seri1.jpg unmei6.jpg 芹沢光治良文学愛好会

2026年09月01日

芹沢文学読書会 案内通信  No.181 2026年8月26日 (水)(令和8年)



案内通信 No.181 2026年8月26日(水) (合和8年)




だいじしん


大地震・・・


ごうう


豪雨もありて


もうしょ


猛暑なり


松林庵主人




8月便り


今年の夏は、猛暑 (酷暑) が続き熱中症となる人も多く、中々秋の涼しさになりません。 熊本において、また大地震が起きて非難も大変です。 関東から北国においては豪雨で多くの自動車が動けなくなりました。 また、台風が次々に発生し、沖縄や台湾・中国へゆっくりと動いたりもしています。 異常気象で世界各地でも猛暑から多くの死者が出ています。 これは、地球温暖化への人類の対応が不十分であった結果でしょう。 このままでは、22世紀には人類が地球上に住めなくなることが現実化することを心配しています。


 ロシアのプーチンによるウクライナ侵略は続き、トランプのイラン攻撃もなかなか終わりません。 中共の習近平は、軍隊を増強し、 台湾を侵略しようとしています......。


元気にお過ごしのことと思います。 暑い夏続きますが、読書会にお出掛け下さい。




第181回・芹沢文学読書会


1 日時; 9 月 13 日 (日) 午前10時~12時 [* 平城は 第2日曜日午前です]


�A会場; 大分県立図書館 研修室 No. 5 [* 平常は研修室No.5 です]


�B内容: [�T] 芹沢文学に関する話題や情報  10:00~10:10 am 自由に話す。




[�U] 芹沢文学読書会


10:10~12:00 am



○テキスト 『人生について 結婚について』 芹沢光治良作 (昭和42年5月25日新潮社発行)


第一章若い人々へ 一断章七篇一 7~29 頁


「独りで考える習慣」 「友情を忘れた寂しい青春」 「 "砂漠の仲の学生たち」 「サラリーマン道への反省」


◇『人生について 結婚について』 は昭和42年5月25日に新潮社から発行されました。 第一章若い人々へ、第二章結婚について、 第三章幸福について、 第四章には自伝「私の青春時代」 が集録されています。


=次回は、11月8日 第2日曜日) 午前の予定です。=




同封資料; 随筆集 『若い河』 芹沢光治良他 昭和32年2月5日 河出書房発行) 雑誌<週刊読


売〉に掲載された4人の随筆 (人生論)の選集です。 内表紙、 目次、 あとがき (亀井勝一郎) 、 奥付。


この随筆集には、 芹沢光治良の随筆 10編が収録されています。 「砂漠」 の中の学生たち、友情を忘れた寂しい青春、サラリーマン道への反省、 「人口過剰」のため息、天国の創造は夢でない、心に咲く美しい花々、若者を信頼していい、 「母」は心に宿っていない、 愛する男性とこそ、 小国に生きる心構えです。


結婚についてには4編が収録されています。 [同封資料提供者・中村輝子]




芹沢文学・大分友の会


ふじ


和8 (2026)年8月26日 (水)




会報 No.180


編集・文責 小串 信正 おぐしのぶまさ


◎令和7 (2026)年度 芹沢文学 大分友の会 会計報告 (2025.9~2026.8)


=会計報告をいたします。 御了承下さい。 会計責任 小串信正会計監査 中村輝子=


収入の部 前年度繰越


792 円


会費収入


14, 700


寄付收入


10,000


テキスト代


200


合計25,692




支出の部 切手代 13,930円


文具代


3,943


コピー代


2,475


合計20,348




【反省点】


会計決算 25,692-20,348=5,344円 (振替 274 + 現金5070)


�@芹沢文学 大分友の会としての芹沢文学読書会を30年間継続しました。 地元の会員は4名になっています。芹沢文学研究会と兼ねる会員は9名です。 読書会への参加者が約3名にまで減っています。 年会費が未納の会員もいます。 いつ迄やれるか分かりませんが、何とか継続しています。


�A熱心な会員の篤志の寄付で、年会費を1200円に維持して来ましたが、1500円に値上げしました。通信会員として継続してくれている人々もいます。関係者や記念館などへも会報をお送りしています。 今後も、会報を年6回発行し、 読書会を奇数月に年6回継続して行きたいと思います。


令和8 (2026)年度の年会費の納入をお願いします。 振替や持参で。


+++


9月から新年度になります。 年会費の納入をお願いいたします。 読書会に参加の方は、9月の読書会に持参して下さい。他の方は同封の郵便振替払込取扱票にて納入して下さい。


