2010年01月

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管理人の日誌

最近、出版された本です。

天の愛 芹沢文子著

神と人間

解釈と鑑賞別冊  芹沢光治良
                       




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 あなたは  人目のお客様です。


2010年01月24日 09:28

2月のマグノリアからのお知らせです。

最も寒い季節になりました。でも、少しづつ日ものび、白木蓮の蕾もふくらみ始めております。マグノリアのご案内です。

  2月20日(土)       午後2時
  芹沢光治良先生との絆
  ゲスト      室賀脩  八木沢悦子
  演出 朗読   山中一徳

はるか昔、父は現在の沼津市立第一小学校の代用教員でした。当時小学生でした室賀様、八木沢様の父上は、戦後、父との再会があったようで、それからの父の手紙を室賀様、八木沢がお持ちです。一方、我家にもお二人の、ご尊父様方の手紙がありました。これらの手紙を、お馴染みの父と同郷のナレーター、山中様が朗読、そして、ゲストのお二方にお話を伺いつつ、光治良先生を覗いてみたいと思います。マグノリアだけで致すことの出来る集いと存じます。会費は2000円頂戴させて下さい。
茶菓子の準備のため、ご出席下さる方は、ご連絡お願い申し上げます。ありがとうございました。
        岡玲子

2010年01月15日 08:03

芹沢朝子様からの感動する本です。

sansou.JPG

 いつも送られてくる愛好会の封筒の様子が変わっていて、あれっと思っていたら、その封筒も大きくふくらんでいる。何かと思って開封したら、野沢朝子著「山荘」が入っておりました。

 早速、袋から取り出し、「はじめより」から読みました。
  
 この「山荘」は短歌が読まれたあと、野沢氏の文章が続く形です。

 病みてより こころ弱りて山荘に

  父の香のこる 机持ちてあり

 この短歌のあと、山荘の芹沢光治良先生の机に座っている野沢氏が語ります。それらの言葉は、モノローグのように山荘の扉を開けて、私達を「山荘」にいざなってくれます。

 文章の確かさから、読み進めて行くうちに気がつくことがありました。それはこの本から出てくる「優しさ」です。私は、どこかで感じたことがある「優しさ」です。この「優しさ」は何かと、仕事に行く途中、食事をしながら、音楽を聞いている時、この優しさってどこで出会ったのだろうと考え続けました。

 そしたら、それはいつも私が芹沢光治良作品を読んで感じていたのと同じものだったのです。

 その優しさとは、「芹沢光治良の目線」です。芹沢光治良先生の優しい目線が、芹沢作品の中に私達読者は感じています。主人公の時もあれば、ほんの脇役の時もあります。その目線が芹沢光治良氏の魅力だと思っています。

 私達に驕りを生まないように私に警告を出してくれたり、日々の生活の中で気をつけようと感じ入るのです。

 野沢氏の立場で書かれているのに父上の芹沢光治良氏の暖かい目線を特に感じるのは、この短歌で始まる所です。


 あたたかき父の手添ふる病床に

  もみぢ燃え立ち吾はめざむる

 この文章は「人間の運命」で、有名な(関係者の皆様、すいません)場面です。
先の戦争で東京が空襲になり、山荘に疎開した家族に起こる大きな事件です。戦争が終わってホッとしたのは、森次郎という家族だけではなく、読者もまさしくそうでした。それも束の間、戦争という大きなフレーズの頂点を次女の大きな病気という事で読者に大きな緊張をうみます。

 この事件を森次郎からではなく、その娘さんのお気持ちを私達読者が読むことが出来るというのは、読者として人間の運命を読み深める事につながります。また、一つの作品の「野沢朝子の目線」と言うのでしょうか?この時、娘さんはどういうふうに感じていたか、関心を持って読み進めて行きました。

 ところが、野沢氏の確たる文章を読み進めてみると芹沢光治良先生の目線を感じるのです。書いているのは、野沢氏ですけど、読み感じる私には、芹沢光治良氏の目線を暖かく感じるのです。

 
 この「山荘」では野沢氏の夫も登場します。お話したことがありますが、教養深いという言葉よりは、何でも知っていると表現していいのではないでしょうか?

 お医者様という科学者でありながら、漢字の素養や文学についてかなりのものを持って現代文学では、山荘で芹沢光治良先生といろいろお話をされたのではないかと思っています。
 
 野沢朝子氏が夫に書かれた文章は、暖かい目線に溢れています。まさしく芹沢光治良氏の優しさを体現されたと思います。

 すばらしい本です。感動を伴って読みました。「芹沢光治良の目線」を忘れない野沢朝子氏。感謝でいっぱいです。

 
 封筒によってイメージが変わるのですね。新しい封筒も歓迎です。ありがとうございました。

2010年01月03日 16:16

芹沢文学愛読者短信第178号 2010年1月1日

seria001.jpg

芹文・秋のバス旅行
中三川真智子
①芹文愛好家の清なるシャワーを浴びること。
②サッチャンパンをゲットすること
 最近は②の思いが強くなっている。ところが天龍峡では、もやの中を突き進む太陽の光に照らし出される木々の彩は、横しまな私の心吹き飛ばし、時を忘れさせてくれたのです。
 飯田はおそばヨネ。期待通りのお昼をいただき、街並みを散策。それにしてのひっそりと、すべてをさらけ出さずあなたの心はどこにあるのと尋ねたくなるような雪国の街。
 川本喜八郎の仕事、古布をまとった人形たちは生み出すことに時をいとわない。天平から続く手仕事の輝きのよう。
 おまけの春草は、昨夜テレビで放映、この目で見ることの幸せ、余白の美しいこと響くこと、飯田のリンゴも歯にしみること(カジッタのです)バスの中でお行儀の悪いこと芹文愛好会の品格をおとしめている私、お許し下さい。合わせて楽しい時をありがとうございました。しばらく穏やかな日々を過ごせそうです。

“紅葉の天龍峡と歴史と文化の町飯田”(11月15日実施)                                    文・今井明美
                               俳句・嶋崎みよ子
                               俳句・今井明美

 秋の旅キャッチフレーズ『りんごの並木と人形劇の街一日散策』に今年も隣のみよちゃんと参加させていただきました。三十九名いつものように自己紹介に始まり、皆さんのお話に耳を傾けながら天龍峡に到着しました。

 断崖にとどまる紅葉散る紅葉 みよ子

雨後の太い大河を豪快に舟が下っていきました。

 吊り橋にもみじを愛でるゆとりなく みよ子
 
昼食は信州そばを頂きました。

 新蕎麦を啜る老舗の昼灯し みよ子

お腹も心も満足したところで案内の人と街を散策に出ました。

 凍天に枝を広げてゐる大樹 明美

 裸木の桜古木に黙長し 明美
小京都・飯田は芸術、文化、桜花、りんごと山国にありながら、心ときめく街でした。

川本喜八郎人形館にて
 人形劇引き込まれゆく小春かな みよ子

暮なずむころ、市美術館に入館しました。38歳の若さで逝った菱田春草の絵には、街の誇りと風土とが、深くかかわっているようでした。
予定通り午後7時帰省。

 会うて又別るる駅の聖樹の灯 みよ子
 眼裏に今なお残る落葉樹   明美
お世話くださいました皆様ありがとうございました。

芹沢文学愛読者新年会(1/17(日))
1月恒例の芹沢文学・新年会にお申し込みありがとうございます。50人ほどのご出席です。

 お正月に芹沢文学愛読者短信が届きました。この会報は、手書きで手書きの良さを感じる会報です。
 残念なことにHpではワープロに頼り、実際の印象とは違いますが、お読み下さい。

2009年12月31日 16:31

大分の読書会より

 (管理人より)
 今年もいろいろな方にお世話になり、お世話になっています。本当に感謝する一年でした。月例会で教わった「トイレ掃除」は、まだ続いています!今年は、新型インフルエンザが流行しました。「人間の運命」では、森次郎の親友を死に至らしめた「スペインかぜ」の再来などと恐怖心を持ちました。内科医の友だちも、人類が経験していない型だからある程度犠牲者が出るとも言われました。
 しかし、科学的な説明を受け、手洗いとうがいの必要性を十分理解でき、手洗い用の製品が売り切れもなく、まめに手に入り、徹底出来て、多数者が罹患したり、重傷化するということは、ありませんでした。実際、70人を超える私の部活では、99円の消毒剤で、活動停止まで至らず、最高3人の罹患患者が出ただけでした。
 来年も当然インフルエンザ対策を取りますが、改めて科学・技術に頼っていきたいと思います。来年もよろしくお願いします。
  
