。
 *部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
  =次回は、特別に第3日曜日の11月20日(日)の予定です。=
○同封資料;随筆「ヴラマンクと佐伯祐三」展」東京展(渋谷・東急百貨店本店6階特設会場):東京新聞主催外務省・文化庁後援、財団法人笠間日動美衛館協力)1980(昭和55年)7月18日~8月6日。この美衛展の図録に収録された。頁なし。 *芹沢光治良と佐伯祐三とのパリでの交流などが、率直に書かれています。900円貸して3枚の絵をもらったようです。

2011年09月21日 20:40

2011年10月のマグノリアのお知らせ

 各地で大きな被害をもたらした台風15号が東京を直撃しています。
地下鉄やJR線は、ほとんど運転見合わせになっています。
 皆さんのご無事をお祈りします。

皆様
今年の夏はひときわ厳しく 感じました。やっと、
萩の花が庭いっぱい咲いて、虫の音が聞こえます。
皆様ご機嫌如何お過ごしでいらっしゃいますか?
マグノリアのご案内をさせて戴きます。
10月16日(日) 午後2時
朗読 芹沢光治良作「落葉の声」
      朗読 山中一徳  ピアノ効果 岡玲子
素晴らしい『評伝芹沢光治良—同伴する作家』の
著者勝呂奏先生が、10月30日(日)に父の短編
小説「落葉の声」について、マグノリアでご講演
下さる事になりました。それにちなんでこの作品
を、皆様とご一緒に、音によって読んでみたいと
思います。山中さんは、父の作品『薔薇は生きて
る』を朗読によって、私達に感動を与えて下さい
ました。以前から「落葉の声」に意欲的であられた
山中さんの朗読と、お忙しい勝呂先生の講演を
頂戴出来ます事は、父の計らいのような気持が
してまいります。ご出席下さいます方は、茶菓子等
の準備がありますので、ご連絡願います。
会費は16日と30日両日ご参加の方はセットで
3000円、16日だけご参加の方は2000円お願い
させて下さい。30日のご案内は後日再びさせて
戴きます。ありがとうございます。岡玲子


2011年09月20日 20:57

8月28日の二谷先生を囲む会にて

 感動を持って、聴いた講演会のあと、二谷先生を囲む会では、
あの芥川賞作家「西村賢太」について隣に座ったIさんと盛り上がりました。

 平成の私小説作家「西村賢太」は、およそ現代の作家像とは大きく違いますね。
 芥川賞を受賞した作品『苦役列車』の主人公北町貫多は友も、恋人も、お金も、将来の展望もなく、その日暮らしをしていた。そのやるせなさが漂うその文体は、芹沢光治良とは全く別の世界を書き表している。
 しかし西村賢太の分身である北町貫多は、変に私を納得させる「理屈」をその建前と本音の本音の部分を表しています。
 Iさんからきいた、その「理屈」からくる常識を逸した生き方は、西村賢太氏が私小説家として着実(?)に歩んでいるのがよくわかり、おおいに笑い、飲んでしまいました。
 
 太宰治が、作品の中で志賀直哉を強烈に叩いているのが書かれていますが、西村健太も冷やの日本酒が入ると、がんがん批判し、実行しています。

 私の家族が「西村賢太」の作品を読んだら、私と似ていると言って機嫌が悪くなりました。(笑)

 西村健太は、PCを持ってないから、このブログは見ないと思います。原稿は手書きだそうです。
 
 一応出版されている「西村賢太」はすべて読みました。しかも、Iさんに言われて、近所の本屋さんから
 すべて購入しました。本は、地元の本屋さんから買った方が良いそうです。

 芹沢光治良文学ファンの方、西村賢太は芹沢光治良の作品とは真逆です。

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 西村賢太氏です。この写真が一番小説に書かれている賢太の分身である貫太とは違っています。


 
 

2011年08月28日 19:40

生誕115周年 講演会 「芹沢光治良先生の活きた時代と自分史」

 2011年8月27日(土)芹沢光治良先生生誕115周年の講演会が、グランドヒル市ヶ谷 3F(真珠)
で開催されました。

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13時に集合して、準備です。

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準備完了

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受付が始まります。

三重、愛知、東京、静岡、千葉、神奈川からかけつけていただきました。

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準備完了です。
鈴木代表の挨拶です。本日は、愛好会会員以外の方も来ていただきましたので、芹沢光治良文学愛好会の説明をしていました。