*振替の年会費納入の確認が出来なくなっているので、同封の年会費入金報告用紙に、入金月日・金額・氏名を書いて、 同封の封筒(切手は貼っています)に入れて、御面倒ですが返送して下さい。 この報告書が届かないと、 納入したことが分かりません。


寄付も受入れますが、 無理をされないように。 芹沢文学研究会の会員の方で、 芹沢文学・大分友の会にも入会いただいている方々にも会員の継続をお願いいたします。




【芹沢文学案内 No.125】 芹沢光治良の随筆(人生論)『若い河』 河出書房発行




芹沢光治良は小説だけでなく、多くの随筆や人生論、 そして紀行文も書いています。 随筆集としては、 『収穫』 『文学と人生』 『文芸手帖』『幸福への招待』 『こころの窓』 『人生について 結婚について』 『こころの旅』 『生きること 書くこと』 『こころの広場』 『こころの波』 等があります。




『芹沢光治良文学館』(全12巻)には、エッセイ集として第11巻 『文学と人生』 と第12巻 『こころの広場』 に集録されていますが、 評論・紀行文・自伝等も収録されています。 随筆を読みたい方は、これを入手して下さい。


 新しく中村輝子さんが、 随筆集 『若い河』 (昭和32年2月5日 河出書房発行)を探し出してくれました。 これは、亀井勝一郎の 「あとがき」 にあるように、 雑誌 「週刊読売」に昭和30年9月11日から同31年8月26日号までに連載された、 上原専禄 ・亀井勝一郎 ・ 芹沢光治良•丸岡秀子の4名の随筆を河出書房の竹内寛子さんが選んで集録し、 単行本 (河出新書)として出版されたものです。 芹沢光治良は10篇が選ばれて収録されています。 この会報の同封資料に随筆の題を紹介。 この河出新書は、 現在では入手出来ないと思いますが、紹介しました。