芹沢文学読書会
案内通信No81
2009年12月20日
(平成21年)
12月便り  年の瀬や アロエの花が 咲きにけり

 師走になり、何かとお忙しい日々と思います。 お元気にお過ごしのことと思います。早いもので、今年も終わります。今年は、世界的な同時不況の中、日本では画期的な「政権交代」が行われ、民主党・社民党・国民新党の連立政権が生まれました。この三ヶ月に様々な革新的な試行が行われています。マニフェストで約束したものも全てやろうと95兆円もの予算が組まれています。税収は36兆円しか望めないとかで、国債で借金しての予算案が進められています。新規国債は44兆円に抑えようとしていますが、収入よりも借入の方が多いという異常事態です。既に600兆円もの借金国債があるのですから、これからの日本が心配されます。
 前回の会報に、次回の芹沢文学読書会の予定を1月8日と書きましたが、これは間準いです。下の案内のように1月10旧(日)に行なわれますので御了解下さい。奇数月の第2日曜日です。恒例になりましたが、正月ですので、読書会のあとに「新年会」を持ちたいと思います。年に一度の会食の機会ですので、奮って御参加下さい。昼食をとりながら懇話の時を楽しみたいと思います。参加は希望者のみです。
 今回は、短編小説「夢のかよいじ」を読み語り、その後に、芹沢文学で最近読んだ作品・一番好きな作品について順番にお話をしていただこうと思います。
 芹沢文学読書会も80回を重ねて来ましたが、これからも細々とですが着実に継続していさたい思います。新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい。

  第81回・芹沢文学読書会

①日時;1月10日(日)〔*原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
      1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本 のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の続きを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト;短縞小説-「夢のかよいじ」
 初出;昭和16年7月号雑誌<むらさき>に発表。*日米開戦の前の作品。
_▼初刊;昭和16年9月6日博文館発行の短編集『魚眼』に収録された。
 再版;『芹沢光治良文学舘9』平成9年2月10日新潮社発行に採録。
 389-395〕5貢。19歳の千鶴子が兄勝美に語りかけるように書かれた小品。
 父母への思い等。会でも部分的には読みますが、家で読んで来て下さい。
 ○フリートーク;「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」
〔3〕新年会 会場は未定。予算は約2000円。懇話の時を持ちます。
13:00~    =次回は、3月14日(日)の予定です。= ;


◎同封資料;書評『僕の初旅、世界一周』(ジャン・コクトオ著 堀口大学訳)芹沢光治良。昭和12年7月1日文芸春秋社発行の雑誌<文学界>に発表158-159貫。
フランスの作家の世界一周旅行記で、東京で応対したことなど。*コピー不良。

  芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
   連絡先:メールして下さい。
 郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学・大分友の会
会報No80
ふじ
2009(平成21)年12月20日
文責 小串信正

☆第80回・芹沢文学読書会の報告    ♯♭J&

 11月8日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で第80回の「芹沢文学読書
会」を開さました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぼ」の続きを聴さました。同人誌<たんぽぼ>を先輩市河彦太郎や後輩北川三郎等と刊行。江原素六。l沼津兵学校のこと。江原門下の岡野喜大郎や市河彦造?古河彦太郎は、才色兼備て外交官になり、赴任国の図書館に「タンポポ文庫」を寄贈した。欠けたところが無いのが不幸で、たんぼぽと言うより蘭の花のように華やかな生涯であった。戦後、郷里の選挙応援演説の会場で急死したとのこと。このテープは次回も聴く予定です。
 森高さんのホームページのこと、沼津市芹沢光治良記念館のことなどが話題になりました。読書会はテキストとしては『芹沢光治良文学館9』を使い、短編小説「眠られぬ夜」を読み語りました。日中戦争に、召集令状で出征した大津順一は戦病死しますか、お母さんから便りと順一の戦場体験の回想記が書かれたノートが送られて来ます。それがこの作品です。「一」~「四」で構成され、後半は日記風になります。輜重特務兵ですが、戦場の体験が生々しく書かれています。この短編小説は昭和14年6月号の雑誌<文芸>に発表されました。そして、昭和14年9月25日発行の短編集『眠られぬ夜』に収録されました。総題に使われているように、優れた作品の一つです。
 次回は、短編小説「夢のかよいじ」を読み語りたいと思います。短い作品なので、このあとにフリートークとして「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」を順番に話してもらうつもりです。出来本さんが久し振りに来て、読書会に参加してくれましたことを嬉しく思います。御無沙汰の方も、ニヶ月に一回ですので、郁合をつけてお出かけ下さい。参加出来なかった方も、自宅で同作品を読むことをお勧めします。
◎平成22(2010、)年度の「新年会」を行し、ます  =自主参加=
 1月10日(日)の「芹沢文学読書会」のあと、「新年会」を行う予定です。会場は決めていませんが、適当な会場で昼食を共にしながら懇話の時を持ちたいと思います。
参加は自由です。会費は約2000円ぐらいを考えています。普段の読書会には参加しな
い方でも、正月の「新年会」だけ参加される方も歓迎いたします。お出掛け下さい。
☆平成21年度の年会費の納入をお願します。
 新年度の会費が未納の方は、年会費1200円を読書会に持参下さい。会に参加出来ない方は、既同封の振替・払込取扱要で納入して下さい。寄付は自主的なものですが受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。退会の方は、御一報下さい。
☆<芹沢文学案内No44:>芹沢光治良とフランス文学
 芹沢光治良氏は、一高に入学してからフランス語を学び始めました。フランス語の教授石川剛先生から、メリメの作品を共訳しようと求められたように、フランス語に堪能でした。農商務省の官吏を辞めて、フランスのソルポンヌ大学でデュルケーム学派の社会学(経済学)を学びます。同宿のアカデェミーシアンのベレソール氏からバルザックなどのフランス文学を紹介され、結核闘病の間に、作家になるためにフランス文学の主要な作品を読破しました。スタンダールやジッド、そしてローラン、ブルースト、デュ・ガール、デエアメル、ロマンなどの「フランス大河小説派」の流れを受けて、太平洋戦争のあと、大河小説『人間の運命』(全16巻)を書き上げました。
ですから、芹沢光治良という作家はフランス文学に育てられ、大成したのです。『巴
里に死す』『サムライの末裔』『アイダ夫人』はフランス語に翻訳されましたが、い
つの日か、大河小説『人間の運命』もフランス語訳されることを念願しています。

2009年12月29日 16:09

岡様からのお知らせです。

今年も残り少なくなりました。
皆様、本当にありがとうございました。
今年は、天国の父へもサンタクロースがプレゼントを贈ってくれました。年末に、善本社の社長(2代目)さんが、父の作品『教祖様』12版を届けてくれました。私は、ふたつの事で喜びました。ひとつめは、6月マグノリアで、お話下さいました富岡幸一郎先生からこの作品の文学作品としての高い評価を分析して伺えた事です。
 ふたつめは、善本社の創刊期に父がこの出版社に、この作品を託して、それから、コツコツ、12版まで、40年間程出版し続けていらっしゃる事に感慨と喜びでした。
kyo-15.jpg
 さて、本の定価は2310円で、送料は340円です。
Fax  03-3294-0232
電話 03-3294-5317 までのご注文のご宣伝を、
お知らせもうしあげますとともに宜しくお願いします。
ありがとうございました。よいお年をお迎え願います。
    岡玲子

鈴木吉維氏が、。『教祖様』は人間から神の代理者という視点は、芹沢光治良の取った立場であると話されています。人間から神の代理になるというこの視点は、教祖という言葉から私達が持ち得る固定観念を、吹き飛ばしてくれるものです。
 いかにして人間の持つ悲しみ、弱さから、神の代理になろうとする厳しい道程を説得力を持って書かれています。
 宗教若しくは、宗教団体とは何かよく理解出来るものだと思います。

2009年12月09日 18:47

名古屋の愛読者短信です。

                                  第177号
芹沢文学愛読者短信                               09-11-20
芹沢文学愛読者の会

      
芹沢文学愛読者新年会(第32回)