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いよいよ上越教育大学 名誉教授 二谷 貞夫(ニタニ サダオ)氏の登場です。
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 二谷氏は、自分史を重ねてお話になり、その内容は加賀乙彦氏の「永遠の都」を思い出すような話しぶりでした。とても、理解しやすく夢中になって聞きました。
 お話の途中、自分がなぜインタビュアーに選ばれたのか、生徒会長をしていたからか、小山書店の小山久二郎の紹介などいろいろ考えられる説をお話をだされていましたが、よくわからないということでした。
 ただ、講演後、会場から意見があり、この二谷先生のインタビューで
 1 エロティックなことについての芹沢光治良先生の考えを知ることが出来た。
 2 芹沢光治良先生は、他の作家についての評論はなかなかしないが、夏目漱石や石原慎太郎について
   の話しを聞く(読む)ことが出来た。
 3 先生の代表作「巴里に死す」「サムライの末裔」について、自分の考えを話されている

 など興味深いことを話されていました。二谷先生は、このインタビューの中で「巴里に死す」の女性主人公に話しを持って行きながら、更に発展させることが出来なかったことなどの後悔を話されていました。

 また、芹沢光治良先生の短編の名作「死者との対話」についてふれられました。
 私は、以前から歴史学者や哲学者がこの短編を読むとどういう感想を持つか興味を持っていました。

 そしたら世界史の専門家の先生がこのことについてふれられていました。
 歴史学者上原専禄氏と芹沢光治良先生との対比で話されました。
 ところで、上原専禄氏とはどういう人か。
 上原は、日本人には「世界史の感覚や意識」の弱い点を問題視し、新しい世界史像の形成をしてきた学者である。
 13世紀の世界地図を資料として示されました。この地図は、13cの宗教でわけられた上原氏作成の地図です。今の世界史は、キリスト教的な見方で語られるが、宗教では、一神教、多神教、ジャーマニズムが存在し、当然この宗教によって世界史が形成されると管理人が理解しました。
 この考え方は、管理人にとって、説得力があり、また新しく感じました。
 二谷先生が追っかけている歴史家だそうです。
 上原先生の著書に「死者・生者」という著書があり、「死者との対話」の出だし
 
 死者は生きのこった人の記憶のなかにしか生存できないという。人の記憶は時とともにうすれて、やがて死者も生きのこった人の記憶に存在することが難しくなるであろうし、生きのこった人自身、この世を去ってしまう時が来るが、その時死者がこの世にかけた願望や精神はどうなるのであろうか。(『死者との対話』より)

 が、上原先生の「死者・生者」とそっくりでビックリしたこと。

 「死者との対話」の中で、松代本営について書かれているが、この時期(昭和二十三年三月「社会」に初出)、こんな早い時に書かれていたのはビックリした。歴史家に知ることになるのは1970年代と話されていました。

 あっという間に、時間がきました。

 新潮社のIさんが、芹沢作品を持ってきてくれました。私は、『人間の運命』のデラックス版を購入しました。
ほしかったんですよね。

 今年の秋は、人間の運命4回目に挑戦です。世界史の研究者である先生が、「人間の運命」を読みどう考えるか、一度お話を聞いてみたいと思いました。

 次は、会場を変えて、二谷先生を囲む会をしました。

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 本日司会で大活躍のNさんです。ほんとうにありがとうございました。

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二谷貞夫氏の近影です。

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 三重の平石さんから始まった『不思議な話し』

 名古屋の皆様の不思議なお話。皆さんの持つ徳のすばらしさ、徳のおかげだと思いました。管理人お渡しも頑張ります。

 二谷先生、本日のお話有り難うございました。

 

 

2011年07月07日 23:34

文芸講演会・芹沢光治良先生・生誕115周年記念

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 芹沢光治良文学愛好会は、芹沢光治良先生生誕115周年記念の文芸講演会を下記の予定で開催します。

 演題 「芹沢光治良先生の活きた時代と自分史」

     上越教育大学 名誉教授 二谷 貞夫(ニタニ サダオ)

     平成23年8月27日(土)14:30~16:30
   
     会場 グランドヒル市ヶ谷 3F(真珠)

     入場無料 

     ※愛好会会員(1,000円)

     主催 芹沢光治良文学愛好会


 1956(昭和31)年7月号の「若人」(学澄社)という雑誌に二人の高校生が、直接芹沢光治良と面会し、お話を聞いているという特集を組んでいます。
 
 教育大学付属高校3年 二谷貞夫氏 と 都立戸山高校3年 弥原静江さんです。

 高校生の時、当時の人気作家であった芹沢光治良氏と直接お話をした高校生。

 なんか、うらやましいですね。

 二谷貞夫氏が、この日いらっしゃって講演会をしていただけます。楽しみです。


 「若人」での芹沢光治良氏の紹介です。

 芹沢光治良先生は、明治30年生まれ(実際は29年生まれです。宮沢賢治と同年です。管理人注)。一高、東大経済学部を卒業。農林事務官になられました。略(当日のテキストでお読み下さい)
 帰朝後作家として立たれ、知性と甘い抒情の溢れたそのフランス風スタイル(下線管理人芹沢文学について書かれています。確かに、この指摘は、最もですが、芹沢光治良氏の文学には希望という要素も入ると思います)は、多くの愛読者を持ち 「愛と死の書」「命ある日」「男の生涯」「巴里に死す」は代表作です。