posted by セリブン at 19:30| Comment(0) | 芹沢文学読書会 大分

2026年08月01日

芹沢文学愛読者短信 2026年8月1日 芹沢文学愛読者の会


声楽家の猪股典子先生ご指導による楽しく【童謡・唱歌を歌いましょう】に参加して


六月に猪股典子先生から「よろしかったら【歌う会】に参加しませんか」と案内をいただき

ました。歌うことが好きな私は、楽しみに出かけました。

 会場は南山カトリック教会に隣接し、緑の樹木に囲まれ、しっとりと落ち着いた雰囲気の中

にありました。

 ご指導くださる猪股典子先生落ち着いた色合いの和服姿で「きょうは一時間半、笑顔で楽

しく歌っていきましょう」とに

こやかに始められました。

 季節に合わせた童謡、唱歌を十三曲を歌いながら、一曲ごとに歌の背景、エピソード、歌う

時のポイントなどを話され、丁寧に指導してくださいました。

『背くらべ』を歌う時、作詞海野厚にまつわるエピソードは、とくに心に残りました。

海野厚さんは、結核を病み家を離れ一人で暮らしていました。ある朝のこと、母は弟に「朝

ご飯を、厚兄さんに届けて」と頼みました。

 しかし、弟はお母さんの頼みを聞かず、届けませんでした。

ところが、厚さんはその日に亡くなってしまいました。二十八歳でした。

 弟はあの朝、なぜ、朝ご飯を届けなかったのか、悔やんでも悔やみきれない気持ちが残りま

このことは、その後、誰にも話しませんでた。

 長い年月が過ぎたある日、新聞記者からインタビューを受け、長年心に秘めていた、あの日のことを話しました。

 それから間もなく、弟も亡くなりました。

 猪股先生は、「その記事は少し長いのですが、この曲を歌う時に参考になると思いますので。

全文を読みます」と言われて、一言一言、噛みしめるように読み上げてくださいました。兄弟

愛を感じる良い文章でした。

 私たちがいま、歌っている重謡や唱歌は、大正時代に文部省や、文学者、音楽家たちが、子

どもたちが情緒豊かに育つようにと、心を込めて作ったものです。

猪股先生は最近、若い人から「子守歌って何ですか?」と問われて、驚かれたことがあり

「私たちが今、歌いつないでいかないと、この美しい童謡や唱歌はやがて忘れ去られてしまう

という危機感を強く感じていま

ず」と話されました。

 最後は、先生と一緒に「子守歌(江子守唄)』『揺籃のうた」を歌って終わりました。

 このとき先生が幼い子をあやす仕草で歌われたお姿が、やさしさにあふれ、一緒に歌っ

ている私までやさしくなっていくようでした。

 後日、私は美輪明宏さんの著「私の人生論」を読んでいたとき、ある頁で目が留まりまし

 「日本には聴いているだけで、心が癒され童謡や唱歌や叙情歌が数多く残されていて、

その歌詞は、まるで宝石をちりばめているように輝いている。

北原白秋作詞の「揺籃のうた』は子守歌としてぴったりだ。

 このような良質な歌を聴かせてあげれば、その子はきっと優しい子に育つでしょう」。

と書かれていたのです。良い音楽を、後の人に残していきたいと願う強い思いを、お二人から感じました。

 私は、いま人生の晩年を過ごしていますが、今回のことはさわやかな刺激となりました。

私も歌い続けていきます。


自伝抄第9回

捨て犬か雑草のように

芹沢光治良

続家庭教師で一高パス


 これからは行く先々をわが故郷とし、暮らすところをわが家として、己を無にして心をひらいて接すれば、必ずわが親兄弟に

なってもらえるだろうと、希望を持った。

 とにかく、植松家に十か月幸せに暮らし

たおかげで、翌年の入学試験には体格試験

もパスして、第一高校に入学した。

そして九月の初めに上京して北寮十番の

部屋にはいった。

 入学してから上京するまで、わが家のよ

うに植松家に厄介になり、上京する時に

は時には、重雄君の母堂から休暇に

なったら、自分の家と思って、いつでも

帰ってきなさいよと、言われて、故郷に

わが家ができたようにうれしかった。

母堂のやさしいこの言葉は、生涯忘れら

れないほど有難く胸にしみた。

しかし、それからの一高生活は、学費の

問題で苦労した。

 海軍の軍人の援助は中学校の卒業で終わ

り、半年間の代用教員の月給が九円であったが

食費代に月三円家入れ、入学試験のために費やして残り少なかったので、植松家で入学祝にもらった金を加えて五十円ばかり、差し当たり高等学校三年間の学費しかなかったが、

貧乏にはなれていたし、楽天的で苦にもし

なかった。
posted by セリブン at 12:42| Comment(0) | 芹沢文学愛読者の会 名古屋

2026年07月08日

芹沢光治良文学研究会 2026 四季報 夏号

夏の歌

日本中

各地は猛暑

耐えがたき・・・

熱中症で

死者も次々


四季報 夏号

第百三十八号 (No138)


芹沢文学研究会・会報

令和8(2026)年7月8日(木)刊行


芹沢光治良記念文化財団

財団ニュース (2026年度の行事計画)2026年5月発行


〇『芹沢市生誕130年を迎えて』代表理事 勝呂 奏名作「死者との対話」の一節を引用して「命への根源的な問い」から、作品「秋扇」には「人の魂は不滅で、その人を知る心の中に残って不死である」と書いていることを紹介。晩年の連作から、

読者は「不死の芹沢と心を通わせた対話をしている」と説いています。

「芹沢との素晴らしい対話」の最近の二冊を紹介しています。

大丸22026年度の行事計画 (1)芹沢光治良ノート(7)・財団ニュース(14)の刊行  (2)講演会・音楽会・朗読会の開催

星2️芹沢文字のまわりでシリーズ�F 野見山恵美子「二つのアラン 高田厚 12年作ブロンズ」 胸像は1966年に贈られた。

●小冊子『芹沢光治良ノート �E』(長編小説『狭き門より』の紹介) 2026年5月4日発行

芹沢作品をやさしく追介する小さな冊子です。 『狭き門より』の電子書籍は小学館から発行された。




沼津市芹沢光治良記念館 静岡県沼津市我入道蔓陀ヶ原517-1


芹沢光治良二十周年記念企画展

電話・FAX 0565-32-0255 メール kojiro @ city.numazu. Ig jp

『魂の交換 光治良×文化人~運命の出逢い~』

期間 第1回 6月13日(土)~11月29日(日)

第2回 12月1日(土)~5月30日(日)

『魂の交換 光治良×文化人~運命の出逢い 第1回 沼津市芹沢光治良記念館

発行日令和8(2015)年6月13日

幼少期 大山捨松 留学中 三木清  アンリ・ベルクソン 佐伯祐三 宮沢勝 ポール、ヴァレリー

作家時代 小山敬三 島崎藤村 林芙美子


芹沢光治良文学愛好会の会報 通信 No555 556 557

芹沢光治良文学愛好会の例会、東中野区民活動センター

第555回 5月24日(日) 13:00~17:00 読書会 洋室3(2階) 司会 豊田英文

テキスト 大河小説『人間の運命』「父と子」第5章~第8章 PS56 (新潮文庫版。

送付資料は、 芹沢光治良文学愛好会総会資料 愛好会会則。

�A「芹沢光治良 の周辺人物」�B『芹沢光治良ノート�E』『狭き門より』を読んでみませんか? 芹沢光治良記念文化財団 2026年5月4日発行


第556回 6月28日(日) 13:00~17:00 読書会 調理室3(1階) 司会 豊田英文

テキスト 大河小説『人間の運命』「愛」第1章~第4章 786 (新潮社版 黒い表紙のもの)