芹沢文学愛読者の会36周年

毎年新年恒例の芹沢文学愛読者新年会を下記のように行います。
           皆様のご出席をお待ちしています。

芹沢文学愛読者新年会

          1.日時:  平成22年1月17日(日)
(10:30~17:00)
2.会場:  ホテルアソシア名古屋ターミナル
                 (名古屋駅構内)
                 9階「エスペランス」
Tel 052-561-3751
          3.会費:  1万円・・・当日ご持参ください。
(昼食、全員記念写真、お飲み物など                        一切含む)
4.申し込み:同封の新年会申し込みハガキにてお願いします。

5.申し込み締め切り:12月5日(土)までに
                     丹羽綾子様宛  
6.その他:二次会
新年会終了後、二次会を予定しています。会場は同ホ                テル内の個室。
会費:男性3,000円
女性2,000円


平石政行さんの「友情は海を越えて」を読んで
鈴木嘉子
 
 先回の短信で、平石様のアルプス登山とてもうらやましく読ませていただきました。
私も若い時、登山を体験しており『剣岳の点の記』を映画で見まして次のような腰折歌を読みました。

回想ゲーム

  「剣岳の点の記」観れば青春のわが登山歴まざまざと顕つ
 荒縄のかんじき付けて白馬の大雪渓を必死にわれら登りたりしよ
 馬返しより夜をとおして登り継ぎ富士九合めは青息吐息
 須走を一気に走りて下るとき空を舞い舞う快感ありき
 槍ヶ岳登頂かなわず肩の小屋に友を待ちたる口惜しさもてり
 忘れいしわが山登りの体験の回想ゲームめぐりて尽きず


過日NHKテレビの北アルプス縦走で槍ヶ岳の頂上がクローズアップされて、おくればせながら、宿願を果たした気がいたしました。


中日新聞 09-11-18  発言テーマ 読書3

 岡本 清子 喫茶店経営 74(愛知県日進市)
 芹沢光治良先生の作品に出会ったのは、40年ほど前のこと。喫茶店を営み、コーヒーカップを洗いながら、カウンターの上に本を置いて読んだ。以来ずっと本から離れることなく、読書の習慣は続いている。
 本の長所は、自身で体験していなくても、他人の生きる姿勢を垣間見て学べることだ。他人ののぞき見はよくないが、本から得た知恵や知識ははばかることがない。
 芹沢作品とは40年来のつき合いで、愛読者グループの会員となり、仲間との交流が広がった。月に一回の読書会「人間の運命を読む集い」にはいつも参加している。読書は三度の食事と同じように大切で、精神のバランスを支えるのに絶妙な作用がある。私にとっての読書とは生きることと同義語であり、空気と同様に貴重な存在である。読書習慣は、私が幸福な人生を送るための最大の指針となっている。

秋の芹沢文学バス旅行(11月15日実施)
報告
○参加者39名
○天龍峡の紅葉ハイク(紅葉真っ盛りで最奥に美しかった)
○川本喜八郎人形美術館(人形に息吹に全員が感動)
○飯田市美術博物館(飯田市が生んだ日本画の巨匠菱田春草の作品展示)

2009年11月18日 19:47

2009年12月のマグノリア

黄金色の”からまつ”の葉も段々と散って、
師走も近づいてまいりました。今年最後の
マグノリアのご案内をさせていただきます。

☆ 講演会  12月13日(日)  午後2時
   遠藤文学と母なるキリスト教
       講師  加藤宗哉

『モーツァルトの妻』『遠藤周作』の著者、
三田文学編集長であられる加藤宗哉先生を、
お迎え申し上げます。加藤先生は、勝呂奏作
『評伝芹沢光治良』の書評を紙上でお書き下さ
いました。芹沢光治良作品集のあとがきや、
日本文学全集の付録にお書き頂いた遠藤周作の
文学を中心に幅広く文学をお話下さると存じます。
皆様のご参加をお待ちしております。2000円の
会費を頂戴させて下さい。ご出席下さいます方は
ご連絡お願い申し上げます。ありがとうございました。
          岡玲子

2009年11月13日 18:40

11月の大分の読書会

芹沢文学読書会
案内通信
No80
                                        2009年10月25日
                               (平成21年)
                                       
   10月便り  一流星や・…‥ 金木犀の 香りして
 秋が深まり、朝夕は肌寒さを感じる季節となりました。お元気にお過ごしのことと思います。読書の秋です、芹沢文学を思い出して、大河小説『人間の運命』などの長編小説などにも取り組んでみて下さい。再読や三読もお勧めします。
 芹沢文学読書会も今回で80回となります。熱心な愛読者に支えられて、細々とですが長く継続され、感慨深いものがあります。特に記念的なことはしません。
 芹沢文学読書会で読んだ短編小説・長編小説や随筆・評論なども多くなりました。芹沢文学の研究書や特集の組まれた雑誌なども読み語りました。
 平成20年度の会計報告など、遅くなりましたが、報告いたします。ご了承下さい。
今年度も隔月の年6回の「芹沢文学読書会」と正月の「新年会」を持つことしか出来ませんが、今後ともよろしくお願いします。文学の旅は、参加者も少ないので、当分は企画しないことにしています。隔月に会報や同封資料はお送りいたします。
 今回は、新潮社版『芹沢光治良文学館9』の短編小説「眠られぬ夜」を読み語りたいと思います。戦時中の日記書簡風の手記です。傷兵保護院で会った特務一等兵大津順一は、突然に心臓麻痺で死去しました。お母さんから、手紙と共に大学ノートが送られてきました。知的で純粋な青年の戦争体験が生々しく書かれています。
 芹沢文学読書会は、どなたでも参加や入会か出来ます。新しい方も歓迎したいと思います。お誘い下さい。会員の方は、都合をつけて参加下さい。


 第80回・芹沢文学読書会

①日時;11月8日 日 〔*原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
     1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
     「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の続きを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト:短編小説「眠られぬ夜」 *大津順一の母への手記。戦地での体験を回想   して記録したもの。手紙、一~四で構成。
 初出;昭和14年6月号<文芸>に発表。*「前文」と「五」があった。
 初刊;昭和14年9月25日実業之日本杜発行『眠られぬ夜』に収録された。
 再版;『芹沢光治良文学館9』平成9年2月10日新潮社発行に採録。
 読審会でも部分的には読みますが、家で読んで来て下さい。*このテキストは、書店から新潮社に注文すれば入手出来ると思います。
 =次回は、1月8日(読書会のあと、新年会の昼食)の予定です。=
◎同封資料;①インタビュー「パリは私の運命を狂わせた」(文学30年を語る芹沢氏)昭和34年3月28日 出典不明(読売新聞か?)。この年の1月25日にフランス詩人連盟から「フランス友好国際大賞」を受賞し、その祝賀会が開かれた時のインタビューの要約。ロンドン留学がパリ留学に変更されたとのこと。*コピー不良。
 芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
  連絡先:〒870-0171大分市法勝台3丁目8番2号 小串信正方
  メールして下さい。

芹沢文学大分友の会 ふ じ
2009(平成21)年10月25日
                            文 責  小 串 信 正
☆第79回・芹沢文学読書会の報告    ♯♭J&
 第79回の「芹沢文学読書会」を9月13日(日)の午前10時から県立図香館の研修室
No4で開さました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぽ」。以前に一度聴いたものですが、再度聴いてもらいました。芹沢先生81歳で、書き下ろし長編小説『愛の影は長く』を書いている頃のこと。沼津中学の一年先輩市河彦太郎氏の提案で刊行の同人誌「たんぽぽ」の思い出から語り始めました。明治維新後、幕府の家臣で沼津兵学校が始められ、江原素六の牧場や学校も実践された。師範学校を出た岡野喜太郎が駿河銀行を興したことなどが語られました。次回に続きを聴きたいと思います。
 新聞に載せられた案内を見て、電話をかけてきた方があったので、テキストをコピーして用意しましたが、来られませんでした。沖縄の伊仲さんの便りのことも話題にしました。大河小説『人間の運命』の14巻を読んだ後、終『遠ざかった明日』・序章『海に鳴る碑』や中期三部作『孤絶』『離愁』『故国』も読みたいとのこと。
 テキストの短編小説「都会の人」は、昭和13年10月号の<文芸>に発表されました〔注/案内では<文学界>と書きましたが、ミスで訂正します〕。中軽井沢の別荘で聞いたことをもとに書かれたもので、プロレタリア文学の階級闘争の深刻さはなく、一つの社会批判としの軽い作品です。次回は、短編小説「眠られぬ夜」です。
☆平成20年度芹沢文学・大分友の会会計報告=ご了承下さい=
◎収入の部
  前年度繰越  3562円
  会費収入   10200円
  寄付収入   17100円
         30862円
◎支出の部
  送料(切手他)18000円
  文房具代    3424円
  コピー代    5782円
         27212円
  決算 30862-27212=3650円(振替1760,現金1890)
                   会計 小串信正  監査 中村輝子
 反省・会員が少なく、寄付で何とか運営している。-会員、参加者を増やす。
   ・文学の旅が出来なくなり、新年会のみ。一新資料などの作成にも努める。
 >平成21年度の年会費の糸内入をお願いします。
  既に納入済みの方が3人いますが、年会費1200円を読書会に持参下さい。会に参加出来ない方は、同封の振替・払込取扱票で納入して下さい。寄付は自主的なものですが受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。