 略

 世田谷三宿のお宅に伺っての高校生によるインタビューです。なかなかしっりとした内容です。

 高校生2人が、どのように芹沢文学を感じた二谷先生のお話楽しみです。

2011年07月05日 19:42

沼津朝日新聞より 2011年(平成23年)6月22日

芹沢光治良偲び作品に迫る
愛好会が偲ぶ会と後援会

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沼津芹沢文学愛好会(和田安弘代表)は一八日、「芹沢光治良を偲ぶ会」と「芹沢光治良文学講演会」を相次いで開いた。 
偲ぶ会では、同愛好会を含む各地の愛好会の会員ら約四十人が参列し、香貫市営墓地にある芹沢家墓所にカーネーションを献花。芹沢次女の野沢朝子さんや、四女の岡玲子さんも駆けつけた。
 偲ぶ会は以前「芹沢・井上文学館友の会」が芹沢の命日がある三月に開いていたが、芹沢文学館が市に移管され芹沢光治良記念館として再出発したのに伴い、一時中断されていた。今年同愛好会により再興されることになったものの、東日本大震災の影響で延期となっていた。
 講演会は市立図書館四階の視聴覚ホールで開かれ、約百六十人が聴講した。
 はじめに和田代表が挨拶。芹沢文学愛好会は全国に六つあり、沼津の会は、その中で最も若いと説明した後。芹沢の出身地である沼津の地で芹沢文学への関心を高めていく事への期待を述べた。
 その後、来賓が挨拶し、市教委文化振興課の宮下吉岡町は、同記念館で十一日に始まった企画展に、同愛好会と芹沢家から多大な協力があった事への感謝を述べると共に、自身の友人にも芹沢作品を読むよう勧めたことなどを話した。
 続いて岡さんが挨拶。岡さんは、父の思い出として「『平等』という信念が強かった。だから私達四人姉妹に分け隔てなく接し、名前に『さん』をつけて皆を呼んだ。疎開中、家族六人で暮らしたが、父は一個のリンゴを正確に六等分するような人だった。その平等感には今も尊敬と感謝の念を抱いている」と回想した。
 また、同記念館で展示されている長女麻里子宛の絵はがきについても「ハガキから読み取れる父から麻里子さんへの思いは、残り三人の姉妹にとっても、等しく受け取られるもの」と話した。 
 講演会では、桜美林大学の勝呂奏(すぐろ・すすむ)准教授が「芹沢光治良の残したものー没後十八年」と題して話した。
 勝呂さんは、はじめにインターネット上の百科事典であるウィキペディアの「芹沢光治良」の項の記述を紹介し、一般的に芹沢がどのように理解されているかを説明。その上で、同記述には芹沢文学の重要な要素である「希望」について触れられていない、と指摘し、芹沢文学と「希望」の関わりについて話した。
 勝呂さんは、芹沢の幼少期の体験が「希望」の原点であると語り、荒天続きで不漁である冬季の辛く厳しい日々を堪え忍び続ければ、その後必ず春が来て喜びの時期が到来するという経験を何度も味わったことが芹沢の「希望」観を形作ったと話した。
 また、芹沢が貧しい中で、あれこれ手を尽くして学費を工面したことなどにもふれ、それが「絶望しない人は、いつかきっと願いがかなう」という人生観を生み、読者の共感をを得てきた、と説明した。
 続いて勝呂さんは、芹沢文学における「神」の存在に言及。初期の作品では芹沢は「神」を意識することがなく、作家対読者という構図で執筆を続けたが、後期の作品では「神」の存在を意識し始め、作家は「神」と読者を仲介する立場、という見方に立つようになった、と解説。
 そうした見方を端的に表すものとして、芹沢光治良全集の内容見本に記載された「文学とは、神の無言の要求に一つの言葉を与えることだと、そう信じて、私も仕事をしている」という文章を挙げた。
 また、勝呂さんは芹沢にとっての「神」とは何かについて触れ、芹沢の作品『文学者の運命』の中から、「自然を超越した巨大な力」「道徳的存在」といった語句を示したほか、「神」の意思とは、庶民が圧迫から解放され自由になること、病気や因習から解放されて幸福を得ること、であると説明した。
 このほか、勝呂さんは、芹沢がこうした人間の幸福について「陽気暮らし」という天理教の用語を使っていることも話し、芹沢が日本人作家としては珍しく「神」を意識した背景には、芹沢本人が特定の信仰を持たなかった一方で、芹沢家が天理教を通して宗教と密接なつながりがあった点を改めて指摘した。