送付資料は、2025年度収支計算書訂正版。

�Bチラシ 「魂の交歓 光治良×文化人~運命の出逢い~」


芹沢光治良文学愛好会

第557回 7月26日(日) 13:00~17:00 読書会 洋室4(2階) 司会 豊田節子

テキスト 大河小説『人間の運命』「友情」第5章~第6章 (新潮社版 黒い表紙のもの)

短編小説「櫻花」小説集 『愛すべき娘たち』(コバルト叢書)鱒書房版 昭和15年5月5日発行

送付資料は、�@短編小説『櫻花』 テキスト編集・作成 鈴木春雄

*この3回の例会は、既に行われたものです。 愛好会の活動報告の紹介です。


沼津芹沢光治良文学愛好会 会報7月1日(水)発行

会報「いのちのふる里」 2026年7月1日発行 A4判 小冊子 全9頁

沼津芹沢光治良文学愛好会 不破 久代表から 会報「いのちのふる里」をお送りいただきました。

巻頭寄稿 企画展「魂の交歓 光治良×文化人~運命の出逢い~ 第1回」について釼持直樹

▷沼津市芹沢光治良記念館副主任の釼持直樹の企画展についての「概要と主な見どころ」が紹介されています。「手紙や著作など約80点」が展示されて、新しい展示方法で視覚的にも分かりやすくしているとか。

特別寄稿 生成AIが読み解く文学論  高田博次

楽しい時間を有難うございました 松村和子

会員からのメッセージ・所感 芹澤守 長澤有美子 不破公美 神田逸子 芹沢光治 五十嵐由子 不破久温

▽会員各位の光治良先生や芹沢文学作品についての感箱や思い出、そして願いや所感が書かれています。

活動報告と会計報告 事務局 会員以外も参加できる催し例年行事) 事務局

沼津芹沢光治良文学愛好会 〒410-0830 沼津市我入道東町 151-1 芹沢方

090(7855) 4229

●芹沢光治良先生の生育の地・ふる里で、多くの方々が集い、定例会が開催され、文学講演会・光治良忌・光治良を偲ぶ会が継続されていることは、素晴らしいことだと思います。今後を期待しております。


◎同封資料/翻訳一九二五年ゴンクウル賞品

月號 第一書房發行

「コナン大尉」ロヂェ・ヴェルセル 芹澤光治良訳 セルパン> 昭和十三

�A評論 「ざんげ記」 芹沢光治良 『わが小説』朝日新聞学芸部編 昭和 (1962)年7月

15日 雪華社発行

[�@の資料提供 中村 輝子〕

文学評論 連載 「芹沢文学講話」 �C 大山捨松天

山元帥夫人 妖精との出会 芹沢文学研究会代表 小串 信正


連載 会員便りNo91

芹沢文学との関係 =キリスト教の信仰 第4回目の会員順の会賞使りとして連載


山梨県北杜市 松本 二郎


芹沢文学研究会に入会して何年になるのかな。小生、今年の7月で85歳になりますが、少し自己紹介させて貰います。私は昭和38(1961)年に茨城県の下館一校を卒業し、昭和4年に日本軽金属株式会社に就職しました。仕事の関係で静岡県の(清水市に住むようになりました。そこで、縁あって清水市に住んでいた家内と昭和4 (1966)年に結婚したのです。私の実家は仏教家族でしたが、家内の家族はキリスト家族でしたので、私は自然にキリスト教に入信しました。清水には約3年住んでいましたが、市の図書館で芹沢先生の本に出会い、それから先生の本を多く読むようになりました。図書館が近くにあったので良く利したのです。

図書館で借りた本で特に気に入った物は購入し自分の物としました。そのような関係で芹沢先生の本は大分購入しました。

 前述したように家内の家族はキリスト教であり、そのような関係で結婚してからは、清水聖ヤコブ教会に行くようになりました。子供は3人いましたが3人とも幼児洗礼を受けさせました。 芹沢先生の本を読む事によって、先生は天理教の関係で大分苦労した事を知りました。宗教関係では、私は随分勉強した方ではないかと思っています。 しかし、今でも宗教とは何か、この年でも良く分からない状態です。例えば、キリスト教は、聖書は一つですが、その内容の解釈によって、宗派は凄い数ですよね。 また、現在、世界中で行われている