☆<芹沢文学案内No43>新装再開した沼津市芹沢光治良記念館
 芹沢文学館が沼津市に引さ継がれたことは、前にお知らせしましたが、、この10月4日に新装オープンしたようです。名称は「沼津市芹沢光治良記念館」となりました。
展示は1階と2階にあるようですが、2階展示室は諸企画に無料で貸し出すとのこと。
休館日は毎週月喝日(休日に当たるときはその翌日)で、年末年始(12月29日~1月
3日)も休みになります。開館時間は午前9時~午後4時30分です。観覧料は、大人
100円、小人50円。市内の小中学生は無料。JR沼津駅南口から沼津登山東海バス4番線で「我入道循環」又は「牛臥・我入道循環」で約15分、沼津リハビリテーション病院前で下車すればすぐです。一度、機会がありましたらお出かけ下さい。
 芹沢光治良民は、沼津市(革入道)で生育した沼津を代表する大作家ですから、今後は沼津市が費任を持って顕彰していって欲しいと思います。千本松原で亡くなった歌人若山牧水と共に、沼津市の人々だけでなく、全国の人々に愛読されることを期待しています。全国の芹沢文学の友の会の中心として活動して欲しいと念願しています。

2009年11月03日 08:14

9月読書会の「パリよ、さようなら」の疑問について (池田三省)

2009/9月の読書会「パリよ、さようなら」(昭和30年9月発行)で、
疑問に思っていたことを解決してくれる作品を見つけました。

「読書会での疑問内容」 ・パリを離れるとき、ヨシ子との会話で・・(P34)。
  「こちらの人の第二次世界大戦の苦しみ方は日本人と違ったんだね。
  苦しみの次元が違ったんだな。  日本人は意識的にこちらの人の苦しみ を自分のものにしてかからなければ、これからの世界のなかで落伍する  よ。 日本の最近の政治や経済のあり方や日本人の心理状態などを、こっちで考えると、全く第一次世界大戦後みたいで、すでに落伍しかかっているようで、見てはいられないなあ」

「疑問点」・ヨーロッパ人の「第一次世界大戦の苦しみ」と「第二次世界大戦の苦しみ」
の違いが分らなかった。

「作品」
■昭和30年9月の「現代女性講座 1 幸福な生き方」 (角川書店)
  「幸福になるための愛と憎しみ」 と題して執筆されている。

「内容抜粋」
 (昭和30年の頃の日本を思い浮かべて読んでください。)

 ・文明の最も進んでいるといわれる西欧の人々が、一生の間に二度の世界戦争をどんなふうにしているか、二十数年の間にどれほど文明が進歩しているか、現地をみて判断したい。

1951年(昭和26年)に、世界ペンクラブ大会にため渡欧する際、PTA会長をしていた多聞小学校6年生の図画と作文をパリの小学校と交換をする。
 ・日本の小学生は、家庭、生活の不安を訴えていた。 しかし、フランスの小学生は一人も自分の生活や家庭生活を訴えるものはなかった。

  「フランスの校長の話」
  「・・・その日の暮しに困るとか、父が亡くなったら浮浪児になるような家庭は一軒もありません。 100年前にはあったかもしれません・・・
   今度の戦争後は、相互扶助の精神が制度化して、そのために勤労者は明日の心配がなくなって、人間らしい生活を楽しんでいます。・・・」

 ・フランスの子供手当の充実(子供一人:三千五百フラン(三千五百円))、イギリスの社会保障制度の確立など、一般の庶民は、大戦争があったにもかかわらず、幸せになっていた。これは四分の1世紀だけの文化の前進、進歩だとなっとくできて、人類の将来に絶望しないでもいいのだと、自分に言い聞かせた。

 ・人間の生活が保障されている国にあってこそ、人間の幸福は、各自が発見すべきだとか、人間の幸不幸は、その人の性格によって決定されるから、各自幸福をうつし出す心の鏡を持つように努力すべきだとか、言えるのではないだろうか?

 ・人間が生きる基本的条件について、語ることは、政治論になっても、幸福論にはならないかもしれない。 しかし、その基本的条件がそなわらない日本では、今日、いわゆる幸福論をすることは、道徳論をすることになったり、ややもすれば、不幸な庶民にあきらめを強いることになりはしなかろうか。
 
 ・政治論として、日本と同じ民主主義の国であるスイスやイギリス、フランスなどが、すでに人間の生きる基本条件が、よい政治によって、備わっているのに、何故日本ではそれが不可能であるか、考えるべきではないか?

 ・イギリス、フランス、スイス人も日本人とさして変わらない。 日本人も元来勤勉で、平和な人間である。
 ・スイスは、貧富の差が少なく、一般に富んで、生活が豊かであるばかりではなく、誰でも人間としての生活を保障されて、勤労の意欲さえあれば将来の心配のないように置かれていれば、人間は悪い事をしなくてすむし、自然に健全な生活をするようになるものであろう。
  
  ・これに反して、日本では、人間が荒野に放された動物のように、明日の安心のない状態におかれていれば、人間はいつか新聞の三面記事になるようなことを行い、自然に悪人も出て、社会生活が乱れるものであろう。
  ・日本の庶民は、政治の面から人間として扱われていないから、いきるために自力であせくせしなければならないから、不徳漢のように見えることが起きるにすぎない。
  ・個人が幸福になるためにも、その属する社会や国家が良くならなければならないという条件があると感ずる。 そして、幸福について考える場合、常に個人の精神の在り方や生き方が問題になって、この条件が忘れ去られる。
  ・私達は自分だけでが幸福になろうとしても、なれないような時代にいきていることを、知らなければならない。
  ・自分や家族だけが幸福になろうとするよりも、隣人とともに幸福になった方が、その幸福が確実で永続的であることを知らなければならない。

私達は社会生活において、長いベンチに多くの人とならんで掛けているいるようなものである。  そのベンチに安全に腰かけている間は、みな平和に暮らしていられて幸福である。しかし、いつそのベンチから落ちるかも知れないから、必死にしがみつくようにして掛けていようとする。
 自分だけがそのベンチにいつまでも掛けていようと努力するよりも、そのベンチが動揺しないように、ベンチが腐敗しないように、みんなで相談して、誰も落ちないように助け合うことの方が、もっと安全である。

・自分だけではなく、隣人とともに幸福になる方向に努力することは、言葉にかえれば「幸福になるための愛」と言うのではなかろうか。

・その現実を阻む者を憎む事が、「幸福になるための憎悪」であろう。

イギリスの社会保障制度、フランスやスイスで実行している福祉制度を実施している友人たちはこう答えた。

●自分達は第一次世界大戦では、「動物的な苦悩」をしたが、第二次世界大戦では「人間的な苦悩」をしたからだ。
 ・動物的な苦悩とは、家を焼かれた、夫や息子が戦死した、食料に窮し・・・
  というような苦悩だ。

 ・第二次世界大戦にも、そうした苦悩もしたが、その上に、なぜ自分達は戦争しなければならないか、同じように敵をも愛せよ説くキリスト教を信じながら、同じジェネレーションになぜ二度も戦争をしなければならないか、初めて自分達は疑問を抱いて、苦しんだ。「人間らしい苦悩だ」。   その苦悩の中で、人間がお互いに愛しあう以外に、自分達に平和も幸福もないと、みんなはっきりと知ったんだ。

 ・平和になると、その愛し合う精神をまず国民の間で生かそうとして、相互扶助の社会保障制度を設けたのだ。 国民の間でそれが出来なければ、他の国民と愛しあえることもできないし、世界平和など口にもできないという勢いだった。 もちろん財政上は困難だ。 しかし、戦争中、人を殺す戦争目的のためには財政困難などと、言ってはいられなかった。 まして、平和の目的のために、国民がみな愛しあうために、財政上困難ということはあり得ないし、あってはならないんだ・・。

私たちの幸福はともかく、子供や孫たちの幸福を思う時、私たちがそのためにやれることは、私達の社会を、同じ民主主義国のイギリスやスイスやフランスのように、人間らしい生活ができるような社会にすることではあるまいか。 そんな社会に急速にできなくとも、それに近づけるよう努力すべきではあるまいか。それは、政治に関係もあろうが、同時に、人間らしい愛の問題である、そして、私たちの社会を現状のままにとどめようとするあらゆるものに対して、憎悪を持って、たたかわなければならない。 それが、次ぐに来るものの幸福を保証する愛ではなかろうか。


読み終わって、芹沢光治良先生が、昭和30年の日本の庶民が幸せになるための道筋を力ずよく書かれています。 特にインパクトがあったのは、「戦争中、人を殺す戦争目的のためには財政困難などと、言ってはいられなかった。 まして、平和の目的のために、国民がみな愛しあうために、財政上困難ということはあり得ないし、あってはならないんだ」。

以上

2009年10月13日 06:40

芹沢光治良記念館が開館 続報

芹沢光治良記念館が開館 寄贈受けた沼津市が改装
10/05 08:49
 沼津市が財団法人井上靖文学館(理事長・岡野光喜スルガ銀行社長)から寄贈を受けた文豪芹沢光治良(1896~1993年)の業績をたたえる沼津市我入道の芹沢文学館が、「沼津市芹沢光治良記念館」として4日、開館した。
 同館は1970年、前スルガ銀行会長の故岡野喜一郎氏が完成させた。鉄筋2階建て、延べ床面積300平方メートル。斬新な公共建築で知られる菊竹清訓氏の設計で、展示室を4隅に配した特徴的な造り。芹沢の文壇デビュー作「ブルジョワ」をはじめ全著作や生原稿などを展示してきた。
 今年4月に譲り受けた市は内部を改装したほか外装を磨き上げ、うっそうと建物を囲んでいた樹木もせん定するなどして雰囲気を一新。1階を芹沢関連資料、2階は市内外の文化団体や個人に貸し出す空間とした。
 式典では栗原裕康市長、岡野理事長に続き芹沢の四女でフランス語婦人会顧問の岡玲子さん(東京)があいさつし、「文学や世界平和に対する芹沢の心が、この館を中心に沼津や日本、世界の読者、研究者に生き続けてほしい」と願った。テープカットの後、芹沢が作詞作曲した沼津香貫小の校歌を、同小の6年生が高らかに歌った。同館は観覧料大人100円、小人50円。2階では「沼津の古墳とスルガの王権」企画展を開いている。

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開館した沼津市芹沢光治良記念館で、芹沢作詞作曲の校歌を歌い上げる沼津香貫小の児童=沼津市我入道


2009年10月12日 06:38

マグノリアよりコンサートのお誘い

窓を開けますと、秋風と金木犀の香りが心地
よく迎えてくれます。何かホットした気分に
誘われます。皆様、ご機嫌いかがお過ごしで
いらっしゃいますか、お伺い申し上げます。
次会のマグノリアは、

  10月29日(木)、 10月31日(土)
  11月6日(金)、  午後2時
  サロン・コンサート  ピアノ 岡玲子

今回は、父がパリ留学中好んで聴いたオペラ
「モーツァルト」の作曲家レナルド・アーン
とショパンを聴いていただこうと存じます。
3日、3回同じ曲目です。お出かけ下さい
ます方は、茶菓子等の準備がございますので、
ご連絡願います。会費は1000円頂戴させて
下さい。ありがとうございました。  岡玲子

2009年10月09日 21:39

芹沢文学愛読者の会 2009年9月25日

09-9-25芹沢文学愛読者の会
芹沢文学愛読者短信

11月15日(日)
秋の芹沢文学バス旅行
「飯田」(信州の小京都)の紅葉

 春と秋のの年2回、楽しみに待たれますのが芹沢文学バス旅行です。
 この秋は、秋いっぱいの「飯田」と決定しました。紅葉、リンゴ並木道、人形美術館、そして信州そばと盛り沢山の秋が用意されています。
 
水彩画と写真展(結婚50周年を記念として)
 芹沢文学愛読者の丹羽綾子様がご結婚50周年を記念されて、ご夫妻で水彩画(丹羽猛雄様)、写真(丹羽綾子様)展を行われています。
とき:10月13日(火)~10月18日(日)
             9:30~18:00
       (最終日 10月18日は、19:00まで)
ところ:名古屋市民ギャラリー栄
(中区役所、朝日生命共同ビル)
 7階 第5展示室 地下鉄、市バス 「栄」下車

大人のためのイギリス児童文学
 芹沢文学愛好会の小峰和子様(明治大学講師)が、NHKカルチャーラジオ文学の世界
を担当されます。
 ラジオ第2放送
 10月1日(木)~12月24日(火)
 毎週木曜日20:30~21:00
(再)毎週金曜日10:15~10:45
 放送テキスト9月25日発売
「人生でいちばん大切なこと」がいっぱい詰まっているといわれるイギリス児童文学の中から12編を厳選。作品の生まれた背景や、作者のプロフィールなどを解説。

芹沢文学愛読者新年会
2010年1月17日(日)
会場はいつものホテルアソシア名古屋(名古屋駅)


りんご並木と人形劇の街飯田一日散策
・私が川本喜八郎氏のお人形と出会ったのは、NHK教育TV「日曜美術館通してでした。 この時、人形達の息吹に深く感動したのを今もハッキリ覚えています。いつか皆さんと ご一緒にという3年来の夢がやっと叶います。豊かな時間を共有しましょう。
・秋と言えば紅葉です。天龍峡の紅葉が時期的に一番見ごろとの情報を得ています。遊歩 道を一周して紅葉見物です。
・飯田は信州の小京都と呼ばれています。地元のガイドさんの案内で「日本の道百選」の リンゴ並木や静かな街の佇まいを散策します。
・お昼はとびきり美味しい信州そばのお店を発見しました。