戦いは非常に多く、宗教が絡んでおり、理解するのは難しいです。本当に、地球はどうなってしまうのでしょう。 本当に困ったものです。

実は私は、清水市には約80年住みましたが、8歳の時に、会社の都合で若年退職することになりました。平成9(1997)年に、家内の親戚の人が山梨県の市の工業団地に工場を建設する話が出て、そこで働くことにしたのです。そのような訳で、最初は上野原市と清水市を往復する事になりました。将来もそこで働くつもりでいたので、清水市で生活するより山梨県のどこかで生活した方が良いと考え、種々検討した結果、上野原市から少し遠いですが、小淵沢に家を建てることにしたのです。小淵沢のちかくには、長坂聖マリヤ教会や清里聖アン

デレ教会があります。 現在は長坂聖マリヤ教会にお世話になっています。そして、芹沢先生や曽野綾子さんの本を繰り返し読んでいるのが現状です。



芹沢文学 豆知識かー 30

芹沢光治良先生の生年は明治30年が正しいという説


芹沢先生は、明治何年に生まれたかは、大きな問題です。 学生時代とか就職の文書には明治29年と書いたようです。昭和24年のパスポートにも 1896 と書いています。ところが、本当の生

年は明治33(1897)年であると、少年の頃から自覚していたのです。ですから、作家になってから

の年譜には、生年は明治30年とずっと書いて来たのです。昭和4年9月に日本経済新聞の連載

に書いた「私の履歴書」にも、「私は静岡県沼津市の中央を流れる狩野川の河口の左岸に、かたまった小さな漁村に、明治三十年五月四日に生れた。」と明記されています。

しかし、芸術院会員になられた昭和4 (1970)年頃に、戸籍通りにした方がと、生年を明治29年

と書かれるようになったのです。 それで、現在は戸籍登録の記録から明治29年として、年譜に

も明治29年5月4日生まれとのみ書かれるようになっています。

しかし、戸籍の生年は、祖父が一年早めて届けたとのことで、大河小説『人間の運命』の第1

巻『次郎の生いたち』には、自分をモデルにした森次郎が楊原小学校に入学する時に、「一年早

いと思ったが、五月四日生れだから、早生れとして三十五日早すぎるだけだと、常衛門は尤もら

しく自分に説明したが、実は戸籍係が二十九年生まれとしてあることを知らなかったのだ。」と

もあり、芹沢光治良先生は、やはり正確には明治30年生まれが正しいと私は思います。ですか

ら年譜にも、「明治30年5月4日に生まれた。戸籍には明治29年5月4日生まれとあるが、一年

早く生まれたと登録されたようだ。」と書くべきです。そうすると生誕百三十年は、来年になる

のです。記念館の記念企画展は、第2回が来年の5月30日まで行われるので良いと思いますが。

▽新入会員の紹介 その後の入会者は有りません。新入会員をお誘い下さい。+○

・編集責任 小串信正・・・

☆ 編集後記 ★

芹沢文学研究会の会報第138(夏号と同封資料をお届けいたします。 夏の暑い日々が続いています。 猛暑から酷暑となった所が各地に広がっています。 どうぞ、熱中症にお気をつけ下さい。 夏に会報を作成するのは大変で、クーラーの無い書斎で汗をかきながらパソコンを打っています。同封資料の作成や文学評論 連載 「芹沢文学講話」を書くのが大変です。

大相撲でウクライナ出身の安青錦が足の怪我で休場し、大関から関脇に落ちて、10勝以上で

復帰する場所でしたが、奮闘して勝ち続け、何と優勝決定戦を制して3回目の優勝をしました。

会報作りに尽力していたら、何と熊本で、震度7の大地震が起こりました。 国東半島の方で

も、横揺れして驚きましたが、幸いに震度3で一安心しました。西日本では、南海トラフ大地震

が心配されています。家は古いし、津波が起きたら大変な被害になります......。

梅雨の洪水や夏の猛暑は、地球温暖化の結果です。本気に対応して行かねば、22世紀の地球に人類は住めなくなります・・・・・・。高温はヨーロッパでもあり、フランスやスペインの山火事も大変です。侵略や戦争は、早く終わって欲しいものです。では又。


posted by セリブン at 00:00| Comment(0) | 芹沢文学研究会