 天竜峡紅葉ハイク→川本喜八郎人形美術館→城下町の面影散策
 
 お詫び 有料道路の千円効果で土曜日、日曜日の高速道路の混雑は想像以上ですので、やむを得ず五箇山からコース変更しました。

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友情は海を超えて
平石政行

 テレビの画面を見ながら妻は私に、「スイスの山登りもあんなに大変だつた?」と問いました。
「もっと、もっと大変だった、一歩足を踏み外したら、氷河の谷へ其っ逆さまに滑り落ちるようなところもあつたよ・・・」。
 NHKの内多アナウンサーが登山家の田部井淳子氏と二人で、北アルプスの夏山を縦走するテレビ番組を見つつ、私は六月に松林さんご夫妻と東スイスの最高峰サンテッサン (二五四〇メートル)に登った日のことを思い出しておりました。
 朝六時半に山のふもとに着きました。目指すサンテッサンはひときは高くそびえています。
「平石さんなら大丈夫!」松林さんの優しい一言に励まされて登山開始です。万年雪を踏みしめ、チェーンに身を任せ、岩山をよじ登って四時間後にやっと山頂に着きました。
 十九年前にも、家族で松林家を紡ねたことがありました。そのときはロープウェイですいすいと、それだけに今回自分の足でたどり着けた喜びは格別でした。しかし、一面霧で視界ゼロでした。
 「心配無用、必ず晴れます」、ハイディ夫人の祈りが、空に届いたように瞬時に霧が晴れました。
 突如眼下に湖や野原、マッチ箱のような家々が現れました。このときは、あまりの美しさに思わず感嘆の声をあげました。
 二十代の半ばの頃でした、本好きと知るや誰ともかまわず、「人間の運命」を薦めていました。そんな私に「平石さんと同じような、芹沢さんの熱心な読者が、僕の行きつけの寿司屋さんにいるよ、名前をコウジロウと言うよ」と教えてくれる友がいました。
 即座に私は、津市にあるお寿司塵さんに出向きました。そこで出会ったのが松林幸二郎さん、年齢も愛読書も一緒ということで、その場で意気投合しました。
 私たちの結婚式にも出席してくださいました。その数カ月後、スイスのハイデイさんと結婚されスイスに家庭を持ち今日に至っております。
 今はお仕事を退かれ、ハイデイ夫人と山歩きに親しみながら悠々自適の生活を楽しんでおられます。「身一つでスイスに来た私が、この国で家庭を持ち、仕事に就き、三人の子育てまでもできたのが不思議でなりません。神様の愛に見守られてこそです」。
松林さんとの会話には、神成へ感謝の気持ちが溢れておりました。ご自分の時間はほとんどを日本人会のお世話と、所属するキリスト教会の月報作りに費やしておられます。
 その献身的なお姿は、芹沢文学愛好会のために骨身を惜しまず尽くされる鈴木春雄さんと二重写しになりました。
 スイスワインもハイディ夫人の手料理の味わいも格別でした。ほろ酔い気分の私は、独り鼻歌を口ずさんでいました。
 気がつくと松林さんがそばでギターを奏でています。「兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川」薄明るい寝室に二人の歌声は響きます。海を越えても、歳月を経ても繋がる友情に、改めて芹沢文学をこころの宝に持つ幸せを実感しました。


2009年10月06日 07:01

マグノリア、芹沢光治良記念館からの報告

10月3日(土)は、マグノリアでの芹沢光治良氏の日記公開、4日(日)は、
芹沢光治良記念館が開館されました!
 管理人は、どうしても仕事で吹奏楽部の大会のために茨城に一泊二日で、
遠征に行き、両日とも参加する事が出来ませんでした。
 一体どうだったのだろうかと気にしていると、岡様からメールがきました。
ここで全文を紹介したいと思います。

皆様
昨日、沼津市芹沢光治良記念館が、開館されました。
正面入り口の庭で沼津市長、市議会議長・・・・・・・と
参列され、地元の小学校校歌を父が作りましたので、子供達の
可愛い校歌合唱があり、ご挨拶があり、テープカットがありと
青空の下、太陽のぬくもりを感じながら、おめでたい開館式でした。
今回1回目の展示も、大きな父の写真に迎えられ、盛り沢山です。
是非ご来館お願いします。
前日3日サロンマグノリアにお出かけ下さいました方々ありがとうございました。
父の中国日記(昭和13年)は、山中一徳さまの、素晴らしい
編集、演出、ナレーションのおかげで、日記への高い評価を
頂戴しました。再び何時か同じ集いをとも思っております。
今日は雨でした。日記の雨、雨、雨を思い出しております。
          岡玲子

 子供達の可愛い校歌合唱は、香貫小学校の校歌ですね。
 芹沢先生は、「人間の運命」で小学校での学校生活に救われた事が書かれています。
その小学校時代の経験を通して書かれた校歌の歌詞。

 1 岡の学校 朝風かおり なごやかに 集えるわれら 
  手をつなぎ はげましあって 学びの園に 知恵を積まん
  香貫 香貫 香貫の子供われら

        2 岡の学校 光あふれて のびやかに いそしむわれら
          身をきたえ 情を育て 文化の国を 築かばや
          香貫 香貫 香貫の子供われら

3 岡の学校 西風あれて たくましく 働くわれら
  肩を組み 意志を強め 平和の国を うちたてん
  香貫 香貫 香貫の子供われら

        4 岡の学校 夕陽に映えて 面をそめ たたずむわれら
          海原に しずむ陽おがみ 羽ばたく未来を たのしまん
          香貫 香貫 香貫の子供われら

 学校生活は、歌詞に書かれているように、「なごやかに」「のびやかに」「たくましく」です。

 明治の時代でありますが、なごやかな学校生活を経験されたのでしょう。歌詞の一番にこの言葉を持ってきたのは、印象的です。
 4番の歌詞は、「面をそめ たたずむわれら」とあります。とても色彩的で、「しずむ陽おがみ」では、厳かな雰囲気が岡の学校にただよいます。

 さすが文学者の作詞ですね。

 

 

2009年09月21日 23:12

芹沢光治良文学館が芹沢光治良記念館に!

オープニングセレモニー 
10月4日(日)午前9時
記念館前でテープカット

 HP管理人は、残念ながら仕事で行くことが出来ません。
しかし、4日以降の近い日に必ず行きたいと思っています。

2009年09月11日 06:52

大分の読書会より

                    芹沢文学読書会
                                案内通信
                                No79
                              2009年8月31日
                                (平成21年)
                              
  8月便り  一朝顔に 元気をもらい…… 出勤す-
                                                                                 梅雨が長く続き台風などもあって、夏の日照時間が少なく野菜の成長や稲作などが心配されましたが、やっと暑い夏となりました。残暑はまだまだ続きそうですが、お元気にお過ごしのことと思います。今年の夏は、衆議院の総選挙があり、自公政権から民主党中心の新しい政権へと「政権交代」が実現しました。これは政治的に
は大きな変革と言えます。民主覚が圧倒的に勝利したのですが、まず大掃除をして、情報公開と行政改革を進め、保守政権では出来なかった諸変革を実行してもらいたいと思います。停滞している日本経済も活性化して欲しいと期待しています。
 前回で、「芹沢文学読書会」が13年間続きましたが、この期に合わせて、実に感嘆すべきことがありました。芹沢文学愛好会のホームページに紹介してもらっている大分の「芹沢文学読書会」のことを見た沖縄の伊仲誠保氏から連絡があり、案内を送ったのですが、7月の読書会にわざわざ飛行機で来て湯布院に一泊し参加いただいたのです。これは大変なことで、皆さんで歓迎しました。自己紹介もしていただきましたが、最晩年の連作から入り、大河小説『人間の運命』も読んでいるとのこと。テキストの『評伝 芹沢光治良』を読み語りましたが、読書会のあと県立図書館の喫茶店で昼食を共にしました。この13年間で一番の出会いでした。
 芹沢文学読書会は、細々とですが14年目の歩みを重ねて行きたいと思います。都合をつけて御参加下さい。新しい方も歓迎したいと思います。お誘い下さい。

          第79回・芹沢文学読書会
  ①日時;9月13 日 日 〔*原則的には、奇数月の第2日曜日〕
  ②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
  ③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
        1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
        「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*以前に一度聴いたもの。
      〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
        ○テキスト;短編小説「都会の人」 *別荘番の子太郎、犬のジョンが         将軍の三令嬢に貰われ、捨てられた。都会人の身勝手な冷酷さ。
         初出;昭和13年10月号<文学界>に発表。
初刊;昭和14年9月25日実業之日本社発行『眠られぬ夜』に発表された
         再版;『芹沢光治良文学舘9』平成9年2月10日新潮社発行に採録。
         読書会でも部分的には読みますが、家で読んで来て下さい。*このテ
         キストは、書店から新潮社に注文すれば入手出来ると思います。
 =次回は、11月8日(原則的には奇数月の第2日曜日)の予定です。=
◎同封資料;①随筆「洋菓子」芹沢光治良 昭和18年6月10日双雅房発行『甘味』
に収録された。234~236貢。一高の受験で上京した日に、初めて洋菓子を食へ、コーヒーを飲んだこと。パリ留学中に洋菓子を食ペた体験も書かれています。昭和14年7月に書いたもので、この単行本に再録されたようです。Kは誰か?

 芹沢文学・大分友の会  *問合わせなどは土・日曜日に
 連絡先:メールして下さい。
   郵便振替口座01970十16072/芹沢文学・大分友の会

芹沢文学・大分友の会
 会  報  No78
ふ じ
                         2009(平成21)年 8月31日
                            文 責 小 串 信 正
☆第78回・芹沢文学読書会の報告   #♭J&
 7月12日(日)の午前10時から第78回の「芹沢文学読書会」を県立図書館の研修室
No4で開きました。芹沢文学に関する録音テープは、1982(昭和57)年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会「神について」芹沢光治良先生のお話の最後を聴きました。最晩年の連作、ジャック・シャルマンの説いた「大自然の神」などについてお話で、途中で録音が切れているもので申し訳なく思いますが、このテープはこれで終わりとします。
 芹沢文学愛好会のホームページに、各地の読書会の一つとして、大分の芹沢文学読書会が紹介されています。これを見た沖縄の伊仲誠保さんから連賂があり、案内をお送りしましたら、今回わざわざ飛行機に乗り湯布院に一泊して、この読書会に御参加いただきました。大いに歓迎したいと、「芹沢文学読書会」の掲示幕を新しく作成しました。伊伸さんに自己紹介をしていただき、今回も『評伝 芹沢光治良』(勝呂奏者、翰林書房発行)を一緒に読み語りました。第十七草『芹澤光治良作品集』の頃、第十八章妻の死・<神>との出会い、第十九章<神>との日々、第二十章作家の死などについて、重点的に確認などをしました。この『評伝 芹沢光治良』は、編年的に生涯と創作が論述されているので、芹沢文学の入門書であり概論書ともなっているので、これからも繰り返し読むことをお勧めしました。芹沢光治良の神と信仰についての論議もしました。伊伸さんには、芹沢文学・大分友の会に入会いただきました。
 読書会のあと、伊伸さんを歓迎するために、図書館の喫茶店で昼食を一緒にしよう
ということになりました。伊伸さんは、芹沢文子さんの講演会で、最晩年の連作を知
り、まず神シリーズを読み、いま大河小説『人間の運命』を読んでいるとのこと。新
潮文庫の『人間の運命』の第一・二冊が手に入らず、愛蔵版の『人間の運命』(全7
冊)を取り寄せて読んだとのこと。これから、諸作品を読んでいかれることを期待し
たいと思います。それにしても、芹沢文学読書会を13年間続けてきて、このような出
会いもあるのだと、感慨深いものがありました。芹沢文学読書会に沖縄から(隔月ですが)毎回参加することは無理ですが、年に何回かお会い出釆ますことを楽しみにしたいと思います。 次回は短編小説「都会の人」を読み語りたいと思います。
☆新年度になりますが、会計報告ま次号で行います ◇▽
 都合で、平成20年度の会計報告の集計が出来ませんでしたので、次回に報告します。

☆<芹沢文学案内No42>芹沢文学研究会の会報『芹沢文学』(創刊第1号)
 芹沢文学館・東京友の会の月例会は、最初は「芹沢文学研究会」として始められました。しかし、研究会でなく読書会だという意見があり、「芹沢文学愛好会」となりました。代表を鈴木春雄氏に引継ぎ、私(小串)は大分(国東)にUターンしました。
しかし、芹沢文学の学術的研究の必要性を感じ、「芹沢文学研究会」を再開しました。
 この芹沢文学研究会は、定期的な研究例会も総会も持てていません。四季報としての会報に同封資料を添えて郵送をするだけの会ですが、会誌を不定期的に刊行したいと思っています。これまで『芹沢文学=研究と批評=』の創刊第1号を平成7(1995)年8月に刊行しました。芹沢光治良先生が、平成5(1993)年3月23日に逝去されましたが、その追悼号として没後2年(3回忌)にやっと刊行しました。芹沢先生逝去の新聞報道や追悼詩歌・追悼文などの追悼特集、「芹沢文学と私」の特集No2、評論「神の書」の連作、「芹沢光治良・生活事項年譜」、小論「処女作から出世作へ」、処女作「失恋者の手紙」のコピー、芹沢文学・資料などが収録されています。手作りのコピー雑誌ですが、内容は充実しています。部数が少ないので、入手出来ませんが(在庫がありませんが)、105頁の貴重な雑誌と言えます。第2号が未刊行です。

2009年09月02日 04:12

2009年10月マグノリアからのお知らせ

瞬く内に虫の音が聞こえてまいりました。
皆様、お暑い季節もご機嫌よくお過ごし戴けました
でしょうか、お伺い申しあげます。さて、
素敵なマグノリアのお知らせです。

10月3日(土) 午後3時  (スライドを使うため3時)
朗読  芹沢光治良「中国取材日記」から
     ナレーター・演出  山中一徳

昭和13年、芹沢光治良は改造社の特派員の
資格で中国を旅行しました。当時の日記を、
近代文学研究家の勝呂奏様が判読して、桜美林
大学紀要「日中言語文化」でご紹介下さいました。
一方、父は旅行写真も遺しておりました。この二つを
元に父と同郷のナレーター山中一徳様の全面協力を
頂戴し、聴覚と視覚で、皆様とご一緒に父の中国旅行を
旅する集いです。皆様のご参加をお待ちしております。
2000円の会費をお願いさせて下さい。茶菓子等のの準備
のため、ご出席下さいます方はご連絡お頼み申し上げます。
ありがとうございました。   岡玲子

2009年08月31日 19:00

『天国に続く道 第2章』 CD

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大徳寺昭輝氏のCD『天国に続く道 第2章』が発売されました。
 以前発売された『天国に続く道』では、大徳寺氏の素直な伸びやかな歌い回し、編曲の素晴らしさ、メロディや歌詞の新しさに驚きました。特に、J-pop調のメロディを弦楽四重奏やクラリネットやホルンにソロを持たせるなあどクラシカルな室内楽の編曲を成功させた稀なCDだと思います。編曲の力とプロデユーサーの力だと思います。
 ポピュラーな作品で、弦楽四重奏曲を伴奏に用いて成功したのはビートルズの「イエスタディ」やサイモンとガーファンクルの「旧友」など余り数はありません。
 また「天国に続く道」は、歌詞も印象に残りました。

天国に続く道
作詞作曲高野 寛 編曲/フェビアン・レザ・パネ

眠れよ安らかに夢を泳ぎ天国まで
やがて陽は昇り夜明けと共に生まれ変わる

という歌詞で始まります。

 何も注意しないで、優しい口調で始まるこの歌は、子守歌のようなイメージを持って聞いてしまいますが、
 何度でも聞いて見ると
 今亡くなった人の前で歌うレクイエムという事に気がつきます。
 曲のさびは、おとなしく控えめである弦楽器群が大きく盛り上がります。
 
 歌詞は、
 急に意識が遠くなる。瞳閉じても広がる景色
 なつかしい人にたくさん会える
 ここはどうやら時のない所

 まるで大徳寺氏が、死に行くような体験したような臨場感を持って歌われます。
 しかし、それが恐ろしいものではないのです。天命をまっとうすると、安心がまった いるようなイメージを持ちました。これは、ポップスのレクイエムですね。

 14年後に『天国に続く道 第2章』が、発売されました。11曲中
  ①天国に続く道(2008ヴァージョン) 作詞・作曲・高野寛
  ②地図にない町(2008グァージョン) 作詩・作曲:大貫妙子
  ③海を見つめて(2008ゲァージョン) 作詞大徳寺昭輝/高野寛 作曲高野寛
  ④流れ星(2008グァージョン) 作詞・作曲:忌野清志郎
  ⑤虹(2008グァージョン)   作詩:湯川れい子 作曲:大徳寺昭輝 補作曲.高野寛
  ⑥福鈴(2008グァージョン) 作詞・作曲大徳寺昭輝

  6曲は、『天国に続く道』と同じ曲で、伴奏も『天国に続く道」のマスターテープを使用して、ヴォーカルトラックのみを吹き返したと『天国に続く道 第2章』に断ってあります。

 そういう面で、この14年間の歌手としての違い、歌い手の大徳寺氏の変遷を聞き取れるという興味深いアルバムだと思います。

 ただ、CDで聞くということは、CDの制作に携わる方の考え方が如実に表れます。デジタルで録音するからといっても、録音に対する考え方の違いが、CDの音に表現されます。

 『天国に続く道』、『天国に続く道 第2章』は、プロデユーサーの構成が違います。CD制作のメーカーが違うという事は、録音のスタジオ、マイクの選択、セッティングなど、同じではありません。

 両方のアルバムは、基本となる曲はたくさん被さっていますが、一章、二章と連続しているものでなく、別のCDと捉える事が出来るほどの演奏、再生の違いがありました。

 以上が私の感想です。

 

2009年08月27日 12:05

30年前の愛好会会員からのお便り

 伊藤 禎子様から下記のお便りをいただきました。

  先日、30年前の愛好会の会員の30年ほど前、1,2回愛好会の例会に参加させていた だきました。
  最近、芹沢作品を久しぶりに読んだりしています。20数年前には忙しさに読破
 に挫折した「人間の運命」も読み終えることができました。
  ところで、私は「音楽座」という劇団の会員なのですが、音楽座には芹沢先生
 ゆかりの俳優がいます。名前は大川麻里江といいます。おばあさんが芹沢先生のい
 とこに当たるそうです。彼女は静岡県出身、東京芸大の卒業生です。ブログもあり
 ますので、関心がありましたらのぞいてみてください。

 大川麻里江氏のブログです。

 音楽座ミュージカル 大川麻里江公式ブログです。

 若い夢を持った女性のブログです。このブログで沼津で有名な『のっぽパン』の事が紹介されています。10月1日の芹沢文学館開館のおりには、ぜひ食してみたいと思っています。

 伊藤 禎子様 ありがとうございました。

 

2009年08月24日 22:59

新庄 嘉章(しんじょう よしあきら)

芹沢光治良先生の周りにいる人物をカテゴリーでまとめました。
順序は重要度順では、ありません。
 
新庄 嘉章(しんじょう よしあきら、1904年11月10日 - 1997年8月26日)は、日本のフランス文学者である。日本芸術院会員。


バルザツク全集 第5巻 セザァル・ビロトオ 『巴里生活場景』 芹沢光治良と共訳したひとです。1935年に河出書房から出版されました。

 広島出身。早稲田大学仏文科卒、早稲田大学教授を務めるかたわら、アンドレ・ジッドなどを研究、数多くのフランス文学の翻訳をおこなった。
定年退職後、名誉教授。
 1964年2月24日、60才の時、東京中野の料亭「ほととぎす」で開催された「竹の会」の席上、酒に酔った勢いで木山捷平の右手薬指に暴行。全治数ヶ月の傷を与える。さらに「また売文のネタが一つ増えたじゃないか。それを随筆に書いて、その原稿料で温泉にでも行って来い」と暴言を吐いたため、木山から「握手の被害」(1964年、『日本経済新聞』)ならびに実名小説「薬指」(『風景』1964年9月号)の中で糾弾された。

 フランス文学を専攻していて、やることは、日本の文壇の息吹を感じさせる人ですね。
1984年、『天国と地獄の結婚』で平林たい子文学賞受賞、1990年、日本芸術院賞受賞、同年芸術院会員。

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熱海双柿舎にて 昭和四十年
(左より)伊馬春部、島村利正、井伏鱒二、小沼丹、吉岡達夫、横田瑞穂、新庄嘉章、村上菊一郎、浅見淵

2009年08月13日 21:11

芹沢光治良先生って、どんな人でしょうか?改めて考える。そして考える事は・・・

久々の更新です。すいません。
理由は、7月、8月は吹奏楽コンクールの練習で14時間練習の毎日で、9時過ぎに帰宅、風呂、食事、ビールを一気に飲んで就寝という生活で、更新が出来ませんでした。例年は、ボクシングジムに通い基礎体力を備えてホームページの更新を出来る体力を身につけているのですが、7月上旬の結構きついスパーリングを申し込んだら、その結果、強烈なフックの連打をあびて、肋骨をいため、しばらく休んでいました。
 
 さらに、このブログ更新ページにログイン出来なく、様々な試みをしましたが、結局、専門家に頼みました。

 芹沢光治良先生は、文学の世界ではどのようにとらえられているのでしょうか?

中村真一郎氏は芹沢光治良の文学について次のように語っている。(「芹沢光治良展 生誕百年記念カタログ」 (世田谷文学館 1987)より)

 ところが芹沢さんは青年時代のフランスでの大学生活や、スイスの療養生活で、 フランス学芸界の人々と交友を深めていた。それに東京の文壇人とは全く無縁で、その風土というものとは別の、 西欧知識人との生活感覚を身に付けていながら、一方で閉鎖的な、特殊に反逆性をその本質とする、わが文学界からは、 逆に異質の文壇外のアマチュアとして受けとられることになる。
 しかし、一方で一般的良識的知識人社会も、明治以後、一世紀に近付き、水準の向上と成熟とを加え、 日本にも西欧並みの程度の高い、文学青年ではない層が成立し、それが文学グループの外で、愛読者として多数者をなしていたし、 特に若者は、健全な、非文壇風の、破壊的ではない市民道徳的理想を求める崇拝者の群となって取り巻いた。それらの若者は、 氏の薫陶によって、おのずから世界と人類の方面に眼を開かれていった。大陸への戦線の拡大の時期であったから、 芹沢氏によるこの若い知識人の養成は、大いなる社会的意味だということになる。 
芹沢さんは作品発表の以前から、フランスの文化界のなかにあり、フランス人に発音しがたい「セリザワ」の代りに、日本を象徴する 「桜の木(スリジェ)」の通称で親しまれ、特にジュール・ロマンやデュアメルなどの「僧院派」の作家たちに思想的共感を抱いたし、一方、 経済学者として氏が学んだシャルル・ジードの、その甥のアンドレ・ジードが先頭に立っていたN-R-F系の作家たちの前衛的仕事にも、 同時に文学的の啓発され、更にその背後にあってベルグソンやデュルケイムなどの、同時の思想界や一般知識層を支配していた考え方に、 根本的な影響を受けた。そして本来に氏の資質であった、日本的な倫理性が、西欧の伝統的ユマニスムと融合して、独特に風格のある 「市民作家」として、広い読者を集めていった。
 ところが晩年になって、氏の幼少期の宗教的環境が、意識の底で徐々に成熟していたのが、 突然一挙に作品の中に姿を現わす。 この良識的芹沢氏の姿にとっては思いがけない、神秘家としての変貌は、今世紀に西欧の、 必ずしも既存宗教の教義に縛られない、神秘的傾向を求める、有力な作家たちの仕事に、氏の立場を近付けて行き、氏の「世界文学」 上の地位は新たな重要性を加えるようになる。 これはカトリック作家の、モーリアックや、ジュリアン・グリーン同様に、 現実というものを、ただ社会的客観的な外的存在としてでなく、 それを背後から覆う超越的な光に満ちた二重性のもとに眺めるという態度に芹沢さんを導いて行く。「魂のレアリスム」」と、名付けていた、 十九世紀市民小説の知らない新しい態度であり、芹沢さんの作品のなかで、作者が樹木と対話するのは、市民の社会制とは別の、 人間の魂のより本質的な部分なのである。
 こうした芹沢さんの新しい世界性は、「市民作家」としての氏しか、恐らく知らない西欧の読者に、紹介されることになったならば、 更に深い意味での現代世界の思想的状況の中での重要性を認められ、喜びをもって、未来に開けたその存在が迎えられることとなろう。

 中村先生の芹沢光治良先生が当時の文壇からアマチュアと捉えられていたという理由が書かれています。 当時の文壇の人達が、プロでそれ以外がアマチュアという、当時の文壇の人達の考え方がよく書かれています。私達は小説というものが、 虚構の世界で書かれている事を忘れてしまうほどの芹沢先生の筆の力はとてもアマチュアというものではありません。 異質なものを排斥するという「日本的なもの」を当時の文壇からにおってきますね。


 そして興味深いのは、芹沢先生の晩年の作品での中村氏のこの部分です。

現実というものを、ただ社会的客観的な外的存在としてでなく、 それを背後から覆う超越的な光に満ちた二重性のもとに眺めるという態度

というところです。

私達は、生きて生活する事ばかりに囚われて、 どうしても現実を「社会的客観的な外的存在」に見がちなことです。これは、例えば、日頃の行動、言動だけで相手を決めつけ、 対処していくという危険な部分を含んでいると思います。私のように教職をしている者は、長年の経験で、決めつけるという事は、 絶対にタブーという事です。

 そして中村先生がいう超越的な光というのは、 神と置き換えていいと私は思います。しかし私は、光という言葉が私には希望という意味にも取れます。光に満ちた二重性というのは、 困難事があっても光に包まれていれば希望を見出すというふうにとれます。これは、芹沢文学の原点ではないかともとれます。

 私は生徒達を見て、一緒に考えていく上では、 希望を失わないように指導しなくてはと考えてしまいます。